神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第175話 最終局面

「全員無事か!」

 

ジュリウスの驚愕とも取れる一撃はフライアの壁を突き抜けたのか、そこから大気が漏れるかの様に空気の流れが発生していた。もしさっきの攻撃が直撃していたらと思うとゾッとしないが、事前に北斗が察知した事もあってか、結果的には掠る事もなかった。

 

 

「問題ありません」

 

「ああ、問題ないぜ」

 

「私も大丈夫だよ」

 

全員の無事を確認すると同時に、この戦いがかなり厄介な物である事が再確認されていた。先ほどのレーザーの様な攻撃は間違い無く直撃すれば盾の存在は一瞬にして無になるだけではなく、恐らくは自分の身体そのものが骨も残らない可能性を秘めていたのはフライアに大穴を開けた事で理解している。

既にジュリウスは羽が元の状態へと戻っている。そう簡単に放つような攻撃で無い事だけが唯一の救いでもあった。

 

 

「とにかく攪乱して隙を作るのが先決だ。スタングレネードも考えたが、それが常時有効になるのかはまだ未知数であるのと同時に、万が一効かないなら致命的な隙が出来る。今のジュリウスには悪手の可能性が高い以上、その事は頭から排除してくれ」

 

スタングレネードの性質上、効果が発動するには若干ではあるがタイムラグが存在している。今のジュリウスの尋常じゃない攻撃速度から考えれば、最悪は跳ね返される可能性が否定できず、またその一瞬に視界が失われるリスクを孕む以上、使用する事は頭から抜くしかなかった。時間だけがゆっくりと進むその中でブラッドは常時過酷な状況下での選択を余儀なくされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員足を止めるな!」

 

北斗の激が飛ぶと同時に再び散開する。今出来るのは羽の意識をどうするのかが最優先となる以上、常時その動きを見る必要があった。

 

 

「ジュリウスー!」

 

ジュリウスの名を叫びながら北斗は敢えて存在感を出しながら再度ジュリウスの元へと突撃する。既に迎撃態勢に入っていたのか、先ほど同様に羽が襲い掛かっていた。

襲い掛かる羽は当初と変わらず3枚だけ。残りは防御に回っているのか、それとも先ほどの攻撃を警戒したのか再度襲う気配は既に感じる事は無い。誰もがこのままではとの考えが脳裏を過ってた。

 

襲い掛かる3枚の羽の攻撃を既に北斗は見切っていたのか、先ほどの様に完全に回避するのではなく往なし受け流す。既に戻す事すら無いと感じたのか、それとも羽の制御だけで意識が完全に北斗へと向いていたのか、ジュリウスの身体はその場から動く気配は感じられなかった。

 

 

「今がチャンス!」

 

ナナが動かないと判断したのか、不意を衝くと同時に黒い大きな咢がジュリウスの左足へと噛みつく様に喰らう。それが合図だとばかりにシエルとギルも同じ様に行動していた。

捕喰した事で全員がバーストモードへと突入する。そこからはほぼ無意識と取れる程にナナとシエル、ギルまでもが北斗に向けて活性化させる為にオラクル弾を放っていた。

 

 

「北斗!ここが勝負どころだ!しくじるな!」

 

ギルの言葉を耳にした瞬間、全員からのリンクバーストを受けた事で北斗の体内は一気に活性化すると同時に、出撃前のナオヤとリッカの言葉が脳裏を過る。神機の解放を行うのは今しかない。そんな思いと同時に北斗に襲い掛かる羽の1枚を無意識に捕喰していた。

 

 

「うぉおおおおおおお!」

 

強制的に力は全身を駆け巡る。本来であればこうなる可能性は皆無ではあるが、目の前に居るのは特異点と化したジュリウス。その恩恵はまさに計り知れない程の力を与えていた。

 

北斗の全身には溢れんばかりにオラクルが活性化した事による反応が出始める。それは奇しくもエイジが封印を解いた際に吹き出す漆黒のオーラとは真逆に、白銀に近い程のオーラを纏っていた。

 

 

「ここで決める!」

 

一言だけ呟くと同時に、周囲に襲いかかっていた羽が今まで苦労していた事を度外視したかのように次々と撃ち落とし破壊する。既に再起する事すら出来なくなった羽は1枚1枚と霧散し、北斗の周囲からは消滅していた。

 

 

「北斗に意識が向いている今です!」

 

ジュリウスは破壊された羽の事は意にも介さず、残りの羽を北斗へと差し向ける。既にシエル達への警戒が無いのか、それとも目の前の北斗を脅威と判断したのか、既にジュリウスの意識からは3人の事は除外されていた。

先ほど北斗に渡した以外にまだオラクル弾が残っている。シエルは神機を変形させると同時に、照準をジュリウスの胸に光る青い部分へと付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

シエルはブラッドの中でも一番ジュリウスとの付き合いが長かった。ブラッドに異動してからはその長さは既に無い物の、幼少の頃より護衛の名の下で居た事を不意に思い出していた。

 

当時の事は今さら考えた所で何かが変わる事も無ければ状況が覆される事も無い。しかし当時のシエルはまるで機械仕掛けの人形の様に感情が欠落していた。当時の大人達の思惑はともかく、そのまま護衛の帰還が終了し再び会いまみえる頃、シエルを取り巻く状況は激変していた。一番の要因は現在戦っている北斗。当時の事を今考えれば恥ずかしさで悶えそうになるが、一人の人間としてシエル・アランソンとして見てくれていた。

 

そこからは本人が気が付かないままに色んな事が起きすぎていた。当時は任務の事だけを考えていたはずが、気が付けばブラッドだけではなく極東にも馴染んでいく自分に驚いていた。

そんな感情は全部北斗から始まった事。本来であればこんな状況下で思い知る必要はどこにも無いはずにも関わらず、そんな事がふと思い出していた。

 

『そんな北斗の力になりたい』

 

今のシエルには純粋な意志しか無かった。

 

まるで時間が制止したかと思う程にゆっくりと流れる。シエルのアーペルシーからは先ほど入手したオラクルバレット、後にそれがラストジャッジメントと名付けられたバレットが銃口から出ると同時に、先ほどの驚愕の一撃と何も変わらない勢いでレーザーが発射されていた。光速の一撃がまるで生き物の様に胸の青い部分へと吸い寄せられていた。

 

 

「シエルちゃん!」

 

「まだ終わってません!注意してください!」

 

シエルの放った一撃は勢いが付きすぎたからなのか、狙いからは僅かに逸れていた。しかし、それでもその一撃は致命傷ともとれる勢いだったのか、右腕を肩の部分から消し飛ばし、既に片腕の状態へと変貌していた。

 

 

「これで終わりだ」

 

まるでこれが日常の様に北斗の声だけが響く。先ほどの隙を最大限に活かしたのか、北斗の神機は光を未だ放ったままジュリウスの胸部へと貫いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらサツキ。ブラッドによる特異点の活動停止を確認しました。これからスタンバイします。ユノ!準備は良い?」

 

ジュリウスの活動停止を確認した事で、隠れていたサツキがこの場に出てくる。既に準備の大半が完了していたのか、あとはユノが登場すると同時に、映像を全世界へと流す事に専念していた。

 

 

「大丈夫よサツキ」

 

ユノは既に準備を終えていたのか、いつもの様に普段着ではなく、FSDでも見たステージ衣装のまま登場していた。既に活動停止したとは言え、特異点がこれから行う行動の事を考えれば、怖くないと言えば嘘になる。

 

しかし、自分で決めたステージから降りるつもりは毛頭ないのと同時に、命をかけて戦ったブラッドの意志を無碍にしたいとも考えていない。今はただ純粋に自分が出来る事だけを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偏食場が大きく乱れています。恐らくは特異点が活動停止した事が原因かと」

 

アナグラでは現状での生体反応だけではなく、サツキが繋いだ通信によって現地が中継されていた。既に討伐が完了したとも取れるほどの様子なのか、ジュリウスは動く気配が無いのと同時に、ブラッドも既に死闘とも取れる内容が終わったからなのか、ボロボロの状態だった。

 

 

「あの時と同じ……終末捕喰と同様の偏食場パルスが発生しています」

 

モニタリングしていたヒバリが気が付く。既に動かなくなっているジュリウスの周囲にはオラクル細胞が滲み出ているのか、少しづつ渦巻いた状態に近づきつつあった。

 

 

「このままでは影響が出ます。ブラッドは至急その場から退避して下さい」

 

ヒバリの声が通信越しにブラッドへと指示を出している。既にアナグラではこれ以上は何も出来ない状態になりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらサツキ。これからロビーへと向かいます。全部の中継を繋いでください。ユノ!あとはお願い!」

 

サツキが退避すると同時にユノはゆっくりとした足で設置されたマイクスタンドの元へと歩く。その姿は何かに決意した様な表情と同時に、ここからは自分の仕事だと言わんばかりの表情をしていた。

 

イントロが流れると同時に、気負う事なくいつもと変わらない歌声が響く。ここが終末捕喰の最終局面で無ければ、誰もがユノの表情に魅了されたかと思う程に慈悲深い表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員ユノを護れ!これが最後のミッションだ!」

 

ジュリウスの周囲からは最初に見たのと同じ様な勢いで、全てを呑みこもうと終末捕喰特有の触手の様な物が溢れだす。それは目の前にあるユノまでもを取り込まんと今正に襲い掛かろうとしていた。

 

 

「これは拙いかも…」

 

サツキは目の前に起きている状況が理解出来ないでいた。ジュリウスの元から溢れだした物が生き物の様にユノへと向かっている。それが何を意味する事なのかは理解出来ない。しかし、本能的にはこれが終末捕喰の開始である事だけが唐突に理解出来ていた。

 

呆然としてその場を見ていた瞬間だった。まるで新たな獲物を見つけたかの様にユノではなくサツキに襲い掛かる。今のサツキには成す術も無かった。

 

 

「サツキさん大丈夫ですか!」

 

襲い掛かる寸前、一発の銃弾がサツキに襲い掛かろうとした所を防いでいた。銃弾を発射したのは第1部隊に合流出来たアリサだった。既にアラガミの波は完全に収まったのか、それとも目の前で繰り広げられる終末捕喰に吸収されたのか、他のメンバーも遅れてやって来ていた。

 

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「いえ。サツキさんも今出来る事をやってください。この場は私達が何とかしますので」

 

既にサツキも認定したのか、周囲から次々とサツキやアリサに向けて襲い掛かる。遅れてきたコウタ達第1部隊以外にもハルオミやカノンまでもが来ていた。

 

 

「ここが正念場だ。気を抜くな!」

 

ハルオミの言葉通りにその場にいた全員が改めて意識を目の前におそいかかる特異点へと向き直す。既に歌い始めたユノを護る事だけを優先し防波堤の如く周囲からの攻撃を排除し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユノさんの喚起率が80…85…90%」

 

カウントダウンの様にヒバリがユノの状況を告げていく。元々からジュリウスとは違い未完成の特異点でもあるユノは周囲からの協力が無い事には特異点とはなりえない。現状では中継が始まった事によって、その喚起率が徐々に高まりつつあった。

 

 

「95…96%終末捕喰来ます!」

 

モニターには歌っているユノの周囲に赤いオラクルが渦を巻きながら徐々に上昇し始めている。ここからがいよいよ佳境へと入るその時だった。

 

 

「榊博士!ブラッド側が押されています。このままでは防ぎきれません!」

 

ヒバリの悲痛とも言える声がアナグラのロビー全体に響き渡る。既にモニターしている事からその状況は誰の目にも容易に理解出来ていた。

 

 

「人の時代の終焉か……」

 

榊の言葉に対し誰も反論する事は出来なかった。目の前で繰り広げられている様子は明らかにブラッド側が勢いに負けているのか、徐々に後退し始めている。既に終末捕喰が発動した今、ここからの挽回は最早不可能だと考えたからなのか、榊の声に力は無い。人類滅亡のカウントダウンが静かに始まろうとしていた。

 

 

「待ってください。こ、これは……」

 

ヒバリの隣で異常を察知したのはフランだった。既に終末捕喰が発動された現在の時点でやれる事は何一つ無い。ただあるがままを受け入れる以外の方法が無いと思った矢先の出来事だった。

中継を見ていたのか微かな歌声がアナグラのロビーへと響く。それは奇しくもモニターで歌うユノに同調するかの様にゆっくりと流れ始めていた。

 

 

「皆の声が聞こえる……ユノ、聞いてる?皆がユノと一緒に歌っているのよ」

 

フライアのロビーではサツキが最初に察知していた。ユノを護るべく戦闘音以外にも微かな歌声がフライアにも届き始めている。それが一体何を示しているのかは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偏食場パルスがフライアへと流れ込んでいます。それに伴いユノさんの喚起率が再び上昇。97…98%止まる気配はありません」

 

突如として上昇し始めた偏食場パルスがフライアへと流れ込む。この時点でどんな状況になっているのかはアナグラにいるヒバリとフランと榊の3人だけだった。理論上は可能であるからとブラッドを送り出しはしたものの、科学者としての立場からはどこか懐疑的な部分も少なからず存在していた。

 

声は元来空気の振動にしかすぎず、歌の共感による感情の一体化は極めて特異な状況下でしか起こり得ないのは、科学者であれば誰もがそう考えていた。感情の一体化は人々の意志となり、やがて想いへと昇華する。

 

それが何を示すのかは科学的な根拠が無い事はこの場では無粋とも取れる程に、今の状況に対し説明が出来なかった。

 

 

「……99%ブラッド側が徐々に押し返し始めています。このままであれば3分、いえ1分以内に終末捕喰が発動します」

 

「旋律と律動、心と言葉か…まさかこうまで素晴らしい感応現象が見れるとは……やはり人間には無限の可能性を秘めているのだろう。ここから先は我々人智が及ばない領域へと入る。我々に出来る事はこの現象をただ見守る事以外には何も無い」

 

目の前に起こる事象が全てだと考える事が出来る科学者としての目から見れば、この状況は科学者としての常識が覆される事になる。本来ではありえない現象が目の前で起こっている今、榊は科学者ではなく、ただ一人の人間としてこの現象を眺めていた。

 

 

「ユノさんの喚起率100%…完成です」

 

モニターには既に特異点として完成されたユノとその隣には自身の『喚起』の能力によってユノを特異点へと昇華された北斗の姿があった。ジュリウスから発動された力とユノから発動された力が榊の予想通り拮抗する。程なくして周囲が光に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは?」

 

「あれ?さっきまで戦っていたはずだよね?」

 

一瞬の光に包まれたと同時にブラッドとユノは見た事も無い場所へと来ていた。周囲を見渡す限りに花が咲き誇っているものの、どこか浮世離れした様な風景に困惑している。ここがどこなのかを確認する術はどこにも無かった。

 

 

「ジュ、ジュリウス!」

 

全員の視線がかつて一緒に戦っていたままのジュリウスである事に気が付いた。既に手には自身の神機が握られると同時にこちらへとゆっくりと歩いている。今までの戦いはジュリウスと共に帰る為の戦いであった以上、目の前に現れたジュリウスを確認しようと無意識のうちにナナの手が伸びていた。

これで何もかもが終わり、再びあの日常が戻る。誰もが疑う事無くそれを信じていた。

 

 

「なんで?どうしてここから先へは行けないの?」

 

泣きそうな声を出しながらもナナはジュリウスへと手を伸ばす。しかし、ナナの手がジュリウスに触れる事を拒むかの様に見えない障壁となってそれ以上の行動を阻んでいた。

 

 

「ナナ、終末捕喰はまだ終わっていない。今はまだ進行中なんだ」

 

ジュリウスの言葉は極めて冷静だった。ここまで紆余曲折したはずの内容にも関わらず、目の前のジュリウスは中断は出来ない事を暗に言っている。そこから導き出される答えは一つしか無かった。

 

 

「この場に特異点が残らないとこの状況が維持できないと言う事ですか?」

 

まるで何かを悟ったかの様にユノは自分の感情を押し殺しながら冷静さを演技してジュリウスへと問いかける。

 

 

「ああ、その為に俺はこの地に留まる必要がある。だから一緒に帰る訳にはいかない」

 

「それならば我々も」

 

「シエル、お前達は俺に付き合う必要はない。むしろ、残された人々を護る為に元の場所へと戻るんだ。……これは命令ではない。俺の、俺のささやかな願いだ」

 

目の前には目に見えない境界線が引かれているからなのか、ジュリウスの手はブラッドに届く事は無い。それが何を示すのかは誰もが理解したが、口に出す事で現実を直視したくないと考えたのか、それ以上の言葉誰からの出なかった。

 

 

「俺はこの地で戦い、お前達はそちらで戦う。それだけの事だ。仮に場所は違えど、全員が戦っているのであればそれで本望だ」

 

既に諦観の念が言葉の端々に感じたのか、シエルはそれ以上の言葉を口にせず、瞳からは涙が溢れ崩れ落ちている。ナナも既に限界値を超えたのかシエルと同じく流れ出る涙をぬぐおうともせずに、まるで今生の別れを惜しむべくジュリウスだけを見ていた。

 

 

「北斗」

 

ジュリウスはただ名前を呼ぶと目の前に手を差し出す。それが呼応するかの様に北斗も自身の手を差し出す。手が合わさった瞬間、まるで何かを伝えたかの様に光が発生していた。

 

既に泣き崩れたシエルとナナを横目にギルが帽子を目深にかぶり直し、ユノはただ黙って見ている事しか出来ない。それが何を指し示すのかは分からないまでも、今はただ黙ってい見ている事しか出来ないでいた。

 

 

「ありがとう……これから始まる…」

 

ジュリウスの前にはまるでたった今湧き出たかの様に数える事すら出来ない程のアラガミが待ち構えている。先頭にいるヴァジュラとマルドゥークが交戦開始とばかりに大きな遠吠えと同時に今にも襲い掛かろうと態勢を徐々に変化させている。それが何なのかは改めて考える必要はどこにも無かった。

 

 

「皆も自分の持ち場に戻れ……良いな?」

 

「分かった。こっちの事は任せてくれ」

 

ジュリウスの言葉に呼応するかの様にギルが一言だけ声をかけこの場から歩き出す。既に何かを決めたのかギルが再びジュリウスを見る事は無い。それがキッカケとばかりにいち早く立ち直ったナナがシエルをやさしく起こしていた。

 

 

「シエルちゃん。ギルの言う通りだよ。ここはジュリウスに任せて私達も行こう。ここにずっと留まる事は出来ない……このままここに居たらジュリウスだって心配で戦う事が出来なくなるよ」

 

「シエル。俺達は俺達がやるべき事をやるだけだ。ここに留まれば今度は向こうが困る事になる。今は自分達がやれる事を優先しよう」

 

ナナの反対側でシエルにやさしく問いかける北斗を見て安心したのか、ジュリウスの顔には笑みが浮かぶ。短い期間ではあったものの、ブラッドとして戦った日々は悪い物ではない。そんな状に満足していたのかジュリウスの表情は満足げだった。

 

 

「ジュリウス……ご武運を」

 

「ありがとう。北斗、最後にお前に任せる事になって済まなかった。だが、俺の目に狂いは無かったと今はそう考えている。こちらの事は俺が何とかする。ブラッドの事は……任せたぞ」

 

そう一言だけ言い残すと、ジュリウスは再度アラガミへと視線を向ける。これから終末捕喰を維持しながらの未来永劫とも取れる戦いの中へと身を置くには十分すぎる程の時間も取れた以上、心残りは既に存在していない。

あとは送り出してくれた皆を信じるべくジュリウスはアラガミの大群の元へと走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フライア全体を取り囲むかの様に白と黒がまるで互いを食い破らんとその勢いを上空へと突き進む。お互いの終末捕喰のエネルギーは絡み合うかの様にいつまでの進むかと思った瞬間だった。

突如としてその行動が停止する。その僅かな後にそれが爆発したかの様に光を出しながら何かを引き寄せていた。

 

その光景はまさに奇跡としか言いようの無い光景。黒蛛病の原因でもあった蜘蛛の痣が次々と浮かび上がり、それが先ほど光った元へと吸い寄せられる。幻想的な光景と同時に、黒蛛病の脅威が消え去る。それはまさしく奇跡としか言いようの無い様光景でもあった。

 

 

 

 

 

 


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