神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第155話 準備段階

 

「繋がったよ。ジュリウス見えてる?久しぶり~」

 

これ以上グレムに何を言っても無駄だと判断した結果、北斗達はアナグラのラウンジにある大型モニターからジュリウスに向けての通信回線を開く事にしていた。当初は繋がらない可能性も危惧したものの、通信までは制限がかかってなかったのか、モニター越しのジュリウスは何時もと変わらない姿だった。

 

 

「ああ見えてる。それよりもどうしたんだ?これでも俺は忙しい身でな。手短に頼む」

 

「尋ねたい事は一つだ。……ジュリウス。どうしてブラッドを抜けた?いや、逃げたんだ?」

 

ナナの事からギルは若干挑発めいた言い方で詰め寄り出す。何かに座っているからなのか、見た目は何時もと変わらない様にも見えるが、その目は何時もとは違い、感情が欠落したかの様にも見える。

この短時間で何が起きたのか、この場に居る誰もが疑問を生じえなかった。

 

 

「ギル、安い挑発はいい。俺が今回の事に踏み切ったのは人はあまりにも脆い。いくら強化されたゴッドイーターと言えど、強大なアラガミの前には強化された人類など小さい物だ。それならば、安価に大量生産出来る神機兵を大量に投入した物量作戦で押し切るのが一番合理的だ。事実壊れた所で部品を交換すれば再び戦場に戻る事が出来る。最悪コアさえ生きていれば、今度はそれをフィードバックする事で他の神機兵にも同じ経験を積む事が出来れば、人類の、いやゴッドイーターの負担は減る事になる」

 

「ハッ。ブリキの王様気取りはどうかと思うがな」

 

「……ギル。お前の言いたい事は理解した。がしかし、それ以上の事を言うのであれば口では無く実績で示せ。ゴッドイーターの方が神機兵よりも実効的なのか、万が一の対処はどうなのか。すべては結果を出してからにしてもらおうか。幾ら綺麗事や正論を振りかざしても、それに追従するには根拠が必要だ。これ以上は議論する必要もないだろう」                

 

ジュリウスの言葉は正論とも取れる。確かに実行出来る実力が無ければ最終的には実績の根拠をどこかで示す必要が必ず出てくる。いくら緊急停止しようが赤い雨の様な過酷な環境下でも平然と動けるのは大きなアドバンテージとなる。

今回のロミオの件に関しても赤い雨が降らなければ、戦局はひっくり返った可能性も捨てきれない。そんな中で余程のトラブルが無い神機兵の方が体制的には有利だと考える人間も少しづつ増えてきていたのもまた事実だった。

 

 

「ジュリウス。一つだけ良いか?」

 

「なんだ北斗?」

 

「ロミオ先輩は大丈夫なのか?」

 

「ああ。その件に関しては俺が全責任を持つ。いくらグレム局長であろうと、ロミオの事に関しての横槍を入れさせるつもりは毛頭無い。その点に関しては安心してくれ」

 

今回の異動の件で一番気がかりだったのがロミオだった。極東に異動となれば当然ブラッドとておいそれとフライアに行くのは困難になる。ましてやグレムはロミオの件に関してはどちらかと言えばコストがかかるの一言で役立たず扱いをしていた。そんな記憶があった為に、北斗もジュリウスに確認をしていた。

 

 

「そうか。なら俺からは何も言うつもりはない」

 

「もう要件は無いな。だったら切るぞ」

 

ジュリウスの一言で通信が切れたものの、暗くなった画面をそのままに誰も動こうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか少し騒がしいけど、何かあったのかな?」

 

「ナナさんお帰りなさい。今は黒蛛病患者を一旦ここからフライアへと移してるんですよ」

 

ミッションから帰るとロビーだけではなく、全体的にざわついた雰囲気があった。こんな時に何か大きいなイベントがある事は聞いておらず、また緊急事態に陥った様子も無かった。

見れば今回、黒蛛病に罹患した患者が移動しているのか、少し先には治療で来ていたアスナの姿があった。

 

 

「アスナちゃんもこれからフライアに行くの?」

 

「あっナナさん。何でもフライアの偉い人が私の治療を一手に引き受けてくれるって聞いたから、皆で移動するんだ」

 

「そっか。フライアには庭園があるから、あそこに行ったら行ってみると良いよ」

 

「そうなんだ。楽しみだな。皆も来てくれるんだよね?」

 

アスナの純粋な言葉に少しだけナナは言葉に詰まっていた。今はフライアから極東に異動した為に、おいそれと行く事が出来なくなっている。もちろん、これから行く人間に対して安易な約束をする訳にも行かず、返答に困っていた。

 

 

「そうですね。一旦落ち着いたらユノさん達と一緒に行きますよ」

 

「本当!シエルさんも来てくれるの?」

 

「ええ。もちろんです」

 

「じゃあ約束だからね」

 

治療が進めば、容体も良くなる。今は行く事が厳しいかもしれないが、ジュリウスの言葉を信じるならば、神機兵の生産が完全に軌道に乗れば多少の移動許可なら下りるだろう。

戸惑うナナをフォローする様にシエルがアスナへと話していた。

 

 

「黒蛛病、早く治ると良いですね」

 

「元気になったら一緒に遊んでね!次のFSDは画面越しじゃなくてこの目で見たいから」

 

元気いっぱいに手を振りながらフライアへと移動するアスナをいつまでも手を振りながら見送る事しか今は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。少し宜しいでしょうか?」

 

フライアに黒蛛病患者が移動してから数日が経過していた。今まで患者が居た事もあってか、やや落ち着かない場面もあったが、既に居ない以上少し緊迫しながらもどこか緩やかな雰囲気が戻りつつあった。そんな中でのシエルの一言が今後の状況を一転させる事になった。

 

 

「実は、以前にサテライトを襲撃したと思われるマルドゥークの反応を確認したとの一報は入りました。詳細についてはまだハッキリとは分かりませんが、恐らく潜伏している地域から推測するにあたって、ロミオを襲った個体の可能性が極めて高いとの事です」

 

「そうか…で、この事は榊博士は何だって?」

 

「それに関してですが、一度ブラッドと打ち合わせしたいとの事ですので、この後に召集命令が出ます。まずはそこでブリーフィングになるかと」

 

サテライトを襲った個体が今回の調査で発見したとの言葉は嫌が応にも当時の状況を思い出させる。未だ意識が戻らないロミオに、それが原因で隊を離脱したジュリウス。

まさに因縁の戦いである事に間違いは無かった。榊から打診されるのであれば、拒否する気持ちは毛頭無い。まずは確認がてら召集された支部長室へと移動する事にした。

 

 

「よう!お前さん達。今回の件だが、聞いてるな?」

 

「あれ?なんでリンドウさん達がここに?」

 

北斗達を出迎えたのは榊だけでは無かった。この場にいたのはリンドウやエイジ達クレイドルの接触禁忌種の専門討伐班までもがこの場に居た。今さらリンドウやエイジの戦闘能力に疑いを持つ様な事は一切ないが、相手は接触禁忌種の中でも感応種。

となればこの場に一体何の為に呼ばれたのか誰も分からなかった。

 

 

「俺達も取敢えず呼ばれたから来たんだが、詳しい事は姉上に聞いてくれ。…いでっ」

 

「ここでは姉上と呼ぶなと何度言えば分かるんだ。お前もそろそろ大人になれ。それと今回のミッションに関してだが、前回襲撃の際には分からなかった事も踏まえて今回の調査結果を先に公表する」

 

ツバキの一言がこの場の空気を新たに引き締めていた。今回のアラガミが因縁の相手である以上、ここから先にやるべき事は決まっている。そんな空気が支部長室の中を支配していた。

 

 

「今回の対象となったアラガミに関してだが、前回サテライト拠点を襲撃した個体である事に間違いは無い。しかも、一度襲撃に味を占めている可能性が高く、このまま放置すれば、今後のサテライト拠点の建設計画にも大幅な変更を余儀なくされる可能性が高い。従って今回のミッションに関しては完全に殲滅するのが条件となる」

 

リンドウの頭をファイルで叩きながらにツバキが話す言葉に漸くクレイドルのメンバーがここに居るのが理解出来ていた。あのアラガミは北斗が最初に覚醒した際にも対峙したが、極めて高い知能を有している可能性が高く、今回の襲撃によって、どのタイミングでどう動けば良いのか理解している可能性が高い事が危惧されていた。

 

再度サテライトを襲撃されるのであれば、暫くの間は厳重警戒すると共に、資材調達までもが困難になる可能性が高かった。

その為に今回の内容に関しては珍しく殲滅と言う言葉が入っていた。

 

 

「我々とて冷血ではない。ロミオの敵討ちとしての側面がある事は理解している。今回の内容に関してはマルドゥークが感応種である事も理解した上での作戦となる。その為の概要に関してを説明しよう」

 

ツバキの提案する内容はまさに殲滅するのが確実だと取れる内容だった。今回の作戦の中で一番の肝の部分がマルドゥークの持つ特性。元々感応種はP53偏食因子を沈黙させる能力を持っているだけではなく、その種ごとに様々特性を有していた。

 

今回の中では遠吠えによる他のアラガミの誘引の能力を秘めている事が懸念されていた。ブラッドは確かに感応種の対策においては絶大な能力を秘めている可能性は間違いないが、決してそれが全部をカバー出来る程の能力では無い。

事実単純な攻撃能力で言えばクレイドルの遠征チームの方が数段上になっている。単純な戦いではなく、単なる能力の相性の問題である事はこの場に居る全員が理解していた。

 

 

「作戦の内容に関しては以上だ。討伐に関しては通常と何ら変わりはない。ただ、今回は恐らく長丁場になるのは間違い無い。各自しっかりと準備だけはしておくように。それと今回の作戦に関してはフライアからも打診が来ている。我々としてはその能力も勘案した結果、打診を受託する事を決定している」

 

ツバキのフライアの言葉にブラッドの全員は反応していた。まさか大規模作戦になる可能性が高い物にゴッドイーター一人だけ配備する事はあり得ない。そうなればここに来るのが誰なのかは容易に想像出来ていた。

 

 

「今回フライアからは神機兵を3体配備する事になっている。そしてその責任者としてジュリウス・ヴィスコンティ大尉が派遣された」

 

「ジュリウスが来るって事は、神機兵の教導は終わったのか?」

 

「今回のミッションはその最終確認だ。教導そのものは何の問題も無い。それと北斗、お前が率いる新生ブラッドもこの目で確認させてもらうぞ」

 

不敵な笑みを浮かべながらも、内心はブラッドの事を気にしている可能性はあったが、今の時点でそんな話はする必要が無い。今回のミッションに関してのブリーフィングがそのまま続けられる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが今回の作戦で使う移動型戦闘指揮車か」

 

「この極東にはこれを含めて現在は2台が配備されてるそうです。今回の作戦に関してはブラッドとクレイドルの共同作戦の為に使用するそうです」

 

北斗が一番最初に見て驚いたのはその存在感だった。普段であればヘリや車で移動しているが、この車はそんな感覚すら失せそうな雰囲気があった。

中には簡易ではあるがオペレートシステムが搭載されており、ここから各地へと指示を飛ばす事が可能になっていた。

 

 

「この車凄いよね!設営用の資材が積まれてるから一々アナグラに戻る必要が無いんだって。これなら何かあっても大丈夫そうだよね」

 

設営資材の中には簡易型のシャワーやミニキッチンも併設出来るのか、それを初めて見たナナは目を輝かせている。しかし、裏を返せばこれがあるから超長期任務も可能である事までは気が回っていない。

このままここに居れば確実に気が付くだろうと考え、北斗はそれ以上の事は何も言わなかった。

 

 

「しかし、これを投入するのであれば、今回の作戦は失敗は許されませんね」

 

「ジュリウスも出張ってる。俺たちが神機兵に遅れをとったなんて言わせるつもりは毛頭無いさ」

 

指揮車を見ながらも、今回のミッションは過酷な物になる事だけは既に予想されていた。本来であればミッションの前に行うブリーフィングの際に今まで殲滅の言葉は聞いた事が無かった。

クレイドルとしてはサテライトの、ブラッドとしてはロミオの一件がある以上そんな事は言われるまでも無く殲滅させるのは既に北斗の中では決定事項だった。

 

 

「何だ。お前さん達もここに居たのか?」

 

「リンドウさんはどうしてここに?」

 

物珍しく見ていたからではないが、北斗の背後からリンドウが気軽に声をかけていた。ここに来てからは打ち合わせで話をする事は度々あったが、こんな場所で会うとは思ってもいなかった。

 

 

「これは俺達が本部に行ってた際に使用していたのと同種なんだが、細かい部分に違いがあると面倒だから確認に来たんだ」

 

「本部でもこれを?」

 

「ああ。これはこれで慣れると楽なんだぞ。一々帰る必要もないし、万が一物資が切れる事があれば空輸すれば良いからな。実際に俺達はこれで半分以上暮らしてるみたいなもんだ」

 

そう言いながら、リンドウは手慣れた様子で物資を確認している。既に回復剤等の資材は確認されているはずだが、何を確認するのだろうか。リンドウの行動の意味が分からないままだった。

 

 

「あちゃ~やっぱりか。お~いエイジ。やっぱりあれが配備されてるぞ」

 

「でしょうね。あれには最初苦労しましたから」

 

リンドウの呼びかけにエイジの声が聞こえて来る。既に予想していたのか、エイジの両手には大きな荷物袋が握られていた。

 

 

「エイジさん。それは一体?」

 

「これ?これは資材じゃなくて食料だよ。この車にはレーションも積まれてるんだけど、味気なくてね。本部でもこれが大不評だったから、万が一と思って確認してたんだよ」

 

そもそも戦場に通常の食料を持ち込む考えそのものが間違っている様にも思えていた。レーションは基本的には不味くはないが旨くも無い。単に栄養の補給を第一と考えればそれはある意味当然の事ではあるが、自分達の欲望の為に非戦闘員を何人も連れて行く訳には行かない。

だからこそレーションで無理矢理食事は終わらせるのが一番だと考えた結果でもあった。しかし、クレイドルにはエイジが居る。そうなれば栄養補給の観点だけではなく、自分達の快適さを追求するのはある意味当然だった。

 

「お前さん達もクレイドルとブラッドが違う物食べてたら、お互い気まずいだろ?そんな時こそ同じ釜の飯を食う事で連帯感が高まるんだよ」

 

「やっぱりリンドウさんもそう思いますよね。シエルちゃんだってクレイドルの人が美味しい物食べて、私達がレーションだと気まずいよね?」

 

「別に私としては……」

 

「え~。北斗だってそう思うよね?」

 

ナナが気が付くと同時に、リンドウの話を聞いてすぐに想像したのか、食事の風景を思い浮かべていた。恐らく野戦での食事であれば効率的なのかもしれないが、隣で美味しく食べてるのを横目で見るのはナナとしては耐えられない。

おでんパンはともかく、それ以外の物となれば話は大きく変わってくる。だからこそナナとしても譲れない何かがあった。

 

 

「それは否定しないけど、折角食べるなら旨い方が良いのは確かだな」

 

「でしょ~」

 

これから戦いに行くとは思えない様な空気がこの場を支配していた。お気楽と言えばそれまでだが、そう考えないと気晴らしにもならない程の強敵である事に変わりない。

今はそんな無粋な事を考える事なく、一つの意志となって任務に臨んでいた。

 

 

 

 

 

 


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