神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第147話 周囲の影響

 

「こんな早朝からやる必要があったのか?」

 

「リッカさんの都合があったんですから仕方ありません。それよりも準備は大丈夫ですか?」

 

 北斗とシエルはまだ夜も明けきらない内からミッションに出向いていた。まだ早朝だからか、周囲に人影はおろか、生物の反応すら感じない。

 レーダーもよって捕捉しているからなのか、そんな光景であっても焦る事はしなかった。

 元々今回のミッションに関しては以前にリッカから依頼された事が発端となっている。未だ研究の域を出ていない機構の開発。それを完成させる為に北斗はシエルと共に時間外とも言えるミッションに出向いていた。

 本来であれば善意でやるべき物。だが、今回に関してはその限りでは無かった。

 ブラッドバレット開発の為に、感動の余り北斗にシエルが抱き着いた事を公表しない条件。以前にリッカから言われた貸しを返すべく、今はリッカの実験に付き合っていた。

 

 

《早朝にゴメンね。シエルも無理に付き合わなくてもよかったのに》

 

 二人の会話を割く様に無線機からリッカの通信が聞こえていた。

 今回の内容は新技術における実験検証。その名目で珍しくこんな時間帯での任務となっていた。

 本来であれば早朝のミッションは哨戒任務に含まれる為に、態々出る必要性は低く、また日中とは違って小型種が殆どの為に襲撃以外で出る事は珍しかった。

 北斗とて哨戒任務には何度も出ているので問題は無いが、まさか緊急事態でもないのに早朝にいきなり叩き起こされるととは思ってもなかった。本音を言えば何時もよりも集中力は散漫している。防衛や討伐ではないとは言え、リッカの要件はある意味ではこれまでに無い戦いの幅を広げる事が出来る可能性を秘めている。幾らブラッドが極東支部には事実上の試験配備されているとは言え、ここまで手荒になるとは考えていなかった。だからこそ、緊急時とは違った雰囲気が故に、リッカに悟られない様にしていた。

 北斗の隣にいるシエルの様子を伺えば、何時もと違わない雰囲気を持っている。副隊長と言う立場である為に、リッカとは違った意味で対応していた。

 季節柄なのか、早朝独特の朝靄が発生している。視界不良と言う程ではないが、それでも警戒するだけの要素に変わりは無かった。

 

 

「私は勝手に付いてきただけですから気にしなくても結構です。それよりも今回の内容はこれで大丈夫なんでしょうか?」

 

《今回の実験はあくまでも理論上は可能なんだけど、実際に現場でどう稼動するのかを検証するのが一番だから結果については考えてないよ》

 

「そうでしたか。では運用実験と言う事であれば、私は援護するだけに留まります」

 

《そうしてくれると助かるよ》

 

 北斗はそんなやりとりを聞きながらも、眼下の戦場をジッと見ている。確かにコクーンメイデンとドレッドパイクの姿しか見えないのであれば、これ以上の人員は必要ない。

 もし、試験運用で一部隊を動かすとなれば正規のミッションとなる可能性があった。幾ら規律が緩い極東支部言えど、その面に関してはシビアに対応する。リッカもまたそれを理解している為に、敢えて新兵であっても問題無いミッションを選択していた。

 

 だが、このミッションに関しては榊もまた事前に関知していた。公私混同は本来はあってはならない。だが、内容が内容なだけに今後の面での戦略の幅が広がるからと判断していた。

 当然ながらデータは榊の元にも逐一届くようになっている。仮にリッカの行動が問題になったとしてもフォローする為だった。

 

 

《こっちの準備はオッケーだよ。あとは自分のタイミングで出てくれれば、後はこちらで動作確認するから》

 

「了解しました。これから行きます」

 

 リッカの言葉に北斗は何の躊躇もせずに現場へと降りる。既に気が付いたのかドレッドパイクが北斗の元へと襲い掛かってきた。

 見る者全てを刺し貫こうとその動きが鈍る事は無かった。北斗とシエルもまた迎撃する為にそれぞれの行動へと移行する。運用実験と言う名のミッションが人知れず開始されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、あれは今後の役に立つと私は思います。それに、今後の戦術の幅も広がるかと思います。恐らくですが、今以上に戦果を出しやすくなるのではないでしょうか?」

 

 シエルが少しだけ興奮気味に北斗に話をしていた。今回リッカからの提案で検証したのは休眠中の神機に関する運用方法だった。

 神機は持ち主が居ないのであれば単なるオブジェにしかすぎない。幾ら優秀な神機とコアがあったとしても、肝心の適合者が居なくては置物と同じだった。

 だからと言って、そのまま放置する事は出来ない。使用者が不在であっても、定期的なメンテナンスを欠かす事が出来なかった。

 

 ゴッドイーターであれば半ば常識的な事だが、神機のコアはアラガミと何も変わらない。その結果として休眠しない限りは実戦にはいつでも出せる状態にして置く必要があった。

 万が一、適合者が現れても機械の様に直ぐに稼動させる事が出来ない。また、一旦休眠してしまえばそれを覚醒させる為にはそれなりの代償を必要とし、ただでさえ任務が連戦となった場合、技師は既存の神機整備に時間を取られる事になってくる。

 その結果、使われない神機を破棄する理由にもならない。神機だけが唯一アラガミに対抗できる武器である為に、最初からその選択肢は無かった。

 同じだけの手間暇を使う。だとすれば、無駄に死蔵させるのではなく、抜本的な運用方法を確立する事が必要不可欠だとリッカは常々考えていた。

 元々は自分の父親が生涯をかけて行っていた研究。フェンリルからは資金提供はされなかった物の、密かにやってきたのはそんな思いがあった。

 

 

「確かに現場でのサポートは有難いだろうな。ただタイミングの問題もあるから一概に全部が有効かと言われれば、少し考える必要があるかも」

 

「まだ試作段階ですからそれは今後の課題だとリッカさんは言ってましたから、それに期待するしかないですね」

 

 内容的にはシエルは遠距離からの射撃程度で終わったものの、元々が新人が受ける様な任務内容な事もあってか、討伐時間そのものは殆どかかる事無く終了していた。しかし、その後のデータを取得するにあたって時間が必要だからと、少し遅めの朝食を取るべくラウンジへと足を運んでいた。

 

 

「北斗。これから食事か?済まないが終わってからで良いんだが、少し話したい事がある。後で俺の部屋に来てくれないか?」

 

「それは良いですけど、何かあったんです?」

 

「あったと言う訳では無いんだが、まぁ……その件については来てからで構わない」

 

「了解です」

 

 ジュリスが口ごもるのは珍しいと北斗は考えていた。実際に現時点では目に見える心配らしいものは確認されていない。部隊運営の面に関してなのか、それてもブラッドに関してなのか。この場で言えない様な話に北斗は思い当たる事が何も無かった。

 ただジュリウスの表情を見れば少し深刻にも見える。今は自分達の用事を済ませて部屋へと行く事を考えながらに改めてシエルと歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話って何でしょうか?」

 

 ラウンジからそのままジュリウスの部屋へと直行すると、何時もとは違う雰囲気がジュリウスから発せられていた。

 少しだけ悩みがある様にも思えるも、その原因が分からない。先程の話の内容を確認するのが一番だからと、まずはジュリウスの言葉を待っていた。

 

「北斗。最近のブラッドの運用についてどう思う?」

 

「どうと言われても…血の力目覚めた恩恵があるから、討伐時間の大幅な短縮が可能になった位じゃないか?スコアも順調に伸びていると思うが」

 

 思った事をそのまま口にしながらも、北斗は疑問を持っていた。

 唐突に聞かれた質問の意図がまるで見えない。そんな話であれば態々こんな所に呼び出す必要は無いはず。だが、肝心のジュリウスはこれが一つの取っ掛かりであると考えたからなのか、改めて質問していた。

 

 

「それは、各自の能力の底上げが成された結果が大きいのだろう。事実、ここに来てからの個別のスコアは飛躍的に伸びている。我々としても神機兵の開発だけではなく、部隊の運用についても喜ばしいと考えている」

 

 回りくどい言い方に北斗は内心疑問しか出てこなかった。ジュリウスは何が言いたいのかが未だに分からない。これが一体何に繋がるのだろうかと考えた頃、意を決するかの様に重い一言がジュリウスから飛び出していた。

 

 

「実は最近のロミオについてなんだが、知っての通り未だ覚醒してないからなのか、一人だけ飛び抜けて数字が悪い。元々ブラッドアーツが高火力であるのは知っての通りだが、それを差し引てもだ。

 それと、特にここ最近のミッションだけを抽出すれば被弾率が異様な程に高くなっているのは気が付いていたか?」

 

「見てれば何となくそうだとは思ってるが」

 

「それだけじゃない。討伐に対する早さも明らかに落ちているんだ。ロミオの気持ちを考えれば分からないでもないが……」

 

「だったら、その事実を伝えた方がロミオの為じゃないのか?」

 

「言いたい事は分かる。だが……」

 

 北斗もジュリウスの言いたい事が何なのかは分かった。だが、本人に直接伝えず、ここで話を終わらせる必要が何処にも無い。少なくとも気が付いた時点で何らかの助言をするのは当然だと考えていた。

 

 

「残念ながら俺にはロミオに伝えるだけの弁が立たない。北斗に頼るのはどうかとは思うが、一度やんわりとその辺りの事を伝えてくれないだろうか?」

 

 ジュリウスの言う通り、ここ最近のロミオの動きが鈍いのは北斗も感づいていた。被弾率が高いなんて簡単に言える様な内容では無い。それ程までにロミオの行動は破綻していた。

 事実、所持する神機はバスターにも関わらず、アラガミに対しての行動がそれに即していない。バスター型の本質は一撃必殺。過大な重量を活かす攻撃が最適だった。

 当然ながら破壊力を強めれば早さは失われる。そんな特性を無視するかの様な行動が度々見受けられていた。

 本当の事を言えば、クレイドルの教導を受ける方が効率的なのかもしれない。だが、ロミオはそれだけはしなかった。

 無理だと分かる行動を取る為に、効率が悪くなる。その結果、被弾率が上昇し討伐スコアが下落する。時には拙いと思う場面も何度かあった。これで心配するなとは言えない。北斗もまたジュリウスの気持ちが手に取るかの様に分かっていた。

 

 

「そりゃ言うのは簡単だが、その言葉を聞いてどう考えるのかはロミオ先輩次第だと思う。事実、ここの教導カリキュラムの内容もある程度習熟している様にも見えない。確かに家族の様に考えれば何とかしたいとは思うが、それはあくまでも本人が現状を認識している事が前提の話であって、仮に何も考えていないのであれば、それは無意味になる」

 

「それは俺も考えたんだが……もしこのままの現状が続くとなるとロミオの方が先に参ってしまうのではないかと危惧している。だから一度遠回しでも良いからロミオの耳に届く様にしてくれないだろうか?」

 

「……期待しないでくれれば助かる」

 

「こんな事を頼むのは心苦しいが、今回の事に関しては今後の事にも影響する可能性が出てくる。迷惑をかけるが頼んだ」

 

 頭を下げてまで言ったからなのか、北斗もまた拒否する事は無かった。

 ジュリウスの言葉通り、ロミオの動きは自分達ではなく、極東の人間が見ても同じ事を思うかもしれない。未だブラッドが本部の直轄部隊だと思っている人間であれば不様だとさえ考えているかもしれない。本当の事を言えば、本部か極東所属なのかと言った部分は北斗からすればどうでも良かった。

 どんな状況であっても、結果が全て。命をかける以上、生き残るのは当然の事。命が散らない様にする為に技術を磨く。その積み重ねが結果になる。その未来に近道は無い。

 仮にやり方が違うを口にした所で素直に聞くのかすら分からなかった。

 ジュリウスの性格からすれば、ロミオが一刻も早くこの状況を脱出させたいと考えているのも理解出来ている。事実として、極東に来てからギルにナナと立て続けに覚醒していけば、自ずと出遅れた感が強くなるのは、ある意味当然とも考えるのは自然だった。

 ジュリウスの次にブラッドに配属されながらも誰よりも覚醒が遅い。

 明確な指針を持たないままに進むのがどれ程危険な行為なのかは考えるまでも無かった。このまま進めば待ち構えるのは黄泉路への旅立ち。それが分からない程北斗は鈍くは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?北斗が一人なんて珍しいけど、他は皆ミッションなのか?」

 

 具体的な打開案なんて早々に浮かぶ様なものでは無い。基本的には自分の事なんだから自分で解決しろよと言いたい気持ちも本当の事を言えばあった。そもそも自分の能力が覚醒に関与していると言われても、自分の力で何か出来る事は何一つ無い。全てが偶然と言う名の何かだと考えていた。勿論、それが本当かどうかは分からない。だが、北斗自身でコントロールできない以上、打つ手は何も無かった。

 

 しかし、今のままでは拙い事も北斗とて理解している以上、今は少しでも何かを掴む事が出来ればと考えながらロビーへと足を運んでいた所だった。不意にミッション帰りだったのか、北斗を呼び止めたのはコウタだった。ここの第1部隊隊長にも関わらず、未だ旧型と呼ばれる第1世代の神機を使って戦場に出ているのであれば、何かしらのヒントがあるかもしれない。藁をも掴む思いで北斗は声をかけていた。

 

 

「そんな所です。そうだ、コウタさん時間ってこれから少しありませんか?少し聞きたい事があったんですが」

 

「そうだな……30分後にラウンジで良いかな?」

 

「助かります」

 

 コウタにはああ言ったものの、改めて北斗はどうしたものかと考えこみだした。

 基本的に北斗は他人に対して積極的に懐に入ろうとする気持ちがあまり無い。今回の件に関しても立場があるからと考えている部分があった。

 この仕事をしていれば、助けが必要になる部分は確かにある。しかし、それは自分の限界ギリギリの話であって、どこか油断した人間にはそこまで必要だとは考えて無かった。

 

 

「ゴメン、ゴメン。思ったよりも手間取ったからさ。で、聞きたい事って何?」

 

「実はちょっと思う所があったんで、コウタさんの事を参考にしたいと思ったんですが」

 

 コウタは見た目とは違って何にでも首を突っ込むつもりは無いが、何かと相談事を引き受ける事が多く、以前にも外部居住区でのトラブルの回避など何かと友好的な行動をしていた。勿論その件に関しては北斗も直接目にしている。そんな事もあってか、思い切ってロミオの事を話出していた。

 本来であれば部隊の内部の話であれば、内部で解決するのは当然の事。だが、やはり今回の件はそれだけではどうしようもないと判断していた。能力の多寡でここは評価しない。誰もが何らかの個性を持っている。それが直接的なのか間接的なのか。

 北斗もまた、そんな特性を理解していたからこそ、現状をごまかす事なくコウタに話していた。

 

 

「……意外とブラッドでもそんな事あるんだね。でもさ、何となくだけど俺もロミオの気持ちは分かるよ。ほら、俺も遠距離の旧型神機じゃん。そうすると単独でのミッションはコアの剥離も出来ないしオラクルが枯渇すればそれで何も出来なくなるだろ。そうなると俺の出番は無くなるんだよ。

 最近はそうでも無いんだけど、部隊長に就任した頃は色々と陰で言われてたんだよな」

 

「そうだったんですか?」

 

 突然のコウタの言葉に北斗は驚きを隠さなかった。初めてここに来た時には既に部隊長としての運用をしていたと同時に、遠距離の旧型なのも驚いた記憶があった。

 コウタが言う様に、コアの剥離も出来なければオラクルの枯渇ともなれば攻撃の手段を失う事になる。

 それが自分だけならまだしも、部隊の全滅や自身の命までもが脅かされる可能性がある。そえはどうしようもない事実。

 だからこそ部隊長としてやっていられるのは確かな実力があるからだろうとは思っていたが、まさかそんな事があったとは考える余地も無かった。

 

 

「ほら、俺の前の隊長がエイジでさ。クレイドルの発足後、遠征が続く事が決定してから指名されたんだ。北斗も知っての通り、エイジはここの最高戦力だし、誰も異論を挟む余地は無かったんだけど、俺がこうだろ?だから当時は何かと陰で言われる度に焦りがあったんだ」

 

 

「でも、今は立派にこなしてるんじゃ?」

 

「おっ!嬉しい事言ってくれるね。実際はエリナとエミールを見れば分かるだろうけど、あいつらのおもりみたいな部分も否定できないんだ。けどさ、俺もこのまま終わるつもりは無いって考えてたんだ。そんな時に隊長を指名したエイジから局地的な面を冷静に判断出来ない人間は他人の命を背負う事は出来ないって言われたんだよ」

 

 当時の事を思い出したのか、コウタはいつもとは違った表情をしていた。

 北斗はエイジの戦闘能力を初めて目にした時に思ったのは、どうしてこの人が部隊長をしていないのだろうかと考えたときもあった。だが、コウタの話にどこか納得出来る部分が確かにあった。その結果、コウタの話に北斗も引き込まれて行く。ロミオに対しての何らかの手段が必要だと考えていたからだった。

 しかし、コウタは自分の事を語り過ぎたからなのか、それとも何も考えなかったのか、ある人物の接近に気が付く事無く話をそのまま進めていた。だからこそ、不意に出た言葉。ある意味では当然の結末を呼ぶだけだった。

 

 

「で、俺はこう考えたんだよ。旧型は旧型なりに……」

 

「コウタ。まだそんな話をしてるんですか?」

 

 背後から聞こえた女性の言葉。その声の主が誰なのかは考えるまでも無かった。北斗が分かったとなれば、コウタも気が付く。

 コウタは油が切れたロボットの様に首をゆっくりと動かす。背後にいたのはこめかみに青筋が浮かび上がったアリサが仁王立ちでコウタの背後にそびえていた。

 

 

「い、いや。俺は、そんな、つもりじゃ、な……ぐぁっ!」

 

 コウタの言葉は最後まで発せられる事は無かった。狙い済ましたかの様にアリサの軸足を中心に、綺麗な弧を描く。鍛えられた体幹はアリサの動きを阻害する事無く、理想通りの動きを実現していた。

 鋭く回った腰はそのまま蹴り上げた足へと回転エネルギーを伝える。鋭く回転した事によってスカートのすそは下着が見えない程度に僅かに浮き上がっていた。

 躊躇すらしない背後からの蹴りがコウタの背中に綺麗に入る。まるでお約束とも言える様にコウタは椅子から転げ落ちていた。

 

 

 

 

 

「ててて…ったく。少しは手加減しろよ」

 

「コウタに言われる筋合いはありませんから。所で北斗さん?」

 

「は、はい……」

 

 先ほどコウタに向けた笑顔とは違った笑顔が北斗に向けられる。まるで教導の時のエイジと対峙しているかの様な剣呑としたプレッシャーが北斗を襲っていた。

誰の眼も引く美貌ではあるが、今はそんな物では無かった。目には怒りが浮かんでいる様にも見える。

 原因は不明だが、このままでは拙い事になり兼ねない。この場をどう切り抜けるのが正しい方法なのか、今の北斗に良案は浮かばなかった。

 

 

「アリサ。どうしたの?」

 

「いえ。何でも無いですよ。ちょっとコウタに教える事があっただけですから」

 

 エイジの声に得体のしれないプレッシャーが一気に消え去っていた。先程まではしんみりとした空気がコウタの一言によって破壊され、今度はこっちにまでその感情が向けられている。だが、その空気はエイジの声によって霧散していた。

 唐突に始まったかと思った瞬間に終わった事実。エイジと一緒のアリサをここ最近見ていた事もあって北斗はすっかりと忘れていたが、アリサとて歴戦の猛者とも取れる神機使いである事に変わりない。一番最初に戦闘場面を見た、当時の状況が目に浮かんでいた。

 

 

「そう。この後なんだけど、ちょっと予定地の件で打ち合わせしたいから少し時間ある?」

 

「勿論です……北斗さん。では、これで」

 

「あ、はい」

 

 嬉々としながらエイジの腕を組んで歩く姿に少しだけコウタを気の毒に思いながらも、先程までのコウタの言葉に何かしらヒントとなるべき部分が有った様にも思えていた。

 しかし、それをどうやって本人に理解させるかとなれば、また違った手段が必要なのかもしれなかった。

 普段であれば人の機微には疎いイメージを持つジュリウスがそうまで考えるのであれは、既に手遅れなのかもしれない。そんな考えが北斗の脳裏を横切っていた。

 

 

 


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