神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第159話 新たな課題

 

「ここって凄いね。まさか温泉まであるなんて驚いたよ」

 

「そうですね。今ならカルビの気持ちが分かります」

 

当初はデータ取得の為に拘束と言われた事で、少しばかり怖くなったものの、結果的には何時もの検査と変わらないままに終わっていた。初めて来たのであれば隅から隅まで詳細を見るが、既に何度もオラクル細胞の働きの確認の為に検査していた事もあってか、その状況を活かした事で短時間での検査に留まっていた。

特にここではやる事もなく、またアナグラとは違った事から今の2人には特段する事もなく、その結果として露天風呂へと足を運ぶ事になっていた。

 

 

「でもさ、フライアからのデータの提供が無いって少し変だよね?」

 

「確かに私も疑問には思いました。本来であれば完全に引き継ぎをしなければ困るのはゴッドイーターとしての常識なんですが」

 

「やっぱり神機兵の事で忙しいのかな」

 

先ほどの無明の一言が気になったのか、お湯につかりながらも何となく違和感があった言葉に疑問が生じていた。秘匿する必要はそもそも無いにも関わらず、要求に対して何もアクションが無いのもおかしな話ではあるが、今の時点でその疑問に答える人間が居ない以上、今はこの状況に甘んじるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。お前の暴走の原因なんだが、やはり血の力の要因が極めて高いのは間違いない」

 

検査の結果が出たからなのか、北斗はやっぱりと言った表情をしていた。自分の能力は自分が一番理解している。ある意味当然ではあるがラケルと同じ結果だった事が少しだけ残念に思えていた。

 

 

「ただし、これはある意味『特異とも言える』が続くのもまた事実だ」

 

「兄様、それは一体?」

 

本人よりも早くエイジが疑問を知りたいと感じたからなのか、無明もそれを止める事なくそのまま話を続けていた。

 

 

「喚起の能力の正体とその本質についてはまだ仮説の段階ではあるが、恐らくはその人間の潜在能力とも言えるものを引き上げる事が可能な要因が高い。簡単に言えばマルドゥークの他のアラガミを呼び寄せる際に強制的に従わせる効果と酷似していると言った方が早いだろう」

 

 

まさかの言葉に誰も声に出す事を忘れ、全員が無明を見ている。よほど衝撃的とも思える結果に、これからどうすれば良いのかを考えるだけのゆとりがどこにも無かった。

 

 

「今回のマルドゥークは戦闘の前にかなりの感応種を捕喰している可能性が高い。事実、今回の作戦の中でクレイドルの戦場にまで影響を及ぼす事が過去に例が無かったのが一因となるだろう。そしてそれに近い可能性を秘めた喚起の能力が相乗効果となった結果、自我が少し崩壊したと考えるのが妥当な線と考えている」

 

 

衝撃的な一言に言葉が出ないのか周囲の空気は硬いまま。これには流石にリンドウも驚いたからなのかそれ以上口に出すのは厳しいとも思える空気が蔓延していた。

 

 

「無明さん。それを制御する方法は無いんですか?」

 

驚愕の事実に理解が追い付かなくても今後の事を考えれば早急な対処をする必要はある意味当然の事でもある。だからこそ、今回の結論に対しての回答が今の北斗には必要だった。

 

 

「それについてなんだが、現実的には無いと言っても差し支えないだろう。あとは自分がその力に飲み込まれない様に精神修養する位だな。我々としてはそれと同時に神機の面から何か出来ないかのアプローチを模索している。今回のマルドゥークのコアを解析する事で何かしら出来ると考えている。その件に関してはナオヤに既に通達してある以上、近日中に何らかのアクションがあるはずだ」

 

0では無いものの、根本的な解決の糸口は見つかっていないに等しかった。精神修養ともなればそれなりに時間が必要となってくる。これがエイジやナオヤであれば可能だが、残念な事に北斗にはその様な指導をしてくれる人間が身近には居なかった。

 

 

「まぁ、今回の件で多少なりとも分かった物あるんだ。今はその対策の可能性を考えても良いんじゃないのか?」

 

「そうだよ!ギルの言うおりだよ。私に出来る事があったら何でも言ってよ力になるから」

 

「そうですよ。我々をもっと頼ってくれても良いと思います。北斗の力で全員が血の力に目覚めた様な物ですから」

 

ブラッド全員の言葉が北斗の胸に染み渡る。今はその好意を胸に今後の事について少しだけ考える事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重苦しい雰囲気はシオの言葉で遮られていた。既に検査と説明でそれなりに時間が経過したからなのか、既に夕食の時間へと差し掛かっていた。当初は何も考えておらず、検査にも時間がどれほどかかるのか分からない状態が続いたからなのか、結局の所は屋敷に留まる事になっていた。

 

 

「こ、これは……」

 

「ナナの言いたい事は分かる。ムツミちゃんには申し訳ないが、ここの料理は何かが違う」

 

ナナと北斗が運ばれた料理を口にした瞬間、言葉では言い表せない何かが全身を駆け巡っていた。フライアからアナグラに来てエイジやムツミの料理を食べている為に、気が付かない内に全員の舌はそれなりに肥えていた。

そんな状況にも関わらず、ここでの料理はその一群を遥かに突き抜けている。言葉で言い表すのが陳腐だと思える程だった。

 

 

「ムツミちゃんもたまにここの料理を習ってますからね。多分、これを超えるのは難しいと思いますよ」

 

ここで何故かアリサが誇らしげな顔で答えていた。屋敷の人間は皆知ってるが、アリサもここで何度か料理を習っている姿が目撃されていた。当初は花嫁修業だと言われはしたが、ここ最近になってその光景が当たり前になりつつあったのか、既に誰もそんな言葉を口に出す者は居なかった。

 

 

「お前達ここに慣れると後が大変だぞ」

 

「それでサクヤさんに激しく怒られたんでしたよね」

 

ここの食事に慣れたリンドウやアリサにとってみれば、ここの食事はどちらかと言うと料亭の感覚に近く、ここに慣れるのではなく食事に来る感覚が強かった。アリサが言う様に一時期はリンドウもこの感覚に慣れた際に、サクヤからこっぴどく叱られた苦々しい記憶が存在していた。

 

 

「ああ。あの時は大変だったな……ってアリサ、こんな時そんな事言うなよ」

 

「いつもの仕返しですから問題無いですよ」

 

ここに慣れていると言うよりも、今まで何度も来ているからなのかこの2人にはそんな気負う感覚がまるでなかった。そんな2人を見ながらもブラッドとしてはただ恐縮した雰囲気だけがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「丁度良い機会だ。お前達に今後の予定を伝えておこう」

 

和やかな食事が終わる頃、ツバキがものの序でと言わんばかりにクレイドルに対しての指示があると、リンドウとエイジに話しかけていた。この時点でブラッドには何の事か理解出来ないが、何となくアリサにはその真意が気が付いたのか、何時もよりも暗く沈んだかの様な表情のまま俯いていた。

 

 

「本部からの要請で、来週から本部周辺だけではなく、近隣に対しての新種の調査と討伐の依頼があった。現在の所は痕跡しか無い為にデータが何も無い。今後の事も踏まえると早急な対処が必要だと判断し、今後の活動はそちらへと移行する。なお、派兵期間に関してだが、データ解析出来るまでと言いたい所だが、こちらにも都合があるからと3カ月程を予定している。それと同時に今あるミッションに関しては一部をクレイドルからブラッドへと変更する」

 

ツバキの言葉を予想したからなのか、アリサはそれ以上何も言わなかった。以前であればいち早く抗議していたが、ここ最近の行動を考えると、襲撃されたサテライトをいち早く立て直すのが急務となっている以上、アリサの個人的な我儘を押し通す訳には行かなかった。

ブラッドが来た事も恐らくはその要因の一つである事に間違いないが、今は全体を考える必要がある。そんな考えと共にアリサはそれ以上何も口に出せなかった。

 

 

「姉上、新種とは?」

 

「実は今回の依頼の中で気になる部分があったらしい。残留したオラクル細胞からの判断だが、現状生息しているアラガミと一線を引く程との事だ。我々も今後の事を考えれば新たに防壁のアップデートも必要となる。

万が一があってはならない以上、我々も断る道理はどこにも無い」

 

アリサの心情を察したのか、ツバキはアリサに向けて説明している様にも見えていた。新種が出れば今以上にアナグラだけではなくサテライトも困る事になる。その為には何をすべき事なのかを理解してもらおうとの考えがそこにあった。

 

 

「ブラッドの諸君に対してだが、今後は一部のミッションを変更するに当たって現状の神機のオーバーホールとアップデートを同時にしている。今晩ここに逗留するのもその時間の都合によるものだと理解してくれ」

 

ここで漸くここに来た意味が北斗達にも理解出来ていた。事実極東でのミッションは厳しい物が多く、またそれに伴っての神機の摩耗は尋常ではなかった。整備に関しては直ぐに出来るもオーバーホールともなればそれなりの時間が必要になってくる。

その為の時間稼ぎである事が今回の趣旨の一つでもあった。

 

 

「あの、無明さん。俺に稽古をつけてくれませんか?今の実力を知りたいんです」

 

北斗は無明とエイジの稽古を見て何か思う所があったのか、改めて無明に願い出ていた。先ほどの戦いでエイジが一方的にやられた時点で勝敗を考える必要性は全くない。

結果ありきではあるものの、今の自分がどれ程の物なのかを確認したい気持ちがそこにはあった。

そこにはまだ北斗がゴッドイーターになる前に聞いた父親の言葉がそこに存在していた。生前に自分達の所に来ていた無明は確かに現役のゴッドイーターであると同時に、何か異質とも取れる雰囲気があった。

 

無明が去った後で父親から聞いたのは、『当代きっての技を持つ、至高の域に達した者』と聞かされた言葉にあった。ここに来て初めて声を掛けられた際には、そこまで考える事はなかったが、エイジとの戦いを見た事によって今一度自分のレベルを確認したいと考えた結果でもあった。

 

 

「そこまで言うのであれば構わない。ただし、今日はもう遅い。明日の朝にしよう」

 

「ありがとうございます」

 

その一言で明日の朝一番の稽古が決定していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では始めるが、本当にこれで良いんだな?」

 

無明の言葉は最終確認でもあった。内容に関してはエイジと同じで至近距離での接近戦。お互いの距離は精々が50cmあるかどうかの距離だった。先日見た時点では動くそのものに目が追い付いていない。

傍から見てそれならば対峙すれば確実に見えないのは間違いなかった。しかし、自分でも一度はやりたいとの欲求に抗う事は出来ず、こうして目の前で対峙する事になっていた。

 

 

「はい。それでお願いします」

 

「そうか…」

 

今にも殺し合うかの様な空気が朝の爽やかな空間を徐々に支配し出していた。既に今回の件を確認せんとエイジやリンドウだけではなくアリサやツバキのクレイドルだけではなく、ギル達ブラッドの面々も今は固唾を飲んで見ていた。

 

 

無明と対峙した瞬間、既に首筋に冷たい感触が感じると同時に、この時点で既に勝敗は決した様な物だった。対峙した瞬間、鋭い殺気を浴びせられるかと想像したものの、その気配は一向になく、気が付けば首筋に何かが当たった感覚はこの世の物とは思えない程の速度で襲い掛かっていた。

この時点で北斗は気が付かなかったが、エイジはこれまで何度もこの時点で死を覚悟する程の状況下を経験したからこそ無意識で反応する事が出来ていた。

 

基本的には殺気を向けるのは二流以下。一流ではなく超一流ともなれば何が起こったのか理解する前に勝敗が決まるのが常となる。その結果、動きは徐々に洗練され気配は無意識の内に消え去ると同時に、一つ一つの行動に事前行動を起こす事も無くなっていた。

その結果が北斗が一番最初にエイジを見た感想に至っているのだった。

 

「シエルちゃん。無明さんって何かしたのかな?」

 

「私には何も見えませんでした」

 

ナナが疑問に思うのは無理も無かった。合図もなく始まった戦いは一瞬の間に決着がついていた。対峙した北斗も何が思ったのか気が付いていないが、それを見ていた全員も何が起こったのか理解出来ない。まるで狐につままれた様な感覚だけが残っていた。

 

 

「エイジ、今無明さんがしたのは?」

 

「ただ前に出て突きつけただけだよ」

 

ナナと同じ疑問はアリサも持っていた。何かが起こったのは理解できるがこれでは何も分からない。その為には対峙した人間に聞くのが一番だと隣に座っていたエイジに確認していた。

 

 

「それは分かるんですが、どうして気が付かないんですか?」

 

「それは動きの先を予測して無拍子で動いたからだよ。動きは元来何かをしようとすると無意識に事前行動を取ろうとするんだけど、慣れるとその筋肉の動きが見えるからその前にこちらの攻撃を当てるんだよ。実際に体験すると早いんだけど、この場で少しやってみる?」

 

エイジの言葉が理解出来なかったのか、アリサはその体験をした方が早いと考えていた。一番分かり易いのはお互いの手を合わせて押す動作。これが一体何を意味するのか分からないままやってみる事にしていた。

お互いが押すのであれば何も問題無いはずと考え、アリサはエイジの手を押そうとした瞬間、一気にアリサの手は押し返されていた。

 

 

「これは?」

 

「アリサが押そうとした瞬間、筋肉が動いたからその隙間を狙って押したんだよ。因みに、教導カリキュラムで軽装するのはこれを確認する為なんだけどね」

 

「それで教導の際には薄手のノースリーブシャツにハーフパンツだったんですか?」

 

エイジとアリサのやりとりを聞いていたシエルがここで漸くあの格好の意味を理解していた。

教導カリキュラムの上級になると対人戦の際に軽装が義務付けされていると知った際に、シエルは疑問には思いながらも、これが当たり前だと判断し、そのままカリキュラムをこなしていた。元々ゴッドイーターは軽装を好むか露出が多い人間が多く、これもその程度にしか考えてなかったが、まさかこんな意図があったとは想像もしていなかった。

 

 

「え?そんな格好でやってたんですか?」

 

「あれ?知らなかったの?」

 

「因みに聞きますが、エイジも今まで教導をやってたんですよね」

 

この時点で何となくアリサの言いたい事は分かったものの、特に変な感情で今まで接した事は一度もない。それ故に先手を打つべく、エイジは再び言葉を重ねていた。

 

 

「アリサ。気になるなら一度来る?」

 

エイジの一言は何を指したのか理解したアリサはそれ以上の言葉を出す事は出来なかった。自分を一番に位考えてくれるからの言葉に理解できる。そう考えた事でこれ以上の言葉は出さない様にしていた。

 

時間だけ見れば僅かではあるが、濃密な時間を過ごす事が出来たのは大きな経験でもあった。朝食が終わると、再び全員がアナグラへと戻る事になった。

 

 

 

 


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