神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第179話 誤解

「極東支部所属独立支援部隊クレイドル所属のソーマ・シックザール、並びにアリサ・イリーニチナ・アミエーラだ。ここに現在滞在中の同隊所属雨宮ツバキに面会に来た」

 

「ようこそフェンリル本部へ。現在の所、雨宮少佐は会議中となっております。時間的にはもう終わる頃かと思われますので、そのままお待ちください」

 

 長かったフライトに付くや否や、ソーマとアリサはすぐさま本部での受付を済ませていた。

 今回の日程が短いのは、そもそも希少価値の高いオラクル細胞の運搬が目的の為に、長期の滞在を予定している訳では無かった。

 

 今回の要因はアリサの為に元々用意された内容を弥生が更新した事が始まりでもあった。

 事前に連絡があったからこそ混乱する事は無かったが、それでもアリサ自体本部に来た事が無かった事も影響したのか、何となく居心地が悪かった。

 

 

「しかし、ここは無駄に豪勢な気がしますね。極東はどちらかと言えば実用的なんですが、ここは何と言うか……無駄に立派な気もします。今となってはフライアと同じ様な感じがするのはそうなんでしょうか」

 

「フライアの事は知らんが、ここは本部だからな。アナグラと違ってここは俺も何度か来たが落ち着かない雰囲気なのは同意だな」

 

 ソーマはこれまでに榊の名代で何度か来た為に、何となくこの雰囲気を理解していた。アナグラは基本的に前線基地でもあると同時に、一般人の立ち入りも安易に出来る為どことなくざっくばらんな雰囲気が漂うが、ここは一般人が出入りする様な気配は全く感じられなかった。

 そんな事もあったのか、それとも単純に外部の支部の人間が珍しかったからなのかどことなく2人に視線が突き刺さる。

 

 人によっては訝しく、また人によっては何か変わった感情が入り混じった様な視線が2人を襲っていた。

 

 

「ソーマ。私の気のせいかもしれませんが、何となく見られている気がするんですが」

 

「気のせいじゃない。見られてるのは間違いない。ここは他の支部とは違い、無駄にプライドが高いやつらが多いからな。恐らくは田舎者が来た程度にしか考えてないんだろ」

 

「そうですか?何となく舐め回す様な視線にも感じるんですが……」

 

 この時のアリサの感覚は正しかった。実際にソーマもアリサもこれまで広報誌に出ている関係から、他の支部の人間も目にする機会が多かった。

 特にクレイドルはその実力だけではなく、現在進行形で計画が進んでいるサテライトの件もあり、フェンリル内部でも知らない方が少ない程に注目されていた。

 

 

「あれってアミエーラ少尉だよな。実物はあんなに美人なのかよ」

 

「ここの女性陣よりも格段に上だな。今度声かけてみないか」

 

「バカか。お前なんて相手になるかよ。まだ俺の方が可能性は高いぜ」

 

 常人よりも聴覚が鋭いソーマからすれば、アリサの事で話をしているのがまる聞こえも同然だった。

 ここが本部だからと言って全員が品行方正ではない。色んな支部からの寄せ集めだったり、元からの生え抜きの人間も居る。

 そんな中でのアリサの存在は今まで紙面が画面上でしか見た事が無い人間からすれば、注目を浴びるのはある意味当然の事でもあった。

 

 隣のアリサは聞こえていないからなのか、先ほどの様な下碑た会話の内容は聞こえておらず、今はただこの場で待つ以外の方法が無いからなのか、所在無さげな様にも見えていた。

 

 

「すまないが、俺達はこの先にあるラウンジで待つ事にする。来たら伝言を頼む」

 

「はい。賜りました」

 

 このままここに居ても問題無いが、余りにも注目される事に嫌気がさしたからなのか、記憶の中にあったラウンジへと移動する。このままよりはマシだと判断したのか、アリサも同意し、2人はそのまま移動する事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここも何だか無駄に豪勢ですね。ここにこんな設備を作るならサテライトに予算を回してほしいと思いませんか?」

 

 記憶をたどりながら来たラウンジは、まるで豪華なホテルにある様に隣接されてた。ここに来るのは2度目ではあったが、当時のソーマはまだそこまで考える程の余裕が無かったのか、記憶が怪しい。

 目の前に座ったアリサがどれほど冷静になっているのか、それとも気持ちを誤魔化す為に言っているのかソーマには判断出来なかった。

 

 

「サテライトはここでは多少懐疑的な部分があるんだろう。万が一屋敷の様に自主性を持たれれば今後のフェンリルとしての権力が無くなる可能性もある。今でこそ漸く予算が少しづつ出てるが、恐らくはそれとこれは別物だろう」

 

 ここに来て漸くサテライトの事が認められつつあったものの、フェンリルが予算を出すのを渋るには訳があった。

 

 自主性と考えるのであれば一番厄介なのはネモス・ディアナの存在。屋敷とは違い、あそこは今回の終末捕喰の件で今まで以上に人気が出たユノの故郷と言う事もあり、これまでに何度か撮影される機会があった。

 

 そんな中でフェンリルの恩恵が殆ど無く、事実上の自主活動をしているのであれば、それが対外的に拡がった場合、誰も制御できなくなる可能性があった。

 そんな中でサテライトをクレイドルが主導で作るのであれば、今度はサテライトが独立した際に一番の戦力でもある極東支部と提携すれば、その時点でフェンリルの存在意義が無くなる事になる。

 そんな懸念材料があった事が一番の要因でもあった。

 

 それは無明からアリサではなくソーマにだけ伝えられた真実もであった。

 万が一アリサにこの話が届けば話は確実にややこしくなる。そうなれば今度はアリサが矢面に立つだけではなく、最悪は逆に攻撃される可能性も秘めている。

 態々好き好んで火中の栗を拾う真似だけは絶対にしたくないとソーマは自分に誓っていた。

 

 

「そう言えば、如月中尉って彼女が居るのかな?」

 

「え~どうだろう。でも普段からここ居るなら、仮にいたとしても別れたとか」

 

「だったら告白したらチャンスあるかな。ほら、今度中級の教導だから例の服装でしょ。多少強引に行けば何とかなるかな」

 

「如月中尉は倍率高いもんね」

 

 今度はここでもかとソーマはうんざりしていた。しかもアリサの事ではなくエイジの話。

 この話がアリサに届けばどんな結末が待っているのかを想像するだけでも恐ろしい未来しかない。改めて場所を移動すべくアリサに声をかけようとしたが、どうやら先ほどの会話が耳に入ったのか平然とした表情を作りながらも、意識はその会話へと向かっている。

 この時点でソーマは自分が取った行動を後悔していた。

 

 

「ソーマ。私の聞き間違いなんでしょうか?エイジの事を狙っている女がまさかこんなに居るとは思ってませんでしたが、ソーマはこの事実を知ってたんですか?」

 

 普段アリサがコウタに制裁を加えるのと同じ目をしていた。ここが本部で無ければ間違いなく小一時間は問い詰められる可能性が高いが、生憎とここが本部のラウンジだった事が今のソーマを最悪の事態へと向かう事を阻んでいた。

 

 アラガミが相手であっても冷や汗は出ないが、今のアリサを目の前にソーマの背中は嫌な汗をかいている。ここで迂闊な回答をしよう物ならば、確実に不幸な未来しか見えなかった。

 

 

「そんな事実は今初めて知った。そもそもあいつにそんな話が出るのは今さらだろうが」

 

「アナグラなら良いんです。でもここは本部なんで、私の事は誰も知らないんじゃエイジが誰かと一緒になる可能性が否定できません」

 

 言葉が気持ちを代弁しているのかアリサの表情が徐々に暗い物へと変貌している。アリサはエイジの事になるとどうしても視野が狭くなるのか、落ち込む事が多くなる。

 

 エイジの性格を考えればそんな事は杞憂にしか過ぎないが、それを言葉にした所で、恐らく状況が改善される事は無いのは間違い無い。

 このまま放置してもソーマとしては勝手にアリサが落ち込んでいるだけなので問題は無いが、このシチュエーションだけはかなり拙い状況である事だけは理解出来る。

 このままではまるで別れ話でもしている様な誤解を招く可能性がある。既に何人かの人間がヒソヒソと話をしているのを視界の端にとらえたソーマは早くツバキが来るのを一刻も早く待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのエイジさん。クレイドルの方がツバキさんの面会で来てますが、何か聞いてますか?」

 

 先程とは違い、受付では既にここに馴染んでいるからなのかエイジだけではなくリンドウやツバキも堅苦しく呼ばれる事は殆ど無かったのかアナグラと何ら変わらない対応がここでは既に定着しつつあった。

 

 当初はぎこちない部分があったものの、その実力と結果を示した事だけではなく白い部隊服が本部でも珍しいからなのか、色んな意味で注目されていた。

 特に受付に関してはこれまでにエイジが差し入れを何度もしていた事から、既に親しくなっている。

 余所者を排除しやすいはずの本部ではあったが、この3人に対しての意識は別次元でもあった。

 

 

「詳しい事は知らないけど、誰が来てるの?」

 

「確か、シックザール博士と護衛の方でアミエーラ少尉ですね」

 

受付の人間が来訪記録を確認している。本部にはこれまで何度か来ていた事もあってなのか、既にソーマはゴッドイーターではなく博士の位置づけをされていた。

 

 

「で、今はどこにいるの?」

 

「ラウンジで待っているそうです」

 

「ありがとう」

 

 受付に笑顔で返すと同時にアイジはラウンジへと急いだ。今回の目的は未だ捕獲出来ないアラガミの細胞片の運搬である事は予想出来たが、まさかアリサまで来ているとは聞いてなかった。

 エイジの内心はやはり嬉しさがあったからなのか、今は少しでも早く移動すべきだと走りそうになる自分を制御しながら急いでいた。

 

 

「何してるの?」

 

 ラウンジの入り口まで来ると何人かの見知った顔があった。討伐だけではなく教導教官としての顔が有る為に、エイジの事を知らない人間は少ない。

 まさかこんな所に来ると思ってなかったからなのか、話かけられた人間は驚いていた。

 

 

「実はあそこのカップルが別れ話をしているみたいなんで、近づきにくいんです」

 

「あの、如月教官からやんわりと何か言ってくれませんか?」

 

 まるで懇願されるかの様に言われれば相手にもよるが、場合によっては多少なりとも公共の場では控えて欲しい気持ちがエイジにはあった。

 個人的にはどうでも良いが流石に部下から言われた以上、断る訳にはいかない。

 まずは誰なのかを確認する必要があるからと様子を伺う事にしていた。

 

 エイジは改めて中を見れば、該当する例のカップルはアリサとソーマになる。確かに関係性を見ればそう見えるのは無理も無いほどアリサは沈んでいる。

 その原因が一体何なのかはエイジは見当もつかなかった。

 

 

「アリサどうしたの?」

 

 沈んだアリサを引きもどしたのはエイジの声だった。通信越しの声ではなく明らかに肉声のそれがどれ程の威力だったのか、アリサの負のエネルギーが一瞬にして吹き飛ぶ。

 待ち焦がれた恋人の声にアリサは顔が綻んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エイジは私に何か言う事が有るんじゃないんですか?」

 

 ラウンジでのやりとりはそのまま平穏に終えた様にも見えたのか、それ以上の事は誰もツッコむことは無く終わっていた。

 ツバキだけではなく、リンドウも踏まえ食事をしながらのミーティングのあとは各自の部屋へと解散している。今のエイジの部屋にはエイジとアリサだけが居た。

 

 

「特に何も無いはずだけど……そう言えば、ラウンジで何かあったの?別れ話がどうだとか言われたんだけど」

 

 アリサが何となく怒っている様な、それとも拗ねている様な表情に何があったのか想像出来ない。アリサとしてもまさかラウンジで盗み聞きしたとは言えず、それを自覚しているのか、確認する為にエイジに聞いていた。

 

 

「ソーマとのやりとりは誤解です。ちょっと気になる話を小耳に挟んだので、少しだけ気分が落ち込んでいただけですから。それと本当に気が付いてないんですか?」

 

「ゴメン。何の事なのかサッパリなんだ。今回はここにはあまり居なかったから詳しい事は知らないんだけど、どうかしたの?」

 

「居ないって、どう言う意味ですか?」

 

「言葉の意味そのままだけど。今回は新種のデータ確認と討伐絡みで殆どが外だったから、ここには多分1.2日しか居なかったんだよ。で、何があったの?」

 

 エイジの言葉にアリサは少し冷静になっていただけではなく、ここに来て自分の早とちりである事が唐突に理解出来た。

 ここに居ないのであれば、先ほどの話は今までアナグラでも散々聞いてきた様な話でしかなく、恐らくエイジはその事実に気が付いていない。

 

 完全なアリサの勇み足の結果が今の状況へと陥ってた事を理解したのか顔が徐々に赤くなる。まるで今まで会えなかった所に聞いた話がそれだからと、自分の嫉妬した気持ちがただ出ていた事だけが理解出来る。

 まさかそんな事でエイジを問い詰めたのかと思うと、今は気恥ずかしさからなのか何も言えない状況に自己嫌悪していた。

 

 

「アリサ」

 

「ごめんなさい。ちょっとだけ嫉妬したんです」

 

 ここで黙秘した所で感応現象が起これば全部が伝わる。隠した所で仕方ないと考えたのか、アリサは胸中の想いをエイジへと話す。

 呆れられたかと恐る恐る見れば、エイジもまたアリサと同じ様な表情をしていた。

 

 

「気にしなくてもいいよ。僕だって同じだ。アリサがここに来てから何かと話が聞こえていたからね。お互い様だよ」

 

 エイジも到着した事を確認し、移動の最中にアリサの話は聞こえていた。

 いくら教導教官だとしても、ここでは臨時のゲスト扱いである為に、砕けた話をする機会はそう多くない。只でさえ遠征を繰り返す事もあってか、事実本部に居てもその大半は外部でのキャンプに費やされていた。

 

 

「明日も早いから取敢えずもう寝ようか。明日からの任務は意外と疲れるから」

 

「そうですね。でも、今晩は一緒に寝ても良いですか。久しぶりにエイジの温もりが欲しいんです」

 

 狙ったかの様に上目使いで言われれば、エイジも断る理由はどこにも無かった。

 既に時間はもう遅く、これからアリサを部屋へ送り届けるのは勿体無いと考えていた所での提案はすんなりと受け入れる事が出来ていた。

 

 

 

 


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