神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第169話 戦いと疑念

 

元来より、嫌な予感は往々にしてよく的中するものである。榊の杞憂が確信へと変貌するのは然程時間がかからなかった。

遠隔型の神機兵の自律機能が失われた物は最早対アラガミ兵器ではなく、人類に牙を向くアラガミと大差なかった。当時は機械故に故障の可能性はある意味仕方ないと擁護する声が幾つも飛んできたものの、それも時間の経過と共に擁護の声はいつの間にか沈黙したかと思われた後に、今度は解体すべきとの声が徐々に高まり出していた。

 

 

「元々可能性があった事ではあったんだが、まさか黒蛛病患者の偏食因子がああまで変化するとはね」

 

一番最初に確認した際には理由は不明ではあったものの、一旦破壊した物をアナグラで解析した結果、故障した部分から赤い雨が侵入し、コアの代わりとなる部分が汚染されている事が判明していた。

当初はその可能性があると、本部や各地に通達はしたものの、イレギュラーな対応まではカウント出来ないとの考えにより、その通達は黙殺されていた。

 

 

「機械が赤い雨の影響でアラガミ化するとは想像してなかったんでしょう。我々とて解析したからこそ可能性を考える事が出来ただけですから、今後は廃棄物としてアラガミ同様に討伐する必要は出てくる事になるのは間違いないかと」

 

榊と無明が懸念した結末が現在極東支部においても、ある意味懸念すべき事項の一つではあったが、やはり最大の懸念がユノの特異点化の可能性だった。仮説が仮説でなくなった当初に比べれば、現時点でのユノはかなり進行しているのか、以前の様に服に隠れていた痣は既に腕や足だけではなく、首筋にまで及んでいた。

 

最早このままでは時間の問題となる可能性が高く、極東支部とそしての優先順位をどうするのか苦渋の決断を迫られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回のミッションなんですが、こちらで観測確認した際に、多数のアラガミがフライアに向けて移動しています。今回のミッションに関してですが、特定の部隊が出動ではなく、全部隊が出動して頂く形となります。今回の件に関してですが、全員がローテーションで行動をして頂きますので、事前に入念な準備を済ませておいてください」

 

未だ状況が把握しきれない中で、突如としてヒバリから異例とも取れるミッションが発令されていた。通常であれば部隊の運用はしっかりと安全と装備を確認して万全の態勢で出動するが、今回の内容に関しては今までに無い程の大規模なミッションとなっていた。

 

 

「ヒバリちゃん。現状は?」

 

「コウタさん。現在の所、こちらで観測できる個体の数は測定不能となっています。その為に大型種や中型種の数や種別に関しては不明です。万が一の事も考慮すると、ブラッド隊は二分割して他の部隊との混成として運用してもらう事になります」

 

北斗達はヒバリの発言したミッションに対して何も出来ないでいた。今までにも何度か数が多いミッションに出動した経験はあるが、ここまで不明となっている個体については唖然としていた。

種別や個数が分からないとなれば、今後の対応は後手後手に回る。最悪の場合は感応種を引き連れている可能性が高かった。

 

 

「神機兵がこうなったかと思えば次はアラガミの大群か。どうしてこうも立て続けに色々と起こるかな。せめてリンドウさんとエイジが居ればもう少し対処のしようもあるんだけど」

 

「今の所は榊博士も無明さんも対応する事が多すぎているので、私達としても現状を打破する以外に手段は有りません。今はフライアに向けて集結しつつありますが、最悪の場合はここにまで戦火が飛ぶ可能性もあります。今は一刻も早い対応が必要になります」

 

コウタのボヤキとも取れる言葉はヒバリも同様だった。本来であればすぐにでも帰還要請をかけたい所ではあるものの、現状では本部との駆け引きなのか、それとも話が進まないのか、生憎とコウタが望むべき結果を得る事は物理的にも無理な事は間違い無かった。

常時頼る訳にも行かず、今は既存の戦力を最大限に生かす事でこの難局を凌ぐ以外に手だては無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリナ~大丈夫か?」

 

「大丈…夫と言いたい所ですけど、ちょっと休憩……したいです」

 

「我が騎士道にも……そろそろ限界が迫りくるのか……おのれ闇の眷属ども、暫しこの場は……見逃してやろう」

 

フライアへ向かっていたアラガミの一部は予想通りとも言える様にアナグラへと進路を変更した物も多数存在していた。当初は進路変更は万が一の可能性とも考える事が出来ていたが、やはり数体が向かいだすと誘蛾灯に魅せられた蛾の様にアラガミが次々とアナグラへと押し寄せていた。

 

事前に予想を立てていた事も影響したのか、アナグラは正に総力戦とも取れる状態を維持し、そのまま果てる事があるのかと思う程の戦闘を余儀なくされていた。

 

 

「コウタさん。あと1回で終わります。この場は俺達に任せて下さい」

 

既に第1部隊は各部隊の運用のコアと同じ様に出ていたからなのか、ほぼ出ずっぱりのままの事も影響したのか、それは新兵や上等兵が任される内容を超えた戦いが多かった。

コウタの指揮で死者こそ出ていないが、負傷者はかなりの数に上っている。

残す所はあと僅かではあるがこのままの運用では遅かれ早かれ死者が出るのは間違い無いとも感がる程の疲弊が直ぐに理解できていた。

 

 

「でも大丈夫なのか?」

 

「俺達は万が一の感応種の事もあったんで、他の部隊よりはまだ動けます。今は俺達が出ますのでコウタさん達は休んでいて下さい」

 

「北斗か。本来であれば一緒に戦いたいと考えるが、この場は頼む」

 

「なんでエミールはそんな上から目線なのよ。私だってあと少し位なら平気だから」

 

気丈に振舞うも、やはりこのミッションでは負傷していないだけで、既にエリナもエミールも限界を超えていた。恐らくはこのまま立つ事は出来ても神機を持って戦場に赴くには既に疲労困憊の身体が素直に動くとは思う事も出来なかった。

 

 

「皆!行こうか!」

 

北斗の合図と共にブラッド隊が止めとばかりに出動している。この原因はまさかとは思いながらも、今はただ目の前のアラガミの討伐だけに集中し、その後の事は改めて考えれば良いだろうとそれ以上の思考を中断させ、目の前の戦場へと意識を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナグラの戦闘の一方でジュリウスはここがどこなのかすら検討も付かない場所に居た。周囲を見ればまるで打ち捨てたかの様な神機兵の残骸とも取れる物が散乱している。ここがまるで神機兵の墓場であるかの様なイメージを漂わせていた。

 

 

「俺は…ラケルに騙されていたのか……神機兵を操っていたと思っていたが、まさか俺自身が操られていたとは……」

 

既にジュリウスの身体にはほぼ全部に蜘蛛の痣がクッキリと浮かび上がり、既に自分では確認していなが、このままどうなるのか、その末路に関しては最早考えるまでも無い程に覆いつくされていた。

残す時間は確実に僅かにも関わらず、ラケルは一体何を企んでいるのか、それを確認する術と時間が今のジュリウスには足りなさ過ぎた。

 

 

「俺はこのまま……朽ち果てるの…か…」

 

ジュリウスのつぶやきに答える声はどこにもない。既にこのフライアに残っているのはジュリウス以外にはラケルしかいない。今はただゆっくりと自分の目が閉じていく事しか出来なかった。

 

ジュリウスの意識が途切れたその瞬間、身体は無意識の内に跳ねていた。反射によるものなのか、それとも何かしらの力が働いているからなのか、今のジュリスには理解する事は出来ない。

既に何が起こっているのかすら理解出来ない自身の身体と、脳内では走馬灯の様に、初めてラケルに会った事やブラッドに入隊した事、その後の生活と最後はロミオが横たわる光景と次々とフラッシュバックする。それは死へのカウントダウンが始まった証でもあった。

 

 

「ああ、漸く始まったのね、私のジュリウス。貴方はこれから生まれ変わると同時に人類を超越した物へと変貌する。今はその身体をゆっくりと整える為に暫し眠りにつきなさい」

 

神機兵の墓場とも取れる場所をモニタリングしていたのか、ラケルは冷淡とも言える笑みを浮かべながらジュリウスの身体から何かが出てきたのか、ゆっくりと包み込むと同時に繭の様な物へと変化しているのを見ていた。

周囲にあった神機兵の残骸がそれに呼応するかの様にゆっくりと霧散し始める。まるで新たな生命体の供物としての存在かの様にも見えるこの光景を見ているのは本当に人間なのかと思える程に狂気に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漸くアナグラへの脅威が去る頃、北斗達ブラッドの部隊は支部長室へと呼ばれていた。激戦とも取れる内容はまさに死闘の連続ではあったものの、死傷者が片手程度で落ち着く事が出来た事は僥倖とも取れていた。

 

 

「今までご苦労様。今回来て貰ったのは、君達にお願いしたい事があったんだ。実は今までの戦いの中で、ほんの一瞬ではあったんだけどフライアから特殊な反応が出てたみたいなんだ。我々としても今のフライアにああまでアラガミが押し寄せる原因は不明なんだが、どうにも嫌な予感しかしなくてね。連戦の疲れを癒すのは難しいかもしれないが、半日程開けてからフライアへと向かって欲しいんだ」

 

連戦の後に再度のミッションともなれば過大な負担だけがのしかかる。しかし、先だって榊から聞いた特異点とジュリウスの関係。そして僅かとは言え、フライアからの特殊な反応と謎のアラガミのフライアへの襲撃は、誰もが一番想像したくない事実しか見えてこなかった。

 

 

「まさかこんな簡単に潜入出来るなんて」

 

「これが今のフライアなのか。当時と随分違う様にも感じるな」

 

北斗達はフライアへと侵入していた。当初は抵抗される事も懸念したが、誰も居ない事が影響したのか、それとも抵抗の意志が無いからなのか、拍子抜けとも取れる程すんなりと潜入に成功していたからこそシエルの言葉は驚きに満ちていると同時に、ギルの言葉の通り、何か違和感があった。

それが何を表すのかは誰にも分からない。今はただ目指すべき場所へとただ走る事しか出来ないでいた。

 

 

「あれってまさか」

 

ナナの驚愕の言葉と同時に、格納庫の扉へと視線を向ければ、そこにはラケルが何もなかったかの様に一人車椅子に乗って出迎えるかの様に待ち構えていた。突然の出現に全員の緊張感が一気に高まる。これから何が起こるのかを警戒していた。

 

 

「そんなに警戒しなくても良いのよ。安心なさい。さあこちらですよ」

 

ギルが改めて神機の柄を握りしめたのを確認したからなのか、ラケルはあの当時と何も変わらないままに全員を案内し始めていた。いくら当時のままと言っても今のラケルを素直に信用する材料はどこにもない。

まるでそれを見透かしたかの様に、ラケルの姿は幻の様に消え去ると同時に目の前の厚い扉がゆっくりと開き始めていた。

 

 

「何…これ?」

 

開いた扉の向こうにはまるでこれから晩餐会が始まるのかと錯覚する程の大きなテーブルと人数分の椅子が置かれていた。テーブルの上には料理が置かれる皿が既に準備されているも、その質量や熱量はどこにも感じる事が出来ない。それがまるで目には見えるが手には取れない様な儚さがある様にも見えていた。

 

 

「さぁ、大変だったでしょう。皆ここで食事にしましょう」

 

「これは…何の真似だ?」

 

微笑むラケルの冷笑は止まる事は無い。まるでこれが当たり前だと言いたくなる様な態度が何を考えているのかを予測する事が出来なかったのかギルが疑惑とも取れる感情をラケルへとぶつけている。

その質問すら意図していたのか、それとも何も無かったと考えたのかラケルはそれ以上

ギルの質問を無視したかの様にすぐに言葉を告げていた。

 

 

「これから多大な儀式が始まるのよ。その前にしっかりと腹ごしらえをしない事には先には進めないわ。さあ、冷める前に召し上がれ」

 

「何だと……おい!いつまでふざけるつもりだ!」

 

「落ち着いて下さい。ギル、これはホログラフですから実体はここにはありません」

 

質量を感じない事を察知したのかシエルが素早く椅子へと手を伸ばせば、その言葉の通り手にかかる事はなく、そのまま素通りしている。未だ目的が分からないラケルに対してギルの感情は爆発寸前だった。

 

 

「その前に聞きたい事がる。ジュリウスはどこに居るんだ?」

 

「北斗。あなたは随分と無粋な真似をするのね。……ジュリウスでしたら今は眠っているわ。ぐっすりと眠っているのを起こすなんて事はしたくないの。……そうね。今はまだ時間もある事ですから、少しだけお話をしましょうか」

 

「そんな事よりもジュリウスはどうしたんだ。なんで眠る必要がある!お前は何を考えているんだ?」

 

「そうね……敢えて言うならば人類の全てが乗り越えるべき試練に全部打ち勝つのが目的とだけ言っておきましょう」

 

北斗の質問に答えるつもりは全くないのか、自分の言いたい事だけを語る。今のラケルが本物なのか、それともホログラフなのかは分からない。そんな中でシエルは今考えている事を純粋に確認したいと口を開いていた。

 

 

「ラケル先生。質問があります」

 

「何かしら?答えられる内容だと良いんですけど」

 

「私はレア先生から色々と聞きました……父親や姉、養護施設の事とその事実、そして神機兵の事……それら全てをジュリウスに捧げる事で貴女は一体何を考えているのですか?…人間を機械の部品の様に扱うこんな邪悪な計画をいつから考えていたのですか?」

 

シエルの厳しい視線がラケルへと突き刺さる。非難とも取れる言葉の内容にラケルは未だ微笑を崩す事無くシエルの言葉をそのまま受け入れている。それはただ単純に自分の事ですら計画の中の一部でもあり、その脚本の登場人物でしかないとばかりに無機質なまま改めて語り始めていた。

 

 

 

 


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