神を喰らいし者と影   作:無為の極

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2015年7月2~3日に掲載された 『ゴッドイーター5周年記念&アニメ放送記念 合同短編集』で掲載した物の再録と同時に加筆修正した物になります。




番外編9 祭りの後

 異様とも取れたFSDは大盛況の内に幕を閉じていた。

 結果的には当初の見込んだ売上を大幅に超えた事に上層部、特に榊の表情は珍しい程の笑みを浮かべていたが、それとは対照的に無明とツバキの表情は微妙な物となっていた。

 売上そのものに関しては当初の計画を上回った為に、本来であれば何も問題は無かったはず。にも関わらず、こうまで微妙な表情になったのはある意味当然の事だった。

 

 

「しかし、極東の住人は何を考えているんだか。少し頭が痛くなりそうだ」

 

「でも、結果的に売り上げにも大きく貢献できたんじゃないのかな。我々の当初の目的もしっかり果たせてるのであれば問題ないと思うよ」

 

 ツバキの疑問に対して榊は淡泊に答えるだけに終わっていた。言葉の通り、ツバキの頭痛の種はそこにあった。

 着物や服の売り上げだけで当初の収益を大幅に超えていたのではなく、問題だったのは、その副次的な内容だった。今回の売上で一番貢献したのは、有償のカタログ。単なるカタログなら問題無かったが、そこには事前に誰が何を着るかと言った簡単な物がグラビア印刷と共に紹介されていた事だった。

 

 このカタログに関しては、当初、予定には全く無い物だった。集客力がイベントだけであるのは分かっていたが、問題なのはそれがその先にどれだけ繋がるのか。ショーだけでも一応は成功と呼べるかもしれない。だが、上層部が期待するのはその売上。

 ショー当日はそれ以上の点数が出ていたが、事前に何をするのかが分からなければ売上は危ういと考え、弥生が急遽参加者全員を説得。その結果として様々なポーズで撮った事から、それがある意味お宝的なグラビアとしての意味合いを招いた結果だった。

 

 

「ツバキさんの気持ちは分からないでもないが、我々の想定した金額を超えたのであれば良しとした方が良いんじゃないか?」

 

「それを言われれば確かにそうなんだが……だがな……」

 

 ツバキとて無明の言い分には理解できる。しかし、これとそれは別物では無いのだろうか。そんな考えがあった。ゴッドイーターの職種を考えれば、ある意味見世物を良しとは言えない。今回の件に関しては、当初弥生からの提案には確かに許可したのは自分だが、まさかこんな結果になるのは想定外。

 恐らくは各個人にも多大な負担がかかるのではないのだろうか?そんな懸念がツバキにはあった。

 

 

「事実、予算はあればあるだけ困る事は無い。サテライト計画を推進する以上は、我々だけの手弁当では無理がある。勿論、本部にも陳情はしている。だが、そう簡単に予算が下りない以上、ここは妥協するしかない」

 

「そうだな………」

 

「それに弥生が主導するんだ。嫌々なんて事は無いだろう。その恩恵でサテライト計画を回す事が出来るんだ。感謝する程度で良いだろう」

 

「確かにそれは道理だな」

 

 無明の言葉は事実だった。実際に極東支部だけでのサテライト計画は予算的には随分と厳しい物があった。一番の要因は最初に作るのが純粋な居住空間だけでなく、食料プラントの製造も入っている事だった。

 実際にアナグラや外部居住区への配給に関しても、本当の事を言えば潤沢とは言えない有様が続いている。そんな中で新たに生命を守るとなれば、そのしわ寄せが必ずどこかに来るのは明白だった。

 既にこの環境に慣れた人間であれば、些細な事でも気に障るかもしれない。この極東支部もまたアラガミ防壁を破られる事がある以上、楽観視は出来なかった。そんな中での新たな資金獲得は支部にとっても最重要課題。ツバキもまたそれを言われると弱い為に、それ以上は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年もか~。何で俺にはこう……もう、いいや。考えるだけ無駄だな」

 

 ラウンジでは第一部隊長でもあるコウタが人知れずしょげている光景がそこにはあった。気が重くなる原因はテーブルの上に置かれたダンボール。その中身が何なのかを理解したが故の言葉だった。

 FSDは基本的には神機使いと話をした事が無い人間が多く来場する事もあってか、その後に何かと手紙やメールが多数届く。もちろんプライバシーの関係上、各個人に対して直接届く事はないので、この時期に関してだけは個別用の暫定アドレスが公表され、それを職員が振り分ける作業に追われる事が多かった。

 メールだけならそれ程問題にはならない。だが、手紙の様に郵便物となれば話は別だった。誰の目にも必ず留まるかの様に段ボールに沢山の手紙が入っている。人気のバラメーターと言える程に誰の目にも明らかに分かる程だった。

 

 

「どうした?また子供からしか来なかったと嘆いてるのか?」

 

「なんだソーマか。その通りだよ。何で俺にはこう……言ってて自分が情けないから、これ以上は止めとく」

 

「そんな事は3年前から今更なんだろ?一々気にするからこうなるんだろうが」

 

 コウタのしょげた原因は正にそれだった。当時に比べればコウタも落ち着きが出てるが、どうしても外部居住区の近所に住んでる人間からすれば、当時から何も変わっていないと思われているのか、そのイメージを引きずったままだった。面倒見が良いお兄さん。ノゾミのお兄さん。イメージは完全にそこで終わっている為にコウタが望むべき結末には程遠かった。

 

 

「ソーマこそ、どうなんだよ?」

 

「俺の事はどうでもいいだろうが。何で一々そんな事を気にするんだ?」

 

 コウタとてこの状況に甘んじたいと考えてはいないが、それでも他人の評価が気になる。目の前に居るソーマに確認をせずにはいられなかった。

 

 

「どうせ、何言っても無理なんだろ?ほら、これが俺に届いた分だ」

 

「なんでソーマに………これが顔面偏差値の結果なのか」

 

「阿呆。そんな訳無いだろうが。それにこれは一過性も物だ。気にするだけ無駄だ」

 

 簡単に確認できる物と言う事で、ソーマは個別に届いた内容をコウタに見せていた。当初は何をどう突っ込もうかと考えていたが、見れば見る程顔色だけは悪くなる。

 ソーマはまだ何も確認してなかったからなのか、内容は何も知らない。しかし、コウタの表情がそんな内容に関して雄弁に物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがハルさんが言ってたやつか……」

 

 コウタとソーマの反対側でギルもまた戸惑っていた。ハルオミに以前に言われた言葉がここにきて漸く理解出来ていた。そもそもギルは何か目立った事をしたつもりは何も無い。ただ焼きそばを焼いていただけにも関わらず、送られたメールの内容は好意の塊だった。

 

 

「ギルの所はやっぱり多いな。何々…キリッとした顔が素敵でした。私と是非一度……ギル。ふざけるなよ」

 

「ロミオ、なんで声に出すんだ。一々そんな事を口に出して読み上げるな。それに俺がそうした訳じゃねえんだ」

 

 背後からの音読に驚いたのか、ギルは一度開いた画面を直ぐに消し、直ぐに振り向く。声の持ち主でもあるロミオを睨みつけていた。

 

 

「情熱的な文章じゃん。メアドもあったから、これを機に考えてみたらどう?」

 

「俺なんてまだまだ。ここでは半人前も良い所だぞ。どうせ冷やかしか何かじゃないのか」

 

「ギル。女性からの想いを伝えるのは勇気が必要な事です。蔑ろにするのは送ってきた女性に対して失礼なのでは?」

 

 シエルの唐突なツッコミにギルとロミオは驚愕の表情をしていた。今まであればこうまで会話に食い込む事は無かったが、今日のシエルはどこか何時もとは違っていた。

 何時もであれば冷静な判断を下すにも関わらず、今のシエルの表情には困惑と言う言葉がピッタリの表情を浮かべている。一体何がシエルのここまでにするのか理由が分からなかった。

 

 

「シエルちゃん大変だよ。この前のショーの写真集が発売されてるって話、知ってた?」

 

「ええ知ってます。と言うよりも私の所にもそんな内容のメールがきてましたから。ショーだけでも困ってるんですが、まさかここまでやるとは想定外でした」

 

 以前にヒバリが何気なく放った一言が思い出されていた。『ショーだけで済めばいいんですが』の言葉が脳裏に蘇える。冷静に思い出せば、あの時のヒバリの表情はまさに諦観の表情。その意味をここで体験するとはシエルもナナも思っていなかった。精神的な疲れが二人を襲う。既に回避出来るだけの手段が無い為に、この状況に耐えるより無かった。

 

 

「そう言えば、これ、私の所にもかなり来てたんだよ。全部見てないんだけど、こんなに沢山。どうしよっか?」

 

 ナナの所に来ていた件数はギルやロミオの件数を大幅に超えていた。シエルも何気に見れば同じ位来ている。まさかとは思うが、これの全部に返事を出そうと考えれば任務のレポート以上の労力が必要となる。人の機微に疎いシエルからすれば、これは有る身では難解なミッションと同じだった。

 この現状を打開するにはどうすれば良いのだろうか?そんな事を考えはしたものの、有効的な策が何一つ浮かばない。そんな考えが2人にはあった。

 

 

「そうだ。アリサさんなら何か良い手があるかも!」

 

「そうですね。一度確認した方が良いかもしれませんね」

 

 先ほど任務から帰ってきたのか、クレイドルをロビーで見かけた記憶があった。今はどんな些細な事でも重要な対策になるかもしれない。そう考え2人はアリサが居るであろうロビーへと急いでいた。

 

 

 

 

 

「あれ?どうかしたんですか?」

 

「実はFSDの件で大量のメールが届きまして、どうすれば良いのかと…」

 

 任務帰りのロビーには珍しくシエルとナナがアリサを待っていた。理由についてはともかく、先ほどのFSDの言葉にアリサも何となく納得した部分があった。

 

 

「ああ~それですよね。私としては毎回の事なんですけど、合同で謝辞を述べてますね。全員が全員、何かを期待して送っている訳ではありませんから、私はそうしてますよ。と言うか、私の事よりももっと重要な事があるので、それ所では無いんですが……むしろエイジ宛に来た物をどうするのかが先決なので……やっぱりここは……まさかあれが…やっぱり処分でしょうか…」

 

 アリサはどこか遠い目をしながらも、自分の事よりももっと大事な事があると言っているが、言葉の端々に不穏な単語が少しづつ並んでいる。この時点で2人には何となくエイジの事だと想像は付いているが、それを口に出せば確実に自分達にトバッチリだけが待っている未来しかなかった。

 

 

「ナナさん。ここは一時撤退を」

 

「……そうだね。その方が良いかも」

 

 これ以上の事は一旦時間を空けてから再度アリサに確認した方が良いだろう。今はそんな事よりもこの場をいかに戦略的撤退するかに全力を注いでいた。

 

 

 

 

 

「流石に量を全部こなすのは無理だよ。やっぱりアリサさんが言ってた様にするのが無難じゃないのかな」

 

「そうですね。この調子だと私達もミッションにまで影響が出る可能性がありますので、それが最良かもしれませんね」

 

 結果的には、シエルとナナはアリサが言っていた案を採用する事にしていた。とてもじゃないが、この日一日だけ来る訳では無い。この後アドレスは1週間程ある以上、一つ一つを確認する事は出来なかった。

 ロミオに関しては、何か真剣に考えているのか、送られた物をじっくりと呼んでいる。ギルに関してはいくら突っ込まれようとも軽く流し読みし、最終的にはシエルやナナと同様に全体としての謝辞に留まっていた。

 

 

「皆大変そうだな」

 

「そう言えば、北斗宛には来てなかったのか?」

 

 ブラッドのメンバーは極東組とフライア組に分かれていたが、そんな中での北斗の立ち位置は微妙な物だった。内容が全部警備であった事も影響したのか、事実表舞台に出る事が殆どなく、また屋台でも警備に近いポジションだった事も影響したからなのか、自分自身には何も来ていないと勝手に判断していた。

 

 

「さあ?俺は警備だったから基本的には来てないんじゃないのか」

 

「でも何か来てたら返事の事もあるし、一度は見た方が良いんじゃない?」

 

 ナナの言葉に北斗も念の為にと確認だけする事にしていた。警備の特性上、お近づきになりたい人物との出会いを邪魔されるのであれば、非難めいた内容はあっても謝辞が来るとは考えてもいない。態々ストレスの元になる物を好き好んで見たいなどと言った感情は、生憎と持ち合わせていなかった。

 

 

「え?何これ?」

 

「ナナさん。どうかしたんですか?」

 

 ナナの驚きの声にシエルも思わず北斗宛に来たものをのぞき込む。その中身の大半は好意の塊の様な内容であると同時に、いくつか不穏な単語も並んでいた。

 

 

「北斗。本当に警備だけだったんですよね?」

 

「ああ。後は何回かミッションには出たけど」

 

「それで、ですか……」

 

 シエルの半分呆れた様な言葉にナナは理解が追い付かなかった。来ている文面を見ればFSDの内部だけの話ではなく、むしろミッションでの内容を示した物も多々あった。

 北斗は知らなかったが、上層部の意向で、ミッションの内容によっては一部映像をLIVEで流していた。アラガミが脅威の存在であるのは今まで散々捕喰されている事からも知られているが、逆にゴッドイーターがどんな存在であるのかを示した内容は極めて少ない。

 

 以前に極東での広報誌には戦いの映像が流れたものの、それはあくまでもオウガテイルなど小型種の討伐だけだった。しかし、今回の内容は大型種と中型種の混成だった事だけではなく、参加した人物が北斗とエイジ、リンドウとソーマの手練れだった事もあってか、通常では討伐するには困難なレベルでも、この4人であれば通常のミッションの様に終わらせると同時に、誰も被弾する事無く討伐していた。

 

 小型種ではなく大型種である以上、いくら映像化されていても万が一の事もある。しかし、こうまで危なげない内容であれば、それは娯楽映像の様にも見えていた。

 この時代では映画の様な物は過去のアーカイブとして見る機会はあっても、リアルタイムでの映像はアーカイブの映像とは比べる必要すら無い程の大迫力だった。

 

 

「シエルちゃん。それってどう言う事?」

 

「どうやら何回かあったミッションの中でも一部の内容がリアルタイムで映像化していたそうです。文面を見れば大半がそれですね」

 

 この時点で漸くアリサの不穏な言葉の意味が理解出来ていた。あの中ではエイジの顔は知られているのは間違い無かったが、殆どが料理関係だった為にそうまで心配する要素が無かった。だが、ミッションの状況を見れば例え素人だとしてもその技術はまるで殺陣の様に流麗な動きで次々とアラガミを仕留めるその姿はある意味では英雄の様にも見える。

 恐らくはアリサがエイジの許可を取って来ていたメールを見たからなんだろう事がここで漸く理解出来ていた。

 

 

「ああ、多分ヴァジュラとボルグカムランの堕天とコンゴウ2体のミッションだったかも。いや、あれは内容が良すぎたから覚えてるけど、流石にエイジさんとリンドウさんは凄かった。あれを見たら俺なんてまだまだ未熟だと感じたから」

 

 今思い出したかの様に話をするが、それでもどこか他人事の様に話す北斗にシエルは頭が痛くなりそうだった。

 文面を見れば北斗の動きが良かっただけならまだしも、内容によっては老若男女問わず好意の塊が来ていた事が悩みの種だった。

 女性陣だけであればまだしも、男性からも同じ様な内容の文面が届いている以上、今のシエルにはレベルが高すぎたのか、それとも自身の中では想像が出来なかったのかその対処の仕方が思い浮かばなかった。

 

 

「そう言えば、ジュリウスの所って何か来たのか?」

 

 渋い表情のまま固まったシエルを他所に、このままでは何か流れが拙いと判断したのか、ロミオは話題を切り替えるべく話題に出ていないジュリウスへと話の方向転換を図っていた。

 

 

「俺の所は各支部の重鎮が大半だったから、そんな事は無いと思うぞ」

 

「って事は確認してないのか?」

 

「ああ。まだ仕事が片付かなくてな。すまないがロミオが見ておいてくれないか?」

 

「じゃあ、早速……」

 

 まだ見ていない事に驚きを隠せなかったが、これはこれで興味深い物がある。ギルや北斗の様な熱烈な内容は無いにせよ、もしそんな物がればそれが話の種になる。そんな気軽な考えだけでロミオはジュリウスのメールを開いていた。

 

 

 

 

 

「なあジュリウス。本当に見てないんだよな?」

 

「さっきも言ったが見てないぞ。見れば既読になると思うが?」

 

 ジュリウスが言う様に、確かに全部が未読になっているから、一度も見ていないのは間違い無い。しかし、ロミオが驚いたのはそんな事ではなく、その内容だった。

 極東全体に来た内容は、それこそ本人が書いたであろう内容だったが、ジュリスの物に関しては何故かお見合いの釣り書き。

 写真添付から始まり、趣味など多彩な事が書かれている。からかい半分の軽いノリだったつもりだったはずが一転し、何か申し訳ない様にも見えていた。

 

 

「ロミオ先輩どうしたんです?」

 

「い、いや。これってさ……」

 

「う~ん、流石はジュリウスだね。写真や詳細なプロフィールまで書いてあるよ。皆やっぱり神機兵には関心が高いのかな?」

 

 どこか場違いなナナの言葉には誰もツッコむ事が出来なかった。フライアに来ているのが各支部の重鎮であれば、女性のプロフィールが示すのは間違いなく見合いのメール。

 立場を考えれば若くして本部付けの大尉でもあり、見目麗しいのであれば、それはある意味当然の結果だった。ジュリウス本人はまだ気が付ていないが、この事態の収拾をどうやって図るのだろうか?誰もが口にはしないが、その思いが全てだった。

 一人気が付かないナナは横に置いても、これを対処できる術がどこにも無かった。

 

 

 


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