神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第180話 未知のアラガミ

「お前達にも今日から我々と一緒に捜索の任務が入っている。日程は4日だと聞いているが、ギリギリまでは任務に当たると考えてくれ」

 

改めて新種の捜索ミッションの名の下に再び全員が就く事になった。何も知らない人間であれば文句の一つも言いたくなる様な状況ではあるが、生憎とソーマは自分の目で見た方が分かり易いからと、アリサはエイジと同じミッションに就くからとの理由により誰も異議を唱える者は居なかった。

 

そもそも今回のアラガミは事前に報告が来た事もあり、今後の人類の行方に多少なりとも変化をもたらす可能性が高いとの算段もある以上、出来る事ならば見つかるまでと考えたい程だった。

 

 

「そう言えば、リンドウ。お前達は遠目から見たんだったな。それはどんな形状をしてたんだ?」

 

「見たと言っても具体的な物を見た訳じゃないからな。少なくとも遠距離からの攻撃でもアラガミを一撃で倒す事が出来る攻撃手段がある以上は、常時警戒する必要があるな」

 

リンドウの回答はソーマが期待した様な事は何も無かった。しかし、攻撃の威力がその言葉通りであれば警戒に越した事は無い。それ以上の確認が出来ない以上、今はその情報しか手がかりとなる様な物は無かった。

 

 

「今後の任務に関してはこれまで同様、常時索敵をかけ、発見次第討伐が主な任務だ。このメンバーであれば問題は何も無いと思うが、各自気を引き締めて任務に当たってくれ」

 

ツバキの言葉に全員が何時もと同じく返事をする。本部の内部ではあるが、そこだけはまるでアナグラに居る様な錯覚があった。

 

 

「それとアリサ。弥生から連絡を受けているが、ここは極東では無い以上しっかりと自重しろ。それとエイジ。お前は先に回復錠を使ってから出ろ。良いな」

 

厳しい言葉の次に来るはずでは無い内容にエイジは首を傾げる事しか出来なかった。自重も何も、昨晩は同じ部屋で一緒に寝たのは事実だが、特に何もしていない。にも関わらず、アリサに対して自重し、自分は任務にもまだ入っていないにも関わらず回復錠を使う指示が出た理由に気が付けなかった。

 

 

「エイジ、それだよそれ」

 

何かに気が付いたのか、リンドウの視線が首を指している。特に怪我をした記憶は一切にも関わらず、指をさした場所を触っても傷跡すら見つからない。リンドウの表情をみればニヤニヤしている様にも見えるが、それでもエイジには意味が分からなかった。

 

 

「あ、あの……」

 

何も気が付かないエイジに居たたまれなくなったのか、アリサが顔を赤くしながら耳打ちをする。漸く理由が分かったのか、エイジは直ぐに回復錠を口に含んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達が見たのはここが最後だ。それと今回のミッションだが、捜索しながら近隣から来るミッションも同時にこなす事になるから、各自しっかりと準備しといてくれ」

 

移動型指揮車を運転しながら、レーダーが常に周囲の探索を続けている。本部でのやりとりなどまるで無かったかの様に、全員が周囲を索敵する事しか出来なかった。

 

 

「しかし、目的が目的なだけに、何も見つからないのは苦痛だな」

 

「そう言うなよソーマ。俺達はこんなのをここに来てからずっとやってるんだぞ」

 

索敵しながらの移動は常時精神的な物を感じるのか、疲労の度合いは普段以上だった。時折入る通信で移動しながらの討伐任務に関しては何の問題も無いが、それでも目的らしい物が無いままの捜索はゆっくりと精神を疲弊させていく。

 

既に時間も遅くなりつつあったのか、一旦はここでのキャンプを余儀なくされる。こんな状況なのは今さらなので誰もが何も言わずにやるべき事をやると同時に、一日の疲労を癒すべく食事の準備をしていた。

 

 

「お前達、この先でアラガミの反応があった。装備を整えて任務に入れ」

 

これからゆっくりと出来るかと思った矢先だった。今までレーダーに何も反応が無かったはずの場所に突如としてアラガミの反応をキャッチする。今までの経験上、明らかに従来の反応とは違う事だけは本能が告げていた。

 

目的のアラガミの可能性が高い事を全員が察知したからなのか、既に臨戦態勢に入っていた。既に太陽が沈みかけ、恐らくは時間にして然程も残されていない可能性が高い局面での戦闘には、多大な注意が必要となっていた。

 

この時間帯であれば厄介なのが視界が一気に狭くなる事。夕暮れ時の西日が思う以上に視界を塞ぎやすく、また逆光の中での戦闘ともなれば最悪の結末を招く可能性があった。本来であれば完全に沈んだ方がまだ目が慣れるが、現状では投光器は用意する事が出来ず、万が一には他のアラガミの襲撃を考えれば使用する事が躊躇われていた。

 

 

「まだ太陽の光が強い。お前らも逆光を考えてやってくれ!」

 

リンドウの指示と同時に全員がアラガミに向かって突撃する。既に西日がキツくなり始める頃、ここで初めてアラガミの姿を目撃する事が出来ていた。

 

 

「あれが……アラガミだと」

 

「ソーマ。関心するのは後だ。攻撃のパターンが分からない以上、警戒してくれ」

 

ソーマだけではなく、この場にいた全員が驚いていた。アラガミと言わなければ恐らくは未確認の動物の様にも見えるその姿は今までのアラガミとは一線を引いた存在である事が直ぐに理解出来た。これが今まで姿すら確認出来ない程の存在でもあり、今回の最大の目的でもあった。

しなやかな肉体に金色の毛、三本の尾がまるで生き物の様に蠢いているその姿は、まさにアーカイブでも見た狐の様な形状をしていた。

 

 

「これが今回の目的ですか?」

 

「ああ。こいつが僕とリンドウさんが探してたアラガミだよ。恐らくだけど、このアラガミは他の個体とは大きく違う。油断した瞬間にどうなるのか予測出来ないから、要注意だよ」

 

攻撃では無く、すぐに回避できるように刀身は低く構えエイジは警戒しながらアリサに話す。今回の最大の目的でありながら、中々お目にかかれないこのアラガミが目の前に居る以上、今は一刻も早い討伐とばかりに様子を伺っていた。既に近くまで来ているのは恐らく気が付いているはずにも関わらず、そのアラガミは意にも介す必要が無いとばかりにゆっくりと歩く。

それがまるで誘っているのではないかと思わんばかりの行動に見えていた。

 

 

「このままだと膠着だな。どうするリンドウ?一気に決めるか」

 

ソーマが言う様に、このまま見過ごすわけにはいかないが、今の状況は明らかにアラガミに分がある様にも見える。太陽がゆっくりと沈むのを待つかの様に、時間だけがゆっくりと過ぎ去ろうとしていた。

 

 

「行くぞ!」

 

太陽が沈み、薄暗くなった瞬間、リンドウの叫び声と共に戦端は一気に切り開かれた。今まで新種の対応は散々やっている以上、何の弊害も無い。ここぞとばかりに全員がアラガミへと距離を詰めていた。

 

 

「アリサ、援護を頼む」

 

「了解です」

 

エイジの言葉と同時にアリサは既に銃形態へと変更し、エイジの行動を読み切るが如く少し先を予測しながら弱点となる属性を探るべくオラクル弾を撃ち込みだす。アサルトの特性を活かしながらアリサは次々と全部の属性を試すべく素早くバレットを変更していた。

通常であれば一つ一つの動作を確認しながらのはずが、エイジとの呼吸が合っているのか、一々確認する事もなく、全弾が命中する。

元々属性の確認の為だった事もあってか、アラガミは気にする事無く距離を詰める為に突進しているエイジへと襲いかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサ!大きく回避だ!」

 

お互いが距離を詰めながらの攻防は既にお馴染みとも取れる光景でもあった。本来であればギリギリで回避しながらカウンターで攻撃を当てるエイジのやり方を当たり前の様に見えていたアリサはエイジの発する言葉の意味が理解出来ないまま、そのばから大きく跳躍する事で回避行動に入っていた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「嫌な予感がしたんだ。薄暗いから詳しい事は分からないが、距離を詰めた瞬間嫌な感覚があったんだ」

 

エイジもまたアリサ同様に大きく回避行動に移っていた。本来であればカウンターを当てながら弱点の分析をしていたが、狐のアラガミの突進にどこか嫌な予感しかしない。セオリーではなく、今まで培ってきた感覚がエイジの脳内で警鐘を鳴らしていた。

 

 

「そう言えば、何かしら弱点は分かった?」

 

「殆ど差は無い様にも思えましたが、多分火属性かもしれないです」

 

全部の属性を僅かな時間で撃ち尽くすと同時に、弱点となる属性の探索をするのも新種と対峙した際には重要な情報となりうる。流石に討伐が出来ない事は無いにしても、ある程度のデータが求められる戦い方は、事実上クレイドルのチームでしか出来ない事が多かった。

 

本部に於いては極東を基準にすれば階級は尉官でも、未だ曹長レベルの人間が多く、本来であれば全員が教導の対象になりうる可能性があったものの、流石に立場上は同じ中尉でもあるエイジとの教導をする訳には行かないとの理由によって、実際には上等兵クラスの教導がメインとなっていた。自分よりも若く実力がある人間が妬まれるのはどこの世界でも同じではあったが、本部ではその傾向が強かったからなのかエイジと話すのはどちらかと言えば若手から中堅までが殆どでもあった。

 

 

「了解。リンドウさん。あれは火属性です」

 

「了解。データの収集はしてある。でも、さっきの突進は何かあったのか?」

 

狐のアラガミの突進は確かに速度はあったが、それに負ける様な軟な鍛え方はしていないにも関わらず、先ほどの大きく回避行動を取った事がリンドウの中で疑問を生じていた。

 

 

「勘としか言いようがないんですが、距離を詰めた瞬間に嫌な予感だけがしたので」

 

「新種はパターンが分からないからな、今は行動パターンだけでも調べる必要があるって事か」

 

突進を大きく回避した事と、それに伴って距離が空いた事から、情報の共有化を進める。既に慣れたやり方ではあったが、エイジとリンドウはスナイパーの攻撃の様なオラクル弾らしきものをまき散らした光景も見ている。

そう考えると、今後の対策が必要となるのはある意味当然の事でもあった。

 

 

「ソーマ、アリサ。あいつは上空からオラクル弾を周囲にまき散らす事もある。少なくとも俺とエイジはそれを見ているが、攻撃力はかなり高い。出た際には指示を出すから常時警戒してくれ」

 

少し前に見た光景が嫌でも思い出される。このメンバーで直撃は無いとは思うが、やはりその攻撃力は警戒の対象にしかならかった。

 

 

「おしゃべりはここまでだ。また近づいてくるぞ」

 

ソーマは既に臨戦態勢へと入っている。距離が空いたかと思ってはいたが、やはりその行動は早く通常であればゆとりが持てたはずが、今は既に手前10メートルの地点まで接近していた。再度距離を取りながらも全員が固まる事無く散開している。攻撃の的をしぼらせない為に、全員が狐のアラガミを取り囲む様にして距離を詰めていた。既に太陽が沈んでからはそれなりに時間が経過しているからなのか、徐々に闇が周囲を覆いつくそうとしてていた。

 

 

「ちょこまかと動きやがって」

 

「アリサ援護して!」

 

リンドウのボヤキはある意味正解だった。狐のアラガミは今まで見た中でもヴァジュラやガルム種以上に大きな躯体を激しく動かすからなのか、攻撃を当てる事が出来ても散発程度の銃弾だけもあってか、中々捕喰する事も難しい。

 

戦闘中は時間の概念は殆ど無いが、夕日が完全に沈む事から否が応でも時間の経過を理解させられている。本当に夕闇が周囲を囲む事になればクレイドルとしても厳しい戦いを迫られる可能性があった。エイジの指示でアリサが火属性のバレットを放つと同時に、再びエイジは距離を詰める。既に手を伸ばせば届くと思われた瞬間だった。狐のアラガミはまるでその場で回転するかの様に大きく動き出す。その動きが大気を動かす事で小さな竜巻を連想させていた。

 

 

「エイジ!」

 

アリサの言葉と同時にエイジは盾を展開させる事に成功したからなのか、ギリギリの所で防御に成功していた。しかし、それと同時に厄介な可能性が浮上する。下手に距離を詰めるとカウンターの如く先ほどの攻撃によって行動が阻まられる可能性があった。

このままでは斬撃を当てる事が出来ないと同時に、攻撃の手段が限られる事を示唆していた。

 

 

「間に合ったから大丈夫だ」

 

ギリギリで防御したまでは良かったが、盾の表面を見ればゾッとしたくなる様な状況が攻撃力の高さを示している。防御出来たからまだ問題無かったが、これが直撃すれば流石に無事とは言えない可能性が極めて高い。今までに見たアラガミの中でもこれ程までに見た目と攻撃力が番う個体はそうそう出会う事は無い。明らかに接触禁忌種に指定する程の威力がそこにはあった。

 

 

「お前ら来るぞ!」

 

リンドウの言葉に改めて狐のアラガミを注視する。先ほどまで3本だった尾が、オラクル細胞が活性化したからなのか、既に腰の部分からも炎が揺らめく様に6本の尾の様な物が立ち込めている。それが何を意味するのかを理解したのはリンドウとエイジだけだった。

 

 

「アリサ、ソーマ盾で防ぐんだ!」

 

エイジの指示と同時に全員が盾を展開する。既に完了したからなのか、盾がオラクル弾を防ぐもその威力が盾越しに伝わる。どれ程の力があるのか想像するだけでも気が重くなりそうな一撃は、今後の討伐のハードさを予感させる。それ程までに、目の前のアラガミは脅威の対象となっていた。

 

 

「リンドウさん!」

 

「おう!任せたぞ」

 

アイコンタクトの様にお互いが一言だけ発すると同時に、エイジは盾を収納すると同時に剣形態へと戻し、回避しながら距離を詰める。既に一度見た攻撃は脅威とはなり得なかったからなのか、エイジを狙うオラクル弾を回避しながら捕喰形態へと変形させる。スライディングしながら狐のアラガミの尾の部分へと僅かに齧る事に成功していた。それと当時に体中にオラクル細胞を取り込んだ事によって大きく能力が高まったのか、エイジの身体がバーストモードへと突入する。鍛えられた業と手になじんだ黒揚羽の威力がそのまま尾の部分を破壊していた。

 

 

「このまま一気に決める」

 

まるで当たり前の様な言葉と同時にエイジの一撃が狐のアラガミの腹部へと襲い掛かる。気になるのは先ほどの回転しながらの回避。今はその姿が少しだけ頭の中に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかああ出るとはな……」

 

「結局逃げられましたね」

 

エイジの一撃は予感がしたのか回転しながら周囲を巻き込む事で狐のアラガミは回避に成功していた。エイジのバーストモードに死の臭いを感じ取ったのか、最初からそう決めていたかの様に狐のアラガミはそのまま逃走していた。

 

 

「でもマーカーを付ける事に成功したから、多少の間は状況を追跡できると思うよ」

 

直前に気が付いたエイジは防御するのではなく、バーストモードを活かし最大限に回避行動に移ってたと同時に、ポーチからマーカーを取り出すと、狙いすましたかの様にマーカーを投げつけていた。個人技能とも言えるその行動にマーカーの設置が出来た事によって、追跡が可能となっている。

 

最終的にはオラクル細胞に捕喰される可能性はあるが、それでもやはり一定期間の位置情報は今後の為になる事だけは予測出来た。突然の邂逅は結果として逃走された形ではあったが、少なくとも一部の結合崩壊をした事により、今までに中でも最大級での細胞の摂取が可能となった事だけが、唯一の戦果でもあった。

 

 

 


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