神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第163話 真相

 

憔悴しながらもシエルの顔を見た事で多少なりとも精神的な物が落ち着いたのか、レアの表情は怯えた様な部分が若干緩んだかの様にも見えていた。

 

 

「レア先生。何故あんな所に?」

 

「まだ先生と呼んでくれるのね。私には先生と呼ばれる資格はもう無いの」

 

何を悔やんだ結果なのかは北斗とシエルには理解出来ない。そもそも友人でもあるはずの弥生に何も言わないのであれば、今は口に出して何かを聞くよりも、レアが話すのを待っていた方が、恐らくは効果的なのではないのかと考えていた。

 

この場では何も邪魔をされる事は無いにせよ、それでも何がフライアで起こっているのかを確認しない事には、ここから先へは進まない。

今はただ、話出すのを待つしかなかった。

 

 

「それではラケル博士とジュリウスがフライアを私物化している様にも聞こえるのですが、実際にはどうなんでしょうか」

 

シエルがそう言うのも無理は無かった。レアから語られた内容は冷静に考えると何かがおかしいと考える部分が幾つか存在していた。元々局長のグレムの事を良い様に考えていた事が無かった事もあってか、それに関しては気にならないも、やはり一番の問題はジュリウスが何を考えているのかだった。

ここ数日の神機兵の稼働率はかなり高くなっているからなのか、以前の様な大型種のミッションはかなり少なくなっていた。偶に出ても中型種程度。現状では堕天種を目にする機会も大幅に減っていた。

 

 

「神機兵の教導については順調のはずよ。現に貴女達のミッションも随分と少なくなっているはずだから、それに関しては何も言わないわ。ただ……」

 

「ただ……何でしょうか?」

 

何気に聞いたシエルの言葉に改めてレアは何かを思い出したのか、両手で顔を隠すも声からは涙声なのか、声に張りはない。一研究者として、今まで必死に開発してきたはずの物が気が付けばその情報にアクセスする事も出来ず、また、その研究に携わる事が出来ないのであれば本人の存在意義までもが否定された様にも考えられていた。

 

シエルにとって研究者が研究の現場から排除された気持ちは知る事は出来ない。しかし、神機兵の開発にどれほどの情熱を持って取り組んで来ていたのかだけはラケル以外では誰よりも知っていた。そんな中で大事な研究テーマからの排除はかなり精神的に大きな苦痛になっている事だけは理解していた。

 

 

「あの、レア博士。ジュリウスはどうなってるんですか?」

 

レアの話だけをそのまま聞いても良いのかもしれないが、物事には客観と主観が必ず存在する。今のフライアがどうなっているのかは何となくでも理解したが、そんな中で以前にマルドゥーク戦の段階で教導は完了しているとの話の後で戦場で戦う神機兵を見れば、明らかに当時の状況よりも格段に動きが滑らかになっていた。

以前はまだぎこちなさも見えたが、ここ最近の神機兵にはそんな雰囲気は微塵もない。

だからこそ、その後の動向を知りたいと北斗は考えていた。

 

 

「ジュリウスはラケルが言う人々を教導するの言葉をそのまま受け取ったのか、今はそれを体現している。元々はラケルの言葉をそのまま信じていたからがずべての始まりなのかもしれないけど、今やジュリウスはどこか妄信している様な雰囲気もある。実際に彼が選んだのはブラッドじゃなく神機兵よ。彼は……彼は」

 

それ以上の会話が厳しいと考え出したのか、これ以上のは話は止めようとしていた時だった。不意に北斗はシエルの手を握り、もう少しだけ様子を見る様に制止してた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかラケル博士の身体に偏食因子が投与されていたとは……」

 

その後の話はラケルの事情にまで及んでいた。些細な喧嘩だったはずが予想以上の大けがに伴い、その結果として当時の時点では最先端の研究でもあったマーナガルム計画の中でのP73偏食因子の投与はまさに想定外とも言えていた。

 

その話になって漸く自分自身を落ち着かせる事ができたからなのか、結果的には思った以上の話の内容となっていた。しかし、そんな中で気になるのがジュリウスの件だった。

レアの話からすれば、何らかのキッカケがあってジュリウスは神機兵へと舵を切ったのは、以前に一緒に出動したミッションでも出た話である以上、ある意味それは当然だったのかしれない。もちろん、それに関しては何ら問題無いだけではなく、ここ数日のミッションの内容を考えればある意味ジュリウスの目的は達成した様な物だと判断出来ていた。

しかし、今となっては思う部分は幾つか存在する。

 

今まで情熱を傾けたにも関わらず、現状に至る神機兵が、こんなにも滑らかに動く事は可能なのだろうか。もしそうであればこの短い期間で技術が急激に進んだ事になる。

あまりにも滑らか動きをみせていた神機兵に目を向けやすいが、本当に教導した結果なのだろうか。レアの話は嘘を言っている様には見えないが、話の整合性は無い様にも思える。

これ以上の事が何も言えない以上、今は時間が癒す効果を待つ事しか出来なかった。

 

 

「詳しい事は分からないけど、偏食因子を投与したにも関わらず腕輪も無いから、実際にはどうなんだろうか」

 

「それでしたら一度弥生さんに話してみればどうでしょうか?そうなれば恐らくは榊博士の所にも情報は上がるでしょうし、最終的にどうするかの判断もしやすいでのは?」

 

シエルの提案を断る道理はどこに無い。今はそんな事を考えて、当初お願いされたレアとの話の顛末を弥生の耳へと届けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、あの忌まわしい計画にそんな火種があったとはね。我々の想定外の話ではあるが、確かに当時の事を考えれば仕方ないのかもしれないね」

 

レアとの話は弥生を通じて榊の耳にも届いていた。当時対アラガミに対する兵力は何もなく、ただ人口が徐々に減っていく事だけが理解させられていた。そんな中で偶然の産物なのか、それとも研究熱心な結果が実を結んだのか、それから程なくしてP53偏食因子の投与に成功し、ここで漸く滅び行く歴史に止める程度に成功していた。

 

当時の事は苦々しく思いながらも、あれがあったからこそ現在に至る。そう考えれば全てが悪いとは思わないにせよ、榊の記憶の中でP73に適合しているのはソーマ・シックザールただ一人だと思われた所で新たにもう一人居た事が驚きの事実だった。

 

 

「いくら君達でも、当時の事はそう簡単に話す事が出来ないんだ。それについては謝罪したい」

 

「いえ。そんなつもりで無いんですが、そのP73偏食因子と言うのは、俺達みたいに腕輪が無くても問題ないのですか?」

 

「それについてなんだが、P73偏食因子の前に、君達はゴッドイーターとしての基本的な座学は習ったのかい?」

 

何気なく話したはずの一言ではあったが、実際には詳細はおろか偏食因子に関しての座学は殆ど記憶には無かった。多少なりとも説明は受けた物の、あくまでも簡易的な物であって詳細まで知っている訳でない。

そんな北斗の前に榊は心の中をのぞいたのかと思う程に的確な内容だった。このままでは確実に講習をこの場で開催される可能性が高い。そう考えたのか北斗の背中には嫌な汗が流れていた。

 

 

「フライアで一通り話は聞いています。ただ、ラケル先生を見ている分にはそんな気配が微塵も感じられませんでしたので、それも確認したいと考えています」

 

北斗をフォローしたのはシエルだった。詳細については今さらである以上、ここはシエルにまかせた方が間違いと考え、今はただ傍観者として北斗はシエルを見ていた。

 

 

「そうか……なら話は簡単だ。P73偏食因子に関しては、我々は当初あれを原初のオラクル細胞として研究していたんだ。結果から言えば、あれはP53やP66の様に制御されている物では無い。それゆえに、アポドーシスとしての措置は要らないんだよ。普段の食事によって自分の体内に取り込む事が出来るんだ。どうやってそのオラクル細胞を入手したのかは知らないが、あれは違う意味で危険な可能性を持っているんだ。だからこそ取扱いには細心の注意と明確な意思が無い物は直ぐにオラクル細胞に自身が捕喰されるんだよ」

 

榊の説明はまさに想定外と言っても過言では無かった。レアの話を聞かなければ恐らくは気が付く事も無いまま過ごしていたはず。これが事実ならば真っ先にラケルに確認したいが、その肝心のフライアに関しては完全に情報を遮断したのか、連絡手段そのものが無いと言った状況である以上、今はただ眺める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レア博士の気持ちも分からないでもないが、これもある意味当然の結末なのかもしれない」

 

榊との話を終えたからなのか、北斗はシエルとラウンジ向かう道中でふとした感覚があった。レアが子供の頃には感じなかった感覚が大人になる事で感じる物があった結果、現在に至るのはある意味当然だとも考えていた。

しかし、それと偏食因子の関係性が全く見えず、それがなぜフライアから逃亡する様な結果になったのかが分からない。今の精神状態で尋問するつもりは毛頭ないが、それとこれは関係ないのであれば、ある程度の現状把握は必要になる。そんな事を考えていたからなのか、不意に言葉になって零れていた。

 

 

「それはどう言う意味なんですか?」

 

「深い意味は無いんだけど、子供の頃に投与されて今まで生きていたんであれば、余程の精神力が必要なのかと思ってね。対抗すべき物が無いのであれば、どうやって自分の事をそこまでコントロール出来るのかと考えれば、疑問しか無い。

今になって見えない何かを感じた訳なんだから、やっぱりあそこには何かしら隠している事実があるんだと思う。一度でも感じた感覚はそう簡単に消える様な事が無いのは人間としての本能だと思う」

 

北斗の言葉にシエルも少し考えるそぶりはしたものの、今はまだ仮定の段階である以上、それが正しいのか答えを合わせる事は出来ない。そんな中でも今やるべき事をやるしかないと考え、北斗はラウンジの扉を開けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかそんな理由だったとはな……で、今後はどうするつもりなんだ?いくら錯乱気味でも当事者であれば情報の確認は最優先になるぞ」

 

北斗とシエルはラウンジでその場に居なかったギルとナナにも情報を共有する為にラウンジの隅で話をしていた。この場にはムツミしか居ないが、万が一の可能性も考慮しながら、今は誰にも聞こえない様な音量で話を続けていた。

 

 

「ああ。レア博士からはまだ肝心の内容をまだ聞いていない。黒蛛病患者が今どうなっているのかは、ここではレア博士しか知らない事だからな」

 

「詳しい事は分からないけど、どうしたんだろうね?一人だけで運転なんて危ない事には変わらないのに」

 

ナナの疑問には恐らくは明確な答えは無いものの、やはり今となってはラケルが何らかの形で暴走したか、もしくはラケルの異常性を感じたかの選択肢位しか無かった。今はまだ幹部としての権利を認めていたとしても、万が一の状況になれば、そんな権利は最初から無かったのと同じ様に扱われるのは予想出来る。

シエルにとっては親しい恩人であったとしても、この場に於いては所詮は一幹部でしか過ぎない。最悪の事態に陥れば、今度は逆に容疑者扱いされる可能性も含まれていた。

 

 

「ナナの言う通りなんだけど、今はまだ憔悴しているのか全部の事を話した様にも思えない。暫くは時間を空けて様子を見るのが一番だと思う」

 

「そうだよね。でもさ、何にも分からないのに私達もどこか当事者ってイメージがあるんだけど、実際にはそうじゃないんだよね」

 

ナナの言葉はまさにその通りだった。ブラッドは元々フライアに所属していた事もあって、イメージ的には直属ではあるが、実際の所は既に極東に部隊の管轄が移譲され現在では極東支部の所属となっていた。その観点からすればブラッドも極東支部も同等ではあるが、やはり当時の関連性を言われれば、それ以上の反論が難しかった。

 

 

「あれ?みんなで集まって何話してたんだ?」

 

ブラッドの一団を見つけたのか、コウタだけではなくエリナとエミールも一緒だった。神機兵が大型種の討伐を率先してやっている事もあってか、ここ数日の任務内容は殆どが神機兵が取りこぼしたと思えるような小型種や中型種の討伐任務が殆どとなっているからなのか、今のアナグラはどちらかと言えば、過剰戦力気味の状態が続いていた。

 

 

「いえ。対した事では無いんですが、ここ数日は神機兵の影響もあってか、簡単な任務しか無いって話をしてましたので」

 

まさかラウンジでレア博士の話をしていると思われる訳にも行かず、北斗はこの状況で尤もだと思える様な話をコウタにしていた。

 

 

「神機兵が出てるからな。俺達もやる事なんて殆ど無いんだよな。さっきも遠目で神機兵が大型種を討伐していたのを見たけど、あれは凄いと思ったよ」

 

「コウタ隊長。あんな神機兵に負けてるなんて思ってる時点でどうかと思うんですけど」

 

何となく他人事の様に話した事が気に食わなかったのか、エリナがコウタを非難するもエリナの目から見ても十分に凄い事は理解していた。以前の様に突如止まる事も無ければ、動きも洗練されている。

そんな事もあってか、ここ数日の間で神機兵の認知度は極東支部全体でも高くなっていた。それと同時に今度はゴッドイーターの存在意義が問われる可能性があった。

 

元々エリナは同じゴッドイーターでもあった兄の背中を見て育つと同時に憧れも持っていた。しかし、ミッションの途中でのKIAによってこの世を去る事になってからは、私が兄の分までと意気込んでいた背景があった。だからこそ、今の上司でもあるコウタの態度が気に入らないと考えている部分も存在していた。

 

 

「あのなエリナ。何度も言うがゴッドイーターは人類を護る為の存在であって、アラガミを駆逐する存在じゃないんだ。言いたい事は分かるんだけど、フェンリルに属するのであればこの事実は受け止める以外には何も出来ないだろ」

 

「そんな事は言われなくても分かっています。でも…今まで私達が命を懸けてここを護ってきたのに、今じゃ厄介払いみたいなのが気に入らないんです。そんな事も分からないなんて……コウタ隊長の馬鹿!」

 

エリナの感情が爆発すると同時にコウタの脛を思いっきり蹴り上げると、そのままラウンジから飛び出していた。

 

 

「コウタさん。大丈夫ですか?」

 

「ったくエリナのやつ思いっきり蹴っていく事無いだろうに……でも、エリナの気持ちは分かるよ。俺達にだってプライドはある。今までやってきた事が全部賞賛されるとは思ってないけど、やっぱり内心では悔しい気持ちもあるんだよ。ブラッドにこんな事を言うのは筋違いかもしれないんだけど、神機兵が有用的なのは頭では分かってるんだけどね…」

 

コウタの言葉がアナグラ全体を代弁している様にも思えていた。確かにここを今まで護ってきたのは間違いなくここのゴッドイーターである。突然来た上に仕事を奪うかの様に神機兵を投入されれば面白いと思う者は誰も居ない。

確かにフライアは神機兵の開発を目的としてここに来ているが、実際にはブラッドとてフライアから放出された様な部分がある。だからこそナナの言葉がある意味この現状を表している様だった。

 

 

「俺達だって同じですよ。突然神機兵の開発に専念するから、異動しろですからね」

 

「そうだったのか。実際の事は知らないんだけど、俺達もいきなり榊博士からブラッドが極東の所属になったって事しか聞いてないんだよ。多分榊博士も詳しい事は知らないんじゃないかな」

 

神機兵の結果が出ている以上、今はそれ以上詮索する事は出来なかった。既に実戦配備されつつあるそれはジュリウスの言葉を信じるならば、今後開発される個体にも情報はフィードバックされる事になる。

今後はゴッドイーターの任務は間違い無く縮小される危惧を抱く人間は少ないだろう事を考えながらも、北斗達は神機兵の事だけではなく、今フライアがどうなっているのかを考えていた。

 

 

 

 


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