神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第172話 直前

支部長室で榊とブラッドが話をしている頃、やはりラウンジでも同じ様な話が成されていた。事実、新人はともかくベテラン勢からすればこれは3年前の忌々しい事件と大差はどこにも無かった。

終末捕喰による人類の掃討は同じ様に経験しただけではなく、事実発動した瞬間をこの目で見ていたからこそ、言い様の無い空気が漂っていた。

 

 

「まさか3年前の再来になるとは思っても無かったよ」

 

「そうですね。でも今回の内容は前回とは違いますので、対処にかなり苦労しているみたいですね」

 

ラウンジの椅子には珍しくコウタとアリサがジンジャーエールを目の前に当時の状況を思い出していた。既に故人ではあるものの、当時の支部長だったヨハネス・フォン・シックザールが政策していた一部の人間だけを脱出させた後に、再度この人類に降り立つ事でこの地球の状況をリセットさせるやり方に、当時の第1部隊の面々は各々が葛藤に苦しみ、そしてもがきながら答えを出した事を彷彿とさせていた。

 

 

「そう言えば今回の件だけど、エイジは何か言ってた?」

 

「本部ではどうやら情報の開示がされてないみたいで、詳細については殆どの人間には知らされていない様です。尤も知った所で何も出来ないのも事実らしいですけど」

 

「って事はフライアの件は完全に本部は切り捨てたって事なのかな?」

 

「それは何とも言えませんね。あれだけ神機兵に関して本部が出しゃばった以上、今から責任の回避は無理なんじゃないですか?」

 

コウタの言葉にアリサもエイジとの会話のやり取りの中で現状の報告みたいな物をしていた。恐らくはツバキのレベルまで来れば多少なりとも情報の開示はあるのかもしれないが、やはり情報統制の名の下では詳細については語られる可能性は極めて低かった。

 

特に今回の件に関しても、前回同様に、一部の本部の役員が関与しているとなれば屋台骨は崩れ、信用されなくなれば簡単にひっくり返る。しかも本部付けの特殊な支部からの内容となれば、責任の追及は誰に来るのかすら、現状では把握し切れていなかった事が影響したのか、フェンリルの上層部では責任の押し付け合いの名の下に議場は常時紛糾していた。

 

 

「そう言えば、リンドウさんは『面倒だがお前達に任せた』って言ってましたよ」

 

「……まあ、リンドウさんだしね。流石に本部に居たら何も出来ないから、それはしょうがないんじゃない?」

 

当時の状況を思い出したのか、アリサも苦笑を浮かべながらにコウタと話をしている。既に賽は投げられ、あとはどんな目が出るのかを確かめる以外には何も出来ない。今回の作戦群に関しても単独では出来る事が少なく、またブラッドには集中してもらう以上、クレイドルとしては周囲のアラガミを近づけない様にする以外には何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。少しだけ良いか?」

 

終末捕喰を防ぐミッションが発令される少し前に、北斗はナオヤに呼ばれた事で、整備室へと足を運んでいた。神機兵の活動が突如として中止してからはリッカとナオヤが指定していたミッションの数は呆気なく達成されてた。

 

重要なミッションの間際ではあるが、呼ばれる以上は神機の事以外には何も無い。今はただ今回の状況について確認する事で、何かしらの打開策か、もしくはアップデートのどちらかである事が予測出来た。

 

 

「今までの神機の使い方と今回設置した測定器から判断した結果なんだが、一定以上のオラクルの吸収を急激に摂取すると暴走する可能性がある」

 

「って事は今までよりも制御する方向なんですか?」

 

こんな場面での暴走の話は最悪の展開ともとれていた。万が一暴走しよう物ならば、自身で制御出来ない以上、計画の際には大きな足枷にしかならない。そうなれば榊が提案した計画の遂行が更に厳しい物へと変化するのは明白だった。

 

「最初はそう考えたんだが、今回の件に関してはリッカと兄貴とも相談したんだが、北斗の能力を制限するのは簡単だけど、逆の考え方をすればそれを活かす方が困る可能性は低いとも考えた。勿論、今回の件に関しては偶々このミッションでの流れにはなったが、遅かれ早かれどこかで何かをする必要が当然出てくるならば、態々先送りする必要が無いとも判断している。で、その前提が今回の神機に関する内容になる」

 

ナオヤの言葉に改めて整備様の台には北斗の神機が横に置かれていた。パッと見た感じでは前回とどう変わったのかが分からない程ではあったが、神機のとある部分に目をやれば、その一部の部分だけが従来の物とは大きく違っていた。

 

 

「これは?」

 

「これが今回の目玉なんだ。実際に試した訳じゃないんだけど、暴走するのを上手く制御する事で神機の能力を解放するしくみにしたんだよ。実際にはエイジは使っている神機のデータを流用しているから、その辺りは心配してないのと同時に性能そのものは保証出来るから安心して」

 

北斗の疑問に答えたのはリッカだった。刀身そのものに関しては既にここから何かを大きく変更する必要性は余り無い事も影響したからなのか、実際に神機そのものの攻撃能力は何も変わっていない。ただ違うのはギリギリとも取れる状況下でも心配する必要性が感じられない事だった。

事実として、神機だけではなく北斗自身が暴走に怯えながら使うとなれば完全に能力を発揮する事が出来なくなる。しかし、今回提示された物はその杞憂とも取れる内容を払拭できる存在と成りえる可能性があった。

以前に話に出た神機の側で何とかする行為がこの局面で結果的には間に合う事になっていた。

 

 

「因みに解放した後は少し挙動がおかしくなる可能性はあるけど、使用が不可能になる様な事はならないはずだから、その辺りは安心してくれれば良いよ」

 

「念を押すが、解放した瞬間の神機は驚く程に脆くなる可能性がある。時間と共に気にならないレベルまでは戻るはずだ。刀身が折れる様な軟なつくりはしてないが、その事だけは頭の中に入れておいてくれ」

 

2人の言動を見ればどれ程の時間を費やしたのが分かる程に疲れ切った表情のまま説明を受けた事に北斗は内心感謝していた。それと同時に、なぜ人類の絶滅の間際にいるにも関わらず、こうまで神機の事に関して没頭できるのか、個人的に興味が湧いていた。

 

本来であればこんな状況下では人によっては平然とする事すら出来ない。ましてや自分達でやるのではなく、他の人間に任せる事が出来るその考えが知りたいと思っていた。

 

 

「あの……2人に聞きたい事があるんですが、こんな人類の危機の様な場面でなぜそうまで没頭出来るんですか?」

 

「そう言えば、榊博士から聞いたと思うんだけど、ここは3年前にも一度終末捕喰に関する事で大きな事件があったんだ。今でこそ平然としてるけど、当時の事は今でも憶えてるんだ」

 

北斗の疑問は呆気なくナオヤの口から語られていた。当時の状況はこのアナグラの内部を大きく二分する事で内部には大きな歪が発生していた。それは奇しくもコウタとアリサがお互いに話をしていた事と同じ内容でもあった。

 

榊からは内容に関しては聞いていたが、やはり当事者の口から再度聞くとその感覚は大きく異なっていた。自分達に出来る事をギリギリまでやる事によって、その結果に対して信頼する。現場で直接動く事が出来ない以上、裏方としての最大限の努力だけは悔いが残らない様にやりきるその考えが伝えられていた。

 

 

「そうでしたか……今回のミッションは俺達もハッキリとした意志を持ってやるつもりです。人類の救済なんて考えは誰も持つつもりは無いので、今出来る事だけをやり切ります」

 

「そんな気負わなくても大丈夫だから。これで私達が出来る事の全てだから、後の事はしっかりと見せてもらうだけだから、北斗こそブラッドの全員でジュリウスを連れてくるんでしょ?それ位の考えで丁度良いんだって」

 

これが日常だと言わんばかりのリッカの言葉に知らず知らず力が入っていたのかと北斗は改めて肩の力を抜いていた。力んだ所で何かが変わる訳では無い以上、今は2人に感謝していた。

 

 

「でもまあ、教導の立場から言えば北斗はまだまだリラックスが足りないかもな。このミッションが終わったら少しは精神修養もした方が良いぞ」

 

「……みたいですね。終わってから考えます」

 

今回が最後では無い。まだこれから続くと言わんばかりのその言葉と共に、北斗は改めてブラッドのメンバーの元へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!もう用事は済んだの?」

 

「ああ、神機の件だったけど、どうやら間に合ったみたいだ」

 

北斗の間に合ったの言葉にこの場にいた全員が理解していた。一番の懸念でもある暴走はやはり常時緊張を強いられる可能性が高く、また最終局面でそれが起きた場合の事を考えれば、北斗の一言だけでも大きく可能性が高まった事だけは理解出来ていた。

既にフライアへの準備が開始されているのか、ロビーの人影は少なくなっている。これから行われる作戦がどんな物なのかが嫌が応にも理解させられていいる。

既に特異点と化したジュリウスがどうやって元に戻るのかの手だてすら無いにも関わらず、今出来る事だけを集注し、その作戦が開始される時間を待っていた。

 

 

「そうでしたか。それであれば安心出来ます」

 

「何はともあれやるべき事に懸念材料が無くなるのは困る様な話にはならないだろう。これだけの人間が動く以上、やれる事だけを考えれば良いさ」

 

「さっきもリッカさんに言われた。気負う必要は無いって。今は目の前の事だけに集中して、後の事はその時になって考えるで良いんじゃないか」

 

ブラッドとしては通常のミッションと何も変わる事なく普段の様に行動をする。後の事はその時に考えれば良いだけで、他のスタッフの事を信じる以外には何も出来なかった。

 

 

「北斗、そろそろスタンバイの時間だ。俺達はブラッドのバックアップになる。後ろの事は考える必要は無いから十分すぎる位に暴れれば良いからさ」

 

コウタの言葉通り、ブラッドが乗り込むヘリの隣には今回ユノが歌を歌う事での資材を詰め込んでいた。音響設備そのものに関しては北斗は理解出来ないが、即席とも言える内容であっても、それが完全に映像として流す事に耐えられる内容でなければ幾ら歌を歌った所で誰も知りえる事が出来ない。そんな都合もあったからなのか、映像に関する機材の搬入には思った以上に時間がかかっていた。

 

 

「そう言えば、ユノさんの歌って誰が流すの?」

 

「私が聞いた話だとサツキさんらしいですよ。今回の件に関しては流石に万が一の事を考えれば人数を大きく投入する事が出来ないので、トラブル等が発生した際にはそれも修正するのを考慮して決まったらしいです」

 

ナナもシエルも手持無沙汰だったのか、今はただその場面を見る事しか出来なかった。今回の作戦が失敗すれば人類の歴史は即座に終了する事になる。いくら平常心とは言え、まだそこまで落ち着ける心境には至ってなかったのか、それとも緊張を紛らわす為に話をしていたのか誰にも分からなかった。

 

 

「資材の投入が完了しました。総員各配置に付いて下さい」

 

ヒバリのアナウンスで、これから始まる事がどれ程の戦いになるのかは予測する事すら出来ない。これから行く先がフライアであると同時に、戦うのは特異点と化したジュリウスでもある。

かつては同じ部隊に所属していた立場からすれば、戦いそのものよりも、精神的な部分で厳しい事になる事だけは予想出来ていた。

 

 

「これが最終局面だ。気持ちは分かるが油断をすれば自分の命が消し飛ぶ事になる。我々としては自己犠牲などと言った物は一切考えていない。各々がやるべき事を確実に遂行してくれ。それと北斗、暁光は軟な物では無い。エイジの神機にも兄妹とも取れるパーツを使っているが、それはお前にも同じ事が言える。自分を信じ、神機を信じるんだ。そうすれば神機は自ずとお前の力になってくれるだろう」

 

準備完了と共にその確認なのか、ヘリの格納庫には珍しく榊と無明が来ていた。理論上は問題無いが、それが現場ではどう影響して動きが見えてくるのかは判断出来る様な物は何一つ無い。ブラッドの戦力そのものについての疑問を挟む事は無いものの、やはり命運を背負わせた事が気がかりなのか、最終確認も兼ねての確認とばかりにこれから向かおうとする北斗達へと話かけていた。

 

 

「無明さん…」

 

「良いかい。君達の任務に関してはあくまでも向こうが放つであろう終末捕喰をこちらもユノ君を使って同じ様に放つのが目的になる。くれぐれもその事を忘れないでくれたまえ」

 

無明と榊の言葉に各自が思う事があったのか、今は誰もそれ以上の事を口に出そうとはしていなかった。あと残すのはブラッド全員がヘリに乗り込むだけ。

人類の存亡を賭けた運命の扉開かれようとしていた。

 

 

 


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