神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第173話 悲しい対決

 

「まさかこんな短時間であんなに変わるなんて」

 

ヘリから見たフライアは正に異形の様にも見えていた。既に特異点としての影響もあるのか、移動要塞の様な雰囲気は既になく、まるで生命が住まう様な雰囲気すらも感じる事が出来ない程に変貌したフライアを見たからのか、シエルの言葉は全員の代弁の様にも聞こえていた。

 

ある程度討伐したはずのアラガミもまた集まってきたのか、そこは対アラガミの施設ではなくアラガミが居住する空間の様にも見える。短期間とは言えそこに居たはずだったブラッドからすれば、それ以上は何も感じる事すら出来ないでいた。

 

 

《ブラッド隊はこのまま空中からフライアに侵入して下さい。機材については内部の状況と安全を確保する事が確認でき次第、搬入します。危険な事に変わりませませんが皆さんご武運を》

 

ヒバリの通信と共にフライアの上空へとヘリが移動していた。地上からであれば搬入の事も考えると再び周囲のアラガミを掃討する必要が出てくるだけではなく、時間が経過すればリスクだけが増大するからとフライアの見取り図で確認しながら上空からの侵入となった。

既に内部にまでアラガミが入り込んでいるのか、通路にはオウガテイルやサイゴードがまるで自分達のテリトリーだとばかりに闊歩していた。

 

 

「ここで時間を使う訳には行かない。一気に突き進むぞ!」

 

北斗の宣言通り、小型種しか居ないアラガミは全員が一刀の下に斬捨てるかの様に一撃で屠っていた。時間が経過すれば計画が困難になり、最悪の事態になり兼ねない。今は些細な事にまで時間を使う必要は無いからと、まるで最初から存在しなかったかの様に突っ走っていた。

 

 

「ジュリウスが居ないね…」

 

神機兵保管庫へと到着すると、ジュリウスが居たと思われた場所には何も無かった。精々がそこに何かがあった痕跡はあったものの、生体反応は何も感じない。もう既に事が進んでいたのだろうかと考え出していた頃だった。

 

 

《ブラッドの諸君、終末捕喰の準備をするんだ》

 

「榊博士、何か様子が変です。目の前にいるはずのジュリウスが居ません。これでは…」

 

 

「シエル!上空に何か居るぞ!」

 

榊との通信を遮る様に北斗は上空に何かが居るのかを察知したのか、顔を上空へと向ける。それにつられたのか全員が上を見上げると、そこには白い羽の様な物を広げた生命体の様な物が見えてた。それが何なのかは言うまでもない。特異点と化したジュリウスがその正体だった。

 

 

「マジかよ。何だあれは……」

 

ギルが驚くのは無理も無かった。最後に見たのは確かにジュリウスの身体に何かが貫いた様な物が羽を広げた様にしか見えていないままに退却したが、ゆっくりと目の前に降り立ったその姿はまるで咎人を断罪したかの様に腕を吊し上げ、まるでジュリウスを処刑している様にも見えている。それだけではなく、下半身から下の部分はまるで一つの生命体の様に手足が存在し、背中には羽の様に6枚の白い何かが浮かんでいた。

 

 

「目を覚ましてジュリウス!」

 

ナナの声に反応したのかジュリウスは改めて意識を取り戻したかの様に顔を上げるも、既に人間としての意識が無いのか、金色に光るその眼球に生気を感じる事はなく、ただ無機質な色だけしか見えていなかった。

 

 

「ナナ。ジュリウスの意識はもう無い。あれは既に人間ですら無いのかもしれない」

 

「でも、まだ完全にそうだと決まった訳じゃ」

 

北斗とナナのやりとりを無視し、ゆっくりと特異点と化したジュリウスが羽をそのまま上空へと上げた瞬間、それが意志を持った刃となって全員に襲い掛かっていた。

 

 

「全員回避だ!」

 

北斗の指示と同時に上空からの攻撃を回避する。重力の影響もあったのか稲妻の如き速度で落下する羽はギロチンの様に保管庫の床を易々と貫いていた。かつての仲間でもあったはずにもかからず、今のジュリウスはまるで最初から何も無かったかの様な攻撃に嫌が応にも仲間ではなく敵である事を意識させられる。

既に北斗達が知っているジュリウスはどこにも存在していなかった。

 

 

「私は北斗と時を重ねる事で改めて思い知りました。人は想いを束ねる事で足りない物を補い生きていると……ジュリウスにも改めてそれを知ってもらいましょう」

 

「そうだよね。このままだとジュリウスが今まで築いてきた想いが全部無駄になっちゃうよね……先に言っておくよ。ゴメン。今から行くよ」

 

「北斗。ここまで来たんだ。ロミオだってまだ意識は無いが想っている事は俺達と同じはずだ。解放すると同時に目を覚まさせるのも仲間の役割だぜ」

 

既に全員が臨戦態勢に入っている。北斗自身が言った言葉でもあるジュリウスを取り戻す以上、今のままではどうしようも無い事だけは間違いない。既に神機を握り直し全員の意識がハッキリとジュリウスへと向いていた。

 

 

「やる事は一つだ。全員突撃!」

 

北斗の合図と共に全員が一斉に走り出す。走り出すたびに足の筋肉が爆発したかの様に衝撃を与えながら地面を蹴り、速度を上げていく。そこには仲間としてのジュリウスではなく、今は一つのアラガミとして認識したかの様に全員がジュリウスへと駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの羽には気を付けろ!」

 

北斗が言う様に、ジュリウスの周囲に近づくのは容易では無かった。6枚の羽根はまるでジュリウスを守護するかの様に周囲に対して牽制とも取れる様に近寄らせる事すらさせていない。銃撃を放ちはするが、羽が盾の役割をしているのか、直撃する事無く事前に全て防がれていた。

一つの生命体の様に動く羽はジュリウスの手足の如く動き、刃でもありながら盾でもあるその役割が戦いを困難な物へと押しやっていた。

 

 

「ぐああああああ」

 

「ギル!大丈夫か!」

 

最大の要因でもある羽は攻撃のレンジを無視し、まるで嘲笑うかの様にブラッドを近寄せる事が無かった。従来の様に手足が伸びる程度であれば攻撃の距離は大よそでも判断出来るが、空中に浮いた羽であればその射程距離は全く想像出来ない。

ギルも十分に距離を取っていたにも関わらず、直撃したのは油断ではなく、想定外の距離からの攻撃が原因でもあった。

 

 

「俺ならまだまだ大丈夫だ。それよりもあれを何とかしないと近寄らない事には攻撃のしようが無いぞ」

 

「そうだな。一度懐に入れれば勝機はあるはず。一旦はそれを実行してみるさ」

 

北斗はその言葉と同時に考えがあるのか、再びジュリウスに向かって全力で近づく。迎撃するかの様に次々を襲い掛かる羽を北斗は完全に回避するのではなく、その攻撃範囲を見切ったかの様に紙一重とも取れる程の微細な動きで回避すると同時に回避出来ない物に関しては神機を上手く使う事でそれを往なし、自身の速度を落とす事なく一気に距離を詰める。

全ての羽の先には無防備となったジュリウスの身体が目の間にあった。

 

 

「北斗!」

 

誰とも付かない叫び声が響く。目の前には何も抵抗する物が無い以上、そのまま北斗の攻撃が直撃するかと思われていた。

 

鋭く振りかざす一撃がジュリウスへと襲い掛かる。時間にすれば刹那とも取れる程の時間だったはずが、今はその状況がまるで当然だと言わんばかりにジュリウスの身体は攻撃に合わせて翻し、マントの様な物が北斗の攻撃を弾いていた。

 

 

「このままじゃ拙い。シエル!援護射撃で全弾撃ち尽くしても北斗に攻撃を当てさせるな!」

 

ギルの言葉にシエルも最大限とも言える速射で北斗を護るべく援護を開始する。弾かれた北斗は大きく態勢を崩した事もあったのか、反応がいつもよりも鈍い。このまま直撃だけは避けたいからとの思惑で北斗が移動できる時間を稼いでいた。

 

 

「すまない!」

 

「仲間なら当然だろ。一々そんな事を考えてる暇はねえぞ」

 

ギルの言葉通り、今のジュリウスには大きな隙が見当たる事は無かった。先ほどの渾身の一撃は結果的にはマントに阻まれた影響もあるのか、攻撃が当たった手ごたえが無い。斬る事が出来ない何かをむりやり斬ろうとした様な感覚だけが手に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは俺の感覚なんだが、一旦攻撃した瞬間は羽を戻すのに時間がかかる気がする。最後はマントにやられたけど、理論上はそれで間違いないだろうから、攻撃するならマントを避けると同時に多方面からの一斉攻撃が有効かもしれない」

 

一瞬とは言え、先ほどの突撃の際に北斗が感じた事が全員に伝えられていた。空中に浮いていようが身体に着いていようが、一旦出された攻撃は再び手元に戻るまでは無防備な状態をそのまま晒す事になる。恐らくはそれを考慮したからこそマントで攻撃を弾き飛ばしているのかもしれない。

それが先ほどの一瞬の攻防の中で理解した物でもあった。

 

 

「でも、どうやって羽で攻撃させるの?」

 

「俺が囮になる。その瞬間を狙うのが一番だ」

 

「しかしそれでは……」

 

シエルの心配は無理も無かった。北斗は簡単に囮になると言ったものの、ジュリウスが繰り出す羽の速度は今まで対峙したアラガミの攻撃よりも格段に早く、また6枚の攻撃が必ずしも来る訳ではない。

一番最悪なのは半分だけ残した場合だった。

3枚でも最悪は誰かが被弾するか、もしくは直撃をしようものならばその場から即退場となりうる可能性が高く、また通常の移動速度も早い為にリンクエイドで回復する隙が殆ど見当たらない。そうなればあっと言う間に戦局が傾き最悪の展開へと転げ落ちる可能性が極めて高かった。

 

 

「シエルの気持ちは分かるが、この中でエイジさんかリンドウさんと教導した際に回避率が高いのは誰だ?」

 

北斗の言葉にシエルは黙るしかなかった。北斗が言うまでも無く、このメンバーの中で一番教導カリキュラムに没頭し、成果を出しているのは北斗しか居なかった。シエルやギルもそれなりには回避出来るが、それでも相手が全力では無い事は分かっている。

今の作戦を実行するのであれば、それ以外の選択肢は存在しない様にも思えていた。

 

 

「決定だな。北斗、お前に任せた。シエル、ナナ、俺達は北斗の心配よりも優先すべき事があるはずだ。伊達に隊長やってる訳でもないんだから北斗を信じたらどうなんだ」

 

ギルの言葉に反論する事は出来ない。ただでさえ終末捕喰の可能性を考慮しながらの戦いに精神的にも過大な負荷がかかる以上、今は僅かな可能性も試す以外に方法が無い。それ以上は愚問になる可能性しかなかった。

 

 

「北斗、無理しちゃだめだよ」

 

「ああ。俺が突撃する際に全員が様子を見ながら周囲へと動く、羽が出た瞬間が合図だ」

 

北斗の言葉がそのまま作戦の図案となる。動きが早いジュリウスに対して距離は保つも長時間その場に留まるのは自殺行為と変わらない。今はシンプルに行動する以外に無かった。

北斗は全員に確認すると同時に、ジュリウスの気を引くべく、一気に距離を詰める。その行動を確認した3人はジュリウスの行動を確認しながら散開していた。

 

 

「ジュリウス!いつまでそんな事してる。さっさと目を覚ませ!」

 

囮になるべく北斗は僅かな可能性でも試すとばかりにジュリウスへと話かけながら6枚の羽根を自分に向けるべく回避行動に専念していた。

 

飾りでは無く純粋に手足の様に動くその羽は北斗の目の前で襲い掛かる物もあれば、死角から責め立てる様に攻撃する物があるものの、未だ全部が攻撃に向く事はない。羽の動く方向に注意しながらも全員の位置を確認する。

 

既に知覚の限界を超えそうになろうとした時だった。業を煮やしたのか、今まで3枚だけだった羽とは別の羽が改めて北斗へと襲いかかる。それが合図だと言わんばかりに周囲に散開した3人は全力でジュリウスの元へと走り出していた。

 

 

「マントにだけは当てるな!」

 

ギルは指示を飛ばすと同時にヘリテージスにオラクルを集めながら突進する。既にチャージが完了したのか、神機の先端は赤黒い光を帯びると同時に自身にも赤黒い光が渦巻いている。自身の一撃必殺と言わんばかりにその力を解放させる様にそのままの勢いで突進していた。

 

 

「これでも喰らえ!」

 

推進力を最大限に活かしたギルの渾身の一撃が守るべき羽が無い胴体の部分へと吸い寄せられる様に距離を詰める。このまま一気に決めんとする一撃だった。

 

 

「なんだ…と…」

 

直撃したと思われた一撃は胴体に当たりはしたものの、身体を捩じった事により攻撃がそのまま進行方向を変えられた事で掠る程度で終わっていた。一撃離脱となった事でその場で確認出来ないが、手ごたえが軽すぎる為に躱された事だけは理解していた。

 

ギルの一撃を決める頃、同じくしてナナもまたコラップサーに炎を入れると同時に、そのままの勢いをつけたままブーストドライブからの一撃を当てるべく距離を詰める。ナナは直前に身体を捩じって回避した瞬間は目に映るも、今はそれを確認する事はせずに自分の感覚を頼りに全精力を傾ける。

チャージスピアよりも接地面積が大きいハンマーであれば最悪直撃までは行かないにしても、何かしらのダメージを与える事は出来ると考えていた。

 

 

「うそっ!」

 

ハンマーが直撃かと思われた瞬間、羽では無く防いだのはジュリウスの左腕だった。今まで当たり前の様に羽だけで攻撃していた事もあってか、その腕の存在が頭の中から抜け落ちている。チャージスピアとは違い、その場に停止しているのであれば、それは格好の的にしか過ぎなかった。

 

 

「ナナさん!」

 

ジュリウスの左腕で攻撃を防ぎ反撃とばかりに右腕でナナを殴り飛ばすべく丸太の様な太い腕がナナへと襲い掛かる。それを既に見越していたのか、シエルは攻撃ではなく防ぐ為に盾を展開したままナナの眼前に立ち塞がっていた。

 

 

「ぐうううっ!」

 

シエルのうめき声が今の一撃の威力を物語っていた。シエルはナナとは違い、バックラーの為に防御の展開は早いが防ぐ能力が一段落ちる。展開速度が速かったのは僥倖ではあったが、その威力は完全には殺しきれなかった。

 

それと同時に隙を狙った攻撃は僅かなダメージを与える事しか出来ず、その瞬間北斗に向いていた羽が全部戻っていた。

 

 

「キャアアアアア!」

 

シエルとナナは追撃とも言える羽の攻撃を食らうと、その場から弾かれた様に吹き飛ばされる。回避の隙すら与える事無く周囲を牽制すべく羽が回転しながらジュリウスの身体を護るかの様にも見えていた。

 

 

「畜生!」

 

北斗はシエルとナナが飛ばされるのを見はしたものの、それ以上の事はせずにジュリウスへと距離を詰める。ギルの一撃を躱し、ナナの勢いを完全に止めた以上、北斗が提案した作戦は失敗に終わっている。それと同時に反撃を食らったのは想定外でもあった。

そんな気の隙間ともとれた僅かな隙をジュリウスは見逃さなかった。アラガミとは違い、ジュリウス自身の戦闘経験までもが反映されているからなのか、胸に鎮座した青いコアが鈍く光る。

それと同時に北斗を迎撃するかの様にジュリウスは北斗の方向へと動く。それと同時に羽が神機の様になったかと思われた瞬間だった。

 

 

「ぐわあああああ!」

 

「北斗!」

 

ジュリウスの攻撃はまだブラッドに入隊した際に最初に見たブラッドアーツそのものだった。羽を突きつけながらに突進したその後には無数の斬撃ともとれる衝撃が次々と北斗の身体を斬り刻むかの様に襲い掛かる。見えない斬撃を回避する事は出来ず、ほぼ直撃とも言える内容はまさに最悪の展開に近い物でもあった。

 

 

「北斗!まだ大丈夫?」

 

「ああ、何とか…しかし、よりにもよってあれとはな……」

 

意識が刈り取られる直前ともとれる程の斬撃はギリギリの所で耐える事に成功していた。回復錠の飲みながらもジュリウスの行動からは目を離さない。既に次の攻撃が待ち構えているのかジュリウスの目の前には羽が花びらの様に展開している。どんな攻撃が出るのかは分からないが嫌な予感だけは確実にしていた。

 

 

「拙い。全員あの羽が向いている線上に立つな!」

 

まるでそれが合図であったかの様に北斗達めがけて一条の光線の様な物が襲い掛かろうとしていた。

 

 

 


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