神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第146話 立ち直り

 

「ご苦労様。事の詳細は聞いているよ。今回の件で分かった事があってね。折角だから君達全員に伝えた方が良いかと思って来て貰ったんだよ」

 

 激戦とも取れる内容を無事に終わらせると当時に、そのまま支部長室へと全員が直行する事になっていた。任務そのものを放棄した訳では無いので、何の為に呼ばれたのか理解出来ない。だが、完全に達成したのか言われれば何とも言えなかった。

 何となく予想は出来るものの、まずは確認する事によって判断の材料が必要だからと全員が榊の元へと集まっていた。

 

 

 

 

 

「それで我々が呼ばれた件とは何でしょうか?」

 

「実は今回の件についてなんだけど、ナナ君から発せられた偏食場パルスがここに来て落ち着きを見せている様なんだ。勿論我々としても制御が可能であれば、これ以上隔離する必要性が無いからね。

 今日の現時点でナナ君には原隊復帰してもらう事になるよ」

 

 その一言にナナの表情は明るくなった。特段病気では無いにも関わらず、ただ部屋で大人しくしているのは案外と苦痛だったりもする。それゆ故に榊の発言は天啓とも取れていた。

 

 

「榊博士。本当に良いんですか?」

 

「もう大丈夫だよ。ただし、君の血の力の源泉でもある能力『誘引』と名付けたんだが、それは決して安心出来る物では無い。恐らく発揮されるとなれば、君が囮となる可能性が高い物である事は理解してもらいたいね。どうだいナナ君。これから教導カリキュラムをやってみるのはどうだろうか?決してフライアでの教育が劣っているとは思わないが、ここは世界最大の激戦区でもある極東だ。その方が安心できる気がするんだけどね」

 

 途中までは良い雰囲気だったはずが、ここでまさかの極東での教導カリキュラムの話が出るとは思ってもなかったのか、ナナの顔が少しだけ引き攣っていた。ここの教導カリキュラムは良くも悪くも本人次第ではなく、事実上命令に等しい物でもあった。

 もちろんブラッドは極東の所属では無いので榊からは提案とも取れる発言に留まっている。だが、それはあくまでもしごく事が目的ではなく、純粋にナナの能力を勘案した結果だった。

 榊の善意から出た言葉。だが、ここで安易に返事をする事だけは躊躇っていた。何故ならナナの記憶の範囲ではこの内容に満足していたのは北斗とシエルだけ。只でさえ自らを追い込むかの様な鍛錬を繰り返す北斗をシエルが満足気になるのであれば、その難易度は推して知るべし。

 とてもじゃないが、エイジやリンドウが態々手加減をするとは到底思えなかった。自然と緊張感が高まる。普段から薄着のナナは戦闘時以外では汗が出る事は少ないが、今だけは明らかに違っていた。

 

 

「え~それは…また考えておきますので」

 

「そうかい。良い返事を期待しているよ。今はまだクレイドルの教導が受けられるからね。これはある意味チャンスだと思うよ?それに、ロミオ君も序にどうだい?」

 

 まるで獲物を罠にかけるかの様な誘いにナナだけではなく、ロミオも引き攣った表情を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも良かったよな。もう問題ないんだろ?」

 

 支部長室を退出ると、今度こそ漸く落ち着く事が出来るからと全員がラウンジへと足を運んでいた。北斗達が出る際には防衛ラインが後退したままだったが、クレイドルの主軸組が帰還すると同時に、その前線は元の位置へと押し上げられていた。

 勿論それが誰の力によるものなのかは敢えて言う必要性はない。それ程までにクレイドルの主力の力を理解していた。だが、今はそんな事よりもナナの原隊復帰の方が先だとばかりに、アナグラの状況に関しては誰も語る事は無かった。

 

 

「う~ん。多分大丈夫だと思うんだけど……まだ何とも言えないって所かな」

 

「榊博士がああ言ってるなら大丈夫だろ?それよりも北斗の方が移動が速かった事に驚いたがな」

 

 ギルが言う様に北斗の移動速度は通常以上の早さだった。当初はリッカに案内されたままヘリに乗り込んだものの、飛び立ってからいつもとは違う事に気が付いていた。

 元々戦闘以外には関心が薄いからなのか、当時は何時もより早い位にしか考えていなかったが、ギルの言葉からすれば確かに間に合ったのは異常とも考えられていた。

 

 

「リッカに誘導されただけだから分からないんだけど、確かに速度はかなり出てた記憶があったかな」

 

「まぁ、ここには色んな設備もあるからな。結果オーライとは言え、やっぱり大したもんだ」

 

 ギルと話しているうちにラウンジへと到着する。まだ外にも関わらず色々な話声が聞こえていた。恐らくは今回の任務の慰労を兼ねた宴会でも開かれているのだろうと考えながら扉を開いていた。

 

 

「ようギル、お疲れさん。詳しい事はツバキさんから聞いたぞ。お前たちがここのアラガミの大半をおびき寄せたらしいな。お蔭で助かった」

 

「ハルさん。俺たちはナナを助ける為に出ただけであって、そこまで考えてた訳じゃ…」

 

 日が明るいにも関わらずハルオミは既に出来上がっていたのか息が既に酒臭かった。周りを見ればよほど厳しい戦いだったのか、何人かが包帯を巻いた状態で参加している。

 厳しい戦いを忘れたいと思う程に、既にこの会場はカオスとなっていた。

 

 

「まぁ、途中経過は何だって良いんだよ。ここじゃあんなミッションは偶にあるからな。気持ちのオンオフはしっかりしないと身が持たないぞ」

 

「はぁ。で、今回のこの様子はやっぱり防衛戦での打ち上げですか?」

 

「まあ、そんな所だな。遠慮なんてするなよ。料理と酒は待ってくれないんだ。早い者勝ちだぞ」

 

 会場のカオスっぷりに引いているのか、他の面々はどこか入り辛い雰囲気があった。しかし、ここではそれが当たり前である事はここに来た当初から知っている。そのキッカケとばかりに、北斗達はエイジの居る場所へと向かってた。

 

 

 

 

 

「大変だったみたいだね」

 

「いえ。何とか出来たので大丈夫ですから」

 

 エイジは定位置とも言えるカウンターの中、アリサはその前に座っていた。騒ぐラウンジとは違い、ここは紛れもなく料理人の戦場。

 隣ではムツミが休む間もなく、只管フライパンを動かし料理を作り続けていた。

 

 

「それよりも、エイジさんこそ任務があったのにカウンターの中ですか?」

 

 北斗と話ながらにもエイジの手は止まる事なく、またヒバリとカノンが料理を運んでいる。カウンターの内部の出来事など考慮しないとばかりに喧噪が支配していた。

 

 

「これは大した事じゃないからね。知っての通り今回みたいな大規模戦の後は割と打ち上げする事が多いし、ムツミちゃんだけは気の毒だからね。とりあえず有合わせだけど食べていきなよ。遠慮すると前みたいに無くなるから」

 

 エイジの言葉は以前のサテライトの視察の事を指していた。

 当時はまだ来たばかりだっただけでなく、サテライト計画の趣旨を考えた場合、ブラッドの立場はあまり良いとは言えなかった。

 事前にサツキの話が影響したのかもしれない。本部に頼ることなく独自で用意された資材を使う為に、フェンリルのロゴは殆ど見なかった。

 そうなればブラッドの立場はお客さんと同じ。それがあった為に遠慮がちに食べていた。

 

 だが、それは杞憂に終わる。

 イレギュラーで採ってきたエイジの肉は、職人があっと言う間に食べていた。気持ちは分かるが、目の前に置かれた食材が片っ端から無くなっていく。後でナナとロミオが悔しそうな表情をしていた事が思い出されていた。

ここでは食料事情は他よりもマシとは言え、食事と言えど我先に取らないと食いっぱぐれる位に遠慮が無い事だけは直ぐに理解できていた。

 

 

「そう言えば、兄様がから伝言があるんだけど、今直ぐじゃなくても良いから、時間にゆとりがあった際に来て欲しいって」

 

「あの、無明さんはここには居ないんですか?」

 

「ここには居ないね。近い所だから時間が空けば案内するよ。もし僕が居なくてもナオヤに聞けば分かるから」

 

「分かりました。ではその際には連絡します」

 

「そうそう。これ、少し取った方が良いよ。多分直ぐに無くなるだろうから」

 

 そう言いながらもエイジの手が止まる事は無かった。会話をしながらも両手は事前に決まっていたのかと思う程に左右の手が別々に動く。

 北斗は知らなかったが、ある程度の動きが出来る料理人の大半はそうだった。一つの事だけに捕らわれず、その先の工程にまで目を向ける。まるで事前に用意してあったかの様に新たな料理が創り出されていた。

 目の前には幾つかの大皿が目に入る。出来立てだからなのか、どの料理もまだ湯気が立ち上っていた。ここに来てからのラウンジの料理のレベルがどれ程なのかは良く知っている。

 これが運ばれるとなれば、自分が箸を伸ばす頃には無くなるであろう事だけは予見していた。となればやるべき事は一つだけ。

 エイジの許可が出ている以上、運ばれる前に何かを取らなければ最悪は食べる事も出来ない。北斗もまた空腹である事を思い出したからなのか、自分の分を取ると、一先ず落ち着く為に窓際へと移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、北斗。こんな所に居たんだ」

 

 少しだけ距離を取って食べていたが、気が付けばナナが隣に座っていた。

 何も持っていないのは既に満たされているからなのか、それとも他の要因があったのか。今の北斗にはそれが分からない。だが、あの時の表情からすれば今は何倍にもマシに見える。この表情なら一先ず安心だと考えゆっくりと食事をする事にしていた。

 

 

「今回の事なんだけど……ありがとう。来てくれた時は嬉しかった」

 

「あれは当然の事だから気にする必要は無いさ。それよりも今は血の力の制御は大丈夫なのか?」

 

「それについては榊博士からも説明は聞いたんだけど、何をどうしたのか今は完全に制御出来てるんだって。だから大丈夫だよ」

 

 笑顔で話すその言葉が本心である事は直ぐに理解していた。ナナとは事実上の同期でもある。フライアでは恐らく一番親交があるからこそ、今の表情がナナの状況を雄弁に語っている様に北斗は見えていた。

 

 

「そっか。だったら安心だな」

 

「あのね。……その件で一つだけ聞きたい事があるんだけど……」

 

「聞きたい事?」

 

 何となく歯切れの悪い言葉に、北斗もまたナナの表情を改めて確認していた。何となく深刻な様に見えないでもない。

 だが、今の会話で何か問題点があったのだろうか?特段変な会話をしたつもりは無い。

 取り止めの付かない内容だったはず。だからなのか、北斗もナナがどんな話をしようとしているのかを見るよりなかった。何時もとは違う表情。無意識の内に北斗はナナに視線を集中させていた。

 

 

「うん。ほら、オウガテイルが頭上から襲い掛かった時があったでしょ?その時に私って何か口走った?」

 

 当時の状況は確かに思い出されていた。あの時はかなりギリギリのタイミングだった記憶はあったが、ナナが何かを叫んでいた様な記憶は殆ど無かった。

 改めて思いだせば、何となく何かを言っていた様にも思える。だが、完全に集中していた関係で細かい内容までは覚えていない。そうまで言われると逆に北斗は何と言っていたのか気になり出していた。

 

 

「で、なんて言ってたの?」

 

 何気なく聞いたはずの言葉。北斗も何となく聞いただけに過ぎなかった。だが、返ってきたのは想定外の反応。ナナはまるで麻痺したかの様に動かなくなったと思った瞬間、頬だけでなく、顔を中心に一気に赤く染まっていた。

 

 

「き、聞こえてないなら問題ないから」

 

「そんなに困る様な事を口走ったのか?」

 

「な、何でも無いってば!」

 

 北斗は苛めたい気持ちは全く無く、純粋に疑問を解消したいだけ。にも関わらずこの反応は何かと困るも今は打開策は何も見つからなかった。

 

 

「北斗。それ以上はナナさんが困ってますよ」

 

 助け船を出したのはシエルだった。元々この空気に馴染みにくかったのか、それとも北斗とナナを見かけたから来たのは分からない。だが、今のナナにとってシエルの存在は有難かった。

 先程までナナに注がれた視線がシエルへと向かう。この膠着した空気が少し和らいだのか、ナナも少しだけ先程よりも落ち着きを見せていた。

 

 

「私なら大丈夫だよシエルちゃん。何だかすごく迷惑をかけたから、今はちょっと申し訳ないなぁとは思ってるんだけどね」

 

「考えすぎです。ブラッドは誰もそんな事なんて考えていませんから」

 

「シエルの言う通りだ。そんな事は誰も気にしてない。血の力の覚醒の方が重要なんだし、今後は頑張ればそれで良いだけだから気にしなくても問題無い」

 

 シエルだけでなく、北斗にまで言われると、それ以上の事は何も言えなくなった。確かに血の力に覚醒したまでは良かったが、他のメンバーとは違い、自分の場合は明らかに何らかの影響を与えている。少なくともナナはそう考えていた。

 だが、ブラッドの中で気にしていないと言われた事により、ナナは少しだけ心が軽くなっていく。幾ら能力の暴走が原因とは言え、子供の頃の内容までも完全にそれで片づけるには、まだ時間が足りなさ過ぎていた。

 

 今回は偶然窮地を脱しただけであり、今後はこの能力の制御を完璧にしなければこの前の様な状況がすぐに来る。

 その結果として、誰かの命が散る様な事があれば確実に立ち直る事は出来ないとも考えていた。本来であればそんな危惧を最初に指摘するが、北斗はそんな事は関係無いとばかりに口にする事は無かった。

 勿論それはシエルとて同じ事。どんなベテランであっても迂闊な事をすれば自身の命は簡単に消し飛ぶ事は理解している。

 血の力と言う物の存在を正確に誰もが理解していない以上、当事者の感覚だけが全てだった。

 『喚起』の能力によって覚醒された以上、北斗もまた態々脅かす様な真似をして怯ませる必要性を感じていない。それを正確に理解したからこそ、ナナは改めて気にしない方がマシであると考えていた。

 

 

 

 

 

「あれ、北斗の周りには常に女の子がいるみたいだね?今度はナナの番なの?流石だね」

 

 何となく良い雰囲気の空気だったはずが、突如として飛び込ん出来た言葉に穏やかな空気が破壊される。先程までの雰囲気は霧散していた。

 言葉の意味を考えれば対象になるのが誰なのかは直ぐに分かる。誤解だと弁解する前に、誰なのかを確認する必要があった。

 確認するかの様にゆっくりとその発言元へと振り返る。そこには、何となく顔が赤くなったリッカがグラス片手に近づいてきていた。酔っている事だけは間違い無い。だが、リッカの言葉の意味を察知したからなのか、シエルは完全に冷静さを失っていた。

 

 

「り、リッカさん。一体何の事なんでしょうか?」

 

「え?だってこの前シエルと抱き……」

 

「リッカさん!ちょっと相談があるんですが!」

 

 その言葉に何を察したのかシエルがその言葉を塞ぐべく突如として大きな声を出す。

 一体何の事なのかナナには分からないがシエルの言動を見た後の北斗の表情はどこかおかしい。気が付けばリッカはシエルに引き摺られる様にカウンターの方へと連れていかれていた。

 

 

「北斗。シエルちゃんと何かあったのかな~」

 

 ナナは表情は笑っていたが、目はどこか座っている。この場をどうやって脱出すべきなのか頭の中をフル回転させるも、残念ながらその手段が浮かぶ事は何もなかった。

 リッカは口にはしていないが、シエルの態度を見れば何かがあった事だけは間違い無い。あれでは言外に何かがあったと自白しているのと同じだった。

 北斗もまたそれを悟っている。あれは事故みたいなものであるだけはなく、何かあった場合、シエルにも迷惑をかける可能性が出てくる。これ以上の事はこの場で話すべき事では無いと判断していた。

 今出来る事は、一亥も早く話題の転換をし、この窮地を脱出する以外に出来なかった。

 

 

「いや。大した事は無いはずだけど。多分リッカさんの勘違いじゃないかな」

 

「本~当に?」

 

「本当だ」

 

「……………」

 

 ポーカーフェイスが信用されたのか、それ以上の追及は何も無かった。

 仮に何かを言った所で問題は回避出来ないかもしれない。だが、北斗自身がどこか人の感情の機微に疎いのか関心がないのか、人の名前を覚える事をしようとしない。ナナはそんな北斗の特性を知っていた。

 人間関係に関してそれ程関心を持っていない事を理解したのかもしれない。だが、今の北斗にナナの心情を察する事は出来なかった。今出来る事はナナの追及をどうやって躱すのか。それだけを考えていた。

 

 

「まあ、北斗だし」

 

 何となく貶められた様にも感じたが、それ以上の追及が無い。その結果としてナナからの追及を完全に躱す事が出来た。

 これ以上何かがこじれると面倒な事しか起こらない。ならばこのまま何も語らないのが一番であると北斗は無意識にそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撤退戦の馬鹿騒ぎから数日の間、ナナは様子見程度にミッションをこなしていた。当初はおっかなびっくりの出動ではあったが、外部では完全にナナの状態を観察していた。

 万が一の可能性だけでなく、実際に度どれ程の効果を発揮するのか。その確認の為だった。

 

 

「これならもう大丈夫でしょう。こちらが気になった数値も安定してるようなので」

 

「そうですね。今の状態は完全に安定していると言っても大丈夫かと」

 

 結果的には完全に制御出来ているとラケル、榊の両博士からのお墨付きを貰った事で漸く日常が戻りつつあった。

 

 

 

 

 

「これでもう大丈夫みたいだな」

 

「これからは私に任せてよ」

 

 ナナの能力を使う事により、ブラッドの戦術が拡大していた。誘引の能力は集合フェロモンと同じ効果を発揮する。その為にある程度の誘導を可能としていた。

 囮に近い作戦ではあるが、ナナもまた生き残る為の訓練を欠かさずこなしている。そんな作戦の結果は、直ぐに表れていた。

 

 今までの鬱憤を晴らすかの様に、数字が順調に積みあがっていた。

 一番の利点がアラガミの分断化だった。音に敏感なアラガミの場合、戦闘音を察知して現場に現れた結果乱戦となるケースがあったが、今はナナの誘引を利用する事でアラガミを常時分断させる事により、常に多対一の状況を作り上げていた。

 勿論アラガミの内容によっては不可能な場面もあるが、相対的にみればそれは僅かな物でしかない。何より安全に討伐できる事から周囲の状況を気にする事無くアラガミに意識を向ける事が出来た結果でもあった。

 

 

「何だかナナに全部美味しい所持って行かれた感じだよな」

 

「え~そんな事無いよ。ロミオ先輩だって……活躍してたんじゃないの?」

 

「あ、ああ。何だよ、ナナは俺の雄姿を見てないのかよ」

 

「だってアラガミを引き付けるなら単独の方がやりやすいから、そっちの事は分からないよ」

 

「……まぁ、そうだよな」

 

「ロミオ先輩どうかしたの?」

 

 何となく歯切れの悪いロミオにナナは何かあったのかと考えはするものの、ここ最近の戦術ではナナはそうしても単独になる可能性が高くなっていた。当然ながら囮として動けば周囲の状況は何となくでしか分からない。また、全体を見た際にも他のメンバーも血の力に目覚めた事から、以前よりも討伐時間が短縮される様になっていた。

 単純な能力だけならば気になる事は無い。ここが極東である為に、上の人間以外の数字が目に留まる事は少ない。ブラッドはその立ち位置から多少の注目を浴びる事はあったが、それ程では無かった。

 だが、血の力に目覚めた副産物とも言えるブラッドアーツの存在は戦場でも確実に目に留まる。誰もが気にしていなかったが、ロミオだけはその状況を一人忸怩たる思いで見ている事しか出来なかった。

 

 

「いや。何でもない。俺、ちょっと用事を思い出したから一足早く行くよ」

 

「おい、ロミオ。ったく、一体あいつはどうしたんだ?」

 

 ギルが呼び止めるも、何も聞かなかったかの様にロミオは走り去っていた。実際にロミオが何を考えているのかはナナだけでなく、他のメンバーも理解出来ない。

 だからなのか、ロミオの走り去る後ろ姿だけを見る事しか出来なかった。

 

 

 

 


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