神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第184話 窮地の後で

「ここ…まで…な…の…」

 

 

 想定していた攻撃は、当初の予定通りコウタからの意識を外す事からは成功していた。しかし、この時点でコウタが攻撃に加わる事が不可能である以上、今はマルグリット自身が何とかしない事にはこの死地からの脱出は不可能となっている。

 詳しい事は分からないが、コウタの状況は極めて悪い。まだ自分の意識がある状態の中でせめて回復錠を口に含む事が出来ればまだ再起の可能性があるものの、今はまだその状況はおろか、手持ちの回復錠が事実上無いに等しいこの状況は厳しいとしか言いようが無かった。

 

 既に肩で息をした状態に加え、自身の能力の低下によるスタミナ切れが冷静な思考能力を奪う。既にここから先の展開が何も見えない以上、このままでは2人ともアラガミに捕喰される未来しか無かった。 

 刀折れ矢尽きるその瞬間が今である事を確信したかの様に、既にアラガミのターゲットがマルグリットに向けられている。この先の想像は最悪の一言に尽きるその瞬間だった。

 

 

「目を瞑れ!」

 

 白い闇が周囲を覆うと同時に、マルグリットは何者かに掴まれた感覚だけが残っていた。一瞬の闇が晴れたその先には救援に来たソーマとハルオミの姿がそこにあった。

 

 

「まだ回復錠を持ってるならすぐにコウタに飲ませろ!早くしないと手遅れになる」

 

 ソーマの言葉と同時にマルグリットがコウタの顔を見ると、既に血の気の色は完全に引き、真っ青な状況になると同時に、喀血の跡からは呼吸音が何時もとは違い徐々に弱くなりつつあった。

 

 

「コウタしっかりして!」

 

 声をかけながらもマルグリットは最後の回復錠を口へと運ぶ。しかし、自発的に飲む事が出来ないコウタは口に入れてもそのまま溢れる事しかない。

 既に死神がコウタの命を刈り取る寸前の様にも思えていた。意を決したマルグリットは自分の口に一旦含むと同時に口移しで回復錠を飲ませる。無理やし流し込む事に成功したのか、コウタの喉が動くと同時に回復錠の効果が一気に発揮しだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っとここは?」

 

 エイジスでの戦闘からは数日げ経過していた。あのミッションに関しては時間的に間に合ったソーマとハルオミ以外にもブラッドの北斗とナナが駆けつけた事により、事実上の討伐任務が完了していた。

 それと同時に部隊長でもあるコウタが重体のまま担ぎ込まれた事により、アナグラ内部は少なからずとも動揺が走っていた。

 

 

「医務室です。もうあれから2日経ってますよ」

 

 ギリギリで間に合った回復錠が無ければ、いくらゴッドイーターと言えど最悪の展開から免れるのは厳しい程に際どい状態が続いていたが、間に合った回復剤の効果がその展開を押しとどめ、今は医務室での療養となっていた。

 

 

「…そんなに経ってるのか」

 

「皆心配してましたよ」

 

 コウタの呟きとも取れる言葉に返事をしたのはベッドの隣に座っていたマルグリットだった。意識を取り戻した事により現状認識を改めるも、まさか自分が意識不明のまま担ぎ込まれたとは思ってなかったのか、周囲を見渡すと僅かに見えたカレンダーがその事実を示していた。

 

 極東支部では戦力そのものが存在意義を持つ様なイメージがあるが、コウタが運び込まれた際には極東にも大きな衝撃が走っていた。

 いつもの様に人当たりが良いコウタはブラッドやクレイドルの存在を加味しても上位に入る。以前とは違い、第1部隊だけが討伐専門ではなくなった今は、大半の人間が実戦に入る際には少なからずコウタが指揮する第1部隊で一定の経験を積むケースが多い。

 その結果、コウタの事を知らない人間は少なく、また実戦での指揮がかなり安定している事からもここ極東支部に於いての知名度は高い物となっていた。

 

 

「そうか~?精々エミールとエリナ位だろ?エイジ達はまだミッションから戻ってないだろうし」

 

「コウタは一度、自分の存在意義について認識を改めた方が良いですよ」

 

 どうしてもコウタの中ではクレイドルに関してはエイジやリンドウの名前が先に出る事が多く、事実としてコウタはクレイドルと第1部隊の兼任である以上、そこまでの知名度は無い程度にしか考えてなかった。

 マルグリットの言いたい事は理解出来ない事も無いが、まさか自分がそこまで慕われている認識が余りなかった。

 

 

「コウタ。目を覚ました…んだってね……取り込み中みたいだからまた来るよ」

 

「ちょっ……エイジどうしたんだよ!」

 

 意識を取り戻したとの報にミッションから戻ったエイジが見舞いに来たものの、すぐに踵を返し、そのままこの場から立ち去っている。今の状況がどんな物なのかその場にいたコウタとマルグリットには理解出来なかった。

 

 ここは医務室ではあるが、ここ最近で利用している人間はおらず、この場には少なくても他には誰も居なかった。何かを誤解しているのかもしれない。しかし、今のコウタにそれを確認出来る術は無かった。

 

 

「なあ、何かあったのか?」

 

「さあ?私も知りません」

 

 そんな疑問は程なくして解決する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウタの意識が戻ったらしいですね」

 

「はい。何とか戻ったので少しホッとしてます」

 

 マルグリットがラウンジへと足を運べば、そこには珍しく女性陣が休憩とばかりにそれぞれが寛いでいる。普段であれば何かしら誰かが居るはずにも関わらず、この場には女性陣以外でいたのはカウンターの中にいたエイジだけが男として一人いただけだった。

 

 今まで何かを話していたかの様な雰囲気があるものの、何となくその空気が何時もとは違う。それが何を意味しているのかマルグリットには知る由も無かった。

 そんな中でアリサがマルグリットを見つけたと同時に、ソファーの所へと手招きしながら誘導している。どうやらここに居たメンバーと休憩していたのか、目の前には各々のチーズケーキとコーヒーや紅茶が置かれていた。

 

 

「そう言えば、今回のミッションなんですが、原因は不明だと言う事です。念の為に榊博士もエイジスでの状況を確認しましたが、これと言った原因は分からないらしいです」

 

「後で連絡入れるけど、コウタの神機だけじゃなくてマルグリットの神機も完全メンテするから、暫くの間の出動は出来ないからね」

 

 この状況で何となくマルグリットは察していた。そうやらここでちょっとした女子会的な物が開催されているのか、随分と寛いだ雰囲気が出ている。

 恐らくエイジがカウンターに居るのはケーキを作ったその流れだったのか、今はムツミと新作メニューの考案で何かを作っている状況だけが見えていた。

 

 

「分かりました。いつまでなんですか?」

 

「そうだね~。これから作業に入るから明日の昼までかな。まだ詳しくは見てないから何とも言えないんだけど、問題無ければそんな所だよ」

 

 リッカはチーズケーキを口に運びながら、何かを思い出したかの様に話をしている。

 内容が内容なだけに、正確な状態が分からなければ今後のスケジュールに支障が出る。そんな程度の事を考えていた。ヒバリとて事実上の業務報告の様な雰囲気があったからこそ、他にいたメンバーの表情を確信する事が出来なかった。

 気が付けばマルグリットの前にチーズケーキが出される。既にこれだけの人数が居る以上、この場から離れる事は難しいと考えた矢先だった。

 

 

「あ、あの。マルグリットさんはコウタさんとお付き合いしてるんですか?」

 

 カノンから放たれた爆弾がついに会話の中心となるべきマルグリットに炸裂していた。何が言いたいのかは分からないが冷静に周囲を見れば何か期待した様な表情が見えている。カノンの放った言葉が脳に達し、口から言葉が出るまでにかなりの時間を要していた。

 

 

「え?……あの…それって?」

 

「実は今回のミッションの際にコウタさんが意識不明の重体で運ばれた事は全員知ってるんですが、その際にハルさんから口移しで回復錠を飲ませていたって話を聞いたのでつい…」

 

「やっぱりそうだったんですか。あの通信の内容もそんな感じだったんで。まさかコウタさんとは…」

 

 カノンとヒバリの言葉にここで漸くマルグリットがコウタに対してやった事と同時に、当時の言葉が通信越しにヒバリに聞かれた事を理解していた。

 確かに緊急事態だから仕方ない部分はあっただけではなく、大事な人の台詞も恋人じゃなくてどちらかと言えば仲間のつもりで言ったはずだったが、どうやら通信越しにはそんなイメージが全く湧いてない状況だけが理解出来た。

 

 気が付けば両隣にいたアリサとヒバリがマルグリットを逃がすつもりが全く無いと言いたげにしっかりと両手を握っている以上、マルグリットの退路は断たれていた。

 

 

「い、いや。そんなつもりじゃ……」

 

「ハルさんがかなり力説してましたから、間違い無いかと」

 

「何せ大事な人ですからね」

 

 獲物を狙う様な視線を感じた瞬間、他からも興味の視線が突き刺さる。目の前にいたナナとシエルも何かを聞きたいのか興味本位を隠すつもりが無いそんな表情をしている。

 一体何が楽しいのかが分からないままマルグリットへの尋問大会とも言える話が続いていた。

 

 

「因みにどこまでそんな話が?」

 

「ハルさんの事ですから、恐らくはその場に居た全員が知っていると思いますよ。それに火が付けばアナグラ全体に広がるのは時間の問題かと」

 

 カノンの言葉にマルグリットは少し頭が痛くなりそうな感覚があった。特段意識してなかったはずが、こうまで何かと言われると嫌が応にも意識しだす。

 このままではコウタの耳に届くのは時間の問題でもあった。

 

 

「でもあの時のコウタさんに対するマルグリットちゃんはやっぱりそうだよ」

 

「確かに窮地であれば、周りへの意識はともかく生存本能が出ますから、それはある意味では当然の事かと」

 

 現場を見ていたナナの言葉が信憑性を高めていく。

 このまま何も言わない訳にも行かないが、何をどう言えば良いのか案が出ない。今まで孤独と向き合いながら戦って来たマルグリットからすれば、この場面の機微にはどうしても疎くなってくる。

 

 当時のギースに抱いた気持ちと今の感情が同じなんだろうか?それをそのまま口に出せば良い結果を生まない事だけは分かるも、この場から脱出する事が出来ない。せめて隣のアリサの圧力が緩和出来ればとエイジに助けを呼ぼうとしたが、エイジはムツミとの話でこちらへの意識は何も無い。

 このままでは何もかもが既成事実として築かれてしまう。まさにそんな状況に差し掛かろうとしていた。

 

 

「お前達。そろそろ休憩の時間は終わりじゃないのか?ヒバリは後で支部長室に来るんだ。カノンはミッションの報告がまだ来てないみたいだが、もう出来上がったのか?」

 

 ツバキの言葉に全員が一瞬にして固まる。こうまでタイミングが良かった事には疑問はあるが、まずはこの空気が壊れた原因でもあるツバキに礼が言いたい気分だった。

 

 

「どんな話かは想像が着くが、ここ最近の部隊長が副隊長とくっつく事は既に周知の事実だ。そんな事を気にする暇は無いぞ」

 

 先ほどの会話の中身が既に知らされていたからなのか、まさかツバキからそんな言葉が出るとは思わなかったからなのか、マルグリットだけでなくアリサも固まっている。 既にツバキは要件が終わったと言わんばかりにラウンジから去っていた。

 

 

「あ、あのアリサさん。先ほどの話は本当なんでしょうか?」

 

「確かに今考えればそうですね。それがどうかしたんですか?」

 

 ツバキの言葉を思い出せば、確かにそれは間違い無かった。リンドウも当時は副隊長だったサクヤと結婚していると同時に、自分も当時の隊長だったエイジと今の関係になっている。

 程なくして当時本部の外部居住区で聞かされた言葉を思い出したのか、アリサの顔は少しだけ頬に赤みが差していた所での言葉だった。

 

 

「いえ。まさか極東にそんなジンクスがあったとは知らなかったので」

 

 シエルの言葉にアリサは現実に引き戻されていた。確かに間違ってないが、全員がそんな訳では無い。慌ててその言葉を修正しようと決めていた時だった。

 

 

「ひよっとしてシエルさんも関心があるんですか?」

 

 先ほどまで攻め込まれていたのが嘘の様に、今度はマルグリットがシエルへと攻め込んでいく。誰もが自分の事よりも他人の事の方が聞いていて楽しいからなのか、誰も止めようとする者は居なかった。

 

 

「そんな事はありませんので……私も用事を思い出しましたので、これで失礼させていただきます」

 

 戦術を学んだ彼女からすればこの状況下は最悪の展開になり兼ねないと判断したのか、そのままシエルはこの場から脱出する事に成功していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今後はどうするつもりですか?」

 

「今は研修の名目で議会も承認しているが、今後の事を考えると多少なりとも連携の必要はあるのは間違い無い。後は本人の気持ちだけかと」

 

 

 厳しい結果ではあったものの、マルグリットの研修期間が終わろうとしていた。

 ネモス・ディアナから派遣された結果、短期での研修となっていたものの、問題なのは今後のマルグリットの扱いに対する方針だった。

 

 自主性を考えればこのままネモスデイアナに戻る選択肢しかないが、今後の事も考えるとマルグリットの後進が居る訳では無い為に、今までの仕打ちが外部に漏れないのだろうかと言った考えが議会の内部でもあった。

 

 非人道的な行為をやったのであれば、それは普段から口に出ているフェンリルと何も変わらない事を意味するのと同時に、今のユノの活躍と同時に既にその存在が知れ渡ったネモス・ディアナがどうなるのかを想像すれば今後の対応次第では簡単にその存在が消し飛ぶ可能性が高い。

 ここに来て漸く赤い雨に悩まされる事が無くなった雰囲気に水を差す訳にもいかないとばかりに那智は榊との話をそのまま続けていた。

 

 

「今後の対応についてだが、君はどうしたい?」

 

 研修も終わりに近づこうとしていた矢先にマルグリットは榊に呼ばれていた。既に話の内容はお互いに付いているも、最終的には本人の気持ちが優先されていたからなのか、まずは確認が必要だとばかりにマルグリット自身の考えを確かめる必要があったからからと支部長室に呼ばれていた。

 

「ここに来て分かりました。私の実力ではいずれネモス・ディアナに更に強力なアラガミが出没した場合、無力な存在になるかと思います。だからこそ私は……」

 

 突然言われはしたが、これはコウタの事だけではなく、純粋に自身が感じた事実だった。今はまだ自分で対処できるが、今後更なる強固なアラガミが出没した場合、単独での戦いは無理である事が今回の件で理解出来ている。

 

 自分の力が及ばなかった場合、最悪は自分以外にも他人の多数の命が同じ様に危険にさらされる。今はそれを良しとは考えたくは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?コウタ隊長。またマルグリットさんにメールですか?少しは任務の方に集中してほしいんですけど」

 

「エリナ。気持ちは分かるがそれ以上の事は野暮と言うものだ。極東の言葉にもあるだろう。人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られるとな」

 

 ジト目気味にコウタを見れば、何故かエミールがフォローするかの様にエリナに話を続けていた。あの後の結果、マルグリットはこのまま転属ではなく、一時的な所属変更と称し近い未来にアナグラへと転属が決定されていた。

 

 突然の変化は住人にも動揺が走る可能が高い。いくら独立自治とは言え、ゴッドイーターの戦力が無けれ場立ち行かない事はこの時代では既に常識となっている。

 その対策として少しづつ状況を変化させる事ですべての予定がそのまま決定されていた。

 

 

「べ、別にそんなつもりじゃないんだから。ただ、コウタ隊長が最近たるんでいる様にも見えるとなれば私達全体がそう思われるのは癪でしょ」

 

「あのな、人が返事しないからって適当な事を言うなよ。っとにあの時は大変だったんだぞ」

 

「そうでした?何となく喜んでいた様に見えたのは気のせいですかね?」

 

 何かに気が付いたのかコウタは当時の状況を思い出していた。

 何もしらないまま任務に復帰した瞬間、何となくロビーには生温かい目で見られていた。

 

 何が原因なのかは分からなかったが、ヒバリだけではなくカノンやアリサまでもが分かっているからと言わんばかりの表情でその場に居た。そんな中で顔を赤くしながらマルグリットが来た事で何となく察したのか、コウタはそれ以上の言葉を言うつもりはどこにも無かった。

 

 結論はどうなっているのは分からないが、今のコウタの口からはアイドルの話が出なくなった事から、大よその判断が出来る。少し先の未来の事を考えたのか、それ以上の言葉はコウタからは出なかった。

 

 

 

 




少しだけコウタの活躍の場を作ってみたつもりです。
やや強引な部分があるかとは思いますが、ご容赦頂ければと思います。

色々と思う部分はあるかと思いますが、今後も外伝はこんな調子が続くかもしれません。



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