神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第16話 追跡

 リンドウの失踪から1週間が過ぎようとしていた。

 捜索チームも色々と探すものの神機がメインの為なのか、それとも真剣に捜してこの結果なのかは無明には分からない。

 このままでは最悪は死亡、良くてアラガミ化の最悪の二択になる。このままでは時間的にも厳しくなる事が確実に見え始めてきた。

 

 あの現場を見た限りでは、腕輪も神機も何も出てこない。あったのは何の血なのかすら判らない程のおびただしい血痕のみ。

 乾き具合を見ればそれなりに時間が経っているのが簡単に理解できた。

 

 過去の事例から考えると、このままアラガミ化に一直線となる可能性が高く、そうなると誰かが始末するしかなくなる。

 実際にアラガミ化した神機使いの末路は一つだけしかない。かつて仲間と呼んでいた者達から攻撃されそのまま絶命するしかなかった。

 

 見たことも無いアラガミならともかく、かつての戦友を自身の手で始末する事は中々出来る事ではない。

 他の支部では今迄に何度か報告されていたが、与える影響が大きすぎるのか、手を下したゴッドイーターはその後変調を来す事が多く、その結果として望まない退役となる可能性が高いのはデータで証明されている。

 ここ極東支部では幸か不幸かそのままアラガミに食われて終わる事が圧倒的に多く、そんな機会に遭遇する事がほぼ皆無だった。

 

 仮に見つけたとしても、今回の対象者はアナグラの精神的支柱でもある雨宮リンドウ。

 誰かが手を下すにしても、恐らくおいそれと実行できる人間はアナグラには居ない。一刻も早くリンドウを見つけないと、命の砂時計はもう僅かしか残っていない事が容易に想像できた。

 

 

 

『まだ、お前を始末したいとは思わない。生きていてくれリンドウ』

 

 

 

 手掛かりすら見当たらないこの状況に、無明は誰もいない空間で一人つぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄貴が戻らないのは今に始まった事じゃないけど、何か聞いているか?」

 

 技術班でナオヤはエイジと話をしていた。リンドウの捜索に時間がかかっている事だけではなく、今の現状を考えれば大幅な戦力ダウンは極東支部としても良い物ではない。

 心配はするが手を止めても仕方ない。非情な考えではあるが、リンドウの不在を嘆いた所で解決出来る内容で無い以上、どこかで線引きする必要が出てくる。

 そう考え、エイジ自身も撤退戦以降は自身が扱う神機を集中的に強化する事を前提にミッションに専念する事にしていた。

 

 

「いや、何も聞いていないかな。何かあれば教えてくれるとは思うけど、今の所はサクヤさんの事もあって口に出すことも少ないね」

 

 最近のミッションでは固定メンバーで出撃する事が多く、その中でもサクヤの状態が芳しくない事もあり、現在は軽々しく口にはおいそれと出せない雰囲気があった。

 

 

「だったら仕方ないな。エイジ、お前強化は切断に力を入れる方向で良いのか?」

 

「ああ、それで良いよ。最近になってボチボチ慣れてきたけど、まだ足りない気がするからね」

 

「そうか。じゃ、もう少しそっちに振る形で強化だな」

 

「そうしてくれるならありがたいけど、素材はそれで足りる?」

 

「今の所は大丈夫だ」

 

 

 そんな事を話していると、エイジの通信機が鳴り響いた。

 

 

「悪いけど、後は頼むよ」

 

 

 そう言い残し、通信機を確認後ロビーへと向かった。

 

 

「今日から原隊復帰しますのでよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 アリサがようやく落ち着いた事で認められたのか、以前とは違い高圧的な雰囲気は消え去り、まるで憑き物が落ちたかの様な雰囲気となっていた。

 アリサの身に何かがあったからなのか、傍から見ても随分と落ち着いた様に思えていた。

 

 

「新型の片割れ、今日からだってな」

 

「リンドウさん見殺しにしたやつだろ?結局の所は口だけじゃねえか」

 

「あそこには死神もいるからな。まるで死の部隊だ」

 

 どこからか嘲笑とも揶揄ともとれる発言が聞こえた。今回の件はいきさつはともかく、結果は他の部隊のメンバーやスタッフにまで広まっていた。

 

 今回の事件の核心部分を知っている人間は、感応現象で知る事が出来たエイジしかいない。これまでのアリサの言動からすればある意味仕方ないと思える部分はあるが、それはあくまでも何も知らない場合の話。

 

 何も知らない人間が無責任な発言をする事をエイジはこれまでの経験から快く思っていない。

 それは当事者でもあるアリサでさえ何も分かっていない事実がそこにはあった。

 当然事情を知らない人間は理解する事も無いまま、心無い言葉がそのまま口から出ていた。

 病み上がりにこんな声はとてもじゃないが聴けた物ではない。アリサは今までの言動を悔いるかの様に、手を握りひたすら耐えた。

 

 

「他人を貶めるのはそんなに楽しいか?」

 

 恐ろしい位に低くロビー全体に聞こえる様な声が、今まで嘲笑してた神機使いの動きを止めた。

 止まったのは神機使い達だけではない。その場に居たスタッフでさえも、その状況を確認するかの如く動きを止める。

 その声を発したのは今までに見たことも無いような顔をしたエイジだった。

 

「他人を貶めるほどの価値があるならお前たちはさぞ立派なんだろうな?まさかとは思うが自分達が出来もしない事を人に押し付けて、自分たちは大丈夫なんて人間のクズがやる事だ。お前たちにその資格はあるか?」

 

「元々はそいつが原因なんだろうが!新型同士馴れ合ってるのか?」

 

「質問の答になってないぞ。もう一度聞くが、お前たちにそれを言う資格があるのか?大好きな実力で言うなら、お前たちはアリサの足元にも及ばないだろ。新型だから数字が良いと考えるなら、近い将来足元を掬われるぞ」

 

「お前には関係無いだろうが」

 

「言いたい事はそれだけか?」

 

 エイジと言う人間を理解していたはずのコウタが驚いた表情で見ている。

 遠巻きに見ていた他のスタッフ達も何事かと思い様子を見ていたが、今までの言動を知っている人からすればこの変貌は驚愕以外に当てはまらない。

 

 

「何も知らない人間が、人の尊厳を落とし侮辱するならお前たちの明日は無くなるぞ」

 

 普段からは考えられない程に冷たく響く声に、嘲笑していたゴッドイーターがそれ以上口を開く事が出来ない。鋭い真剣を首に突きつけられた様な雰囲気に、周囲は何もする事が出来なかった。

 

 

「エイジ。それ以上はやめろ。お前がそこまで堕ちて行く必要はない。そんな奴らはほっといても勝手にくたばるのがオチだ」

 

 それ以上は拙いと判断し、その場を収めたのが以外な人物ソーマ。

 普段から死神と揶揄されても、自身はその場で暴れるだけで済むが、他の人間が絡むとなれば話は別問題となる。

 今まで極力人と関わらない様にしていた人物からの一言は重みがあった。

 

 これ以上この場に居る事がいたたまれなくなったのか、一番最初に言った人間はおろか、他のスタッフ達も持ち場に戻った。

 

 今の言葉は守ってくれたんだと気がつき、アリサは暖かい気持ちが胸に広がっていた。だからと言って、このままではダメだと心がざわめく。

 そうならない為にも今は言わなければならない事があった。

 

 

「今までごめんなさい。これからは心機一転でやりなおします」

 

 他の誰でもない、アリサの真摯な気持ちだった。この事でひょっとしたら何か言われるかもしれないと、アリサは心の中で内心怖くなったが、発した言葉は戻らない。

 次に何を言われるのか内心ビクビクしていた。

 

 

「アリサは気にしなくても第1部隊にはそんな嫌な事考えてるのはいないよ」

 

 他の誰でもない発言をしたのはコウタだった。

 色んな所で適当な所もあるが、人の心情をしっかり汲み取りそれを元に考える。

 そんな人を思いやる考え方を持っていた。

 

「誰だって言いたくない事や、やりたくない事は沢山ある。自分の気持ちなんて案外気が付かないんだ。もし気が付くならさっきの連中だって言う事なんて出来ないよ。それにしても、さっきのエイジは怖かったよ。一瞬誰かと思ったよ」

 

 温厚な人間が怒る事は殆ど無いのだろう。しかもエイジに対して妬みはあっても人間的には嫌な感情を持つ方が圧倒的に少ない。にも関わらず、先ほどの物言いは明らかに別人の様だった。

 

 

「流石にあそこまで言われて気持ちの良い物でも無いよ。アリサが態とやったなら話は別だけど、あれは事故みたいな物だし、他に誰かがいてもあの状況をひっくり返す事は出来ないからね。むしろソーマの方が意外だったよ」

 

 まるで人を殺す事すら厭わない程の冷徹な表情が一転し、何時ものエイジに戻っていた。

 今まで静観を決め込んでいたソーマも自分の事に触れられるのは本意ではないのか、ギョッとした顔は一瞬したものの、すぐさま元に戻り今は平然としている。

 そんなやり取りをしていると、今まで黙っていたアリサが意を決したかの様に口を開いた。

 

 

「もう一度戦い方を教えてほしいんです」

 

「アリサもう強いじゃん。何を教わるの?」

 

 コウタの意見はもっともな事だった。演習や模擬戦で成果が出てる以上、そのレベルから何かを学ぶ事は少ない。仮に出来たとしても今の自分ではなく、更に上のレベルの人間に師事するのが一番手っ取り早かった。

 しかし、真剣なアリサの目を見て断ると言った考えが今のエイジには出てこなかった。そんな考えを察したのか、退路を断ったのかアリサは続いて言葉を発した。

 

 

「誰かを守って支える事が出来る力が欲しいんです」

 

「僕でよければ」

 

 アリサのその一言がエイジの決断を後押しした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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