神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第148話 自身との対話

 コウタの話を聞きながらも、ここ数日のロミオの様子を思い出しながら北斗は自室へと足を運んでいた。

 言われてみれば確かにここ数日の戦績は決して良いとは言えない。それこそ、お粗末な内容なのは北斗にも理解出来た。

 しかし、戦績の原因が仮に自身の焦りから来る者であれば根本的な解決は難しい。何故ならば、それは自分の立ち位置や実力を客観的に把握していない可能性の裏返しと考える事が出来ると同時に、それをどう処理するのかは個人の判断と資質の問題となる可能性が極めて高いとも考えられた。

 戦いに於いては無駄な経験は存在しない。様々な戦いを経験すれば、万が一の際には何らかの恩恵を受ける可能性もあった。アラガミは生物をベースとしている事が殆どの為に、ある程度の予測が可能だった。それを集中して行っているのがクライドルを中心とした教導でもあり、新兵が生き残れる様にする措置だった。

 ロミオとて恐らくは理解しているはず。だからこそ北斗はどうして素直に動けないのかが分からなかった。

 

 

「北斗か。珍しく悩んでるみたいだがどうしたんだ?」

 

「ああ、ギルか。ちょっと聞きたい事があるんだが、少し時間良いか?」

 

 考えながら歩いていた事もあってかギルが近くに居た事に気が付かなかった。

 ここ数日はブラッドとしてのミッションには参加する事が少なく、リッカの新型兵装でもあるリンクサポートシステムの試験運用やカノンの教導と感応種が出ないときにはそれこそ馬車馬の様に色んな所に顔を突っ込んでいた。当然の事ながら部隊運営からは大きく逸脱している。その結果、細かい部隊運用についてはむしろギルの方が良く知っているのではないだろうかと考えていた。

 

 

「で、聞きたい事ってなんだ?」

 

「ジュリウスから言われたんだけど、最近のロミオ先輩の戦績がかなり悪くなってるって聞いたんだ。で、確認したんだけど、言葉の通りだったから俺よりもギルの方が良く知ってるかと思ったんだが」

 

 北斗の言葉にギルも少し前に出たミッションの事を思い出していた。確かにナナの能力が安定した頃からロミオの動きは少しづつ何かがズレてる様にも見えた。

 なりたての新人ならまだしも、もう新人とは言えない程に実戦経験があれば、いくらなんでもここまで悪くなる事はない。だからこそギルも帰投の際には苦言を呈したものの、どこか楽観視しているのか気楽に考えていたロミオの言動を思い出していた。

 

 

「まぁ、確かにロミオのここ最近の動きは悪くなっているのは間違いない。何かを考えているにしても、ここは極東だ。いつどこで厳しい任務になるか分からないからと口頭で言った記憶はあるが……楽観視した様な言い方は確かにしていたな」

 

「技術面だったら、ここの教導カリキュラムをやれば良いとは思う。だが、それもやってる形跡も無い。そうじゃ無いのかもしれないと思ったんだけど、何か心当たりは無いか?」

 

「さあな。俺にはあいつが何を考えてるのか分からない。どうせくだらない事を気にしてるんだとは思うが、世間は思った以上に当人に対しては何も考えていないからな。後の事は直接本人に聞いた方が早いと思うぞ」

 

 北斗もまたギルと同じ様な事を考えていた。確かにギルの言う様にここはアラガミの質は他よりも数段高い為に、気が緩んだ様な雰囲気でミッションに臨めば同行者にも影響を与える可能性は高い。ここに来てそれなりに時間が経っているから忘れているかもしれないが、ブラッドは極東支部の所属ではない。

 開発中の神機兵のデータの取得の為に来てるだけ。本部の特殊部隊の位置付けであるが故に苦情が出ていないだけだった。

 仮に何らかの取命的なミスが出れば、謝罪だけで済まなくなる。下手をすれば今後の事にまで大きく問題になる可能性も秘めていた。

 万が一の事を考えながらも、今は確認する方が先決だからと次回のミッションの際には注意深く見るより方法が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~ここ最近のブラッドの戦績ならここでも楽勝じゃん?今回だって負傷者0なんだぜ」

 

 予定していたロミオとのミッションは直ぐに組まれる事になっていた。確かに結果だけ見ればロミオの言う通り。だが、実際には楽勝と呼べる程の内容では無かった。

 極東のアラガミは他よりも強さが一段高い個体が殆ど。当然の事ながら幾ら経験を持っているからと言えど油断で出来る程では無かった。

 かなり際どい場面に何度か遭遇した事もあった。これまでならば確実に気にする程ではないと思えても、今に限ってはその限りでは無かった。

 一言で表せば『辛勝』。お世辞にもロミオが言う様な内容とは言い難い事実だった。ロミオを除く全員の気持ちが無意識の内に引き締められる。ここで楽観視しているのは本人だけの様にも見えていた。

 

 そんな中、北斗が一番気になったのは戦場でのロミオの立ち位置だった。

 本来であればバスターの人間がやる様な戦術ではなく、むしろショートブレードが取る様な行動を起こしていた。

 バスターの攻撃力は確かに大きいが、それに伴って大きな隙も確実に生まれる。その為に攻撃の際にはアラガミの隙を利用して強烈な一撃を与えるのがある意味理想とも考えられていた。

 攻撃は最大の防御でもあるが、戦う際にアラガミは1体だけではない。他のアラガミの動きを察知しながら戦う事が要求されていた。

 視野狭窄になれば、その分だけ危険が増す。攻撃している間に他のアラガミからの攻撃を受ければ待っているのは死の入口だった。幾らベテランでも致命傷を受ければ待っているのは同じ事。下手をすれば自分以外の味方にも大きな影響を及ぼす可能性があった。

 だからこそ命を軽視した攻撃を認める事は出来ない。幾ら強靭な肉体を持っているとは言え、驕る時点で問題があるのと同じだった。

 流石に今回の内容に関してはシエルやナナの表情を見ても納得できる部分はどこにも見当たらなかった。

 

 

 

 

 

「ロミオせんぱ…」

 

「おいロミオ。さっきの攻撃は何だ?」

 

 先程の戦いの内容は一言で表せば無様に尽きる。ギルは北斗が言う前に口を開いていた。

 その表情からは間違い無く自分が持っている感情と同じ物がある。幾ら仲間内と言えど、全てをなあなあには出来なかった。

 

 

「何言ってんだよギルちゃ~ん。討伐時間だって今まで以上に早かったんだし、結果的には何の問題も無かったじゃん」

 

「そんな事を言ってるんじゃない。お前の戦い方は何だと言ってるんだ。碌に確認もせずに突っ込んだり、状況を確認せずにぶっ放したり。少しは周りを見て判断しろ!まだここの教導カリキュラムを受けた人間の方がまともな動きを見せるぞ」

 

 最後の一言がロミオの何かに触れたのか、にらみ合いが起こるかと思われた瞬間ロミオの拳に力が入る。ロミオの取れる行動を予測したのか、北斗がここで改めて口を開いていた。

 

 

「ロミオ先輩。言いたくは無いが、ギルの言う通りだ。何を焦っているのか知らないけど、今回のミッションの動きはあきらかにチグハグだし、あれじゃ攻撃する前に大ダメージを受ける。俺達はもうフライアに配属された頃の俺達じゃないんだ」

 

 本来であれば慰めの一つでもした方が良いのかもしれない。しかし、北斗の立場は部隊の人間の命を預かる以上、下手な行動をされれば運営はともかく、何の為にブラッドが作られたのか目的すら見失う可能性があった。

 

 

「北斗。お前何言ってるのか分かってるのか?」

 

「ロミオ先輩。いや、ここは敢えて言うが、ロミオ。副隊長として言わせてもらう。お前の行動原理は間違っている。自分の命は一つしかないんだ。どうしてそれを蔑ろにする?」

 

 北斗の辛辣な物言いにロミオは握った拳に力が入っていた。この後どんな行動を起こすのかを理解した上で、更に厳しい言葉をかけている。

 苦言を告げる事を愉悦に思う事は無かった。自らの命を粗末にして喜ぶ人間は誰も居ない。ロミオもまた北斗の言葉を認識はしたが、理解はしなかった。

 その瞬間、これまで抑え込んていた感情が爆発する。既にロミオの感情は冷静さを失っていた。

 

 

「お前に何が分かるってんだよ。入隊直後にすぐに血の力に目覚めたかと思ったらすぐに副隊長になって、今度は何を望みたいんだ!俺が邪魔だって言いたいんだろ!俺だって好き好んでこうしてる訳じゃないんだ。シエルの様に知識も無ければギルの様に経験も無い。ましてやナナみたいに開き直る事すら出来ない。その全部を持ってるお前に俺の何が分かるってんだ!」

 

 勢いよく言うと同時に北斗の顔面にロミオの拳が向かっていた。この距離であれば多少なりとも届くはずの攻撃。だが予想に反してその攻撃が届く事は無かった。

 挑発したつもりは無いが、結果的にはそれに近い物があった。幾ら強靭な肉体を持つゴッドイーターと言えど、攻撃の瞬間が見える以上、その攻撃を喰らう道理は無かった。

 ロミオはああ言ったが、実際に北斗はそれ以上に鍛錬を続けている。地べたを舐めたのは数える必要が無い程だった。努力を見せつけない以上、その感情を認めるつもりが無い。

 自分の顔面に伸びてきた拳もまた同じだった。

 振りかざした瞬間からそこを狙っているのは悩む必要もない。予想通りにロミオの拳は北斗の手によって完全に遮られていた。

 目の前で北斗の右手に掴まれそれ以上先へと動かない。いくらゴッドイーターだとしてもこうまで綺麗に止められるとは予想してなかったのか、ロミオは手をひっこめると同時にその場から逃げ出す様に走りだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗良かったの?」

 

「多分誰かが言わないとダメだったんだよ。多分だけどロミオ先輩は焦ってたんだろう。でも、ギルの言った事もある意味正解なんだよ。最低限、教導カリキュラムをクリアすればあんな動きはあり得ないんだ。ましてや今はエイジさんやリンドウさんも居るんだ。血の力がどうだとか言う以前の問題なんだよ」

 

「でも。そこまで言わなくても…」

 

「ナナの言いたい事は分かる。でも、仮にも副隊長である以上今の状況を黙認すれば、万が一感応種や強大なアラガミと対峙した瞬間にロミオ先輩の命は簡単に消し飛ぶ事になる。どんな状況でも冷静になれないのであれば、ある意味不要だと言われても仕方ない」

 

「北斗……」

 

 何時もの北斗からは想像できない程の冷徹とも取れる言葉に、ナナも少しだけ考えていた。

 自身の能力を覚醒した際に、もっと確実に律する事が出来ていればアナグラも大きな襲撃を受ける必要は無かったのかもしれない。ナナの中にあったあの出来事の事を考えれば、北斗の言いたい事は何となく理解出来た様にも思えていた。

 

 

「第一、試行錯誤する位ならベテランに指導を受けるのも一つの手なんだよ。事実、ロミオ先輩の動きは完全にバスター向きじゃなかった。あれで数字を出せと言われても俺にも無理だ」

 

「そんな事まで見てたの?私は勝手に動いてるんだと思ってたよ」

 

「そんな訳無いって。全員の行動は確認してる。それが部隊を預かる身の最低限の行動だから」

 

 コウタとの話を聞いた際に、北斗がどう捉えたのかは分からないが、隊長の立場は決して軽いものではない。事実、コウタとてエリナからは何だかんだと言われはしても戦闘時には最悪の事態を想定しながら指示を飛ばし、自身の行動範囲と状況を確認しながら指揮を執っている。

 個人的にはロミオに何かしたいとは思っても、傷を舐め合う事に良い事は一つもない。そんな考えがあるからこそ、未だクレイドルの指導を受ける事が出来る間に、指揮を執りながらの戦い方や自身の戦闘方法についても試行錯誤でやっていた。自分と同じ事が出来ると考えたつもりはない。折角のチャンスを無駄にしない方がマシだと考えた末の言葉だった。

 

 

「そうですよナナさん。こう見えて北斗も教導カリキュラムでは結構ボロボロになってますから」

 

「なぁシエル。折角良い話で締めたと思ったのに、そこで落とすのはどうかと思うんだが」

 

「いえ。カッコ良い部分は今さら見る必要はありませんから」

 

 その一言に何か火が付いたのか、ナナは北斗とシエルを見ていた。確かにこの2人は時間があればすぐに教導カリキュラムを実施している。

 実際にどれ程なのかは知らないが人伝に聞く内容は厳しいの一言だった。恐らくはその間も何らかの話をしているのだろうと考えながらも、今は2人を見ている事しか出来なかった。

 

 

「じゃあ、私もカッコ悪い北斗を見る為に教導カリキュラムをやろうかな」

 

「それが目的だと副隊長としての威厳が無くなるんだけが」

 

「大丈夫。そんな物は最初から無いから」

 

 今度は違う意味での辛辣な言葉が北斗の胸に刺さったのは誰も知りえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「畜生!何で俺があんな事言われないとダメなんだよ。まるで俺が何もしていないみたいじゃないか!」

 

 怒りに身を任せた事もあってか、気が付けばロミオは見知らぬ場所まで来ていた。

 それ程怒りに染まったまま行動していた為に何も分からないが、ここが外部居住区外である事だけは理解している。このまま戻るのは癪だと考えていた矢先に、自己主張したのか腹が大きく鳴っていた。

 

 

「何だこんな所で?迷子にでもなったのか?」

 

 先程の腹の音が盛大になったからなのか、それともただの偶然なのか、ロミオが振り向くと、そこには少しみすぼらしい格好をした老人がロミオに声をかけていた。

 

 

「いや。迷子なんかじゃなくて……」

 

 そう言いながらも一度鳴り始めた腹は簡単には止まらない。まるで何かを食わせろと催促している様にも思える程に自分では止める事が出来なかった。先程までの怒りの感情は既に無く、今は羞恥が勝っている。無意識の内に思考が完全に切り替わっていた。

 

 

 

 

 

「そうか…なんだ、お前さん神機使いか。流石に神機使いでも腹の虫には逆らえないみたいだな。大した物は無いが、お前さん家にくるか?」

 

 老人は腕輪に気が付いたのか、視線がそちらへと動く。気恥ずかしさからなのか、ロミオは腕輪自分の背後へと隠すように移動させていた。

 

 

「でも、アナグラに帰れば腹いっぱい食えるし、今は大丈夫だから」

 

「若いもんが何遠慮してるんだ。神機使いなら自身の状態を十全にしないと力も出せないだろうが。なぁに、家はすぐそこだ、付いて来ると良い」

 

 そう言われ、ロミオは素直に老人の後ろを着いて行く事にした。身なりからも想像できたが、ここにはアラガミ防壁の様にアラガミから身を守る術が何も無かった。

 ロミオは知らなかったが、こんな環境はここだけではなく、各地の至る所に当たり前の様に存在している。今の状況を目の当たりにすれば、以前に見た建設中のサテライトがまるで天国の様にも思えていた。

 ゴッドイーターが故に気が付かない事実。アラガミは未だ人類の天敵である事に変わり無い。人類の矛でもあり盾でもある。本当の事を言えばフライアではそんな事実を知る機会は微塵も無かった。

 何故なら自分達のもたらす結果がどんな未来を描くのか。この時点で漸くロミオは理解していた。自分の悩む事など些細に過ぎない。誰から教えられた訳では無い。ただ、目にした光景が全てを物語っていた。

 

 

 

 

 

「おや、お客さんなんて久しぶりだね。でもどうしたんだい?」

 

「散歩の途中で見つけてな。すまんがメシを食わせてやってくれ」

 

 二人の会話を聞いた瞬間、ロミオは何とも言えない感情に支配されていた。ロミオのこれまでの経験を表に晒した場合、糾弾される可能性の方が高かった。一番の要因は

そう言うと、老婆は奥からご飯とみそ汁に漬物を持ってきていた。いつもならば確実に食べないであろう食事だが、強い空腹感に苛まれたロミオには十分すぎるご馳走の様にも思えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさぁ、ジュリウスってのが俺たちの部隊の隊長なんだけど、戦闘中は頼りになるんだけど、普段はちょっと抜けた所があってさ、俺がいつもフォローしてるんだよ」

 

 腹が満たされた事もあってか、ここで漸くロミオは落ち着いた思考を取り戻す事が出来ていた。食事をして直ぐに帰るのも忍びないと考えたロミオは2人に普段の行動やアラガミの話を嬉々として語る。その姿に何かを投影したのか、老夫婦はロミオの話をただ黙って聞いていた。

 

 

「そうかい。ロミオちゃんはその部隊の中でも頑張ってるんだね」

 

「……いや、俺は部隊の中では一番足を引っ張ってるから。皆に迷惑をかけない様にするのが精一杯なんだ」

 

 些細な一言ではあったが、何か考える部分があったのかロミオの表情が突如として曇る。確かに北斗にはああ言ったが、実際に北斗が任務が無い時には常時訓練に明け暮れているのも何度か見ている為に、どれほど努力をしているのかも知っていた。

 

 自分はそんな風景を見ながらも、どこか他人事の様に見ていた部分があったのかもしれない。特にエイジが教導教官の際にはギル以上に酷い結果になっているのも知っている。その結果が今に繋がっているのは頭では理解していても感情が否定していた。

 ブラッドの設立は当初から実験的な意味合いが強かった。ブランドに加入するのはこれまでにあったP53偏食因子ではなく、新たに発見されたP66偏食因子の適合が要求される。

 突然変異に近い偏食因子が故に、その適合者の発掘もまた困難を極めていた。

 ジュリウスからも、発足当時からロミオが入隊するまでずっと一人だったと聞いていた。入隊した時点でジュリウスはある程度完成された様にも見えていた事もあり、ロミオもまた然程気にした事は無かった。

 

 北斗やナナが入隊したのはロミオが入隊してから1年程後になる。当時の内容はジュリウスから聞いていたが、訓練の結果についてはSSSを叩き出したのは驚愕だった。本部待遇であれば、間違い無く最初の段階から将来有望だと言われるのは既定路線。それ程までに最初の段階でそのスコアが出る事は無かった。

 通常であれば賞賛された内容に胡坐をかくのかもしれない。少なくとも自分が同じ立場であればそうなっていた可能性もまった。だが、北斗に関しては違っていた。

 これまでに無い程突出したスコアを出しながらも、それを良しと考えた事は微塵も無く、只管自己鍛錬に時間を費やす。その姿はまるで求道者。肉体が悲鳴を上げると思える程に続く訓練は完全に常軌を逸していた。

 当時はそれ程気にしなかったが、今なら分かる気がする。何となくそう感じていた。

 

 

「ロミオ。卑屈になる必要はないと思うぞ。誰しもが同じ事をしたからと言って、必ずしも同じ結果にはならない。もしそうだとすれば、こんな時代にはならなかったはずなんじゃ。他人は他人なんだ。気にする必要がどこにあるんだ?」

 

「そうよ。ロミオちゃんは少し頑張り過ぎただけよ。たまには休憩で立ち止まって振り返らないと」

 

 まさかそんな事を言われるとは思ってもなかったが、確かにこの老夫婦の言う言葉にも一理あった。他人と自分を比べた所で自分がその人間と同じ事が出来る訳では無い。

 事実、このブラッドのメンバーとて皆が自分と向き合ってそれを乗り越える事が出来たから今に至っている。当時のシエルがどうだったのか、ギルはあのアラガミにどんな思いを持っていたのか、ナナの苦悩はどうだったのか。そんな当時の状況をロミオは見ていた。

 それが自分の事では無いとは言え、無関心でいられた訳では無い。そんな事すら今まで気が付かなかったのかと、ここにきて漸く思い出していた。だからなのか、心の奥底から湧き上がる感情を否定するつもりはなかった。人は人。自分は自分。最初から比べる必要などどこにも無かった。

 

 

「俺、……多分みんなに嫉妬してたんだ。皆が力を発揮しているのに、俺だけ何も出来ない。部隊の中でジュリウスの次にここに居たはずなのに、何も気が付かなかった。いや、気が付こうとしなかったのかもしれない」

 

 何故、今までこんな単純な事に気が付かなかったのだろうか?少し前の自分は多分自分自身を見失っていたのかもしれない。自分が気が付けないから他人のせいにする事で目を逸らしていたんだと、ここに漸く理解していた。

 淀んだ感情のままに来た当時の様な諦観じみた表情は既になく無くなっていた。そこには断固たる決意を持った表情のロミオがそこに居た。

 

 

「ロミオ。わしらは詳しい事は分からないが、恐らくは他のメンバーも心配してるはずだ。自分を卑下する必要なんてないんだ」

 

 老夫婦の出す雰囲気が温かい物だからなのか、今のロミオは何かを核心した様な表情に変えていた。

 本人は気が付いていないが、一つの結論が出た人間の表情はどこか自信に溢れている。そんなロミオの表情を老夫婦は笑顔で見ていた。

 

 そんな穏やかな空気を壊すかの様にけたたましくサイレンが鳴り響く。これが一体何なのかは考えるまでもなく、アラガミの接近に関する警報だった。

 

 

 


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