神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第17話 救出

 無明はリンドウの捜索から10日程が経過し、色んな意味でのリミットが近づいている事を感覚的に知っていた。

 

 

ゴッドイーターの超人的な力はアラガミの偏食因子を取り込むことで常人以上の力を発揮する。

しかしながら誰でも簡単に出来る訳ではなく、常時アポドーシスとしての偏食因子の摂取が必要とされ、それがバランスを取る事で保たれているのはゴッドイーターの常識だった。

 

本来人間はアラガミの偏食因子を持たない為に、適合試験の際に摂取したオラクル細胞はここで初めて活動を開始する。

 オラクル細胞を投与された事により、偏食因子は新たな宿主として一個の生命体の本能で判断する事により、自己の生存競争に勝ち残り少しでも生き延びる為に元来より持つ器としての肉体の最適化をし、宿主でもあるそこの肉体を生かそうとする働きを促す。

 則ち器としての肉体と宿主としての主導権争いにより、どちらが主導権を握るかの生存競争が始まる事になる。

 

 

 アポドーシスとしての対抗する偏食因子が無ければバランスは時間と共に一方的に傾き始め、やがて完全に肉体を蝕めば最早人間としての自我を保つ事が出来ず、その結果として人間の肉体を完全に捨て去り、進化させるべくアラガミ化し始める。

 それが人としての終わりでもあり、アラガミとしての始まりでもある。そう考えると、日数的にはかなり危険な状態に突入していた。

 

 当初は見つける事が大前提ではあったが、ここまで来るとむしろ、見つかった状態がどうなっているのかによっては残酷な決断に迫られる可能性があった。

 

 シミュレーションする事によってあらゆる可能性を考えつつ索敵していると、不意に何かが視界の中に飛び込む。それが一体何なのか確認すると、そこには今までに見た事も無い漆黒の羽がいくつか落ちていた。

 

 無明はこれまでに色んなアラガミと対峙してきたが、この漆黒の羽を見たことは未だかつて一度も無かった。

 この非常事態に新種のアラガミの出現は芳しい物では無い。普段であれば研究の対象となる可能性はあったが、今の時点ではすべてに於いてマイナスの要因しかなった。

捜索と研究。現状での優先順位は比べる必要性が最初から無い以上、今はリンドウを捜索するのが最優先である以上、この羽は黙殺する必必要があった。

 

 羽が落ちていた周辺を見渡せば、まだ霧散していないアラガミがいくつか横たわっていた。

 切り口を見ればまるで神機で斬られた様にも見えるが、現時点で探索中の区域に神機使いによる任務がアサインされていない以上、ここには誰も居ないはずだった。

 一体誰がと考える間も無く、そこで何かがあると言わんばかりに少し先で、聞こえるはずの無い戦闘音が辺り一面に鳴り響いていた。

 

 

「あれは……」

 

 戦闘音の元はクアドリガ堕天とプリティヴィ・マータと戦っていたリンドウだった。戦闘音から判断出来なかったがリンドウの様子が何かおかしい。

 原因は不明だが、明らかに違和感しか感じる事が出来ないが原因が不明のままに現場に踏み込む訳にも行かず、今は静観する事以外には何も出来ない。

 

 戦いを見ているとリンドウの手には従来装備していたブラッドサージではなく、バスターらしい神機を振り回している。違和感の正体は本来の装備ではなく明らかに違和感しか湧かない神機を使っていた事だった。

 

 本来であれば、事前にしっかりとした準備をしない限り、この2体を相手に1人で戦う事はリンドウと言えど、困難を極める。

 しかしながら、目の前でリンドウの戦っているところを見れば優勢にこそなるが、劣勢には程遠く、動きもいつも以上に動いていた。

 

 いつもの様な動きは見る影もなく、また本来のゴッドイーターとしての動きではなく、むしろ本能で戦っている様にも見えた。本来であれば加勢するのが一番だが、今の現状を確認しつつ今後の対応を考える必要がある以上、この戦闘場面は色んな意味での情報収集の場と化していた。

 

 ゴッドイーターとしてリンドウと組んだ月日はそれ程長くは無いが、それでも戦い方は知っているつもりだった。しかし、今目の前で戦っているリンドウの動きは明らかに従来の動きとは掛け離れ、一匹の獣が目の前にいるアラガミを餌として見ている。

 

 改めて見るリンドウは正に異形とも言えた。禍々しい神機らしき物を振るっている右腕は既にアラガミ化の兆候が出ているのか、人間の腕では無い。恐らく先ほどの黒い羽根は右腕から生えていたのだろう。振り下ろす度に羽根が舞い散るかの様に抜け落ちる。

 

 アラガミ化の代償なのか、従来よりも攻撃の火力が大きくなった様にも思えたていた。

 僅かな時間に2体のアラガミの結合崩壊が一気に起こる。仮に、このミッションを通常の部隊が受注したとしても、ここまでの早さで結合崩壊を起こす事は有り得ない。

 本能の赴くままの攻撃はある意味今後の事を一切考える事が無く、それでいて儚いとも思える様にも見えていた。

 

 時間にしてどれ程経過していたのだろうか。ほどなくして、2体のアラガミが倒され、霧散し始めた時にリンドウの様子が一転した。

 

 戦闘場面では本来以上の力を発揮するも、決して体までが異常なレベルで頑強になる訳ではない。先ほどの戦いは明らかに身体能力を逸脱した動きを見せている。

 本来であれば身体を保護する為にリミッターが働くはずだが、まるで自身がどうなろうと無視するかの様に動いていれば、今後の動きが予測される。

 

 過剰な動きは体を蝕み、やがて動くことすら困難となる。

 いくら偏食因子で体が強くなっても、その限界を超える事は必ずしもイコールではなく過剰な力は諸刃の剣となって、やがて自分に返って来たが故の結果なのは明白だった。

 

 様子を確認すべく近寄ると、戦いの際に見えた力強い生命力は消え去り、明らかに虚ろな表情をしている。目の焦点は既に若干揺れている影響もあるのか、目の前に居る無明の姿を視認する事が出来ていない。恐らくは意識が混濁しているのだろうそれは、放っておけばどうなるのかが分からない様な状態だった。

 このままでは拙いと無明は判断し、リンドウを抑える。

 

 

「リンドウ。意識はしっかりと取れるか?」

 

 無明の問いかけに、何となくぼんやりとした状態から、何とか聞こえる程度の返事が返ってきた。

 

 

「時々・・・分からな・・・くなる。無明・・・はなぜこ・・・こに?」

 

 やや混濁気味ではあるが、何とか意識はある事に無明は内心安心するも、今のままではやがてアラガミ化するのは時間の問題だった。

 既に右腕は人間のそれではなく、完全にアラガミの腕へと変貌している。

 そうなれば確実に始末する事になるが、今ならまだ間に合う。そう考え一つの決断を促すべく、リンドウに問いかけを続けた。

 

 

「今から薬剤を投与する。このままではどうなるか分かるな?死ぬ気なら介錯はするぞ」

 

「馬鹿・・・言う・・・な。まだ・・・何も達・・・成して・・・いな・・・い。このま・・・までは・・・心残り・・・以外に・・・何もな・・・い。お前を信・・・じるから・・・後は・・・頼ん・・・だ」

 

 その一言で無明は持ち歩いていた薬剤をそのままリンドウの首筋から注射器の様な物で投与した。透明な液体がリンドウの体内に注入され、その効果が急激に発揮される。

 

 今までリンドウが持っていたはずの神機らしきものはいつの間にか消え去り、体のあちこちにあったアラガミ化した物質も時間と共に剥がれ落ち、体表に出ていた兆候はいつの間にか消え去っていた。投薬の効果は問題なく発揮された影響なのかリンドウは意識をその場で手放してした。

 

 

 本来であれば、ゴッドイーターの腕輪には当初摂取した偏食因子を制御するべく、随時偏食因子を抑える働きがある物質が所有者に投与される。

 今回の襲撃で腕輪そのものが破壊されたのか、リンドウの右腕に本来あるべきものは存在していない。その変わりなのか手の甲に青く光る物質が鈍い光を出す事で存在感を示している。

 この場でそれが何なのかは分からない。恐らくリンドウに聞いた所で本人も理解は出来ないのだろう。

 

 このまま考えた所で何かが分かる訳では無い。その為にはしっかりとした研究資材がある場所で検査する必要がある。そう考え、無明は一刻も早く屋敷に帰還する事にした。

 

 

 

 

 


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