神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第152話 善意の策略

 

 

 

 極東の一大イベントでもあったFSDの喧噪は、まるで嘘だったのかと思う程に翌日のアナグラは何時もと変わらない日常に戻っていた。あまりの変わり映えに今までやってきたのは現実だったのかと思う程ではあったものの、完全に切り替わった訳ではなかったのか、会話の所々に話の種として残っていた。

 

 

「どうやら大変だったらしいな」

 

「その一言で片づけられるにはちょっと抵抗があるな。あれは正直な所二度とゴメンだと思う」

 

 帰投の待機ともなればそんな話も出てくるのか、それともフライアに籠っていたから情報確認なのか、ジュリウスは北斗と一緒にミッションに出ていた。

 当初から予定されていたミッションの為に、難易度はそう高くない。本来であれば4人チームでの出動にも拘わらず、今回に関しては2人だけとなっていた。アラガミの強度が低い為に討伐そのものに問題は無い。既に準備が終わった今、それなりの時間を余した結果だった。

 そんな中での感想の一言。ジュリウスの言う大変と北斗が体験した大変には言葉としては違いは無いが、実情を見ればとてもその一言では言い表せない何かが存在していた。

 

 

「まぁ、それもだが、ロミオの件も済まなかった。やはり俺では解決出来なかった可能性が高いと感じている。北斗に任せて正解だったのかもしれないな」

 

「その件は俺は何もしてない。ロミオ先輩が勝手に自分で結論付けただけで、その結果にしか過ぎないと思う。ジュリウスは俺の事を買い被りすぎだと思うぞ」

 

 今は誰も居ないからなのか、珍しく弱音とも取れるジュリウスの言葉北斗は驚いていた。だが、ジュリウスとて普通の人間である以上、無理に持ち上げる必要はない。誰にだって苦手な事の一つや二つはあるからと、そのまま何気ない話のまま会話は続いていた。

 

 

「で、フライアの方はどうだったんだ?」

 

 事前の情報ではジュリウスとフランが担当しているとは聞いていた物の、詳細については何も聞いていなかった。元々フライアで先行開発された神機兵について北斗は知識を殆ど持ち合わせえていない。ジュリウスが仮に説明した所で、理解出来るのは半分にも満たない程でしかなかった。

 実際には聞いてもどうしようも無い程に時間が無かったのと同時に、やはりアラガミ討伐では無い為に何かと精神的な疲労の方が大きかった。ゴッドイーターと神機兵は対アラガミに対しての方向性は一致しているが、それ以外は真逆の路線を歩いている。ブラッドの設立を考えれば最低限必要な知識ではあるが、北斗からすればそれは余分な知識だと位置づけていた。当然ながら何も知らないと同じレベル。

 そんな事もあってか、ここで落ち着いた事でフライアの話を聞いてみたいと思った結果でもあった。

 

 

「フライアは他の支部の上層部の人間がしきりにグレム局長と何か話していたな。恐らくは実戦配備される日程や開発の調整が主だった要件だろう」

 

「ひょっとして、そんなんばっかりなのか?」

 

「そうだな……殆どがそんな所だろう。ただ、今は黒蛛病の治療方法の確立態勢が急務だから、どちらかと言えば神機兵に関してはラケル先生が推し進めている有人型よりも九条博士の無人型神機兵の開発の方が一歩優先と言った所だな」

 

「九条って誰だ?」

 

 北斗の何気ない一言にジュリウスは北斗の特性を思い出していた。

 基本的に自分以外の事に関しては、ほぼ覚える気が無いからなのか、無関心とも考える事が出来る。これほどまでに人の手が介在しないとやっていく事が出来ない神機兵の開発にも関わらず、こうまで無関心となればある意味考えすぎるキライがあるジュリウスにとっては羨ましいとも取れた。

 

「神機兵の説明の際に一人居ただろう?」

 

「そんな人……ああ、あのヒョロッとした、すぐにへし折れそうな人か……」

 

「……どんなイメージを持って居るのかはともかく……まあ、今は良い。北斗がイメージするその人だ」

 

 神機兵の試験運用の際に居た顔色の悪い人間が何となく居た様な記憶はあった。だが、北斗が覚えているのは精々針金みたいな人間が白衣を着ている程度の認識しかなく、顔もほぼ覚えていない。印象があったのはこれまでに見た事が無い印象があったからだった。

 確かにゴッドイーターからすれば神機兵の存在は複雑な思いが出てくる可能性が高く、ましてや同じフライアの中であっても一緒にミッションに出たのはあの時だけ。北斗からすれば覚える必要すら無いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗、丁度良かったです。実は先程フライアへの帰還要請が出ましたので、一旦フライアに戻って欲しいとの事です」

 

 ジュリウスとのミッションが終わった矢先に待っていたのはシエルだった。帰って早々に何の用事なのか思い当たる物は何も無い。仮に事前に分かっているのであればジュリウスが知っている為に話には出たはず。にも関わらず帰投の際にもそんな話は何も出ていなかった。

 

 

「ブラッドに出たのか?」

 

「いえ、北斗だけです」

 

「俺だけ?」

 

 シエルの言葉が理解出来ない。ブラッド全員であればまだしも、何故自分だけなのかが理解に苦しむ。今はとにかく帰還命令が出ている以上、その言葉通りにする以外に何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、忙しいのにごめんなさい。実は今回来て貰ったのは榊支部長と紫藤博士の助言から、ここで発生している赤乱雲の発生と規模が予測できる様になりました。その結果、今までは予想出来なかった非常事態の可能性も考慮して神機兵の強化と教導は一旦棚上げしていましたが、今回の件を機に再度神機兵のプジェクトを進めようと考えています。

 それで貴方にはその強化の為のお手伝いをお願いしたいと思いますので、必要な任務はフランから聞いて下さい」

 

「あのラケル博士。質問良いでしょうか?」

 

 突然呼ばれた内容は神機兵に関する任務だった。アナグラで聞いた際には自分だけがここに呼ばれているとシエルは言っていた。本来であればジュリウスが率先して動くと思われていたが、今回の件に関してはなぜか自分だけ。

 呼ばれた真意が分からない以上、聞ける範囲で確認したいと北斗は考えていた。

 

 

「構いませんよ。どうかしましたか?」

 

「何故、自分なんでしょうか?重要な案件の様に聞こえました。それならばジュリウスの方が適任なのでは?」

 

「今回の任務はそのジュリウスから推薦がありました。どうやら北斗は今一つここの役割を理解していない可能性があるとの事でしたので、今回は説明だけではなく、実際に任務に入ってもらった方が手っ取り早いと考えた結果です」

 

「それは……」

 

「別に貴方の事を責めるつもりはありません。確かに貴方が入隊してからは直接携わる事はほぼありませんでしたから。ですが、副隊長である以上はそれなりの概要だけでも知っておいた方が、今後の為になると思いますので」

 

 ラケルの驚愕の一言は先ほどまでジュリウスと話をしていた内容そのままが伝わっていた可能性が高かった。あの時点ではどこにも通信していた素振りは微塵も無く、ラケルの話の内容は先ほどまでの話の内容と丁度一致する。抗弁しようにも事実でしかない為に、ラケルの言葉に頷くよりなかった。

 内心膝から崩れそうな雰囲気があったものの、既に決定している事に対して反論する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランさん。久しぶりですね」

 

「確か……饗庭さんでした?」

 

 久しぶりに戻ったものの、極東に慣れ過ぎたからなのか、北斗はどこか落ち着かない素振りで改めてカウンターのフランの元へと移動していた。気軽に挨拶したまでは良かったものの、どこか他人行儀な言い方に北斗は内心焦りを生じていた。

 

 

「えっと……ひょっとして忘れられてます?」

 

 恐る恐る話かけたまでは良かったが、他人行儀な反応をされた事でここからフランの言動が一切予測出来ない。背中に嫌な汗をかきながらも北斗は平静を装っていたが、まさか完全に忘れ去られたのかと内心は穏やかでは無かった。

 

 

「フフッ。冗談ですよ北斗さん。お久しぶりですね。活躍の程は聞き及んでますから。先だってのFSDでも大活躍だとか」

 

 先程までの冷淡な雰囲気は消え去り、極東に行く直前のフランが戻ってきた様にも見えていた。極東に行っていたのは僅かな時間にも関わらず、まるでここに来たのはかなり久しぶりの様にも感じていた。ミッション一つとってもフライアでは感じる事が無かった手応えは、北斗の中でもかなり満足できる程。決して戦いに明け暮れてる訳ではなかったが、それでも何となく人の気配が少ないここよりも、極東支部の空気の方が北斗には合っていた。

 それ程までに極東支部で過ごした時間が濃密であった事が、フランの言葉によって不意に理解出来ていた。

 

 

「活躍も何もただの警備ですよ。それならギル達の方が大変だと聞いてますよ。ここでもフランさんがジュリウスと一緒にアテンドしていた事も聞いてます」

 

「今回の件に関しては私は大したことはしていません。実際に来ているのも各支部の上層部だけですから、特に困った事も起こりませんでしたので」

 

 ジュリウスの話から察するに、恐らくは詰まらない話なのか、それとも堅苦しい話なのかと予想していた。来るべき対象の人間が違えば、そこは全くの別世界となる。だからこそ極東支部での内容とフライアの内容に大幅な食い違いが出るのはある意味当然だった。

 

 

「フランさんも次回はこっちに来ると良いかもしれませんね」

 

「シエルさんとナナさんの件でしたら、私も映像を拝見させて頂きました。あれは…流石に私には真似出来ません」

 

 映像化の話は噂程度で知っていたが、フランが見たのであれば間違いなく映像化されているのは確実だった。この件に関してはこれ以上首を突っ込むとトバッチリを食らう可能性が高いと判断した北斗は、笑ってごまかす以外の事は何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が今回の協力してくれる人物……ああ、確か君は以前に無理やり乗り込んだ人だね?今回は無人運用の件でだから、あの時の様な馬鹿な真似はしないでほしいね」

 

 何気に当時の相手は記憶していたのか、開口一番の台詞が既に嫌味に聞こえている。顔も覚えていない人間に言われた所で特に気にするつもりは微塵も無く、当時はただシエルの安否を優先した結果としてその場にあったのがそれなだけで、それ上の考えは何も持っていなかった。開発の状況を知った所で自分には何の関係も無い。少なくとも北斗はそう認識していた。

 

 

「はぁ。了解しました。で、やるべき事とは何でしょうか?」

 

 九条の話はまるで何もなかったかの様にそのまま進める。実際に北斗自身に神機兵についての感慨深さや、現状に関しては一切の興味を持つ物はどこにも無い。今はただ任務だからとそれだけの為にここに来たんだと言わんばかりに話を進める事にしていた。

 

 

「これで神機兵の開発がまた一歩進むだろう。君もご苦労だったね。僕の口からラケル博士には伝えておくよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 出された任務は北斗でなくても問題ない様な内容だった。今回の件はジュリウスの言葉通り、北斗の神機兵に対する関心の無さを憂いた為に敢えて用意した任務だった事から早々に解放されていた。アラガミの素材だけでなく、一部、北斗の戦闘データも取られている。実際にそれを見たからと言って何が進むのかは分からない。少なくとも自分に影響が無いのであれば、気にする必要は何処にも無かった。得られたデータに満足したからなのか、九条は気にする事無く、自分の研究室へと帰路に就く。

 これが一体何を指し示すのか関心を持つつもりが毛頭無いのか、北斗は何も無かったかの様にそのままアナグラへの帰路についていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「九条博士。内密にお願いしたいのですが」

 

「内密に……ですか?」

 

「はい。内密にです」

 

 ラケルは人払いが済んだ研究室で、九条に対して一つの制御装置を渡していた。機械じかけの神機兵の一番の問題点でもある制御装置。単なるロボットの様に決められた動きだけをするのではなく、もっと人間に近い動きをさせるにはかなり高機能な処理が要求されてくる。

 今までラケルとレアが開発を一旦中断する事を決めた際には九条はここがチャンスだと今まで以上に研究に没頭していた。しかし、その研究に関しては人間的な動きとそれを探知する能力、そしてそれを思考すると同時に行動に移すとなれば一瞬にして膨大な計算をする事が急務とも言えた。

 実際に人類が当たり前の様に出来るからと言って、その全てを十全に理解している訳では無い。ましてや二足歩行型のそれを作ろう物ならば、単純な動作だけでなく、戦闘時の動きが重要だった。幾らゴッドイーターを使わないと触れ込んだ所で、肝心のそれが動かないのであれば、無意味でしかない。その為に、九条は日夜苦労を重ねていた。

 これが搭乗型であれば搭乗者の操作でカバーできる。だが、それが出来ない以上、その部分が開発の肝となっていた。

 

 これに関しては以前の運用の際に空間把握能力の欠如とも言えるバグによって開発は一時頓挫しかけるほどに困難な状況となっていた。最悪の事態でもある人的被害は0だったが、その結果として局長でもあり、出資者でもあるグレムは九条に大きな失望をしていた。導入が決まっているのであれば投資した分の回収が可能となる。だが、失敗に終われば回収は不可能だった。そうなれば自身の将来にも多大な影響を及ぼす。

 北斗は気が付かなかったが、実際に運用のメドは大筋決まっているにも関わらず未だ開発中となれば、今度は多額の出資をしているグレム以外の人間からも何を言われるか分からない。そんな焦りが九条の思慮と視野を狭めていた。

 

 

「こ、これは……新しい制御装置。しかし、なぜこれを私に?」

 

「同じ開発の志を目指す物としては一定以上の結果をそろそろ求められる時期になりつつあります。今回の制御装置に関しては姉は一切何も知りえません。勿論、唯一の身内である以上は当然有人型を優先するのが当然ですが、最悪この計画そのものが凍結される位ならば、今はある程度研究が進んでいる九条博士の方を推し進めるのが最上だと判断しましたので。

 これで人類のアラガミに対する時計の針が大きく動きます」

 

「まさか、その様に考えていたとは……」

 

 九条はラケルからもたらされた制御装置に心を奪われたかの様に、内容をひたすら確認している。ラケルの話は聞きはしたが、その表情は見ていない。もし、ハッキリと見ていたのであれば、その顔は一体誰に向けての表情だったのだろうか。九条がそれを見逃した以上、ラケルの考えを知る術は何も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?随分と早かったね。久しぶりのフライアはどうだった?」

 

「ジュリウスにやられたよ。あれなら誰でも問題無い任務だった。でもナナはどうしてここに?ミッションじゃなかったのか?」

 

 当初の予想よりも早い帰還にロビーにいたナナが駆け寄っていた。既に他の人間はミッションに出ているのか、人は随分と少ない。そんな中で、ナナだけがここに居るのが不思議だった。

 

 

「私はさっき帰って来た所だよ。今は偶々ここに居ただけ」

 

「そっか。そう言えばフランさんから聞いたんだけど、あのショーの映像見たって」

 

「えっ……」

 

 北斗の何気ない一言にナナは固まっていた。映像化の話はナナも聞いていたが、その後の話は何も聞いていない。寝耳に水だと言わんばかりにどうすれば良いのか思考が停止した様にも見えていた。

 

 

「フランちゃんが言ってたの?」

 

「ああ。私には真似出来ませんってね。詳しい事は知らないけど見たならあるんじゃないの?」

 

 北斗の言葉に何をどうすれば良いのか判断する事が出来ない。まずはシエルに相談した方が良いのだろうか。それともこの話を他の人間は知っているのだろうか。そんな考えだけがナナの頭の中をグルグルと駆け巡る。だが、生憎とナナの感情を満たすだけの案は浮かばなかった。だとすれば、自分以外の知恵を借りるしかない。何かを思いついたのかナナはどこかへと走り去っていた。

 

 

「ヒバリさん。ナナはどうしたんですか?」

 

「さぁ?私にはサッパリですけど、気持ちは分からないでもないですね。でも多分無理だと思いますよ。だって取り仕切ってるのが弥生さんですから、果たして映像だけで済めば良いんですけど…」

 

「何かあるんですか?」

 

「特に変な事はありませんよ。ただ、経験が無い中での事なので、焦ったんだと思います」

 

「って事はヒバリさんは?」

 

「お察しの通りですよ」

 

 ヒバリの一言に全部察したのか、北斗はそれ以上の言葉は何もでなかった。

 ヒバリに関しては既に諦めの境地だったのか、どこか遠い目をしたままだった。ヒバリの言葉通りの結果だったのか1時間後にはナナだけではなくシエルも同じ様にうなだれたままラウンジに姿を見せる事になっていた。

 

 

 

 


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