神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第171話 作戦概要

フライアの内部での出来事がまるで悪夢でも見ているかの様な結果に、帰投中のヘリの内部では誰も口を開こうとはしなかった。真相を確認すべく挑んだミッションではあったが、その内容と結果に関してはまさかの想定外とも言える内容でもあった。

 

当初はフライアへの大量のアラガミの襲撃の原因を探るべく侵入したはずだったが、結果的にはラケルの独白とも言える真実と、それに伴う実力行使の場でもあった。辛勝とは言え、神機兵のプロトタイプとも呼べる物を討伐した後の出来事があまりにもショッキングすぎていた。

 

ラケルの言葉を正しく理解すれば、それはジュリウスが完全に特異点と化した物でもあり、それが出来たのであれば、今後どうなるのかも予見出来る。既に手遅れとも取れるジュリウスを目の当たりにした事で、ブラッドは嘗てない程に士気が低下していた。

 

 

「もう、私達が知ってるジュリウスじゃないのかな」

 

沈黙を破ったかの様にナナの呟きとも取れる程の言葉が周囲へと聞こえている。けたたましくローター音が鳴り響く中で、まるでその瞬間だけ音が途切れたかの様な錯覚を覚えていた。

 

 

「あれは……確かにジュリウスだった。なんでああなったのかは分からないが、今の俺達では何の解決も出来ない。一旦アナグラに戻れば榊博士から何らかの説明があるんじゃないのか」

 

「そうですね。今のままでは判断材料が乏しいとも考えられます。先ほどの通信にもあった様に、今は戻ってからの話を聞いた方が、今後の見通しは立てやすいかと思います」

 

撤退の通信の中で榊の口から出た特異点の言葉。それを正しく理解する事は出来ないが、特異点が起こす物が何であるのかは以前に聞いた結果でしかない。当時の事はとにかく、今はただ戻ってからの対策を確認する以外に手だては無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さんよくご無事で。榊支部長がこの後1時間後に召集してほしいとの事です。何かと慌ただしく申し訳ありませんが、重要な話になるとの事です」

 

 

ブラッドの事は既に通達が来ていたのか、ロビーへ戻ると、フランが労いの言葉と共に今後の予定をそのまま切り出していた。本来であれば直ぐに召集になるが、時間を空けたのは、恐らくは落ち着かせる為に設けた時間である事だけは全員が理解していた。

 

 

「ありがとうフラン。1時間後に支部長室だよな?」

 

「はい。その様にお願いします」

 

北斗が確認し、フランの返事が全員に聞こえたからなのか、その一言で各自は一旦落ち着く為にそれぞれが自室へと戻っていた。

 

1時間後に召集された北斗達は榊から驚愕とも取れる話の内容を聞かされていた。以前にも聞いた終末捕喰とそのキーともなる特異点の可能性。それから起こる未来は人類だけではなく、この地球上の如何なる生物の消滅の二文字だった。

厳密に言えば生命の再分配が行われる事によって地球そのものはそのまま生存する事になるが、その地上には間違いなく既存の人類は存在しない未来。

 

それは人類の終焉でもあり、地球と言う惑星の新たな再出発とも言える内容だった。

 

 

「榊博士。話の内容に関しては我々も理解しました。それでもこのままで良いとはブラッドは誰も思っていません」

 

恐らくはそんな回答が出る事を予測していたのか、それとも期待していたのか北斗の言葉に榊は口許に笑みを浮かべていた。

 

 

「これは僕の持論なんだが、小を殺して大を活かすと言ったロジックを認めるつもりは一切ない。どんな絶望の中でも諦める事無く出来る事をやるのであれば、それは何かしらの筋道が現れる物だと考えている。これは極東の言葉で『死中に活を求める』とも言うんだが、これは実際に私の友人たちが身を挺して体現してくれた事でもあるんだ」

 

榊の言葉には力があった。それは絶望に染まったが故の感情では無く、未だ可能性を秘めた物がある人間の言葉の力でもあった。そんな榊の言葉はブラッドにも伝わっていたのか、心配げな表情をした者は誰も居ない。今はその方法を確認するのが先決だとも考えていた。

 

 

「さて、そんな死中に活を求める方法について何だが、ここから先の事に関しては僕の一存で決める訳には行かない」

 

「それは……一体?」

 

榊の言葉がそこで止まったのには何かしらの問題でもあるのかもしれない。それが示す物は分からないが、榊が言い淀む以上恐らくは大きな代償が発生する可能性があった。何も提示されない以上、こちらとしても判断の材料は何も無い。それ故に北斗は榊に改めて確認する事しか出来ないでいた。

 

 

「仮定の……いや、蜘蛛の糸の様に細く不安定ではあるが道はある。ただし、それは今までに培ってきたミッションとは比べものにならない程の内容になるんだが、仮に終末捕喰を止める事が出来たとしても最悪は君達とユノ君の命の保証が出来ない。勿論、失敗すれば終末捕喰はつつがなく遂行され、我々人類の歴史もその時点で終了となる。その為には君達とユノ君がしっかりと話あった結果で判断する事にするよ。既に特異点が完成した以上、時間はもう然程残されていないのもまた事実だからね」

 

榊の提案は誤解する事無くブラッド全員の耳へとしっかりと入った。事実上の片道キップの可能性とも取れる作戦の内容は語られていないが、この場に於いて今さら何かを試す様な事はあり得ない。

全員の命の担保が既に存在していない以上、選択肢は最早数える必要すら無い状況にまで陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの榊博士の話なんだけど、私達にそんな大それた事が出来るのかな?」

 

ブラッドとユノはラウンジの片隅で誰にも聞かれる事無く話し合っていた。榊の話を正しく理解すれば、この地球上の人類の命全部をこのメンバーで背負えとも言っている様にも聞こえると同時に、その作戦を実行するに当たって、最悪は全員の命が無くなる事まで聞かされた事もあったのか、ナナの声には何時もの元気さは無かった。

 

 

「話だけ聞けば確かにそうかもしれません。しかし、それが出来ないのであれば我々はこのまま終焉を迎える事になります。これは推測ですが、話し合って決めるのは実行するかどうかではなく、任務を遂行する為にどう考えているのかを確かめると言うか……気概の様な物を確認したいんじゃないかと思います」

 

「なぁナナ。榊博士の話だと、このまま何もしないでいても終末捕喰は実行されると思う。ラケルの言葉じゃないけれど、ああまでやって途中で止める可能性は恐らくは無い。仮にそんなつもりがあるなら最初からジュリウスをああ言う風にする事は無いと思うんだ。確かに俺達が人類を救うなんて大それた事を考えれば腰は引けるけど、単純に目の前のアラガミを討伐するのと同じ様に考えれば良いだけだと思う」

 

北斗の言葉には確かに一理あるとも考える事が出来ていた。このまま全員が等しく終焉を迎える事になるのか、それとも僅かな可能性に賭けてこの状況を覆すべく抗うのかでは、結果が仮に同じだったとしても、その過程は大きく違う。

結果が同じならば自分達が納得できるやり方の方が最悪の結末を迎えたとしても納得できる可能性が高い。そう考えていた。

 

 

「みんな、どうしてそんなに強いの?」

 

「ユノさん。どうしたんですか?」

 

「私は正直言って怖いと思ってる。今までにもアラガミとは遭遇した事はあったけど、それは単に巻き込まれた結果だからであって、自分から戦場に出向くなんて今まで考えた事もなかった。だからなのかな。今になって漸くゴッドイーターの皆が戦場に立つ気持ちが分かった様な気がする。でも北斗の言う通りなのかもしれない。このまま何もしなくても結果は同じだったら、自分が出来る事、いえ、自分達が出来る最大限の力をもって抗うのは当然なんだと思う。それに……榊博士の作戦の内容は分からないけど、万が一何かあったら守ってくれるよね?」

 

そう言いながら笑顔でユノは北斗の方を向いていた。確かにユノは非戦闘員である以上、何かしらの作戦の重要人物である可能性は高く、これから訓練をした所でどうにかなる物でもない。何気にユノの手を見れば恐怖と戦っているのか、僅かながらに手が震えているのを北斗は確認していた。

 

 

「もちろん。どんな作戦かは分からないが全力で守るから」

 

「やる事はシンプルだ。終末捕喰は絶対に阻止する。その後の事はその時に考えれば良いさ。だろ北斗?」

 

ギルが言う様にやるべき事はシンプルでしかない。先ほどの北斗の言葉に安心したのか、ユノの綻ぶ様な笑顔と共に全員が決意したのかこの足で榊の元へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決まったようだね。ではこれから作戦の概要を説明するよ」

 

全員の決意した表情を見たからなのか、榊はまるで今回のミッションも何時もと変わらない様な感覚で説明していた。榊が出した作戦の内容は極めてシンプルな物ではあるが、それと同時に最大のリスクも抱えていた。

本来であれば終末捕喰が開始される前に全ての決着をするのが理想ではあるが、今回の一連の流れから考えると赤い雨は地球の意志でもあり、また特異点はそれを実行する為に存在している存在でもある。そうなれば再び不安定な状況に陥る可能性が高く、それは結果を先送り出来る様な内容では無くなっていた。

そんな可能性も踏まえ、今回は一旦ジュリウス側の終末捕喰を発動させた時点で、ユノ側からも同じく終末捕喰を発動させ相殺する方法だった。異端発動した終末捕喰は止める事が出来ない以上、それは確かに自分の命をベットした人生最大の賭けとも考える事が出来ていた。

 

負けた場合は自分の命が消し飛ぶだけではなく、人類そのものの歴史までもが終焉を迎える事になる。何も知らない人間からすれば正気の沙汰とは思えない様な作戦でもあった。

 

 

「でもジュリウスは既に完成しているのに、ユノさんは違う。となればその時点で力の均衡が取れるとは思えないんですが?」

 

「うん。その件に関してなんだが、ジュリウス君の場合、単体で100%、ユノ君は単体で仮に70%だとした場合は確かに力の均衡は崩れ、そのまま終末捕喰は発動できても最後は呑みこまれる事になるだろうね。そこでだ、こちら側としては質で勝てないのであれば量で対抗するのがベストになる。黒蛛病が特異点としての機能を作り出す為に地球がとった当たり前の行為ではあるが、何も一人で全部をやれと言っている訳じゃないんだ。

力が足りなければ、それはただ補えば良い。考えとしては実にシンプルな事なんだよ」

 

「補うのは理解できましたが、それはどうやってなんでしょうか?」

 

シエルの疑問はここにる全員が同じだった。単に一つに纏めるとは言うが、その方法が分からなかった。

 

 

「終末捕喰は突き詰めればこの地球の意志の力でもあるんだ。それは即ち感応現象の事を指し示す。事実、この感応現象においてはこの極東でもしっかりと研究していてね。幸いにもサンプルになる人間が身近な所にいたから我々としても助かっているんだけどね。……話が逸れて申し訳ない。今回の件についてなんだが、特異点とは即ち『意志の力』でもあり、また感応現象も同じく『意志の力』の発露でもある。感応現象はそんな『意志の力』を増幅する事によって距離を関係無く伝播し、やがて自分の超える『意志の力』を生む事になる。君達ブラッドの血の力はまさにそれを体現していると我々はそう考えている。実際に君達自身が今まで体験してきた事なんだよ」

 

「しかし、それでは我々ブラッドならともかく、他の黒蛛病患者がそんな事出来るとは思えないんですが」

 

「そうだね。確かにオラクル細胞が由来だとしても全員が等しく感応現象を起こせるとは考えていない。でも人の想いを増幅し、遠隔地まで運ぶ事は何も感応現象だけではない。違うかいユノ君?」

 

榊の視線はユノへと向けられていた。榊が考えている事はユノには理解出来ないかもしれないが、なにを持ってユノに話を振ったのかだけは理解出来ていた。

 

 

「歌が……歌が心を一つにするって事ですか?」

 

「そうだね。綺麗な風景を見たり、絵画や歌を共通した時、人は同じ様な感情になる事もあるだろう。少なくとも人間は他の動物とは違う。共感できる考えを持つのは人間だけなんだ。少なくとも私はそう考えている」

 

「……私もそう考えたいです」

 

榊が言いたい事が何なのか、ここで漸くユノは理解していた。自分にとって気持ちを一つにする手段としての歌がある。今求められているのがそれであれば、自分が出来る事はだた一つだけ。ユノはその考えを自分に言い聞かせ、何をすべきなのかを再度確認していた。

 

 

「では、お願いできるかい?」

 

「はい!私の…私の歌で」

 

この時点で作戦概要が公表される事になった。ユノが歌い上げる事により、足りない分の偏食因子を集める事で、ジュリウスが発動する終末捕喰を相殺する。そうなればお互いのエネルギーを相殺し、結果的には終末捕喰を回避する結果になるとの予想が立てられていた。

 

 

「それと…北斗君、君にはやって欲しい事があるんだ。君はブラッドの中でも感応現象を最大限に引き出す事が出来る『喚起』の能力を備えている。その力で集められた『意志の力』を増幅し、ユノ君を特異点へと昇華させる事が役割となる。いいね?」

 

北斗の役割が今回の作戦の最大の肝とも言える部分の一つでもあった。北斗の『喚起』の能力に関しては、直接目に見える事は一切ない、ただその対象者に対して働きかける事になる為に、自分の意志で出来ているとは考えにくい能力でもあった。

 

常時その因子を放出しているのであれば、あとはいかにそれをユノの元へ送り込む事が出来るのか、今はただそれだけを考えていた。

 

 

「この全容が今回提示した作戦だ。今の時点ではこれしか方法が無いと考えている。後はそれを実行するだけだ」

 

既に残された時間は然程も残されていない。今回の作戦に関しても、もっと時間があれば別の手段を講じる事も出来た可能性は否定できない。しかし、それを考えるにはあまりにも時間が無さ過ぎていた。

今ある物を最大限に利用するには他の手段は何もなかった。全ての作戦に関して理解したのか、全員の顔にやる気に満ちた意志の力が見える。これであればたとえ蜘蛛の糸の様な細い道であったとしてもやり切る事が出来るだろうと榊は一人残った部屋で考えていた。

 

 

 


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