神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第158話 新たな可能性

「これでロミオ先輩の仇は取れたんだろうか?」

 

横たわるマルドゥークから素早くコアを抜くと同時に4人はその場で座り込んでいた。今回の戦いは正に死闘とも取れる程の内容となっていた。当初は神機兵の火力もあって優位な戦いを取っていたものの、徐々に戦局が悪化し始めていたのが原因だった。

 

一番の要因はアラガミの想定外の進化。前回対峙した際とは大幅に力が変わっていた事だけではなく、ロミオを重体に追い込んだ狡猾な知性に伴う事で、様子を伺いながらの戦いが続いていた。

この力のバンスが大きく崩れたのは神機兵の一体をマルドゥークが破壊した頃から変わり出していた。今回の戦いに於いてブラッドの火力不足をいち早く見抜いたからなのか、マルドゥークはゴッドイーターではなく、高火力の神機兵を一番最初に始末する事を選んでいた。

 

当初はそれに気が付かないまま過ぎていたものの、執拗な神機兵への攻撃にブラッドが気が付く頃には時すでに遅かった。

このバランスが崩れた事により、戦局は一気に泥沼化し始めていた。

 

そんな中で北斗の混乱が更に戦局を混乱化したのも要因の一つではあったが、これに関してはエイジの機転によって難を逃れた物の、やはりその代償は大きく、致命的とも取れる一撃を加えた後、エイジはその場で倒れこみ、意識不明のままアナグラへと緊急搬送されていた。

結果的にはブラッドと神機兵との共同戦線だったが、神機兵も3体のうちの1体は完全に大破し、残りの2体に対しても、腕や足の装甲が吹き飛びスクラップ寸前とも取れる内容は辛勝としか表現できないものでもあった。

 

 

「そう…です…ね。多分取れたと…思いますよ」

 

「こんな…戦いは…暫く…遠慮したいぜ」

 

「でも私達よりも…エイジさんの…方が…」

 

帰投準備は結果的にクレイドルに任せ、今はただ休息を取りたいと考えていた。以前も極東で知性の高いアラガミとの対峙を聞いた事はあったが、まさか自分達が対峙するとは考えた事もなかったからなのか、疲労感は今までの中でも最大級だった。

 

そんな中でナナが言う様にエイジの容体が一番心配だった。詳細については知らない物の、明らかにあの動きはゴッドイーターとて気軽に出せる様な動きでは無い。どちらかと言えば北斗の暴走状態を洗練した様にも見えていた。

あれが何なのかは恐らくは聞いても教えてくれない可能性が高く、今はただ息を整える事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エイジの馬鹿!!」

 

医務室にアリサの怒声は響いていた。防音施設のはずが、あまりの声量にドアが震えている様にも見える。それほどまでの大音量でもあった。

 

 

「アリサ。少しは落ち着け。そもそもお前を助ける為に無茶をしたんだろうが」

 

「ソーマは黙っていてください。何で私の目の前でそんな簡単に出来るんですか。エイジが居なくなったら私は……私は……」

 

アリサはソーマに言われるまでもなく理解していた。どうしてこんな事になったのかを言われなくても理解はしていた。しかし、理解と感情は違う。自分の命はまるでどうでも良いとばかりに考えるのをアリサ自身が納得した訳では無かった。

それほどまでにマルドゥークとの戦いは正に死闘とも言える内容だった。

 

 

「アリサの事を考えたら身体が勝手に動いたんだ」

 

「だからって…エイジに何かあったら……」

 

「ちゃんと問題無いのも確認できたから大丈夫だよ」

 

ベッドに横たわりながらもエイジはアリサの頭を撫でながらあやすようにゆっくりと話す。暫くの間はここの住人である事は容易に想像できるが、こればかりは仕方ないと内心諦める事しか出来なかった。

 

 

「おいおい。どんだけデッカイ声だしてんだよ。フロア中に響いてた……お前らはなんでそうなるかな。ここは身体を治す場所なんだがな」

 

容体をソーマから聞いたリンドウも駆けつけた光景に言葉を失っていた。ベッドの上でエイジがアリサを抱きながら頭を撫でている光景は今さら感があるものの、ここは医務室である以上、まずは安静が一番だと考えていたが、この光景には軽く現実逃避したくなっていた。

 

 

「これは僕の招いた結果のせいですから。リンドウさんにも迷惑かけたみたいですみません」

 

そう言いながらもエイジの手は止まる事無くアリサの頭を撫でている。恐らくはリンドウが来た時点で多少なりとも冷静さを取り戻している様にも思えるが、久しぶりの心地にアリサとしても手放すのが惜しいと考えていたからなのか、なされるがままだった。

 

 

「俺の事はどうでも良いんだが、そろそろ離れないとブラッドの連中が入れないぞ」

 

リンドウの背後には医務室のドアが開いてままだったのか、そこから何かを伺う様にナナが見ていた。そんな事に気が付いたからなのか、アリサも今はエイジの傍を一旦離れ、来ていたブラッドを出迎える事にしていた。

 

 

「エイジさん。今回の件ですが、すみませんでした。俺が暴走したばかりに多大な迷惑をかけたみたいで」

 

「その件なら気にしなくても大丈夫だから。実際に神機を無理矢理動かす為にやった行為なんだから気にする必要は無いよ。それよりもこちらが手を出した事の方が申し訳なかったね」

 

謝るつもりが逆に謝られた事で、流石に北斗もどうしたものかと考えていた。事実あの一撃が無ければ今頃ベッドの上にいたのは自分達のはず。むしろこちらの方が申し訳ないとまで思っていた。

 

 

「お互い謝っていてもしかたないだろ。そうだ、エイジここには一晩なんだが、明日は無明の所に来て欲しいってよ」

 

「兄様がですか?」

 

「詳しい事は知らんが確かに伝えたぞ。それと丁度良い。お前さん達も来てほしいらしいから、明日は全員で来てくれ」

 

エイジだけではなくブラッド全員にまで声を掛ける事に何かあるのだろうとは考えるも、そもそもエイジも無明が何を考えているのかはこの時点では分からない。事実、今回の封印の解除に関しては、恐らくは咎められる可能性は低く、また特殊な状況下での性能評価が出来たが故に何らかの対策を考える公算が高いと考えていた。

 

 

「分かりました。では明日行きますとツバキ教官に伝えておいて下さい」

 

「分かった姉上に伝えておく。それとここは医務室だからな。お前ら自重しろよ」

 

「な、何言ってるんですかリンドウさん!こんな所では何もしませんよ!」

 

リンドウの言葉に先ほどの行為が思い出されたのか赤い顔のまま反論するアリサを尻目にリンドウは次の任務の為に医務室から去っていた。何気に落とされた爆弾は処理しきれなかったのか、アリサは何も動く事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所にこんな建物があるとは知りませんでした」

 

「ここも外部居住区なのか?極東らしく無い様にも見えるが」

 

シエルやギルが驚くのも無理は無かった。屋敷は外部居住区からは距離が離れているのと同時に、外からも見つかりにくい位置に設置されている関係上、詳細を知っているのは一部のゴッドイーターだけに留まっていた。

ここに来る際にはいくつかのセキュリティをクリアし、それなりに長い距離を移動しなければ来る事が出来ない。当初、エレベータの隠し階層に付いた際にはここがどこに繋がっているのかすら理解出来ないでいた。

 

 

「あれ?もう来たのか。早かったな」

 

「シオちゃん元気でした?ところでソーマは来てなかったんですか」

 

一団に気が付いたのか、出迎える様にシオが近づいてきた。以前のFSDで紹介されはしたものの、まさかこんな所に居るとは思ってもいなかったのか、ブラッドの面々は少しだけ驚いていた。

今回の件ではエイジの案内でブラッドだけではなくリンドウとアリサも一緒に来ていた。内容に関してはともかく、まさかこんな大所帯で行く所がどこなのか知らされないまま連れて来られた事から、ブラッドのメンバーは物珍しさにキョロキョロと周囲を見ていた。

 

 

「ソーマなら昨日来たぞ。今日は一緒に居られないって言ってたからちょっと残念なんだ。でもエイジとアリサが来たなら嬉しいぞ」

 

「そう言えば、兄様はどうしてる?」

 

これ以上ソーマが居ない事でしょげかえったシオと話すと時間がかかると考えての判断なのか、一旦この事は横に置いて、まずは目的を確認するのが先決だと、エイジは改めてシオに確認していた。

 

 

「とうしゅならまってるぞ。いつもの服に着替えてきてくれだって」

 

「分かった。着替えてから行くって伝えておいて」

 

「りょうか~い。じゃあ待ってるからな」

 

シオが笑顔で走り去るも、先ほどのやり取りが一体何なのかこの場に理解出来た人間はリンドウとアリサだけだった。病み上がりとは言え、それを要求するのであれば何かしら確認するのだろう。

2人はそんな事を考えながらもこの後の予定をこなすべく行動を起こしていた。

 

「じゃあ、私達も着替えて行きますね。さあ、シエルさんとナナさんは私に着いてきてください」

 

「ええっと…どこに行くんですか?」

 

これから何をするのか目的はアリサしか分からなかった。アリサの笑みが何を物語っているのか理解できる人間はこの場には居ない。シエルとナナは困惑しながらもここに留まる事が出来ない以上、今はアリサに黙ってついて行くしかなかった。

 

 

「じゃあ北斗とギルは俺と一緒に行くか。取敢えず付いてきな」

 

アリサが連れ去った先の事は何となく想像できるが、この場にギルと北斗を待たせるのも申し訳ないと感じたからなのか、リンドウは目的の場所へと誘導する。未だここがどんな所か分からない2人は同じ様にリンドウの後ろをただついて行く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ありがとうございました」

 

「以前よりも反応が良くなってる。まだまだ精進するんだ」

 

庭先とも取れる場所で、エイジは大の字になって仰向けになっていた。着替えたのは屋敷での訓練の際に着る装束。目の前には息一つ切れる事が無い無明が立っていた。

 

当初ここに来た際に一番驚いたのは北斗とギルだった。2人の目から見てもエイジの戦闘能力は群を抜いているにも関わらず、訓練した際にはエイジの攻撃は一度も当たる事は無かった。しかし先ほどまで繰り広げられた光景は2人が知っている様な状況では無かった。

それどころかこの1メートルほどの距離の中での激しい攻防に目がついて行かず、徐々に滲み出る傷によって辛うじてエイジが攻撃を一方的に受けている事が理解できた程度だった。

 

 

「あんな状態のエイジさん初めて見たぞ」

 

ギルの衝撃とも取れる一言に当時の言葉が思い出される。エイジの言葉が本当ならばキルレートは5対1どころの話ではない。ましてや自分だったら気が付く前に倒されている。対峙した瞬間に終わる戦いの想像が北斗の中で嫌な感触として残っていた。

 

 

「ギルだったらどう動く?」

 

「いや、多分倒された事も気が付かないまま終わるだろうな」

 

冷や汗とも脂汗とも取れない嫌な物が背中を伝っている。ここまで戦闘能力が違うにも関わらずなぜ科学者なのか。ジュリウスの話では紫藤博士は極東だけではなく本部でも指折りの実戦に関する研究の第一人者と聞いていた。

本来であればここまでケタ違いの戦闘能力があれば、極東だけではなくフェンリル全体でも有名なはず。にも関わらず、そんな名前は今までに一度も聞いた事が無かった。

 

 

「お前さん達にはやれとは言わない。俺だって無明に勝った試しは今までに一度も無いからな」

 

これが当たり前だと言わんばかりにリンドウは北斗達の隣で緑茶をすすっていた。恐らくはこの光景は今までに何度も見たのだろう。まるでこれが日常だと言わんばかりの雰囲気があった。

 

エイジは改めて汗を流すべくこの場には居ない。今の衝撃的な光景から醒めきらないのか、北斗達までもが呼ばれた理由が未だに理解出来ない。重苦しい空気が流れる頃、ここで漸くアリサに連れられたシエルとナナがやって来ていた。

 

 

「これどうかな?似合ってる?これ浴衣なんだって」

 

「ナナさん興奮しすぎです。少しは落ち着かれてはどうでしょうか」

 

以前FSDで来た着物とは違い、どこかラフな様にも見えるその柄が恐らくはここでは普段着として着られる物である事が容易に理解出来た。物珍しさと当時の状況を思い出したのか、ナナははしゃいでいるがシエルはどこか顔が赤かった。

 

 

「北斗さんもギルさんもこの2人はどうですか?ここではこれが標準なんですよ」

 

アリサの言葉に意識を取り戻したのか、改めてここい来た際の事を思い出せばシオも浴衣を着ていたが、それだけではなく他に会った人達も皆来ていた。アリサも着替えている事もあってか、北斗とギルはどこか場違いなのではと考え出していた。

 

 

「着物と同じで良く似合ってるよ」

 

「ええ~?それだけなの。他にもっと言う事あるんじゃないの?」

 

「ナナさん。北斗ですから仕方ありません。これが北斗の精一杯なんですよ」

 

浴衣姿にもかからず、話す内容は当時と変わらなかった。乙女心としてはもう少し何か捻りが欲しい所だが、これ以上の感想が出る可能性は低く、期待するのも無駄だと悟ったのか、ナナはそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「態々来てもらって済まない。今日ここに来て貰った件なんだが、まずは北斗。先日の戦闘の際に暴走していた様だが、何か心当たりは無いか?」

 

その場に居なかったはずにも関わらず知っている事に驚きはあったものの、基本的にはアナグラの上層部の人間であれば戦闘のログは簡単に確認できる。恐らくはそれを見た結果なんだろう事は想像がついたが、それが一体何を指しているのかは北斗にも判断出来なかった。

 

 

「実は以前にも同じ様な事があったんですが、その際にはラケル博士からは血の力に目覚める兆候だと聞いてました」

 

北斗の言葉に当時のラケルとのやり取りが思い出されていた、確かにあの瞬間全身に何かが駆け巡る様な感覚と共に赤黒い光が出ていた。当時はそんなものだとそれ以上考える事もなく、またあの後に同じ様な事が無かった事からも、無意識の内にその事に着いては除外していた。

しかし、目の前にいる無明からはそんな一言で方が付かない様な雰囲気が醸し出されている。あの後で何かが分かったのだろうか。そんな取り止めのない考えだけが拡がっていた。

 

 

「今回の辞令が出た事でブラッドが極東の所属になった事は知っての通りだが、その際に、君達全員のデータの開示をフライアに対して要求中だ。しかしながら未だフライアからの返答は何もなく、今後ここでの活動が主となる以上、我々としても君達全員がブラックボックスでは困る事になり兼ねない。幸いにもP66偏食因子に関してはデータが公表されている事もあるので問題は無いが、肝心の君達のデータは不足している。榊博士とも話をしたんだが、今後の事もあるので我々としてもデータの早急な取得が急務となってくる。で、君達には今晩ここで過ごしてもらいながらデータの確認をさせて欲しいんだが」

 

無明の言葉には確実に疑惑が含まれていた。本来であれば正常な運用をするのであれば各自のデータが無ければ、万が一の際に困る事が何かと多くなってくる。一番の問題点が神機に対する適合の度合いでもあった。偏食因子が体内で緩やかに馴染むのと同時に、それを活かす為には神機の調整が必要となってくる。刀身は変更出来ても肝心のコアの部分が解析出来なければ、今後のミッションの発注だけではなく、神機のアップデートそのものが困難になる可能性があった。

 

 

「あの、確認と言うのは?」

 

「特に構えてもらう必要は無い。データの取得に対しての手間はかからないが今日から明日にかけて個別でデータを採取する為に各自2.3時間程の拘束だけはお願いしたい。君達もまさか戦闘中にアクシデントがあればどうなるのは既に体験している訳だからな」

 

対マルドゥークとの戦いが嫌が応にも思い出されていた。今考えてもエイジが止めなければどうにもならない可能性が高く、今回の内容は結果だけ見れば対外的には神機兵の投入もあっての完勝となっているが、当事者からすれば薄氷を踏む様な戦いを強いられていたのは間違いなかった。

 

今回の事を教訓にする為には自分の事を知ってなければ今後のミッションにも多大な影響が出る可能性が高い。今抱えている問題を解決する為にはどうしようもなかった。

 

 

 

 

 


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