神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第167話 水面下

榊との話合いが終わり、無明は人知れず屋敷へと戻っていた。現状では懸念されるのは黒蛛病に罹患したユノの進行状況が他の患者と比べれば格段に早い事が一番だった。

 

事実榊との会話の中でこのままユノが完全に完成された状態になった場合、対策を取る事が何も出来ない事に苛立ちを覚えていた。前回の様に、明らかにノヴァがあるのであればそれを排除すれば問題無かった為に解決方法は極めてシンプルだったが、今回はおそらくは人体から生成されるのであれば、それを速やかに処分する事が最優先だと考えられていた。

 

ユノの立場を考えれば万が一処分した場合には何かと問題視される可能性は高いが、極東の前任でもあったヨハネスではないが緊急事態に於いての回避を理由に説明が出来れば、フェンリルの上層部など、何も問題無いと判断していた。

しかし、研究を進めるに当たって、とある仮説を打ち立てると、それが単純に事が進む様な物では無く、最悪は代わりの者が出てくる可能性が高かった。そうなれば今度は単純な流れで進める事が出来ない。

 

目の前にある要因を省くのは容易ではあるが、それ以外の物にまで目を光らせる事は物理的は不可能である事を悟っていた。

 

 

「那智さん。すまないが確認したい事がある。そちらで隔離しているマルグリットの件なんだが、現状はどうなってる?」

 

無明はネモス・ディアナの総統でもある那智に連絡を取っていた。未だ回復の傾向は一切見られないマルグリットに対し、ネモス・ディアナでは精々が点滴を投与し生命の灯を伸ばす事しか出来ず、今は容体そのものも最早時間の問題とも取れる状況にまで落ち込んでいた。

これが一般人であればとうの昔に死亡しているが、ゴッドイーターが故に生き延びているとしか、現状では納得する事は出来なかった。

 

 

「そうか……実はこちらも困った事になっている。今はまだ仮説の段階なので話すことは出来ないが、現在も解決方法を模索している。…ああ、まさかユノがああなるとは思いもよらなかったがな。本人も気丈には振舞っているが、内心では絶望しているのかもしれない。これは客観的に見たならばの話だ。那智さんの子供だけあって中々表情には出ないがな」

 

無明は少しでも手掛かりになる物があればと那智から状況を聞いていた。ユノが罹患した際には取り乱す一面もあったが、今は何か思う部分があったのか落ち着きを取り戻している様にも感じる。実際には直接会った訳では無い為に詳細は分からないが、少なくとも声の反応だけ聞けば、ある程度の覚悟は出来ている様にも思えていた。

 

 

「物資は継続して送らせてもらう。申し訳ないが、もうしばらくそうしてくれないか」

 

那智との通信を切り、ここで今までの仮説を整理する事にしていた。現状で分かっている事は赤い雨に打たれた人間は蜘蛛の様な痣を浮かび上がらせ、やがて死に至らしめる結果を今まで残している。ここまでであれば強力な感染症の一つだとも位置付け出来たが、今回のユノの検査をする事によって、他の患者よりも病気の進行速度が段違いに早かった。

 

比べた訳では無いが現にマルグリットは罹患しながらも、未だに命の灯は消えていない。

しかし、ユノは患者でもあったアスナの救出の際に接触感染にて罹患したものの、その進行具合は直接の原因となったアスナの数段先の状況まで来ている。そんな中で黒蛛病に罹患した患者の体細胞からは、以前にシオからサンプルとして取り出した細胞と酷似した物がいくつも発見されていた。

この時点で、一つの仮説の答えが出る事になった。

 

 

「榊博士。やはり仮説は正しいと考えた方が良いかもしれませんが、現状ではその対策を練る事が出来ないのもまた事実かと。……そうですね。今後の事もありますから、ここは彼らに一度託した方が良いかもしれません。エイジ達はそのまま継続させましょう。何だかんだと本部も保身に入っているのは間違いないですから、今は心の安定化を図る為に一時的とは言え、許可が出るとは考えにくいでしょう」

 

レアの言葉をそのまま考えるならば、神機兵を動かすには黒蛛病患者の中に生成される細胞を組み込んでいる可能性が高かった。事実、運ばれた後で患者を一人残らず検査した際に、僅かではあったが、何かしらの方法を使って体細胞を搾取した痕跡が見えていた。

ここから考えれるのは黒蛛病患者は神機兵を稼動させる為に何かしら利用し、その先にあるのが特異点と呼ばれる者を捜すのではなく、自ら作り出す方法を取っているとも判断できた。

 

明らかに人類に対しての警告なのか、それとも人類への復讐なのか本来であれば確認したい所だが、生憎とその答えを持つ者は未だフライアの内部に留まっている。今は最悪の可能性を排除するのではなく、それが当たり前であるのが前提で事を進めるしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忙しい所すまない。今回来て貰ったのは、今まで榊博士と一緒に研究していた黒蛛病の件とユノ君の現状について説明する為に来て貰った。その前に一つ確認したいんだが、前回のマルドゥーク戦の前にロミオとジュリウスが対峙していたはずだが、その後ジュリウスを間近で見た者はいるか?」

 

榊ではなく、無明の突然の呼び出しにブラッドは困惑していた。普段であれば質問の意図も理解し、それについて考える事も出来るが、今回呼ばれた際の質問では、何を考えているのか意図が読めない。今はただ質問の答えを返す事しか出来なかった。

 

 

「俺、いや自分が見たのはマルドゥークとの戦いの直前だけです。あとは通信越しでしたので、詳細を見たかと言うのであれば見ていないと言うのが正解です」

 

北斗の回答に、無明は暫し自分の考えを整理し、間違い無くブラッドにそのままの結論を伝える事を決めていた。

 

 

「そうか。これは仮説ではあるが、今までの経過観察から導いた答えになるが、結論から先に言えば、ユノ君は特異点となりつつある可能性が高い」

 

無明の言葉に特異点とは何なのかすら理解していない可能性があったからなのか、改めて詳細が榊の口から伝えられていた。3年前の終末捕喰の事は各々が理解していたのかもしれないが、まさかそれがこの地で行われていた事は初耳だったのか、全員が驚きはしたが、今はそれよりも先にしる事があるからと、全員が榊の言葉を改めて聞いていた。

 

 

「まさか月の緑化の真相がそれだったなんて……」

 

「この件に関しては、極東でもごく一部の人間しか知らない事だからね。君達にこの事を伝えた意味は……理解できるね」

 

それは極東だけの問題ではなく、フェンリル全体にまで影響を及ぼす可能性が高い事を示していた。万が一情報が漏洩すれば粛清ではなく抹殺の対象となる。それ程までに極秘事項である事だけが北斗達にも理解出来ていた。

 

 

「以上の事を踏まえると、今問題になっている赤い雨は新たな特異点を作る為に地球が選別する為のシステムであると結論付けたのが、僕と無明君の見解だ。そして、現状ではそれに尤も近いのがユノ君に間違い無い。本来であればこうまで短期に進行する事が無いからね。

それを裏付ける為に体細胞を確認したが、特異点に近い物が検出されている。そしてジュリウス君も罹患している可能性がある。詳しい事は見ていないから何も言えないんだが、現在の所では赤い雨に打たれて罹患しなかった人間が0である以上、それは間違い無い。そしてレア博士の言葉そのまま信じるのであれば、ジュリウス君の血の力、確か『統制』だったかな。それを神機兵に対して使用する為に各地から黒蛛病患者を集めているんだろうね。体細胞を神機兵に使う事で恐らくはジュリウス君の血の力の受信機とするのが目的だろう」

 

榊の結論に異論を挟む者は誰一人居なかった。それが事実であるならばフライアに格納されていたのは体細胞を取る前の人間であり、人間を単なる有機物として見ている他無かった。あまりの非人道的な方法に誰もが口を挟まず、支部長室の空気は重い物へと変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついに来たのね……この試練をそろそろ始めましょうか」

 

人払いが完全に感力したフライアにはまともに動く事が出来る人間はほぼ誰も居なかった。実質的なトップでもあったグレムを放逐した以上、ここにラケルを止めようとする者は誰もおらず、今はただ目の前にある端末から流れてくるデータが無機質な目に映っている。それが何を指し示すのかは本人でもあるラケル以外には知らない事だった。

 

 

「俺の身体もそろそろ限界か……」

 

神機兵の教導作業に没頭いていたジュリウスは既に進行が進み過ぎているのか、全身にくまなく痣が浮かび上がっている。袖から見える黒い蜘蛛の痣がまるで自分の命を刈り取る死神の眷属の様にも見えていた。

 

最初は鏡で自分を見た際に驚きはしたものの、今はでは達観したのか、それとも自分の寿命が見え始めた事で、今以上に作業に没頭したからなのか、絶望感を感じる事は何一つ無かった。

 

 

「ジュリウス…貴方は今、さながら亡国の王と言った風情の様ね」

 

「亡国の王か……随分と風情がある言い方だな」

 

せき込むジュリウスを見舞うかの様にラケルは慈悲深い笑みを浮かべながらジュリウスの下へと近づいていた。ジュリウスが自覚している様に、遠目から見てもジュリウスの死期が近い事は誰の目にも明らかな状況。

そんな中でのラケルの言葉を皮肉と考えたのか、それとも敬意を表したのかはラケル以外には分からないままだった。

 

 

「安心してジュリウス。貴方の望むべき神機兵の教導はほぼ終わったと言っても過言ではないわ。既に最終段階まで来ているだけではなく、貴方ならばどう考え、どう感じるかまでも学習し、それを実行に移せる段階にまで来ている。これが終われば望みの通り、すべてのゴッドイーターはアラガミからの脅威に晒される心配はなくなるわ」

 

「そうか……ついに俺の命が無くなる前に間に合ったのか」

 

ラケルの言葉にジュリウスの張りつめてうた何かが切れたのか、咳き込みが止まらなくなっている。身体から何かを排出したいと拒否反応ともとれる反射は体内からは何も排出する事すら出来ない。既に全身に黒蛛病の毒素が回り切っているとも取れていた。

 

 

「そうね。神機兵の中で貴方は一生生き続ける事が出来るの。今ある神機兵は全て貴方の子供でもあり、手足でもある。それは神機兵がある限り、未来永劫変わる事は無いわ」

 

「……神機兵は黒蛛病患者を多大に犠牲にした産物であるのは理解している。俺は地獄に堕ちたとしても、神機兵がある限り、この地が地獄になる事が避けられるのであれば本望だ」

 

達成すべき事が出来た以上、今のジュリウスには生にしがみつく程の執念は既に無かった。当初罹患した際には絶望はしたものの、致死率を考えれば迫りくる未来を変更する事が事実上不可能である事は理解していた。

しかし、このままむざむざと死ぬ事だけは避けたい。虎は死して皮を残す様に、ジュリウスもまた同じく、何かを残そうと模索していた。そんな時にラケルからささやかれた神機兵の教導計画はジュリウスの気持ちを大きく変更させるにはあまりにも甘美な毒の様にも思えていた。

 

実際に黒蛛病患者の偏食因子を利用するアイディアは驚きを見せたものの、近い将来を考えれば、それはある意味止むを得ない選択肢であると結論付けていた。そんな当時の状況が走馬灯の様に思い出される。既にジュリウスはこの時点で自身がどうなっても構わないとまで思い始めていた。

 

 

「いいえ。貴方の使命はこれから更新されるの」

 

「使命を更新?残された命で出来るのはロミオの見舞い程度だろう……いや、叶うならばあいつらに…」

 

「そんな事ではありませんよ。ジュリウス、貴方は現時点で霊長の王。これから貴方は最後の試練を乗り越え『新たな世界の秩序』そのものになるのですよ」

 

ジュリウスにはラケルの言葉の意味が分からなかった。今までは神機兵お教導に事実上の命をささげ、これ以上望むべき事は何も無いと考えていた。にも関わらず、目の前のラケルは新たな試練を課して、世界の秩序を作り出すと宣言している。それが何を示すのかは口に出すまでも無かった。

 

 

「ラケル!貴様ぁ!俺を謀ったのか!」

 

ラケルの背後には何時に間に侵入したのか今まで一度も見た事が無い神機兵の様な物が突如としてジュリウスに襲いかかっていた。既に神機が無いだけではなく、避ける程の力すら無いジュリウスにとっては正に致命的な一撃と取れる程に神機兵の様な物の動きは素早く、そして力強かった。

 

 

「ああ、私のかわいいジュリウス。貴方と初めて会った時からこの事を予感してました……しかし、それが確定したのは貴女が全ての偏食因子を受け入れる事が出来た身体を持ち、荒ぶる神の申し子だと気が付いた時……過去と未来の点を線でつなぐ事が出来る存在、全ては新たな秩序を作りうる事が出来ると知った時には狂喜しました。その時点で私は全てを悟りました。私だけではなく、ブラッドや神機兵の全てが新たな秩序を作り出す為にもたらされた礎であると……貴方が全てを統べる存在であると……そう、新たな出発の門出となるよう晩餐の準備を始めましょう」

 

まるで新たな神の誕生ともとれる程に今のラケルは狂気が全身を駆け巡っていた。それが何を表すのかを知る事は出来ない。神機兵の様な物は弾き飛ばしたジュリウスの下へとゆっくりと歩を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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