神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第153話 災禍

 

「北斗。少し時間は大丈夫か?」

 

 ロミオが復帰してからのブラッドの運用に関しては、今まで以上の戦果を挙げる事が多くなっていた。通常であれば突然部隊の運用成果が良くなる事は少なく、また、今回のケースにおいてもそれは例外ではなかった。

 そんな中で、一番の要因とも取れるのがロミオの実績だった。これはジュリウスと北斗しか知りえない内容ではあったものの、やはり一番の懸念された内容に関してがクリアされた結果でもあった。借物ではなく自分の行動原理を理解して動く。言葉にすれば実に単純だが、目に見える変化は劇的だった。神機の特性を活かす事によって他のメンバーの間合いも気に掛ける。その結果、最適な動きを実現していた。勿論、教導側から見ればまだ動きが荒い事に変わりない。違うのは周囲が視界に入っている事だった。誤射する事も無ければ他の邪魔をしない。効率が良い動きはそのまま部隊の底上げを実現していた。そんな中でのジュリウスの言葉。北斗もまた何があったのかを考えていた。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「実はクレイドルからの情報提供なんだが、ここ数日の資材運搬の際に、感応種と思われるアラガミが北の山間部に出没しているとの話を聞いている。今の状況であれば、クレイドルから近日中にブラッドに対して正式な依頼となって、対感応種のミッションが来る事になるだろう。すまないが、それを念頭に置いて今後はミッションに出て欲しい」

 

 ブラッドが極東に来てからは、一部のゴッドイーターを除き、感応種の討伐任務に関しては実質的にはブラッドだけが請け負うケースが増えていた。極東では影響を受けずに対応出来る人間は極僅か。しかも、その人物も常時ここに居るとは限らないのが実情だった。

そんな厳しい現状の中で、ゴッドイーターの中でも偏食因子が一際異なるブラッドだけが部隊として感応種の偏食場パルスの影響を受ける事が無い為に運用される事が期待されていた。しかし、ここ最近になってからはそんな思惑を無視するかの様に状況が大きく変化していた。

 まるで何かに呼応しているかの様に、感応種の出現はパッタリと止まっていた。最初から出没しないのであれば然程気にしなかったのかもしれない。だが、今回の件に関してはあからさま過ぎていた。

 そんな中での目撃情報。故に警戒せざるを得ない状況となっていた。

 

 

「ここ最近感応種なんて見る事が無かったんだがな」

 

「北斗。いくらアラガミと言えど、こちらの都合で動く訳ではありませんから」

 

「それは…そうだな」

 

 感応種の討伐の可能性を考えながらに現地へと赴くと、確かにアラガミが居た様な形跡は残されていた。だが、それがそうだと決めつける事が出来る材料は何一つ無かった。しかし、この地域に出没していると聞いた以上、警戒態勢を解く様な事はないままに周囲を索敵していた。

 

 

「あれ?この辺りって確か、この前ロミオ先輩を、迎えに行った所の近くだよね?」

 

「ああ。実際にこの周辺で出没したって聞いてるけど……」

 

 ナナの言葉に老夫婦の事を思い出したのか、ロミオの挙動が若干怪しくなる。只でさえ、この周辺に遮蔽物は余り無い。幾らか山間に場所があるだけで、完全に回避するには心許ない場所だった。老夫婦の感覚では隠れる場所はあると考える。だが、現実を知るロミオからすれば、心配を回避するだけの場所では無かった。

 そんな事もあってか、何も無いならばこのまま顔の一つも出せばと考えた。だが、今は任務中であってプライベートの時間ではない。ましてや感応種の可能性を否定出来ないからこそブラッドが出動している事実はロミオの感情をミッションに優先していた。

 ここで自分の意見を押し通せば、ブラッドだけに留まらない。極東支部のゴッドイーターでは感応種を討伐出来ない以上、今は一先ず自制し、また次回の休暇の際に来れば良いとロミオは一人考えながら周囲の索敵をしていた。

 

 

「今回は空振りだったな。そう言えばシエル、直覚にも引っかからなかったのか?」

 

「今回は特に何も無かったかと」

 

 改めて確認するものの、やはり何もひっかかる要素が無かったのか、一旦アナグラへと戻る事になった。

 

 

 

 

 

「ジュリウス。感応種の反応は無かったぞ」

 

「そうか。実はあの後、こちらでも色々と調べたんだが、以前に対峙したマルドゥークはああ言った山間部に出没する可能性が高いそうだ。大丈夫だとは思うが万が一の事もある。

今後はミッションに関しても今までの様な運用ではなく、ブラッドとして運用する事を榊支部長は決めたらしい」

 

 マルドゥークの名に北斗は苦い経験を思い出していた。

 あの時は完全にこちらの力が足りなかった為に逃がした様な物で、状況を判断したのかマルドゥークが引き返した事によっては引き分けとも取れた。もし、あのまま続けていればどちらに命の天秤が傾いていたのだろうか。今でこそ血の力に関しては制御出来ているが、当時の状況下ではまともに戦う事が出来たのかと言われれば判断に迷う。

 今よりも戦闘経験が無かった為に、当時は完全に実力を読み切る事は出来ていない。しかし、ここに来て漸くあの戦闘力がどれ程なのかを何となくでも理解していた。少なくとも自分が対峙したアラガミの中では確実に上位に入る。今の実力でそれが本当に可能なのだろうか。そんな答えが出ない様な事を考えながら北斗はただ歩いていた。

 

 

「あの時はあれだったけど、今の俺達なら大丈夫じゃないのか?当時よりも成長してるんだし、実際に神機だってここに来てからは随分とバージョンアップ出来てるんだから、何とかなるだろ?」

 

「そうだな。神機はともかく、ロミオが言う様に、俺達も以前とは違うんだ。今回出没する様ならそのまま討伐するだけだ」

 

 今はまだ見えないアラガミを前に打つべき手が何も無い。しかし脅威が消え去った訳では無い以上、精神的にも厳しい日々が続くかもしれない。そんな考えを胸に秘めたながら、今後の状況に関しては今は何も手を打つ事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?アリサさんだ。何だか焦ってるみたいだけど、何かあったのかな?」

 

 警戒ながらのミッションは想像以上に精神的な負担を強いられていた。本来ならば気にする必要は無く、通常の任務をこなす様にすれば良かったものの、なまじ事前情報を聞いたばかりに過度な警戒がゆっくりと疲労感を伴いながら各自の身体へと蝕んでいた。

 これだけ目撃証言があるにもかからず、未だ発見すら出来ないのであればどこかに潜んでいる可能性も出てくる。通常のアラガミとは違った知性がそれを可能にしているのか、ブラッドも徐々に疲労感を隠しきれない所まで来ていた。そんな中でのアリサの珍しい動き。ナナの何気ない一言の瞬間、事態は動いていた。

 

 

「そうか……分かった。すぐに向かおう」

 

 慌てるアリサが目に留まっていたかと思った瞬間、ジュリウスの携帯端末が鳴り響いた。アリサの行動のちょきごなだけに全員の視線がジュリウスへと集まる。

 話の内容に関しては知らされていないものの、余りにも短い会話とその返答。僅か数秒のやりとりにも拘わらず、緊迫の度合いは高いままだった。

 

 

「ブラッド全員は直ちに支部長室に直行だ」

 

 ジュリウスの言葉に先程までの疲労感が一気に消え去る。少なくともここ極東で緊急的な招集があったとなれば、自ずと呼ばれた内容が何なのかは考えるまでも無かった。支部長室へ歩く速度が無意識の内に早くなる。全員の目には無意識の内に厳しさが宿っていた。

 

 

 

 

 

「疲れている所済まないね。実は今回来てもらったのは、現在建設中のサテライト拠点の件なんだが、現在進行形でアラガミからの襲撃を受けている。今はクレイドルと第1部隊を中心に出撃してもらってるんだが、実は厄介な事が起きてね」

 

「厄介な事ですか?」

 

「そう。実はサテライト建設予定に向かって現在赤乱雲が接近しつつあるんだ。それに伴って、今回フライアからその対策として神機兵の貸し出しの打診があったんだ」

 

 榊は敢えていつも通りの口調で話はするが、現在進行形で起きている襲撃が止む事はまず無い。仮に止むとすればゴッドイーターが討伐するか、それとも捕喰の対象となる物が全部無くなった時だけだった。本来であればすぐさま出動を要請するが、今回は何らかの含みがあったからなのか、何時も以上に丁寧に状況を説明していた。

 

「成程……確かに神機兵であれば赤乱雲でも影響はありませんね」

 

「話が早くて助かるよ。今回はその神機兵と一緒に出て欲しいんだ。ちなみに今回神機兵に関してだが、緊急事態である事と、万が一の赤い雨の際には殿となってもらう事も了承してもらっている。君達の任務の内容は、今生活している住人と近隣の住人の非難を第1優先として動いてほしいんだ。本来ならば君達にはもっと別の任務に入ってもらいたいんだが、生憎と人員が足りなくてね」

 

 榊の話の内容は緊急事態を示していた。サテライトは北斗達も実際に見ていた拠点でもあり、現在はそこにアラガミの襲撃も受けている。かだらこそ、アリサも慌てていた事を考えればどれほど緊急性が高いのかは全員が瞬時に理解していた。

 このままではあの拠点そのものが壊滅する可能性も高い。一刻も早い出動が要請されていた。

 

「今は緊急事態です。我々の都合は関係ありませんので」

 

「そう言ってもらえると助かる。済まないが宜しく頼んだよ」

 

「了解しました」

 

 榊の言葉に、全員が直ぐに行動を開始する。赤い雨の惨劇を知るからこその対処の早さ。誰もが直ぐに格納庫へと急いでいた。

 

 

 

 

 

「前方に赤い雲が確認出来た。赤い雨の対策を急げ。時間はもう無いぞ!」

 

 ジュリウスの号令と共に移動しながら現地の情報を瞬時に察知する。いくら一騎当千とも取れるクレイドルだとしても赤い雨の前にはどうする事も出来ず、完全に討伐すれば退避の時間が無くなる。その結果として住人の避難を最優先と考え誘導急務としていた。

 そんな中で近づくアラガミを討伐する為に神機兵と一緒に戦場へ行くブラッドが今回の作戦の肝とも言える内容だった。

 

 

「ジュリウス隊長。サテライト付近に強い偏食場パルスの兆候がキャッチされました。規模から想定すると感応種だと思われます。今はまだ距離がありますが、今後の動向に関しては未知数です。万が一の際には討伐も視野に入れて下さい。なお、現地の情報が更新され次第報告します」

 

 ヒバリの声がヘリの中に鳴り響く。この一言で最悪の事態に突入する可能性はあったが、今はそれを完全に相手にする事は困難とも考えられていた。

 いくら防護服を着た所で戦闘に巻き込まれればそんな防護服は簡単に破れてしまう。その結果待っているのは黒蛛病の感染。致死率100%の罹患はあってはならない結果ではあったが、今はそれ以上の最悪な事態を考えるのは難しかった。

 大規模な襲撃だけでも手に余る状況。追い打ちをかけるかの様な感応種の出現は、ある意味では厄介なミッションへと発展していた。

 

 

「アリサさん。我々も応援に来ました」

 

「ありがとうございます。今はアラガミの討伐に関しては一定以上の危機は無いと思いますが、それよりも今は赤い雨のからの非難が最優先です。アラガミの討伐もですが、今は地域住人達の退避を優先させて下さい」

 

「そうですか。しかし、我々もここに来る際に感応種の反応もキャッチしています。万が一の際にはこちらでフォローします。今はとにかく急ぎましょう」

 

「宜しくお願います」

 

 ジュリウスの感応種の言葉に、アリサも状況が悪くなることが予測出来た。だが、今は躊躇する様な暇はどこにもない。やれるだけの事をやるだけだと各々がそれぞれの場所へと散っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも赤乱雲の動きが早い。総員直ちにシェルターに退避するんだ!この場は神機兵に託す!」

 

 事前に予想された赤乱雲は予想超えた早さでサテライトの建設予定地へと流れ込んでいた。

 誰の目にも明らかな動きはまるで人々に襲い掛かる様にも思える程に禍々しく見える。ここまで来れば雨の対策よりも退避の方が早いと判断し、全員が近くのシェルターへと駆け込んでいた。

 

 

「ジュリウスで最後か?」

 

「ああ。ここは俺で最後だ。ブラッドβ聞こえるか。状況を報告しろ」

 

「こちらブラッドβ。小型アラガミと遭遇中。今は残り一体だけです」

 

 無線の向こうからシエルの事が聞こえていた。当初は退避していたのかアラガミの影はなかったが、どこからともなくサイゴートが襲いかかっていた。

 逃げ惑う人々をかわしながらの撤退戦はいつも以上に手間取っている。シエルの声に冷静さはあるが、それでも周囲から漏れる音は紛れもない戦闘音だった。銃撃の音が耳朶に響く。その瞬間、得も言われぬ感覚が胸中を過っていた。

 アナグラのレーダーに異常が無ければ突然のアラガミの出現は余りにも不自然すぎていた。ましてや、ここにサイゴートが単体で居るはずがない。そんな単純な事さえも気が付かなかった。何時もであれば気が付く可能性。だが、今は赤い雨の対策に追われた為に、それ以上の思考は中断していた。

 

 

「早く中央シェルターに移動するんだ。間もなく赤い雨が来るぞ!」

 

「了解しました。ブラッドβ直ちに行動を開始します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サテライト拠点での状況がフライアの元へと逐次報告されると同時に、ラケルもまたその状況をリアルタイムで見ているのか、視線は画面にくぎ付けになっているが、手元はまるで無関係だと言わんばかりにせわしなく動く。もし、この場に誰かが居たのであれば、今のラケルの目に映っているのは神機兵の行動を確認してるのだとその時は誰もがそう思える様子だった。

 

 

「雨は降り止まず、時計仕掛けの傀儡は来るべき時まで眠り続ける」

 

 まるで呪文の様につぶやきながらもラケルは端末から手を放す事は無い。まるでそれが何かの合図であるかの様に一つの図面と思われる何かを見ながら最後のキーを無慈悲に叩いた。 小気味良い音だけが室内に響く。その後に起こる未来は最早必然だった。機械仕掛けの人形は突如として停止する。ラケルの目に映る光景は予定調和だった。

 

 

 

 

 

「フライアから緊急連絡!全ての神機兵の稼動が停止しました!原因は不明。繰り返します。すべての神機兵は停止しました!」

 

 悲鳴の様に通信は現場の確認へと繋がっている。突如として停止した神機兵の影響で命令系統が混乱しているのはフライアだけではない。現地でも突然の神機兵の停止によって退避の方法の変更が余儀なくされると同時に、今度は赤い雨ではなくアラガミとの競争となっていた。

 

 

「どうなってるんだ!神機兵が止まったままだぞ!原因不明なんて冗談じゃないぞ!」

 

「文句を言う暇が合ったら早く全員を非難させろ!赤い雨が来るぞ!」

 

 各地の混乱はピークとなっていた。前提条件が崩れるだけではなく、その場に居る全員の命の担保が消し飛んだ事に動揺は隠しきれなかった。

 かろうじてクレイドルや第1部隊の居る所だけが何とか平常を保とうとしているが、それはあくまでも一部だけの話。全体をコントロールするには時間が圧倒的に足りなさ過ぎていた。焦る事によって戦場は混沌と化す。その原因となった神機兵は未だピクリとも動く気配は無かった。

 

 

 

 

 

「人もまた自然の循環の一部なら人の作為もまたその一部。そして……やはり貴方が王の為の贄となるべき存在だったのね……ロミオ」

 

 まるでその混乱を楽しむかの様なラケルの姿は誰の目にも留まらない。ラケルが見ている端末には既に脅威となるべきアラガミの姿が確認出来ている。このままではどうなるのかは誰の目にも明らかだった。

 

 

「全員確認したか!早く名簿と照合するんだ!」

 

 珍しいジュリウスの怒声と共に人員の確認を急ぐ。混乱の極み中にいても最低限の確認が出来た事はまさに僥倖とも取れた。しかし、それが更なる追い打ちをかける事になった。

 

 

「ジュリウス!北の集落の人達がまだ居ない。爺ちゃん達がまだ来てないんだ!俺、ちょっと行ってくる」

 

「待て!ロミオ!」

 

 ロミオが叫ぶ頃には既に赤い雨はポツリポツリと地面を赤く濡らしだす。この時点で防具を持たないのであれば黒蛛病に罹患する可能性が極めて高く、これ以上この場に留まるのは危険だと判断されていた。

 そんな中、事前に用意してあった防護服を身に纏うと同時に、ロミオは未だ来ていない人間を捜すべく外へと走り出していた。想定外の事態はこれだけに留まらない。まるで嘲笑うかの様に新たな情報が飛び込んでいた。

 

 

「ブラッド隊!聞こえるか!」

 

「こちらブラッド。どうしたんだ?」

 

「ノースゲート付近に白い大型のアラガミが来ている。このままだとここは持ちそうにも無い。至急援護を頼む!」

 

 赤い雨が降り出すと同時に、まるでこの場を待ち構えていたのか白いアラガミの情報が飛び込んでいた。ロミオは捜索に神機を持って出ているが、ノースゲートに現れた白いアラガミは恐らくマルドゥーク。このまま遭遇すればどんな状況になるのか、考えるまでも無かった。

 

 

「ジュリウス!」

 

「北斗。ここは俺が行く。この場はお前に任せる。後は頼んだ!」

 

 ジュリウスもまた、防護服を着込むと同時に神機を片手にロミオの後を追う。北の集落の人が避難するなら恐らくそこから来るはず。先程届いたアラガミの一報はノースゲートであれば、恐らくはロミオもそこに向かっている。

 今はただロミオの無事を祈りながらジュリウスは全力でロミオの元へと走る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロミオ。貴方はこの新しい秩序をもたらした者の礎になる。貴方のおかげでもう一つの歯車が回り始めると共に新たに時計の針が加速する。

 貴方の犠牲は世界を統べる王の名の元に……きっと未来永劫語り継がれて行く事になるでしょう。おやすみロミオ。新しい秩序が誕生するまで暫し眠りにつきなさい」

 

 無機質とも冷淡とも取れるラケルの笑みは消える事は無かった。それどころか新たな何かが誕生する事を祝うかの様に…まるで子供の様な無垢な笑顔の様にも見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「畜生!なんでこんな時に!お前ら邪魔なんだよ!」

 

 いち早く現地に着いたロミオは絶望しそうになっていた。そこには白いアラガミでもあるマルドゥークだけではなく、ガルムやサイゴートまでもが居る。最早この場所は死地と同じだった。

 先程のサイゴートは斥候だったのかもしれない。そんな考えが脳裏に浮かぶも今のロミオにはそこまで冷静に考える事は出来なかった。

 本来であればこれだけの数の討伐は1チームでやっても厳しい結果しか生まない。ましてやその中の一体はあの時北斗と対峙したと思われる個体。あの時に傷を付けた部分がまるでそうだと言わんばかりにその存在感を放っていた。

 

 

「お前ら巫山戯んじゃねぇぞ!」

 

 ロミオは自分の今出せる最大の力でヴェリアミーチを振り回す。つい最近も同じガルム種を討伐した際にもそうだったが、この種はやたらと動きが早く、その結果としてバスターの様な大ぶりの神機は空振りに終わる為に相性が悪かった。

 これが仮に単独で受けたミッションであれば、ロミオとて安易に振り回す事はしない。しかし、この赤い雨が降っていると同時に、まだ老夫婦を見てなかった事が焦りを生む要因となっていた。

 そして、今回の攻撃をまるで決められていたかの様に大きな隙を作り出す最大の要因とした様に、ガルムは大きく跳躍し、ロミオの神機は完全に空を斬っていた。

 

 

「しまった!」

 

 ロミオはその瞬間、自身の身体が衝撃と共に大きく空中へと飛ばされていた。空振りの隙を狙いすましたのか、ガルムの太い前足はロミオの身体をいとも簡単に空中へと浮かび上がらせている。不安定な空中では移動する事も態勢を整える事も出来ない。

 今はただ、何も出来ないままに僅かでも抵抗する為に必死に動かそうと努力をしていた。

 

 

「ウォオオオオオオン!」

 

 まるで何かの合図の様にマルドゥークが遠吠えを出すと同時に全力で放り出されたロミオへと突進する。避ける事も防ぐ事も出来ないままロミオはそれを受ける事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロミオ!!!」

 

 全力で現場へと走ったジュリウスの目の前には空中に飛ばされたロミオに向かってマルドゥークが飛び上がり鋭い爪を向けていた瞬間だった。今のままではロミオの命は簡単に消し飛ぶと判断したジュリウスは自身の神機を銃形態へと変形させ、全弾を打ち尽くすかの様にマルドゥークへと撃ち放っていた。幾度となく発生する轟音。だが、その後に続くはずの音が発生する事は無かった。

 移動する個体に向けての射撃に精密さはなく、何発かは着弾したもののそれを意にも介さず鋭い爪をロミオを襲っていた。

 

 

「とにかく防ぐんだ!」

 

 ジュリウスの悲鳴の様な声が届く事は叶わなかった。マルドゥークの鋭い爪がロミオの身体を簡単に引き裂く。それと同時に防護服は破れ、胸から腹にかけて三本の大きな赤い筋をロミオの身体に刻み付けると、今度はまるでゴミでも捨てるかの様に刻み付けたロミオの身体をジュリウスの元へと弾き飛ばしていた。

 

 

「ロミオ!」

 

 飛ばされたロミオの身体は猛スピードでジュリウスの元へと飛ばされるがギリギリの所でキャッチした瞬間だった。死角からのガルムの前足が今度はジュリウスを弾き飛ばす。それと同時にロミオの身体はその場に落ちていた。

 

 

「ジュ…リ…ウス……」

 

 落下の衝撃で気がついたのか、ロミオの目の前には赤い雨に打たれ横たわったジュリウスの姿があった。何時もであれば絶対にこんな光景はありえない程に。僅かに見開いたロミオの目に映る光景は性質の悪い冗談の様だった。ジュリウスの身体は動く事は無い。こんな無残な姿にロミオは静かにキレていた。

 

 

「お前ら!よくもジュリウスを!」

 

 刻まれた三本の線状痕からは血があふれて止まらない。既に弾き飛ばされた事で全身の至る骨には皹が入り、内臓のいくつかも恐らくは衝撃で破裂しているのか、多量の血を吐いた事で口の中には鉄錆の臭いが充満していた。思考が怒りによって真っ赤に染まる。ロミオは自身の肉体の限界を超えた動きを見せていた。

 この一撃が恐らくは自身の運命を決めるのだとロミオは本能的に判断していたのか、無意識の内にヴェリアミーチを上段の構えへと運んでいく。神機がまるで自分と融合したかの様な感覚と同時に、既にいくつかの臓器や筋肉は動く気配すら感じられないにも関わらず、全身の細胞がこれか何をすべきかと訴えるかの様に活性化していた。これまでに感じた事が無い程のオラクルの奔流。ロミオの思考は完全に飛んでいた。

 

 

「このまま消え去れ!」

 

 その場には何も無いはずの所に向かって大きな一撃を地面に向かって振りかざす。その大きな一撃は直撃する事はなくても赤黒い光がその先へと放出されていた。

 

 

 


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