神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第150話 馬鹿騒ぎ 前篇

 

 アナグラは良くも悪くもノリが良いのは、一度でもここに訪れた人間であればすぐに理解出来る。だからこそ、ミッションに行く前と帰って来てからの今、目にしている状況にブラッドの面々は付いていけないと考えていた。

 

 

「ねぇ北斗。ここ最近のアナグラの様子が何だかいつもとは違うみたいなんだけど、今日に限っては特に変だよ。何か聞いてる?」

 

「いや、何も聞いてないな。でも、ジュリウスが榊博士から何か聞いてる可能性はあると思う。明らかにここ最近の空気が違うから何か起こるんじゃないか?」

 

 ナナと北斗は廊下からロビーに出ると、確かに何時もとは違った喧噪に違和感を覚えていた。近々何かあるのだろう事は予想出来るが、それが一体何なのかが想像できない。それならば知っている人物に聞くのが一番だと、報告のついでにカウンターに居るヒバリに聞く事にした。

 

 

「ヒバリさん。ここの様子が何だか何時もとは違うみたいなんですけど、何かあるんですか?」

 

「これですか?多分、FSDの準備に入ってるからだと思いますよ」

 

「FSD?ですか?」

 

「はい。そろそろ準備をしないといけない時期になってきましたので、時間に余裕がある方は率先してやってますね」

 

 今までに聞いた事が無い単語がヒバリの口から飛び出していた。FSDなんて言葉はここにきてから今までに一度も聞いた事がなく、もし、新手の戦術なんかであればこんな雰囲気になる様な事は一切ない。

 寧ろこれから始まる何かに期待している様にも思えていた。

 

 

「北斗。すまないが、これから榊支部長の所に来てくれ」

 

「ジュリウスは何か聞いてるのか?」

 

「いや、俺も何かは知らない。今回の件で隊長と副隊長に用事があるから来てほしいとだけ聞かされているだけだ」

 

 ジュリウスの言葉に北斗は少しだけ考えこんでいた。隊長と副隊長だけを召集するのであれば、何か大規模な作戦でもあるのだろうか。だが、この雰囲気の中で特殊な作戦がるとすれば厳しい物になるかもしれない。厳密に言えばブラッドの所属は未だ本部である事に変わりない。そう判断した為に、無意識の内に気を引き締めていた。

 先程ヒバリから聞いたFSDの事は一旦棚上げし、2人は榊の元へと歩き出していた。

 

 

「ブラッド隊隊長ジュリウス・ヴィスコンティ、以下副隊長の饗庭北斗です」

 

「忙しい所済まないね。実は君達にはこれから行われる重大事案についての説明をする為に来て貰ったんだ。弥生君、済まないが例の物を渡してくれないか?」

 

「はい。では、これを」

 

 榊の言葉に弥生は2人に何枚かの重要書類の印字がされた書類を渡していた。機密文章を渡された事に嫌が応にも緊張感が高まる。これから始まる内容の説明だと判断したからなのか2人の表情は硬くなっていた。

 

 

「そんなに緊張する必要は無いんだよ。今回の件は読んでもらえれば分かるんだが、FSDに対する参加の件で打診したいんだよ」

 

 榊の言葉にジュリウスは疑問しかなかった。勿論、北斗ももた同じだった。重要機密と榊の話。それと書かれた書類の内容。先程ナナとヒバリから聞いた言葉がこんな所で聞かされると考えてなかったからなのか、まずは一通り目を通していた。

 

 

 

 

 

「榊支部長。これは一体?」

 

「これは3年程前から毎年の恒例行事と言う事で極東支部で盛大にやっているイベントなんだよ。因みにFSDは(friend-ship-day)の略でね。これは一般の人にも、この極東支部をもっとよく知ってもらおうと企画した物なんだ。既に君達の上司でもあるラケル博士とグレムスロワ局長からも許可は出ているから、ブラッドとしてもぜひ盛り上げてほしいんだよ」

 

 まさかの言葉にファイルの内容を全部確認する。今回の参加の際には神機兵のアピールを条件として、ブラッドの参加を許可するサインがされていた。ギルの擁護のブラフとは違い、正規の依頼書と許可に対するサイン。これには確実に目を通した結果である事は容易に理解出来た。

 

 

「勿論、そのサインは本物だよ」

 

 当時の事を思い出させるかの様な榊の言葉。北斗は不意に隣のジュリウスを見るが、特に変化は感じなかった。本当の事を言えば、北斗は榊の言葉に僅かに動揺している。だが、それも直ぐに平常へと戻っていた。そんな僅かな心情の揺れを察したからなのか、榊だけでなく、弥生もまた微笑していた事を北斗は知らなかった。

 

 

「準備する物や資材に関してはそこに書いてある通り。詳しい事はヒバリ君に聞いてもらえると助かるよ」

 

「了解しました」

 

 ジュリウスの言葉に北斗もまた再度現実感を取り戻していた。正規の命令書に背く概念は最初から無い。特にこの極東支部に関しては余程の事が無ければそんな命令書が発布される事は無い。当然ながらブラッドはそんな事実を知らない為に、その意味を正確に知る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ~面白そうだね。でも私達は何をすれば良いんだろ?」

 

 榊から聞かされた事を改めてブラッド全員に対して話すべく、全員がラウンジの一角で話をしていた。FSDは元々些細なイベントのつもりで企画していた物だったが、2年程前から広報部が例の如く取材した事がキッカケとなった事から他の支部でも似たような事が出来ないだろうかと、世界中の支部でも企画されていた。

 当初はまた極東が。と言った目も向けられていたが、今や世界中に認知されているのか、このイベントには各地からの視察や見物に来る人間が徐々に多くなっていた。娯楽が少ないこのご時世。ブラッドもまた同じく娯楽そのものを体験する機会は多く無かった。

 

 

「ジュリウス!ここに書かれているのは本当なのか!」

 

 ロミオが驚いたのは、今回の内容の中でユノのライブがスケジュールに盛り込まれている点だった。今やユノは海賊放送から公営放送に切り替わった事で極東の各地を慰問で回っていた。アラガミが闊歩する世界でもささやかな癒しは予想以上に成果を上げている。その為にユノは拠点こそここだが、まともにここに居る機会はそう多く無かった。

 初めてここでユノの姿を見たロミオの感情は大きく揺れていた。以前にフライアで見た際には、他の人間も居た為に、碌に話をする事すら叶わない。だが、極東支部のパーソナルスペースでは、かつてない程の接近していた。女性らしい小さな手。握手ではなく握り込む様な感触は今もなお忘れ難い。何も知らない人間からすれば、完全に危ない人物に近かった。

 これからは近い場所が故に会う機会は多いはず。当初はそんな甘い事すら考えていた。

 だが、現実はそう甘くは無い。各地での慰問を中心にする為に、歓迎会以降、その姿を見たのは映像のみ。誰もが知る姿だけだった。そんなユノがライブをここでする。ロミオのテンションはこれまでに無い程に高くなっていた。

 

 

「ああ。それに関しては間違い無い。それには予定となっているが、スケジュールは既に抑えてあるから事実上の決定だ」

 

「では、私達は一体何をすれば良いのでしょうか?」

 

 テンションが既に絶頂を超えたロミオを無視するかの様にシエルはジュリウスに確認する。しかし、そんなやり取りは、ラウンジに入ってきたコウタの一言で解消していた。

 

「よう!ブラッドは今年参加するんだよな?確かシエルとナナはもうやる事が決まっているってアリサが言ってたぞ」

 

「コウタさん。それは一体?」

 

 今さっき聞いたばかりにも関わらず、既にやる事が決まっているの言葉に、シエルだけではなくナナも疑問があった。しかもその情報ソースはアリサ。まさか嘘を言う様な人物では無い以上、一旦この場を解散して聞いた方が手っ取り早いと考えていた。

 

 

「いや、今年はライブだけじゃなくてショーを開催するって言ってた様な気がするんだけど……エイジ、ほら、何だったっけ?」

 

「ああ、ショーの件ね。何でも外部向けのコレクションをするから、そのモデルがどうとか言ってた様な記憶があるけど、もっと詳しい事は弥生さんに聞いた方が早いと思うよ。今回の内容は弥生さん主導の企画だって聞いているからね」

 

 ブラッドは知らないが、秘書の弥生はこの支部では何気に発言力があった。普段は頼れるお姉さん的な存在だが、たまに度を越えた行動力を示す事があり、その結果として色んなイベントが開催される事が多かった。これが思いつきだけ終われば、誰もがそれ程関心を持つはずが無い。だが、断然だる結果を出している事から、何かの企画が起きても弥生と止める事はツバキでさえも出来ない程だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、アリサさん。コウタさんとエイジさんから聞いたんですが、私達がショーに参加するとは一体どう言う事なんでしょうか?」

 

「ひょっとして、もう聞きました?」

 

「はい。先程聞きました」

 

 アリサも今回の件に関しては、クレイドルの仕事に意識を向けていた為に、決定してから聞かされていた。当初は反対したものの、エイジのやんわりとした説得から始まり、弥生の手練手管とも言える話法で気が付けば参加する事となっていた。

 本当の事を言えば、エイジが説得に出た時点でアリサが断れる要素は何処にも無い。気が付けば、そのままあれよあれよと進んでいた事が思い出されていた。

 因みにこれに関しては、アナグラの実質ベテランクラスは皆参加する事になっていたのは、ある意味弥生の手腕が発揮された結果でもあった。

 

 

「アリサさん。私達ショーなんてやった事無いです」

 

「その点は大丈夫です……私もやった事ありませんから…」

 

 既に諦めの境地に達したのか、それとも仕方ないと考えたからなのか、アリサの言葉に力は無かった。この場にリッカやヒバリが居ればその心情を察したのかもしれない。だが、シエルやナナはまだその境地には達していなかった。

 当然ながら弥生がもたらす企画の意味を理解できない。アリサの雰囲気で何となく理解した程度だった。

 

 

「でもコレクションとは一体何を指すのでしょうか?」

 

「弥生さんの話だと、今回は2部構成になってるみたいで、前半は単純なショーとしてのイベントなので、ここにユノさんのライブが組み込まれてます。で、問題なのは後半なんですけど……」

 

 アリサの口調が途端に重くなる。内容に関しては聞かされてはいたものの、やはり衆人環視の中でとなればそれなりに勇気が必要になってくる。

 アリサ自身は知らないが、既に広報誌の関係上、アリサの事を世間は良く知っていた。若しくは、一度位は見た事がある人間は意外と多いが、その事に本人は気が付いていない。そんな勘違いとも取れる部分がそこに存在していた。

 

 

「外部の即販用のモデルです。因みに私だけじゃなくて他にも何人も出ますので、お二人に拒否権は無いそうです」

 

「モデ…ル?モデルって服とか着て、写真撮って雑誌に載る人の事だよね?」

 

「他に何があると言うんですか?ナナさん。残念ですがこれは拒否権が無い以上、最早決定だそうです」

 

「そんな!私そんな事やった事ないよ!どうしようシエルちゃん!」

 

「ナナさん。それを言うなら私もです。ですが…フライアの許可が出ている以上、これは任務だと思うしかありません」

 

「そんな~」

 

 冷静を装っているが、内心シエルとて逃げ出したい気持ちがそこにあった。只でさえ、人との距離感が今一つ分かっていない事に加えて、今回の件ではどう考えても自分のキャパシティを確実に超える可能性が高い。

 ゴッドイーターはアラガミに対する人類の矛として今までやってきたはずが、こんな所で芸能人の真似事まで強要されるとは思っても居なかった。

 ナナはまだ何も聞いていないにも拘わらず、アウアウ言っている様にも見える。気のせいかネコ耳型の髪型もまたうなだれている様だった。アリサに至っては既に諦めの境地に入っているのか、それともこの環境に慣れているからなのか、何時もと何も違いが分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウタさん。クレイドルは何かやるんですか?」

 

「クレイドルと言うか、男性陣は間違い無く飲食系の出店だな。因みに過去の事を考えると、かなりの人数が来るから多分休む暇は無いと思う」

 

「飲食って事は、何かを作るんですよね?」

 

 シエルとナナとは別でギルとロミオも情報を集めるべくコウタから話を聞いていた。今回の中で一番の目玉はユノのライブだが、それ以外にもFSDならではの色々な飲食店の出店が人知れず目玉企画となっていた。

 普段は中々口にする機会が無い食事から始まり、旧時代で言う所の屋台は、物珍しい物が多かった。それだけではない。普段は目にする機会が少ない神機使いが身近に居る事で近隣の住民とのコミュニケーションを図る事を念頭に企画されている。そんな大義名分を掲げられた以上、当然の事ながら神機使いに拒否権はなかった。

 

 

「それについては各自に連絡が入るから大丈夫だと思う。何だかんだで案外と上手く行くから大丈夫だと思うよ」

 

「コウタさん。俺は今までそんな物を作った経験は無いんですが」

 

「それも大丈夫だって。出来る人間は出来る物を。出来ない人間はそれなりにがモットーだから。俺なんて去年はお好み焼きだぜ。因みにエイジは別口でやるけどな」

 

 普段のラウンジの事を考えるとエイジに関してだけは何故か納得出来ていた。ギルもロミオも何度か食べた事があるが、味に関しては絶品とも言えるレベルである事に異論は無かった。それ故にコウタの別口の言葉にどこか納得できる物があった。

 

 

「でもそれだとこの周囲の警戒はどうするんですか?」

 

「それは持ち回りだよ。だからその時間が休憩に充てられる事になるよ」

 

「まさかとは思いますが、ミッションが休憩ですか?」

 

「そうなるね」

 

 コウタの一言は驚愕とも言える内容だった。ただでさえアラガミの討伐は場合によっては極限の戦いを要求されるにも関わらず、それが休憩だと言われるとそこに張り付いた場合はどうなるのか想像すら出来ない。しかし、既に日程が決まっている以上、今はこれからやるべき事だけを考え、現実逃避する以外に何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり今年は視察も含めるとかなりの人数になりそうだね」

 

「今回はフライアの協賛と各支部の視察が組み込まれてますからこればかりは仕方ないと言えるでしょう」

 

 開催直前のゲート前の様子を、榊と無明はモニター越しで見ていた。今回の内容に関しては、何時もであればフォーラムの後の懇親会等も本部でやるが、今回に関しては極東で開催した事もあり、珍しく榊も参加する運びとなっていた。

 フォーラムの内容に関してはいつもと変わりないが、やはり今回は神機兵の兼ね合いが多かったのか、フライアに足を運ぶ重鎮の数もかなりになっていた。神機兵の概念そのものは誰もが見ても素晴らしい物であるのは間違い無い。それに、ゴッドイーターを配備させる事を考えれば神機兵の方が明らかに安価だった。死亡のリスクが無く、壊れれば部品の交換で終わる。支部の責任者の側からすれば有難い物だった。その現物を実際に見る事が出来る。だからこそ、普段はそれ程参加が少ないフォーラムの懇親会には多数の参加者が来ていた。

 

 

「無明君、いや、紫藤君は今回どうするつもりだい?」

 

「ツバキさんも居ますし、そうまで混乱する事は無いでしょう」

 

 今回の重鎮のアテンダントはヒバリではなくツバキが受け持っていた。当初はかなり拒否していたものの、結局の所はいつもの懇親会のメンバーが多いからと無明に説得された事で渋々引き受ける事になっていた。だが、本当の目的はそれだけでは無かった。ヒバリではなくツバキである理由。それはある意味では案内以上の意味合いがあった。

 

 

「そう言えば、あの着物が今回の目玉じゃなかったかな?」

 

「そうですね。今回は若年層にも着やすい柄を作成しましたので。因みに今回の売り上げは年間予算の6割を見込んでますので」

 

「今回の規模ならそれも達成できそうだね。こちらとしても予算は多いに越した事は無いからね」

 

 今回のショーでは若年層向けの着物の展示だけでなく、ツバキもまたそれを着る事によってこれまで以上に富裕層への見本を兼ねていた。

 部下は部下で大変ではあるものの、上は上で予算や政治的な配慮、売上など考える余地はかなり多く、実際には当初の目的とはかけ離れている。本来であれば一支部がそこまで予算に関して頭を抱える事は無いはずだった。だが、極東支部ではサテライト計画のほぼ全てが自前の予算で賄っている。当然ながら資金面の獲得は完全に榊と無明の意向だった。

 ツバキが嫌々ながらに納得したのはその為。勿論、ツバキ自身の能力を勘案した結果もそこにあった。

 運営に関しても何の問題も心配していないものの、それでも今回に関しては各支部のVIPが来る以上、今までに無い警備態勢も抜かりなく要請している。

 後は状況に応じた対応をすれば後は何とかなるだろうと、そんな考えがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐユノさんのライブか。一体どんな事するんだろう」

 

「ロミオ。そんな事言う暇があるなら手を動かせ!このままだとパンクするぞ!」

 

 ギルとロミオはそれぞれ持ち回りの場所でひたすら手を止める事無く動かしている。既に目の前には長蛇の列が出来ているのか、この数をどうこなせば良いのか、ギルには既に考える余裕はどこにも無かった。

 料理を作った事が無いと事前に申請した結果、2人に与えられたのは焼きそば作りだった。作り方と同時に、既に過去の実績を見せられた瞬間、ギルには嫌な予感がしていた。確かに作るのは簡単かもしれないが、過去の数字を見れば確実に人が来るのは間違い無い。幾ら簡単だと言っても限度があった。となればこれはこれでミッション以上の苦労だけが予想されていた。

 

 

 

 

 

 何故、あの時コウタが発した休憩がミッションなのか、この時点で漸く理解する事なった。

 当日になり、ギルの予想は的中していたのか、既に数を数えるのも馬鹿らしいほど並んでいる。今のギルにとっては下手に感情を持たず、機械の様にただ作るだけだった。既にどれ程の麺と野菜を炒めたのかすら記憶が怪しい。それ程までの数をこなしていた。

 

 

「そう言えば、ジュリウスと北斗は何してるんだ?」

 

「ジュリウスはフライアでアテンダントだ。神機兵の兼ね合いでラケル博士のご指名だとよ。で、北斗は会場警備とアラガミ討伐に出てるはずだ。これなら俺もそっちに行きたかったぜ」

 

 ひたすら焼く作業に集中していたからなのか、気が付けば人の数は一気に少なくなっていた。これならばと一息ついた瞬間だった。

 少し先の会場で歓声と共に大音量の音楽が鳴り響く。ユノのライブがすぐ先で始まっていた。

 

 

「ロミオ。今なら俺一人でも何とかやれる。行きたいなら行って来い」

 

「でも……良いのか?」

 

「この数なら俺一人でも何とか出来る。遠慮なんかするな」

 

「サンキューギル!」

 

 ギルの後押しにロミオの意識は完全にライブへと向いていた。今まで映像として見た事はあっても、ここまで本格的な内容を見た事は一度も無い。これから一体何が起こるのだろうかと、ロミオはつけていたエプロンを脱ぎ捨て、全力で会場まで走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユノのライブは大盛況の内に終了していた。今回は単独ではなく、他のメンバーとの組わせもあってか通常以上の盛り上がりを見せていた。

 今回はサツキの提案で単独ではなく共同での形をとりなした事もあってか、何時もの慰問コンサートとは違った一面を見せていた。そんな中でも驚いたのはシオの存在と、バックで演奏しているのがエイジとコウタだけではなく、今まで見た事も無い人間が演奏していた。

 制服から見ればクレイドルの人間ではあったが、今までに見た事が無い。それはロミオだけではなく、会場の警備をしていた北斗も同じだった。

 

 

「お前たちがブラッドか。話はエイジから聞いている。俺の名はソーマ・シックザールだ。普段は研究室に居る事が多い。今後の任務に何かあれば、遠慮なく言ってくれ」

 

「ブラッド隊副隊長の饗庭北斗です。コウタさんやエイジさんから話は聞いています。今後連携する事があれば宜しくお願いします」

 

 楽屋でする様な話ではないものの、見た事が無い人間であれば最低限自己紹介位はしなければ、今後何かあった際には頼みにくい事もある。そんな考えを持ちながらも目の前のソーマはやはりクレイドルに相応しい程の実力を持ち合わせている事は些細な動きからも容易に理解していた。

 

 

「そーま。さっきの演奏はよかったぞ。シオのうたはどうだった?」

 

「久しぶりに聞いたが、良かったぞ。今度も出る事が出来る様に頑張るんだな」

 

「えへへ。そっか、じゃあもっとがんばるぞ!」

 

 ソーマを見かけたからなのか、背後からタックルさながらに飛びついたのは先程までユノと一緒に歌っていた少女だった。アルビノと思われる程に白い少女はどこか浮世離れしている様にも見えた。

 初めて見るブラッドに対して、今まで散々出ているのを見ている極東の面々はこれまたお約束とも取れる様子に誰も関心すら持たないとばかりに自分達の作業へと戻っていく。

 そんな事に気が付いたのか、ソーマは改めてシオを紹介すべく北斗達へと向き直していた。

 

 

「シオ。自分で自己紹介できるな」

 

「シオだよ。よろしくな」

 

「饗庭北斗です。宜しくお願いします」

 

 ゴッドイーターでは無い為に、シオとの挨拶は簡単に済ませていた。ソーマとの関係性が多少は気になったが、今ここで聞く様な事では無かった。

 今日はこれで終わりでは無い。今度は後半戦があるからと改めて自分達のやるべき事をすべくそれぞれが持ち場へと戻った。

 

 

 




元々番外編で考えたネタでしたが、気が付けばかなりの量になる可能性があるのと同時に、番外編だけでは勿体無いと判断しました。

タイトルからも分かる様に、次回は後編です。

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