「じゃ、皆さんお疲れ様でした」
大きなミッションの後に待ち構えていたのは、毎度の如く打ち上げと言う名の宴会だった。今までもこんなに大きな物では無かったが、それなりに宴会には出ていたが、流石に終末捕喰を止めた結果に対しては、今までの中でも最大級の規模となっていた。
コウタの音頭と共に、アルコールやソフトドリンクが一気に消費されて行く。既にラウンジはカオスと化していた。
「今回は大変だったな。まさかああなるなんてな」
「大変とは……いえ、そうですね。まさかあんな形でジュリウスと戦う事になるなんて考えても無かったですから」
どれ程飲んでいるのか分からないが、既にハルオミの顔は赤くなり、一先ずは労いの言葉でもギルの元へと歩いていた。宴会では基本が無礼講である為に、部隊や階級に関しては誰もが気にする事無く話をしていた。
遠目で見れば既にナナとシエルも捕まっているのか、遠くで誰かと話をしている様にも見えていた。
「詳しい事は俺達には分からんが、事実終末捕喰が発動した瞬間、お前達の周囲には視認できない程の光が覆っていたから、そこで何が起きたのか詳しい事は分からない。でも、何かしらの話が出来たんじゃないのか?」
「まあ、そんな所…ってどうしてハルさんがそんな事を知ってるんですか?」
まるで確信したかのように話すハルオミの表情は寄っているはずにも関わらず目が真剣だった。確かにあの当時、ジュリウスと最後に話をしたのは間違い無いが、それが外部から確認出来たとは思っても無かった。
「いや、何となくなんだ。あれほど部隊や色んな面で分かち合ったはずのお前たちが流石にあんな状態になったんなら、最後は何かしら話でも出来たかと思ってな。俺の勘だから適当に流してくれても構わんよ」
「いえ、ハルさんの言う通りです。確かにあの時俺達はジュリウスと話が出来ました。事実、螺旋の樹に関してはあの中でジュリウスが戦っているのは間違い無いですから」
ギルの言葉には重みがあった。神機兵の教導の名の下に袂を分かち、そしてラケルにそそのかされた事実を横にしても、それでも前に進むべくただ出来る事だけを愚直にこなしていた事は紛れも無い事実でもあった。
しかし、土壇場で特異点と化したジュリウスと戦う事になった際には、ブラッドの誰もが話合う事で、今後の未来を念頭に、全員の気持ちを一つにすべく動いたのもまた事実。そう考えれば、馬鹿騒ぎの前に少しだけしんみりとした様な空気が漂っていた。
「でも、ここも無傷で済んだ訳じゃない。この場には居ないが、今回のミッションで何人かは殉職しているし、怪我人だって多い。今回の宴会だって、実際には鎮魂の意味合いとこれから前に進む為に、敢えてやってるんだ。気持ちは分かるが辛気臭いのはここの主義に反するぞ」
「ハルさん。なんでこんな所なんですか。他の人もハルさんに用事があるみたいですから来てください」
「え。誰が呼んでる?」
「とにかく早くです」
この場を打ち切る為なのか、本当に呼ばれたからなのか、カノンがハルオミの下へと来ていた。既に何人もの人間が出来上がっているのか、先ほどのハルオミの鎮魂の言葉がギルの胸に刺さる。
ジュリウスが特異点となった事でアラガミを呼び寄せた事実が消える事はなく、またゴッドイーターとしての職務の最中の殉職は結果でしかない。
確かに悲しい事ではあるが、ジュリウスとも約束した以上、このまま歩みを止める訳には行かない。ジュリウスの希望と努力を無駄にする事無くただ前へと進み続けるしかない。そんな気持ちがギルには溢れていた。
「あ、あの。ギルさん。お疲れ様でした。私達も現場で戦いましたが、皆が大変だったんだと思います。色々とハルさんが何か言ったかもしれませんが、元気出してくださいね」
「カノンさん。ハルさんは、俺には良い事を言ってくれたんだと思います。極東での宴会が鎮魂のつもりでやってるのは本当なんですか?」
「その話ですか。そうですね……最初はどちらかと言えば気分転換に近かったんですが、ここ最近はそうかもしれませんね。やはり赤い雨の影響はアナグラだけではなく外部居住区にもかなり出ましたから、一時期はそれこそ毎日がお通夜みたいな感じだったんですけどね」
カノンの赤い雨の言葉にギルは僅かに反応していた。あれがあったからこそロミオが意識不明の重体となり、ジュリウスが神機兵の教導の為にブラッドを抜けていた。そんな直接ともとれる内容にギルが我ながら自分も女々しいのかもと考え出していた。
「でも、ある日リンドウさんが言ったんです。『俺達は逝った人間の事だけではなく、これからの人間の事も考える必要がある。こんな所で立ち止まる様では死んでいった人達に申し訳が立たない。生きる以上は困難なこともあるかもしれないが全員がそれぞれの力を発揮してここを護れるのは使命なんだ』って言ってましたよ」
この場にリンドウが居れば、確実に言うであろう言葉にギルは少しだけ報われた様な気がしていた。今考えればギルはあまりブラッドに溶け込んでいなかったのかもしれない。今は4人の部隊ではあるが、それでも部隊がどうだとか、階級がどうだとか、そんな感情がここには余り無い。以前にいたグラスゴーに至っては、人数が少ないのもあってそれが顕著に出ていた。
赤い雨の脅威は去ったものの、残念な事に感応種は既に一個の種として固着したのか、赤い雨が降っていない現在でも時折出没する事があった。今後は北斗だけでなく、ブラッドそのものも更にミッションに出る事が多くなる可能性があるだろうと、今は改めて考えていた。
「カノンさん。態々ありがとうございます」
「言え、私自身が何かした訳ではありませんので。これで失礼しますね」
カノンが離れると同時に、ギルは宴会の喧噪を肴に一人で少しの間飲む事にしていた。
「結果オーライだったけど、まさかあそこでやるとはね……代々どこぞの部隊長は無茶をするのが専売特許なのかな。少しはこっちの身にもなってほしいよ」
リッカが口に出したのは北斗が帰投した際に、真っ先に確認したのはバイタルのデータと神機のデータだった。
モニタリングしていたのは間違い無いが、いくら映像でも見えたからと言って、実際に自分の目で直接見た訳では無かった事もあってか、やはり内容はこの目で確認したいからとリッカは色んな手順をすっ飛ばし、真っ先に北斗の神機を確認していた。
「リッカの言いたい事は分かるが、こればっかりは仕方ないだろ。事実あの場面を何とかしたから今回の結果に繋がった以上、今はそれ以上の事を望むのは酷じゃないのか?」
既に出来上がっているのか、リッカの手にはロングタイプのグラスに砕かれた氷が大量に入っているモヒートを片手にナオヤと話をしていた。神機の整備だけではなく、今回の内容は明らかに開発まで手掛けた事もあってか、他の神機に比べれば多少の安定感の無さが心配の元でもあった。
あのジュリウスの羽を破壊した際に見えたオーラは紛れも無くエイジが封印を解いた際に出る様な感じのオーラ。元々それがベースとなっていたが、まさか土壇場で使うとまでは考えてなかった事もあったのか、帰投直後の焦りは尋常では無かった。
「そりゃ…そうだけどさ。やっぱり心配するのはある意味当然だよ」
「そうか?俺はそう考えてなかったけどな。元々のベースがある以上、気にしても仕方ないだろ?俺達の出来る事はやったんだ。リッカがそうまで気にする必要は無いさ」
そう言いながらもリッカはグラスの透明な液体を口腔内へと流し込んでいく。既にどれ程飲んでいるのか分からないが、翌日は確実に二日酔いになる可能性だけは隣に並べられたグラスの量から想像が出来る。
恐らくは飲まずにはいられない程に心配したのどうか、ナオヤはそんな目でリッカを見ていた。
「ナオヤは飲んでないね。どうしたの?」
「飲んでるけどリッカのペースが早いんだよ。飲み口は良いけど度数が高いから、明日泣きを見ても知らないぞ」
「だったらナオヤが…やってくれれば…大丈夫…だ…か…ら」
「リッカちゃんも心配だったのよ。実質手さぐりに近い状態での神機の開発は大変なのはナオヤも知ってるんじゃないの?」
酔いつぶれたのか横で寝ているリッカを尻目にカウンターには弥生がアルコール関係の提供を行っていた。既に時間がどれほど経過したのかは分からないが、未成年組は既に撤退している。今のラウンジには時間が遅いからとムツミも退席した事で弥生がカウンターの中を回していた。
「俺がと言うよりも、そもそも整備する人間は心配しか出来ない。だったらその元を取り除く為には出来る事を最大限にやるのが筋なのはリッカだって分かっている。ただ、こうも短期間で終末捕喰が発動した事実の方が問題になる可能性は高いだろうな。今回の件だって兄貴のあれがなければ最悪は破綻するのは確実だったからな」
ナオヤの言葉を一番理解したのは紛れも無く目の前にいた弥生だった。確かに極東支部には問い合わせはあまり無かったが、本部には一元集中したのか回線がパンク寸前まで追い込まれていた。
結論の先送りなのか、完全解決なのかはこれからの調査が始まらない事には前に進む事すら出来ない。
今の所は本部でも何かと画策している事はキャッチしているが、無明と同じく弥生もまたここに火の粉が飛ばなければ静観の構えで居るつもりだった。
「当主の考えが分かるはずもないし、私達が出来る事をするしかないんじゃないの?差し当たってはリッカちゃんをちゃんと連れて行きなさいよ。屋敷だったら、もう姉さんに連絡してあるから」
ウインクしながらの回答にナオヤも流石に何も言えなくなっていた。まさかこのまま放置する訳にもいかず、未だ横で酔いつぶれているリッカをこのまま放置する訳にも行かず、ナオヤはこの場を離れる事は出来なかった。
「これで暫くはまともな任務が続きそうだな」
「そう言えば、エイジ達は新種のアラガミの調査だったはずですよね。ソーマ、何か進展はあったんですか?」
「いや、まだだ。そうやら姿が見えない以上は何も進まないらしい。ただ、期限だけはそろそろ終わりだからな。一旦は戻るかもしれん」
クレイドルもまた弥生達が話す様に、今回の終末捕喰には何かしらの思い入れがあった。
3年前はシオの代わりでノヴァを月へと放出したものの、今回はお互いのエネルギーを相殺した事から、今後の行方が全く見えてこない事だけではなく、一般市民の最前線に出る事が任務上多い事から、何かと聞かれる事が多かった。
秘匿すれば問題無かったのかもしれないが、今回の状況ではそれが出来なかった事から、何かと話が出ていた。そんな中でアリサもエイジと話をした際に不意に新種のアラガミの話が出てくるも、やはり現状ではデータが揃わず未だ手がかりしか無い様な状態が続いていた事を思い出していた。
「って事はそろそろ戻ってくるのか?」
「エイジの話だとそれもまた微妙な話らしいんです。今回の件は珍しくツバキ教官も憤ってたらしいですからね。多分ですが、終末捕喰の後始末で追われてるのかもしれません」
契約の更新の手続きを検討したのは良かったものの、やはり終末捕喰が発動した影響が大きすぎたのか、ツバキの出した申請に関しての連絡はまだ来ていない。期限の更新をするにも一旦は戻らない事には前には進まず、それが暫く続いた事で現場への混乱が大きくなっていた。
「事実、あれだと今後がどうなるのかすら分からないのもまた事実だからな。今後は螺旋の樹の調査任務も何かと入る可能性はある。そうれなれば、俺達もまたフル回転する事になるぞ」
「だよな。でも、あれって調査するのは良いんだけど、どうやって調べるんだ?見た感じだと入り口みたいな物も見つからないし、事実フライアから侵入するにも面倒なんだろ?」
ジュリウスが反乱を起こした後、本部の行動は色んな意味で素早かった。特にグレムを責任者としてスタートした独立型移動支部ではあったものの、結果的には一旦は役職をはく奪し、様子を伺う事を優先させていた。
しかし、終末捕喰が発動してからは、再び本部がフライアを摂取する事になったからなのか、極東支部としての意見を反故にした事で内部への侵入する経路が無くなった事から、これから先に調査する為には何らかの手段を講じる必要性があった。
「今はまだ本部との折衝中らしいですよ。ここはともかく本部では未だ対応しきれていないからって言うのが本当らしいですけどね。どうせ最後はこっちに何かさせるに決まってます」
アリサの言葉には少なくともエイジが帰って来れない事への苛立ちに似た感情がある事はコウタとソーマの2人には理解出来た。このままこの話をするのは危険だと判断したのか、今はただこの騒ぎの中に少しだけ居たいと考え、それ以上の言葉を言う事は無かった。