サツキの襲撃とも言える話から数日が経過していた。フライアの事は気になるも、今はやるべき事をこなす事が精一杯である事からも北斗の記憶の中からはサツキの言葉は徐々に消え去ろうとしていた。
「ちょうど良かった。隊長さん、少しだけ時間を貰えませんか?」
サツキは何かを探っていたからなのか、改めて北斗を呼び止めていた。当時何かをやっていだろう事は理解していたが、肝心の内容は何も聞いていない。精々がフランの名前を出した程度でもあった。
そんなサツキからの話となれば内容はは間違い無くフライアの事しか無い。何を見つけてきたのか、今はただ話の内容を確認する他無かった。
「それって例の件ですか?」
「察しが良くて助かりますよ。ちょっと込み入った話になるんで、どこか静かな場所はありませんか?」
この時点でどんな内容になるのか何となく北斗にも想像出来た。何ら問題が無いのであれば、態々そんな言い方はしない。静かな所と言うのであれば当然ラウンジえ話せる様な内容でもない。
サツキの何気なく放った一言が北斗の予想通りに結末を迎える事になるのだろうか。そんな予感しかしなかった。
「静かな所ですか……であれば、空いている部屋を探すしかないですね」
前回の様に自分の部屋でとも考えた物の、万が一の事があれば弁解出来ない未来しか見えない。ただでさえ前回の件でシエルからも小言を貰ったばかりもあってか、今の北斗にはそんな場所がどこにあるのかを考える方が苦痛だった。
「北斗。そう言えば……またサツキさんですか?」
呼びに来たはずのシエルの表情がまた硬くなっていた。前回の再来とも考えたが、今はサツキの話を確認する方が最優先と考え、それならばとシエルも巻き込む事を決めていた。
「シエル。これから時間あるか?」
「私なら問題ありませんが、何かあったんですか?」
「サツキさん。例の件の事であれば、シエルは今のブラッドの副隊長です。知る権利はあるはずですが」
シエルの疑問を一旦棚上げし、今はシエルも一緒にいた方が何かがあった場合に今後の行動がしやすくなると北斗は考えていた。事実、作戦の大まかな部分は北斗でも立案できるが、その際に入る調整に関しては現状はシエルが全て取り仕切っていた。
そんな事もあるのであれば情報の共有化は出来た方が手間がかからない。そんな部分も考えた上での提案だった。
「シエルさんですか。まあ、結果的には一緒に考えて頂く事になる訳ですから、私は構いませんよ」
「シエル。この辺りで静かに話せる環境の部屋は無いか?」
「ここではそんな部屋は有りませんね。敢えて言うならば支部長室ですが、そう言う訳には行かなそうな内容ですよね」
察しが良かったからなのか、シエルもこれから話す内容が割と重要視すべき内容である事を理解していた。役職があれば話は別だが、今回の内容は極東には殆ど関係無い様にも感じる以上今から提供できるのは精々が自分の部屋だけだった。
「まさか…ラケル先生とレア先生がそんな事をしているなんて…」
サツキの言葉はシエルにとってみればショック以外の何物でもなかった。当初から親しくしていた二人の元で行われていたはずの黒蛛病の治療は何もなされていなかった。話はそれだけではない。
当初、治療の名目で運ばれたはずのフライアでは薬一つとして納入された記録は無く、フライアに居た署員の殆ども人事異動が行われていたからなのか現在の所は職員と呼ばれた人間は殆ど残っていなかった。
そうなれば最早フライアそのものを維持する事すら困難になるのは明白でもある。
今のフライアに何が起こっているのだろうか。サツキの口から語られた事実を裏付けする方法は無いが、納入記録が物語る以上今の2人にはそれ以外で確認する事が出来なかった。
「それと、今回の異動に関してなんですが、極東にフライアのオペレーターのフランさんがここに異動する事になったらしいですよ。何でもフライアも今回の件でかなりキナ臭い事になっているからと本人からの要望で転属願が出た所を榊支部長が引っ張ってきたらしいですから。
それと隊長さんも手が早いんですね。フランさんもどうやら会いたがってましたから、ちゃんと行って下さいね」
シリアスな話が終わり、今後の対応に迫られる事だけは間違いと考えていた矢先にサツキから特大の爆弾が投下されていた。一体何を考えているのか分からないが、隣に座っているはずのシエルからは目に見えない程のプレッシャーだけは確実に感じている。
今、隣を見るのは怖いと感じながらも今後の事も踏まえて一度ロビーへ向かう事を決めていた。
「神機兵の任務以来ですね。今日からここに配属される事になりました。ここでもオペレーターとしてまた業務を行いますので宜しくお願いします」
サツキの言葉通り、ロビーにはヒバリと話をしているフランがカウンターの前にいた。
ここではオペレーターの先輩とも言えるヒバリも居る事から、フライアとは違い色んな状況に対応する必要性が高く、その結果として今まで以上に素早い対応が必要とされている。
その為には綿密な打ち合わせをしなければ想定外のアラガミが出た際にも冷静な判断が出来なくなるのであれば戦場にいる部隊の命が危うくなり兼ねない。万が一にならないその為の打ち合わせだった。
「こちらこそ改めてお願いします。それよりもどうしてここに?」
北斗の一言にフランは本当の事を言っても良いのか一瞬だけ迷っていた。内容に関しては守秘義務が発生するのはある意味当然の事ではあるが、今回の異動に関してはフランだけではなく他の職員も突如の異動命令であった事から多少なりとも混乱していた。
その結果として極東支部への異動が決定していたが、実際にの所はフランにも内情は分かっていなかった。
「詳しい事は分かりませんが、フライアの内部もかなり混乱しているので詳細については分かりません。かく言う私も異動命令が出た際に、ここの榊支部長からスカウトの話が来ましたので、そのままここに決まっただけなんです」
フランとしても守秘義務があるとは言え、真相を知っている訳では無い。となれば自分自身が感じた事をそのまま説明した方が何かあった場合も困る事もないと判断してた。
仮にこの時点で守秘義務がどうこうなどの話が出る可能性も恐らくは無いだろうとの目算もあった。フランとのやりとりは一先ずここで終わらせ、後の事はヒバリとの打ち合わせが終わってからでも問題無いと判断したのか、北斗達はこの場を離れ、ラウンジへと移動していた。
「シエル。今のフライアってどうなってるんだ?」
「まさかフランさんまで異動するとは思ってませんでした。やはり先ほどのサツキさんの話が本当だとすれば、何かが起こっているのかもしれませんが、今は肝心の通信手段が何も無い以上、こちらからの呼びかけに応じるとも思えませんね」
シエルが言う様に、ユノでさえも連絡が取れない状況下でブラッドが確認するとすればジュリウスに通信を繋ぐ事しか出来ない。しかし、サツキの話からすればそのジュリウスでさえも繋がらない以上、何もする事が出来なかった。
「あっ!2人共ここだったんだ。さっきカウンターにフランちゃんが居たんだけど、ここに来るの?」
「おかえりナナ。軽く挨拶したんだけど、どうやら今日付けでここだって」
「そうなんだ。だったらさぁ、歓迎会とかしないのかな?」
任務帰りだったのか、ナナは明るい表情で北斗達と話をしていた。内部の事情については現在の所はサツキ以外には北斗とシエルしか知らない。このまま隠し通すのは難しいと考えはしたが、ナナのテンションを下げるのもどうかと判断し、今はそのタイミングを計る事しか出来なかった。
「そんな事があったんだ……でも、そうなったらロミオ先輩はどうなるのかな?」
簡易的な歓迎会は一部の人間によって開催されていた。元々ここでは騒ぐ事に抵抗を感じる様な人間は誰もおらず、また現在は幸か不幸かお目付け役の人間は極東には居ない。
当初はささやかにと考えていたにも関わらず、今後は顔見世もあるからとついでとばかりに結構な人数が参加する事になっていた。当初はあまりのテンションにフランも驚いていたが、ナナやシエルからこれがここでは日常だと教えられた事により、フランもこの状況に慣れる様に務める事にしていた。
「ロミオさんに関しては、私が知っている限りでは今まで通りの環境で保護されています。今後の点に於いては分かりませんが、恐らくはジュリウス大尉がその件について一任されている以上、大丈夫だと思いますよ」
「そっか……ジュリウスが管理してるなら大丈夫だよね。でもどうしてここなの?」
最早歓迎会の域を当の前に越え、既に周囲は単なる宴会と化してはいたが、ラウンジの一角では久しぶりだとばかりにブラッドのメンバーがフランとの話に花を咲かせている。突然決まった辞令には困惑しながらも、今フランが知っている状況を改めて説明する形となっていた。
「フライアから他への転属命令が出た際に、こちらの榊支部長からスカウトの話が来ましたので、皆さんがここに居るのであれば私もと考えた結果です」
「でも、またフランちゃんと一緒に出来るなら頑張れそうだね」
「皆さんの残された数字はこちらでも把握していますので、私も今後のミッションに対しては足を引っ張らない様にしたいと思います」
若干堅苦しい部分はあるものの、当時の状況と何も変わっていない事に北斗も少しだけ安堵していた。以前にフライアでこなしたミッションの際には空気は当時と何も変わっていなかった。
しかし、今のフライアはほぼ全員とも取れる人員を外部に放出したのであれば、まともな運用が出来るとも思えなかった。考えを纏める為にグラスに口を付けるも、気が付けばグラスの中身は既になく、そこには氷だけが残っていた。
「北斗。少しだけ時間良いか?」
空のグラスをどうしたものかと考えていると、そこにはナオヤが同じくグラスを片手にこちらまで来ていた。リッカとは違い、ナオヤもエイジ同様に気配が薄いからなのか近くまで来ないと気が付く事は無い。
当時はまさに驚いたものの、屋敷での体験がそうさせているからなのか、今はどんな状況下でも何も変わる事が無いその状態を感心していた。
「そうですね……大丈夫です」
「実は例の神機の件なんだが、刀身についてのメドが立った。で、今日は無理でも明日の朝一番に一度確認してほしいから技術班まで来てくれないか?」
ナオヤの言葉は北斗も予想していたが、この内容は北斗の予想を大幅に上回る早さだった。以前の話ではそれなりに時間がかかるから暫くは既存のパーツでの運用の話をしていたが、まさかここまで早いとは考えても居なかった。
もちろん自身の神機の性能が上がるのであれば断る理由はどこにも無い。今はその結果だけに満足していた。
「俺は問題ありませんので、朝一番にはお伺いします」
「時間を取らせて済まないが、頼んだ」
北斗も詳細については確認した訳では無かったが、現在使用しているクロガネ系統の刀身パーツはここで開発され、実戦ではエイジがテスターとして運用していたと言う記憶があった。
神機によっては様々な属性が付与する事もあるが、このクロガネに関してはそんな物は不要だと言わんばかりに純粋に攻撃する為の性能だけが追及された代物だった。当時はこの属性に対する効果が大きいからとクロガネを使用するケースは稀だったものの、これがエイジが一時期運用したと分かってからは割と使われる事が多くなっていた。
一番の要因は初めて使うはずなのに、どことなく馴染んだ感覚が強い事だった。いくら強大な能力を持っていても、使いこなせないのであれば無用の長物となる。それはゴッドイーターであれば最早常識だとまで思える程に現場に浸透した内容でもある。
これが明らかに無駄な事であれば話は別だが、初めてでも長期間馴染んだ感覚があれば、それも一つの拠り所になる。使い勝手が悪いなんて事であれば自分の命を天秤にかける訳には行かないからと、他の神機よりも開発速度はそちらが最優先となっていた。
「これが新しい刀身パーツですか」
「そう。これを君の神機に取りつける事にしたんだ。銘は確か……暁光だって。クロガネの改良系なんだけど、これはエイジが使っている黒揚羽と同じ製法で作られてるパーツだね」
リッカの説明を他所に、北斗の視線はそのパーツから外れる事は無かった。エイジの刀身は漆黒の刃でもあったが、これは純白とも言える様な白だった。
戦闘以外でエイジの神機を見た記憶はどちらかと言えば皆無に等しかったからなのか、たまに目に留まった際には何とも言えない凄みがあった。本人の口から聞いてはいなかったが、前回のマルドゥーク戦の際に見たあの光景が嫌が応にも思い出されていた。
記憶は怪しいが、あの時のエイジはまるで死神とでも言える程の黒いオーラに包まれた状態で神機を振っていた。あの後でやんわりと聞いたのは神機は無機質なはずにも関わらず、自身の命を吸い上げるかの様に使い手の生命を削り取ると同時に絶大な性能が付与されるとナオヤから聞いていた。大幅なアップデートとは聞いていたがまさかこんな結末になるとは北斗自身も考えていなかった。
「これなんだけど、エイジの様な機能は無いから問題無いよ。でも、これはこれで使いこなす為には北斗の努力も必要になるよ。例の暴走の件があるから、これはあくまでもその対策品としての側面もあるから、取扱いはやっぱり注意してね」
「でも、本当に良いんですか?」
リッカの説明を聞けば聞くほど本当に自分が使っても良いのだろうかと考えていた。事実、同じ製法で作られたと言っている時点でどれ程の性能を持つ事になるのかは何となくだが肌で感じる。触れた物が何も抵抗する事無くスッパリと切れそうな雰囲気と同時に、どこか魂が引き寄せられる様な感覚に、北斗は思わず息を飲んでいた。
「北斗。そこまで緊張する必要は無いぞ。黒揚羽だって、正直な所今でもまだ改良する余地は残されているんだ。これはあくまでも俺達ではなく、兄貴からの指示も含まれている。それだけ期待されてるって事だと考えてくれれば問題無いぞ」
極東支部ではなく屋敷の部分に、これがどんな物なのかを理解させられた気分になっていた。元々支部で開発された物は凡庸品とまでは行かないものの、素材さえあればどんな支部でも製造は可能な代物でもある。
しかし、以前に聞いた際にはエイジが使っている神機は他の支部では製造はおろか完全なメンテナンスすら困難だとも聞いていた。まさにその人間の為に作られた品はある意味では憧れる部分もあったが、まさか自分にまでこうやって貰えるとは考えてもいなかった。
「分かりました。暁光の銘に負けない様に精進したいと思います」
「まぁそんなに気負わなくても大丈夫だから心配するな。ただ、性能は良くても使い手がダメならどんな物でもすぐに鉄屑になる。無駄にしない為の訓練は欠かさない事だな」
あの時これがあればどんな結末になっていたのかだろうかと一瞬北斗は考えたものの、あの状況があるからこそこれがあると考え、過去のしがらみは断ち切りたい。今はそう考えながらも直ぐにでもミッションで試運転したい衝動に駆られていた。