神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第168話 疑惑

 

「そう言えば、最近になってまた大型種のミッションが増えたよね。神機兵はどうしたんだろ?」

 

一時期、それが当然だと言わんばかりに神機兵が大型種の討伐任務をこなしていたはずが、ここ数日の間に突如として稼動する事が無くなっていた。フライアからは何の声明も出ていない以上、詳細を確認する事が出来ず、今はただ当時の様に大型種のミッションを受注しながら、これまで溜まった鬱憤を晴らすかの様にただ励んでいた。

 

 

「またトラブルじゃないのか?こっちとしてはリッカさんから言われたミッション数をこなせるから有難いんだけど」

 

「しかし、以前に侵入した際には人間同様の動きを見せていたのもまた事実です。何か大きなトラブルだとは考えにくいと思います」

 

シエルが指摘した通り、フライアでの奪還作戦の際に対峙した神機兵は確かに人間と同様に滑らかな動きを見せながら北斗達と戦っていた。そこまで完成した神機兵が今さら単純なトラブルや技術的な部分で何かが起こるとは思いにくく、それが少しだけ気がかりの材料となっていた。

 

 

「今さらそんな事考えても仕方ないだろ。今はただ目の前のミッションをこなすだけだ」

 

ギルが言う様に、今の極東は以前の様にほぼ全員が完全に出払う程の状態にまでなってた。今までは暇だと言っていた人間が今度は忙しすぎて休みたいと口にしている。

あまりの両極端な環境は案外と以前の様に戻るのは時間がかかりそうだった。

 

 

「そうだね。今は目の前の事をやるだけだよね。でもさ、これはちょっと頂けないなぁ」

 

ナナの言葉尻が消えそうだったのは訳があった。今回の中で神機兵は数に物を言わせた結果、大半のアラガミを一気に討伐したまでは良かったが、まるでそれに対抗するかの様に、アラガミの出現数が以前の倍以上となっていた。

 

本来であれば毎回帰投しながら次々に行くのが通例だったが帰投用のヘリが間に合わず、現在はブラッドの戦闘能力を買われた事で、移動型戦闘指揮車を使ったミッションが発注されていた。

当初はあの時の記憶が蘇っていたが、ここで誰もが大きく見落としていた事実があった。あの時はエイジ達クレイドルも参戦していた事もあり食事などは一切気にしてなかったが、今はエイジはおろか、クレイドルの人間は一緒ではない。

そんな事もあってミッション後の休憩や食事に関しては備え付けられたレーションを取る事しか出来ないでいた。

 

 

「これは仕方ないさ。誰も作れる人間が居ないなら今はこれが最良の手段なのは間違いない。リンドウさんの話だと、他の支部のレーションよりも数段マシだって聞いているけど」

 

「それはそうなんだけど……やっぱりあの時みたいなのが良いと思うんだ。あれはあれで何となく楽しかったから良かったんだけど、これだと味気ないと言うか……やっぱりおでんパンの方が良いよね」

 

戦場での食事が占めるウエイトは見過ごす事が出来ない位に案外と大きい。食事は栄養補給が一番ではあるが、常時緊張したままの精神を落ち着かせ、それと同時に気分転換の効果もあった。

マルドゥーク戦での食事はエイジやリンドウの経験と、恐らくは厳しい戦いになるとゆとりが無くなるからと判断した結果であるのが今になって理解していた。

 

 

「このレーションは確かにいつもの食事に比べれば味気ないかもしれませんが、確かに他の支部に比べれば格段に上である事は間違い無いですよ」

 

「なんでシエルちゃんはそんな事知ってるの?」

 

「以前にエイジさんが居た際に、レーションの試食をした事があったんです。比べる前提が違うのは仕方ないにせよ、他の支部のレーションははっきり言って味覚音痴の方が作ったとしか言えないですね」

 

シエルはその言葉と同時に、当時の状況を思い出していた。教導カリキュラムを終えた際に、時間があるならばとシエルだけではなくリンドウやアリサと一緒にレーションの開発を兼ねて他の支部のレーションを口にする機会があった。

 

極東では割と食材そのものが形となって残っている事もあり、まだまともだったが、他の支部ともなれば固形物の何かだったり、飲み物も原材料が何なのかすら分からない程の飲み物だった事もあってか、口にした全員が微妙な表情をしていた。本来であればシエルが呼ばれる事は無かったが、これもまた経験だからとついでとばかりに呼ばれていた。

 

 

「そうなんだ……でも私も声をかけてくれれば参加したのに」

 

「あの当時はまだナナさんは教導カリキュラムの最中でしたから声をかけれなかったんです。でも、止めた方が正解かもしれませんね」

 

 

シエルの表情はそんなに豊富だとは思わないにせよ、それでもその眉間に皺が出来る程苦々しい物である事だけはナナにも理解出来ていたのか、それ以上の事は何も言う事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあアリサ。少しはエイジから何か教わったのか?」

 

「ええ。多少はレパートリーは増えましたよ。だから目の前に出てるじゃないですか」

 

ブラッドがレーションを食べながら当時の事を話す一方で、やはり同じくクレイドルと第一部隊が合同でミッションに出向いていた。もちろんレーションも搭載しているが、今回はアリサがエイジ直伝のレシピがあるからと自ら食事係を買って出ていた。

 

アリサの腕前は確かに少しづつ良くなっているのは間違いない。しかし目の間の惨事からコウタは目を背けたくなっていた。ネモス・ディアナでもソーマに食事を披露したが、その後でアリサが料理を特訓した話は今までに聞いた事が無かった。

当時はクレイドルとしての業務が一番忙しく、アリサも一時期は倒れる寸前まで動き回っていた記憶しかコウタには無かった。

 

 

「あの、何だか独創的な料理と……定番料理の差が激しい様に感じますけど、…何が違うんですか?」

 

コウタの軽い非難を受け流し、エリナの言葉にアリサは何の事なのかと確認していた。恐らくエリナが言った独創的な味はアリサのオリジナル。家庭的な定番料理はエイジのレシピだった。

 

 

「最近はレシピの通りには割と作れる様になってきたので、この辺りでそろそろアレンジも考えた方が良いかと思ったんですが、どうでしょうか?」

 

そう言いながら出された物は何をどうやったらそんな物体が出来たのかすら怪しく思う程に目に辛そうな刺激臭とも言える匂いが漂っていた。その時点で何かを察したのか今回同行したソーマは定番の物にだけ箸をつけたかと思うと、その後は事前に用意したのか上級士官用のレーションを食べていた。

 

 

「どうも何も……アリサ、これってさ近づくと目に厳しいと言うか、ツンとくると言うか、何を入れたらこうなるんだ?」

 

「何って…ここにあった調味料を使いましたよ。多分ビネガーですね。それが何か?」

 

コウタとアリサのやり取りでエリナはこの場から撤退した気持ちが勝っていた。遠目で見れば、ソーマが一人何かを食べている様にも見えるが、死角になっているのか詳細までは何も見えない。今はただこの行方がどうなるのかを見守る以外には何も出来なかった。

 

 

「アリサは自分で勿論味見したんだよな?」

 

「ええ。したからこそ薄いかと思って追加しましたから。さあどうぞ。エリナもね」

 

この一言でコウタは何となくだが予想出来ていた。恐らくは味見した際には味がぼんやりしたからと何かを追加したのかもしれない。しかし、その後は味見すらしていない可能性が高く、またこれは中身が煮詰まったからなのか、それとも調味料を入れた事で全体のバランスが壊れたのか、いずれにせよその後の事は確認していない事だけは理解していた。

 

 

「あ、あのアリサ先輩。私は普段から小食なのでこれでお腹一杯ですから、これ以上はちょっと…」

 

「ちょっと待てエリナ。お前この前メシの後であんなデカいパフェ食って……」

 

コウタの暴露に内心冷や汗を感じたのか、それ以上口に出されると何かと拙いとエリナは判断し、素早くコウタ脛を蹴る事で黙らせる事を優先していた。そのかいあってコウタは沈黙した事が肯定と取られたのか、程なくしてアリサの独創的な料理が全てコウタの胃の中へと運ばれる事になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレイドルと第一部隊の混在チームのカオスな状況を知る事無くブラッドは結果的にはどこの部隊でもあるありふれた光景が広がっていた。既に超長期ミッションが終わりを迎える頃だった。北斗の達の耳には今まで戦ってきたはずの感覚が間違っていなければ、こんな場所で遭遇する可能性があり合えない音。それは神機兵の稼動音だった。

 

 

「北斗。この先1キロ地点でアラガミの様な反応が有ります。ただ、この作動音が私が知っている物で間違い無いのであれば、神機兵の可能性が高いです」

 

何かの反応をいち早くキャッチしたのはシエルだった。距離から考えれば事実上の目と鼻の先とも言える距離。ここ数日間は神機兵が原因不明のまま稼動していなかった事もあってか、本来であればこの場でそれが稼動している事が間違っているとも考える事が出来る程に神機兵の運用は停止状態になっていたはずだった。

 

 

「シエル。すぐにアナグラに連絡。ギルとナナは周囲を索敵してくれ。音の発生源には俺が向かう」

 

まさにイレギュラーとも取れる内容はブラッドの緊張感が否が応でも高くなっていた。原因は分からないが、事前の連絡ではこんな場所に神機兵が派遣される可能性は低く、またそれが正規の任務であれば事前に通告が来るのが通常にも関わらず、遠くから神機兵と思われる物を見た北斗は自身の心の中でどこか納得した部分があった。

 

 

「シエル。アナグラはなんて?」

 

《はい。アナグラに確認しましたが、現在は神機兵に関しての出動は確認されていません。恐らくは任務を放棄したか、もしくは暴走した可能性があるかと思われます》

 

残したシエルはすぐさまアナグラへと確認していた。以前とは違い、今の神機兵に関してはある程度戦力としての計算が出来るからなのか、今までは事前通告無しでもミッションの発注が出来たが、暫くの間はその神機兵との調整が必要だからと、事前に移動先のスケジュールは知らされていた。

 

 

「アナグラに連絡。神機兵の様子を伺うが、状況判断は現場で行うと」

 

シエルへの通信を切ると、改めて北斗は神機兵の様子を見ていた。しかし、いくつか疑問が出てくる。神機兵を稼動させるのであれば、どこかで回収もしくはモニターする為にフェンリルの車かヘリが飛んでいるはずだが、今の時点ではそんな気配すら感じられない。

一体何の為にここに居るのかは今はただ黙って様子を見てからの判断となっていた。

                                       

 

《了解しました。それと同時に索敵している2人にも北斗の下へと集合させるのと同時に私もそちらに向かいます》

 

「ああ、頼む」

 

フライアの事件があったからなのか、北斗は一段と厳しい視線を投げかけながらも、色んな可能性を考えていた。万が一神機兵が暴走しているのであれば、それはジュリウスの制御の下から外れている事になる。

フライアで戦った神機兵の動きはジュリウスの物と遜色なかった事を考えれば、今の神機兵と単独で戦うには少々分が悪い。ましてや超長期任務は単に肉体的な疲労を感じさせるだけではなく、精神的にもクルものがあった。そんな中での戦いとなれば苦戦の可能性が出てくる。

今はその選択肢だけは選ぶ訳には行かないからと、全員が集合するのを待つ事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、困った事になったね。まさか神機兵が暴走しているとは」

 

榊は北斗達からの連絡を受け、その後の状況判断に少々手を焼いていた。既にフライアはフェンリルの下を離れ、反旗を翻したかの様な対応をしているだけに留まらず、神機兵の製造を止める様子は一向に無かった。

その影響もあってかフェンリルの上層部は未だ答えの出ない対応を余儀なくされている。現時点でフライアの事実を把握している榊の立場とすれば、それはかなり厳しい判断を要求される事に違いなかった。

そんな中での神機兵の暴走を止めた北斗達はそのまま帰投するも、その後処理をどうするかとなれば、今は良く知っている人物に聞く以外に何も出来なかった。

 

 

「レア君。少しだけ君の知識を借りたいんだが、今の神機兵はたしか遠隔型だったと記憶しているが、あれは操縦者が何かしらの都合でコントロールできなくなった場合はどうなるのかな?」

 

「私が居た頃であれば、万が一そうなった場合はその場で緊急停止する事になります。ただ、その後ラケルが何かしらの対策をしているとなれば私には分かりません」

 

時間が開いたからなのか、レアはここに来た当初の様な憔悴は既にしておらず、今回の事実確認の為に榊から呼ばれた際には自身が知っている部分を隠す事無く伝えていた。

最初に聞いた際には、あり得ないと考えはしたものの、職域から剥奪された後で何かしらの手が入っていると仮定すれば、今のレアでも原因を知る術は無かった。

 

 

「となれば、回収した際に確認するしか無さそうだね」

 

「その際には私も立ち会わせて下さい。私の持っている知識が役に立つのであれば幸いですし、また作った人間としての責任もありますので」

 

「そう言ってもらえると助かるね。我々も一先ずは到着までに準備すべき事もあるから、レア君も済まないがすぐに行動できるようにしてくれないかい?」

 

今はただ破壊した神機兵を確認すべく、榊だけではなく技術班も動員する事で原因の解明に全力を注ぐ体制を作り上げる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 


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