神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第181話 互いの気持ち

「お前達ご苦労だった。取り逃がした事は致し方ないが、今回の戦闘データは今までの中でも最大級の戦果だろう。ソーマは今回の細胞を直ぐに榊支部長へと運んでくれ。手続きは既に完了している」

 

 

指揮車に戻ると、既にツバキはモニターを終えていたのか、労いの言葉と同時に、今後の予定についての説明し出していた。結果的には討伐こそ適わなかったが、今回の戦闘によって、恐らくはここに寄り付く可能性は低い事が結果として出ていた。

 

知能が高いと感じとったのか、それとも今後は力を蓄えた状態で襲撃に来るのかは誰にも理解出来ないが、今は一時の憩いとも取れる結果に全員が安堵していた。

 

 

「って事は今回の役割はこれで役目御免と言った所で?」

 

元々食事の準備の途中だった事もあり、改めてその場で食事となりながら、これまでの情報を纏めると同時に今後の予定を決定していく。既にこの戦闘データは本部と極東に送られた事もあってか、返答は随分とシンプルながらに早い回答となっていた。

 

 

「そうなるな。今回の件は元々調査であって討伐ではない。結合崩壊を起こした部位も手に入った以上、我々の任務はこれで一旦は終了だろう。その後の事は榊支部長から追って研究の解析結果が来てからになるだろうな」

 

エイジとアリサが用意した食事を食べながら今後の予定を考慮していく。既に本部からも契約満了の文面が届いた事で、これで長い道のりでもあった、調査任務が完了していた。

 

 

「それと今回の件だが、ソーマとアリサは予定通りの日程となっている。エイジとリンドウは明日は一日休暇とし、その後は同じ機体での帰国となる」

 

ツバキの言葉にアリサの表情は明るくなっていた。会えるだけでもうれしかったが、明日一日は事実上一緒に居る事が可能となる。折角来たのであれば本部の周辺でデートしたいと考えていた事が全員に知られたのか、それ以上の事を誰も言うつもりはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか。了解しました」

 

短く切った言葉と同時に、エイジは端末から情報を更新していた。今回の対峙した狐のアラガミは正式に『キュウビ』と名付けられていた。ノルンで確認すれば既に更新されたのか履歴にも残っている。

今はまだ正式に討伐した結果が無い為に、恐らくは一部の上級職以上のみ閲覧可能となっているのは、今後の経緯を確認しているからだろうとあたりをつけていた。

 

ギリギリの中で付けたマーカーは未だ信号を出しているからなのか、既に本部の周辺一帯には他のアラガミを襲撃した気配すら存在していない。今回のミッションが厳しい事だったと言う意識だけが残されていた。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや。あのアラガミは正式に『キュウビ』と決まったらしいよ。それとこの周辺には既に影も形も無いらしいから、恐らくはどこかの地域へと移動したんじゃないかって話だね」

 

食事を終えた後は、そのまま撤収の準備へと取り掛かった事もあり、既に時間はかなり遅い時間になりつつあったが、今は本部の自分達の部屋へと戻っていた。

深夜ともなれば人もまばらになる事もあり、今回のミッションの結果が既にノルンに更新された以上、クレイドルに対して確認をする様な事は無かったからなのか、エイジはアリサと自分の部屋に戻っていた。

 

 

「って事は今後は極東にも来る可能性があるって事ですよね」

 

「そうなるね。まだ今の状況がハッキリしないけど、可能性は高いと思う」

 

サテライトの事が思い出されたからなのか、アリサの表情は少しだけ影を落としていた。日没から始まった戦闘は時間にすれば然程経過する事は無かったが、その内容はまさに濃密とも取れる程だった。

今までにも色んなアラガミと対峙したが、こうまで苦戦したのはハンニバル以来。今でこそ対応策があるが、今回のキュウビに関してはこれから手さぐりでやっていく事になる。

当時の状況が思い出されたからなのか、アリサの表情は中々戻る事は無かった。

 

 

「でも、今は対策も直ぐに立てる事が出来るし、僕たちも当時のままじゃないからね。今はただ一時の憩いを取るだけだよ。休むのも仕事のうちだからね」

 

「そうですね。もう時間も遅いですから」

 

戻ってからも何かとやるべき事があるからと、既に時刻は日付を大幅に超えていた。明日は一日休暇とは言え、やるべき事を先送りする訳にはいかない。今はただ少しだけ眠りに就こうと考えた矢先に朝の一コマが思い出されてた。

 

 

「そうだ。ねえアリサ、あれはいつ付けたの?全然気が付かなかったんだけど」

 

「あれですか……実は少しだけ早く起きたのでつい…」

 

アリサの言葉の歯切れが悪かったのは、今朝の一幕が要因でもあった。朝、鏡を見た際には絶妙な場所に付いてたからなのか、エイジは気が付く事もなくそのまま部屋を出ていた。

首筋に咲いた真っ赤な花はここに来てからアリサがこっそりと付けた物。まさかツバキに指摘されるとは思っても無かったが、これで多少なりとも周囲への牽制にはなるはずと考え実行していた。今思い出せば、確かにエイジを見知った人間からは微妙な表情をされていたが、まさかこれが原因だとは思いもしなかった。

 

 

「そうなんだ……じゃあ、アリサにも同じ事しないとね」

 

「あの、優しくしてくださいね」

 

「善処するよ」

 

まるで意趣返しの様にも思えるも、それが何を指しているのかを理解したからなのか、それ以上の言葉はお互いに何も無かった。暗くなった部屋からはお互いの息遣いと僅かな水音だけが聞こえる。ここに来て早々は翌日のミッションに差し支えが出るからと特に何も無かったが、明日は休暇となっている以上、今は久しぶりの逢瀬を存分に味わうべく、お互いの愛を確かめ合う様に時間だけが経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、ここは初めて来たんですが、どこか見る様な所でもあるんですか?」

 

「そう言われると、何とも言えないんだよね。実際にはリンドウさんもだけど、ミッションは当たり前の様に連続してるから、ゆっくりとここを回った記憶は無いかな」

 

先日言い渡された休暇の件で2人は本部周辺の居住区へと足を運んでいた。エイジとリンドウは確かにこれまで何度も来ているが、実際には教導と遠征の繰り返しだった事もあってか、居住区まで来た事は皆無だった。

 

 

「でも、色んな所を知ってるみたいですけど?」

 

「ああ、それは受付の人に聞いたんだよ。ほら、アリサ達が一番最初に受付したかと思うけど」

 

エイジの言葉にアリサは当時の状況を思い出していた。あの時はソーマが受付をしたものの、中々見た目が整った女性だった事が記憶に残る。それは無いとは分かっていても、何となく面白く無いと考えたのか、少しだけエイジの顔を眺めていた。

 

 

「…確かに美人でしたね。話によれば何かと懇意にしてるらしいですね」

 

「ミッションの発注がそこだから、それは仕方ないよ。アナグラだってヒバリさんがやってるのと変わらないと思うけど?」

 

「アナグラは良いんです。ヒバリさんはタツミさんも居ますから、エイジを誘惑する事はありませんし」

 

何か嫉妬している様に聞こえるが、それはある意味お互い様だと考える部分があった。今回の休暇の際に、どこか見どころが無いかと確認した際に何気にデートだと告げた瞬間、男女を問わず色んな所で悲鳴の様な物が聞こえていた。

それが誰に対する物なのかは言うまでも無いが、それはエイジからしてもアリサがここでは人気があるからだと考えていた。

 

広報誌に載った際には必ず話題に出るだけではなく、一部のゴッドイーターからは何かとアリサについて聞かれる事も多かった。本当の事を言えば声を大にして言いたい気持ちも何度かあったが、まさか教導で来ているにも関わらずそんな事をする訳には行かないからと、そんな話題に対してはなるべく入らない様にしていた。

 

 

「それは無いよ。だったらあんなに大量に付けないからね」

 

笑顔で言われた言葉で今朝の一幕が思い出されていた。気だるい身体を起こしシャワーを浴びようとした瞬間、アリサは自分の身体を見て驚いていた。首筋に限らず、胸元やお腹にまで赤い花が咲いていた。ゴッドイーターが故に代謝が高いからそのまま放置しても恐らくは早い時間で消えるのま予想出来たが、あまりの数にアリサは慌ててエイジを起こしていた事実があった。

 

 

「あれは…流石に私も驚きました。ドン引きです」

 

愛された実感がそのまま形になったかの様な花はあちらこちらに主張していた。既にめぼしい物は消えているが、未だに残っている部分もある。見えない所ではあるが、気恥ずかしい事に変わりはなかった。

 

 

「次からは要領が分かってきたから大丈夫だよ」

 

「もう。そんな事言わないでください」

 

笑顔で言われるとアリサもそれ以上の事は何も言えなかった。既に時間がお昼に差し掛かろうとしたからなのか近くのカフェへと入る。ここでもやはり2人は注目の的でもあった。

 

 

「ここに来てからいつも思うんですが、ゴッドイーターの感覚がここは他とは違うんですか?」

 

「多分、本部だからが一番だと思う。極東や他の地域だと神機使いは何かにつけて優遇されるけど、ここには貴族も多いから優遇の感覚が無いのかもしれない。事実フェンリルの上層部には貴族がそれなりに食い込んでいるからね。多分そっちの方がインパクトはあるんじゃないかな」

 

エイジの言葉が表す様に、エイジとアリサに視線は一瞬だけ集まっていたが、その後はまるで何も無かったかの様にいつもの空気が漂っていた。誰もが好き好んでい注目されたいとは考えてもおらず、この2人もまた同じ様な事を考えていたのが知られたかの様に特別視される様な事はなく、何時もの日常の様な時間を過ごす事が出来ていた。

 

 

「あれ?如月中尉じゃないですか。こんな所で会うなんて珍しいですね」

 

「今日は休暇だよ。明日には帰国だけどね」

 

恐らくは教導の担当者だったのか、自分と同じかそれよりも少し若い位だと思える男性二人がエイジとアリサを見つけたからなのか、こちらへと向かってきていた。当初は困惑していたが、話を聞けば恐らくは後輩みたいな者なんだろう。エイジはここでも慕われてるんだと考えながらアリサはただ黙って見ていた。

 

 

「そうだったんですか……ってアミエーラ少尉と一緒だったんですか。済みませんデート中ですよね」

 

「まあ、そうだけど。ってなんで知ってるの?」

 

「本部の連中の大半は知ってますよ。だって俺の所にもメールで速報が入ってましたから」

 

そう言いながら目の前の青年が届いたメールを見せている、確かに内容はそれではあったが、まるで芸能人と変わらない行動に少しだけ引いていた。

 

 

「大半って、まさかとは思うんだけど……」

 

「はい。教導の担当者全員です」

 

「……そうなんだ」

 

どうしてこうまで話が広がるのかエイジには予測出来なかった。確かに何も知らないから知っている人間に聞いた方が早いからと受付で聞いたまでは良かったが、まさかこんな事態にまで発展していたとは思っても無かった。

 

 

「あの、アミエーラ少尉」

 

「は、はい」

 

「如月中尉ですが、結構本部でも人気があるんで、このまま手を離さないで下さい。今の姿を見てると如月中尉もリラックスしているみたいですから」

 

突然の出来事に話の流れが追い付かない。今のアリサに分かったのは精々がエイジは人気がある事だけだった。無意識の内に握られた手に力が入ったのかアリサの緊張感が伝わる。それが何を示すのかを理解したエイジは敢えて何も言わなかった。

 

 

「大丈夫です。この手は離しませんから」

 

笑顔で話したと同時に、それを理解したのか、近寄ってきた二人はその場を離れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として降って湧いたかの様な休日はあっと言う間に過ぎ去っていた。極東に居れば、確実に何らかの仕事が舞い込む事もあってか気が休まる事は少なく、今回の日程を半ば強引とは言え、組んでくれた弥生にアリサは少しだけ感謝していた。

時間は分からないが既に日が沈みかけている。ここは展望エリアなのか、2人以外にもカップルと思われしペアが何組か居た。

 

 

「今日は楽しかったです。久しぶりにのんびり出来たのはある意味弥生さんのおかげですね」

 

「それは確かにそうだけど、今日の事は多分知られてるよ。何だかんだで本部とのつながりは未だにあるからね」

 

少し前に見たメールから考えればその可能性は否定で出来なかった。今回の内容を画策したのが本人であると同時に間違い無くこの情報はアナグラでも知らさせる事になるのは間違い無かった。既にゆっくりと夕日が沈もうとした時だった。

 

 

「ねえアリサ」

 

「なんですか?」

 

何かを思い出したかの様に、エイジはアリサの顔をジッと見ていた。この問いかけが何を意味するのか分からないアリサはただエイジの顔を見る事しか出来ない。

 

エイジが口を開くと同時に夕方の時刻を知らしめようと辺り一帯に大きな時計の鐘が鳴り響く。エイジがアリサに対して何を言ったのか、周囲の人間が知る事は何も無かった。大きく鳴り響いた鐘の音が終わる頃、アリサの目には涙が溢れ、顔を赤くしながらもほころんでいた。

 

 

 

 

 


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