神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第183話 窮地

 

「そう言えば、マルグリットさんの調子はどうなんですか?」

 

マルグリットがアナグラに来てから1週間が過ぎようとしていた。ここでは何度も派兵を受け入れている事もあってか誰も気にする様な事は無く、当初からいたかの様に受け入れられていた。

 

 

「俺の出る幕は殆ど無いかな。最近はエリナが何かと一緒に行動している様にも見えるね」

 

ミッションから帰ったコウタを見かけたからなのか、アリサも当時の事が影響しているからなのか、仕事の合間には何かと気に掛ける事が多くなっていた。

これまで派兵された人間は一度アナグラの教導メニューで心を折られてから配属される事になるが、マルグリットに関してはその過程が抜けていたからなのか何となく心配する様な部分があった。

 

 

「その内コウタの事は忘れられそうですね」

 

「そうそう。その内俺の代わりに部隊長に……ってさりげなく馬鹿にしてないか?」

 

「それはコウタの気のせいですよ。数字は嘘はつきませんからね」

 

よほど今の部隊に水が合ったのか、マルグリットの数字は当初予定していた物を遥かに超える数字が叩き出されていた。元々単独で任務をこなしていた物の、それが小型種ばかりだと思われていたが、リザルトを見れば誰もが直ぐに理解出来る。

それ故にその結果に虚偽が無い事は誰もが知っていた。

 

 

「って言うか、後で聞いたら少しだけ屋敷で訓練受けてるんだぞ。屋敷で直接やってるならそれも当然だと思うけど」

 

コウタが言う様に、初めて配属されたミッションはヴァジュラの討伐任務だった。極東の基準では単独で討伐出来て一人前と言われているが、実際に上等兵やなり立ての曹長クラスでは手こずる事も多かった。

 

当初は曹長クラスと言われた事もあったものの、部隊を預かる身としては一度その目で確認しない事には、今後の部隊運用にも影響が出てくる。そう考えると今のミッションはある意味試金石とも考えられていた。

 

 

「でも1週間位だと聞いてますよ」

 

「期間は短くても内容が濃いから結果が出るよ。それをミッションの後でエリナが聞いた結果があれだからな」

 

コウタの視線は窓際の椅子に二人で談笑している姿があった。確かに何かにつけてエリナが話しかけている様にも見える。エリナもどちらかと言えば純粋な技術に憧れる節があるからなのか、教導の際にもエイジを指名する事が多かった事がアリサにも思い出されていた。

 

 

「でも、今は正直な所有難いよ。ここ最近はミッションの難易度が高めだったから、少しヤバい場面もあったんだよ」

 

遠目で2人を見ながら、コウタは当時の事を思い出していた。終末捕喰の影響が一番大きい極東支部では、螺旋の樹の影響なのかアラガミの出没数が以前よりも増加傾向になりつつあると同時に、小型種や中型種を捕喰しようとそれに釣られたのか大型種の乱入が多くなっていた。

 

エリナとエミールだけでも何とかやってこれた部分は確かにあったが、ここ最近はそれでもオーバーワーク気味になりつつあるのか、疲労度が増してきた所でのマルグリットの加入はコウタの目から見ても有難いと感じる方が多かった。

 

 

「そうですね。確かにここ最近は増加傾向なのは感じてましたから、今が出没のピークなのかもしれませんね」

 

「だと良いけどな。そろそろ俺達も定期ミッションの時間だ」

 

「エイジスですか?」

 

「そう。いつもの掃除ミッションだよ」

 

コウタは休憩は終わりだと目の前のソーダフロートを一気飲みし、これからミッションだと改めで第1部隊を召集すると同時に、これから始める内容を各自に説明していた。

 

エイジスは3年前のノヴァの影響が未だに残っているのか、それとも目に見えない何かを察知してくるのか、定期的に色んなアラガミが出没していた。

定期的に討伐しなければ、エイジスがアラガミの巣になる可能性が高く、またアナグラからも距離がそう遠くない事から、これまで第1部隊がメインとなって任務に入っている事が多くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで全部か。今日はやけに数が多かったよな」

 

「コウタ隊長。そろそろ私達も休日が欲しいと思うんですが…」

 

「申請は出してるから、そろそろ休暇のローテーションに入れるはずだけど、その件は一旦戻ってからだな」

 

エリナの言葉にコウタも思う所があるのは無理も無かった。今回も事前情報と何も変わらないと思われたミッションだったが、蓋を開ければ連戦に次ぐ連戦だった事から既に手持ちの回復錠やOアンプルが既に底をつく寸前だった。

 

エイジスは他の場所とは違い、回避できるスペースだけではなく移動する事で振り切る事も難しいだけあって、出没した瞬間に即討伐しなければ数が徐々に増える事が確定している。

その結果、自身の命が脅かされる可能性が高いからこそ現在のミッションは割と高難易度に設定される事が多かった。

 

 

《コウタさん。想定外のアラガミが乱入します。大型種ですが、アイテールとヴァジュラです。直ぐに撤退して下さい》

 

一旦は途切れた緊張感はヒバリが入れた通信によってすぐさま臨戦態勢へと移行するも、既に装備品の手持ちは無く討伐のレベルが既に規定を超えている。アラガミの種類から想定すれば、この場でやれる事はただ一つだけだった。

 

 

「エリナ、エミールをつれてマルグリットは直ぐに撤退してくれ。全員で撤退すれば追撃される可能性が高い」

 

「でもコウタ隊長一人でなんて無茶です」

 

「エリナ。気持ちは分かるが、この場は隊長命令を最優先しないと」

 

エリナの悲痛とも取れるその声にその場にいたマルグリットは直ぐに反応していた。今まで単独で戦って来たその判断力から全部を察したのか、それ以上の言葉は何も言わない。既に会話する時間すら惜しい所までアラガミが迫ってきているのか、既に足音が聞こえていた。

 

 

「マルグリット。後の事は頼んだ」

 

「了解しました」

 

「でも…それじゃ」

 

「エリナ。これは命令だ。今直ぐに撤退しろ。これ以上はここに居る全員が全滅する。俺一人なら何とかなるからまかせておけって」

 

奇しくも以前にリンドウが放った言葉でもあった。

当時の状況と今の状況は違うものの、それでも誰がこの場に残らない限り追跡される可能性が高い。撤退中の戦いがいかに難しいかはこの中ではコウタが一番理解していた。

 

 

「コウタ隊長…ご武運を。エリナ。ここはコウタ隊長の言う通りだ。我々の技量では足手まといになる。今は戦略的撤退をするしかない。そうでなければ救援すら呼ぶ事が出来ない」

 

エミールの言葉がコウタの考えの全てだった。時間は既に残されていない。アラガミの気配はすぐそこまで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかリンドウさんと同じ事言って、エイジと同じ行動をする事になるとはね。やぱりこれが第1部隊長の運命なのかな」

 

コウタの呟きに答える人間は既に居ない。今はただ来るであろう援軍の事を信じ、コウタは一人この場に残る事を決めていたのか、アラガミが来るであろう領域にモウスィブロウの銃口がマズルフラッシュと共にアイテールへと向けられていた。

 

 

「マルグリットさんならコウタ隊長と戦う事も出来たはずなのにどうして」

 

撤退しながらマルグリットはアナグラへと通信を繋げていた。既に疲労の限界を超えながらも、ここで立ち止まれば動く事は二度とできないとばかりにただひたすら走り続けていた。

 

 

「私はまだ万全じゃない。あのまま居てもコウタ隊長の迷惑にしかならないから」

 

マルグリットは今まで黒蛛病に長期間患った事で、従来のゴッドイーターよりも戦力的には数段落ちていた。

 

一般人とは違い、代謝の能力が高いゴッドイーターとは言え、半年以上病魔と戦い続けていた身体は想像以上に身体に大きな負担をかけている。屋敷で1週間とは言え指導したのは短時間で戦闘が終結出来る技術を教え込んだ結果でもあった。

もちろんその事実を知っているのは隊長のコウタと支部長の榊だけ。それ以外で気が付いた人間は居たとしても、それを口に出してまで糾弾する様な人物はどこにも居なかった。

 

 

もちろん諦めた訳では無い。今出来る事を最優先させるしかない。ヘリのピックアップポイントが徐々に近づきつつある。

既に大きく離れたからなのか戦闘音はともかく、その状況すら分からない程の遠くまで来ていた。遠目から見るエイジスは何時もと何も変わらない様にも見える。しかし、その中ではまさに死闘とも取れる戦いが繰り広げられていた。

 

 

 

 

『本当に良いのか』

 

 

 

 

ヘリのピックアップポイントまでひたすら走る3人の中で唯一マルグリットだけが自問自答していた。

エリナが言う様にこのメンバーの中で自分だけがコウタの手助けを出来る可能性が高いのは間違い無い事を理解している。しかしそれと同時にこのまま行けば最悪の場合、コウタを助けるどころか逆に足を引っ張る可能性が高い。

 

少しづつ近づくにつれて頭の中で何かが囁く様な感覚が徐々にマルグリットの思考を支配し始めていた。距離からすればもう僅か。そんな中で何かを決心したのか、不意にマルグリットの足が止まっていた。

 

 

「あの、マルグリット…さ…ん?」

 

「エリナ。やっぱり私はコウタ隊長の所へ行く。悪いけど2人はピックアップポイントまで退避。良いね」

 

「でも…」

 

「私はもう決めたの。今出来る事だけをやるってね。エミールとエリナはそのまま退避」

 

足を止めた時点でマルグリットの目に迷いは無かった。万が一の事があればギースの様に後悔しか出来ない事になる。今出来る事が何なのかを考えた訳では無いが、少なくともこのまま退却する事はダメだと本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ!やっぱ厳しいか」

 

大型種二体との対峙はコウタにとって初めてではない。しかし、それは一般的なフィールドである事が大前提での話だった。

一定の距離を取りながら常時こちらに意識をする様に攻撃するのは退却戦での常識ではあったが、ここはエイジス。退却の為に距離を取る事は極めて困難でもあり、最悪は回避に失敗した時点で自分の命が簡単に消し飛ぶ可能性が高い場所でもあった。

時間がどれほど経過したのか今のコウタには知る由も無い。このまま退却が成功すれば何とか応援を呼ぶ事も出来るだろうと考えていた時だった。

 

 

「しまった!」

 

疲労が距離感を狂わしたのか、そこはヴァジュラの攻撃の間合い。二世代や三世代と違って遠距離型神機には身を護る盾が無く、コウタに許させる行為は回避しかない。にもかかわらず、今の間合いがどんな状況下なのかは考えるまでも無かった。

 

 

「ぐはっ」

 

神機を盾にする事も出来ず、回避行動に入るよりもヴァジュラの前足がコウタを襲う方が早かった。鋭い爪の部分は致命傷となる最悪の展開は回避したが、事実上の直撃と同時に肋骨が何本かもってかれたのか、嫌な音が体内に響く。

それに呼応するかの様に口からは夥しい程の喀血がクレイドルの純白の制服を赤く染めていた。既に死地に入っている以上、このまま生命の灯が消える事しか無い。そんな未来がコウタの脳裏を過っていた。

 

 

「コウタ!」

 

この場に居るはずの無いマルグリットの声が戦場に響くと同時に、緑の柔らかな光はコウタの身体を僅かに癒していた。最悪の事態だけは回避できたものの、それでもこの状況が覆る様な事は何も無い。それ故に何故この場にマルグリットが居るのかコウタには分からなかった。

 

 

「どうして戻ってきた!幾ら神機使いの回復力が通常よりも早いとは言ってもまだ本調子には程遠いだろ!」

 

「私はこれ以上大事な人を見殺しにしたくない!」

 

コウタの攻撃を自分へと引き寄せる様にオラクル弾をヴァジュラの顔面へと撃ち込む。まるで狙ったかの様にヴァジュラとアイテールはターゲットをコウタからマルグリットへと変更していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達の事よりも早くコウタ隊長の所へ」

 

ピックアップポイントに来たヘリにはハルオミとソーマが搭乗していた。ヒバリの通信が切れた瞬間の行動は素早く、すぐに動けるゴッドイーターをヒバリは召集すると同時に緊急ミッションとばかりに新たな発注と受注をそのまま更新していた。

既に通信が切れてからそれなりに時間が経過している。今は何とかやれているが、このままでは最悪の事態を招く事は容易に想像が出来ていた。

 

 

「まかせておけ。それよりもマルグリットはどうしたんだ?一緒に行動していたはずじゃなかったのか?」

 

「マルグリットさんはコウタ隊長の援護に向かいました。多分現地には到着しているはずです」

 

エリナの言葉にソーマは内心焦りがあった。今回のミッションに関しては、内容は分からないものの、マルグリットがどんな状況にあるのかは偶然知っていた。

 

当時屋敷で無明と打ち合わせをしようと行った際に、マルグリットが訓練をしていたのが目に入っていた事が思い出される。

データ上では何ら問題が無かったはずだが、今の動きを見ると何か違和感がある。そんな疑問を生じながら少しだけ訓練を見ていると、無明が現状の説明をしていた。

 

表面上は確かに完治した事によって問題無いと思われていたが、やはり長期の闘病が蝕んだ身体が万全の状態になっているとは言い難い内容でもあった。その為に死なない訓練を積む事が重要だと判断した結果、アナグラに教導を入れる前にここでの訓練を少しばかり施していた。

 

 

「ハルオミ。急ぐぞ!」

 

「お、おう。このまま一旦エイジスに向かう。お前たちは絶対に戦場に足を入れるなよ」

 

ハルオミの言葉通り、上空には屋根がある事から、エイジスへの侵入は少しだけ時間がかかるのか、手前から着地する事で、そのまま救出作戦が開始されていた。

 

 

 


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