神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第144話 解明すべき物

 突如として現れたアラガミの大群から撤退を成功させた事を受けたのか、ロビーに来るとそには先ほど交信したジュリウスとギルの姿があった。突然の襲撃は予想を超える疲労を呼び起こす。

 ミッション終了後に突如としてアラガミの大群が襲い掛かってきたのが堪えたのか、疲労感を隠す事無く当時の状況を北斗は2人に話していた。

 

 

「その件なんだが、一度榊支部長が話したい事があるそうだ。疲れている所済まないが、これから全員で支部長室に行く」

 

「ああ」

 

 恐らくは先ほどのナナの様子とも何かしら関連性があるのかもしれない。それ程までに先程の襲撃は不自然だった。原因が分からなければ対策の取り様も無い。

 まずは状況を確認しない事には話が進まないと判断したのか、全員が支部長室へと足を運んでいた。

 

 

「先ほどは大変だったね。無明君からも状況については聞いてるよ」

 

 ブラッドが入ると、そこには先ほど殿(しんがり)を務めていた無明とツバキも同席していた。

 これまでにも極東では何度かアラガミの大群に襲われた経験がある。勿論そこには何らかの陰謀があった事が殆どではあったが、今回の件に関してそんな兆候は一切無かった。

 今後の事も考えれば、指揮を執るツバキ達がこの場に居るのはある意味当然だとも考えられていた。

 

 

「それで榊支部長。我々を召集したと言う事は、原因が何か分かったと考えても良いのでしょうか?」

 

「ジュリウス君。その件に関してなんだが、実はラケル博士から聞いていた内容と今回の原因となった偏食場パルスの異常についての関連性が認められたんだよ」

 

「関連…性」

 

 突然の話にブラッドは驚く事になった。各自の血の力に関しては未だ完全に理解された物でもなく、血の力の因子が発露した場合どんな影響を及ぼすのかすら未だ研究の途中。ましてや、それが原因であるとは完全に想定外とも言える内容だった。

 事実、今回の榊の発言に対して、以前から話を聞いていたジュリウスとシエルが一番驚いている。それは、この内容に関しては実用はされているが、実際にはまだ発展途上でもある事が裏付けられたのと同意だった。

 

 

「そう。今回の件なんだが、偏食場パルスの異常性は君達の戦場を中心に拡がった事が原因となっている。実際にはどこまで影響を及ぼしているのかは未知数だが、それが一つの要因である事に間違いはないだろう」

 

 このメンバーの中で一番状況を理解し、その内容から今回の結果に位置づけ出来たのは単に無明がその現場に居たからだった。

 確かにあの時のアラガミは、通常とは違う何かに引っ張られている様な雰囲気と同時に、どこか狂気じみた雰囲気があった。捕喰欲求と言う本能そのものは変わらないが、詳細に関しては明らかに異様だった。獣と同じだと考えてもあの動きは尋常ではない。

 事前に聞いたラケルからの話の内容を組み合させた結果とも考える事が出来た。

 

 

「それと今回の件に関してなんだが、ナナ君の力が暴走した結果であれば、意識が回復してからは経過観察すると同時に、暫くは能力が安定しない事には今後の運営にも大きな障害となる可能性がある。

 我々としても不本意だが、このまま放置する訳にはいかない。君達に負担をかける様で済まないが、暫くはここの別室に居て貰う事になるよ。

 因みにそこは完全にオラクル細胞の活動を完全に遮断できるから安心してくれても大丈夫だから」

 

「榊博士。そうなるとナナはこれからどうなるんですか?」

 

「これからの事に関しては、我々としてはブラッドの能力に関して不安視はしていない。ただ、これは我々が決める事ではなく、君達とナナ君が考える事になるだろうね。どうだろう?気になるのであれば、一度ラケル博士とも相談してみては?」

 

「……了解しました」

 

 北斗の疑問に榊が答えるが、それは以前にラケルから言われた言葉と同じ内容でもあった。

 北斗自身は血の力に目覚めているが、シエルやジュリウスの様な目に見える分かり易いものではない。

 自分の意識しない部分。つまり、日常においても常時発動している様な物の為にハッキリとした自覚症状はなかった。

 しかしナナの暴走でアラガミを寄せ付けるとなれば、一旦戦場に降り立ってからは完全に帰投しても安心する事が出来なくなる可能性が高く、万が一の際には迫害の対象にもなり兼ねない。そうなれば待っているのは能力の完全破棄か単独での行動を余儀なくされる未来。そうなればブラッドに所属する意味の大半は失われたも同然だった。

 能力か身の安全か。どちらの選択肢もナナにとっては苦渋の決断となる事だけが今の北斗に分かる事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。どうしたんですか?」

 

 支部長室から出てラウンジに向かった所までは記憶があったが、どれほど時間が経過したのか、気が付けば目の前のコーヒーは完全に冷めていた。

 シエルが気を利かせて呼んでくれた事で漸く思考の森から脱出できたのか、既にラウンジには人影がまばらになっていた。

 

 

「前にもラケル博士から言われたって言ったと思うけど、どうすれば正解なんだろう?」

 

「例の道標となる話ですか?」

 

「ああ。今回の話からすれば、恐らくナナの血の力には集合フェロモンと同等の能力があるのかもしれない。

 前向きに考えれば索敵しなくても向こうから来るから便利だとは思うけど、血の力である以上は際限無く能力が発揮するはずなんだ。俺には分からないんだけど、シエルの直覚はどうなんだ?」

 

 北斗の言葉にシエルもまた自分の置き換えて考えていた。

 実際に、北斗の喚起とシエルの直覚は方向性が全く違う。無意識の内に撒かれる物と意識的に出来る物では方向性がが確実に違う。仮に切り替える事が可能であれば問題はないが、制御出来ないとなれば話は大きく変わる。

 言葉は少ないが、北斗が何を考えているのかシエルには痛い程に良く分かっていた。

 

 

「そうですね。私の場合は集中すると頭の中に直接何かが飛び込んで来る感じでしょうか。それを皆さんに直接データとして介在してるんだと思います。

 それと、、最近になってからは記憶が徐々に取り戻していると言うのであれば、無意識の内に自分の過去と向き合っているのかもしれません。ギルもそうでしたが、自身の内側と向き合って出た結果が血の力に目覚めるきっかけだと私は考えています」

 

「って事は、あとはナナが自分で答えを出すのを待つ以外に手が無いって事になるのか……なんだか歯痒い気分だ」

 

「そうですね。私達で出来る事は何かあると良いのですが……」

 

 答えが見つからないままに時間だけが過ぎていく。今はナナの様子がどうなっているのかは、本人以外には誰も知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいナナ。誰が来てもドアを開けちゃダメよ」

 

「は~い。わかった」

 

「そう。ナナは良い子ね」

 

 何時の頃なんだろか、目の前の母親がこれから任務に行くんだと子供のはずのナナは理解していた。

 当時はぼんやりとしか分からなかったが、ゴッドイーターになった今なら理解できる。

 これから任務に行く為にはナナを置いて行くしか手段がなく、また当時の状況は分からないが、この場所はアナグラでもなければ外部居住区でも無い。アラガミ防壁が無いからなのか、どこか隔離された様な雰囲気のある地域だった。

 

 

「寂しくなったらおでんパン食べるから平気だよ」

 

「そう。すぐに帰ってくるから、お利口にしててね」

 

 軽くナナの頭を撫で、そう言いながら母親はドアを開けて出て行った。幼い自分に出来る事はただ見送る事だけ。それを理解したからこその何時もと同じ行為だった。何時もと同じ。そこにナナが疑問に思う部分は何処にも無かった。

 

 かなりの時間が経過したのか、何時もよりも帰ってくるのが遅くなっている気がする。

 今回の様なケースは今までにも何度かあったので気にしてなかったが、何故か今回に限っては胸騒ぎが起こっていた。

 

 そんな中、不意にドアに何かが当たった様な音がする。これまでにここに訪れた人物は自分以外には母親だけ。ナナは疑う事は一切無かった。しかし、その瞬間思いだすのは母親との約束。

 開けてはダメとキツク言われた言葉は一旦忘れた事にして恐る恐る玄関のドアを開けた。何時もなら笑顔で待っているはずの母親。しかし、そこには笑顔では無く、血塗れで倒れている母親が居ただけだった。

 

 

「おかあさーん!」

 

 まるで夢だったのかとナナは瞬間的に目を開けていた。ここは見た事も無い天井と、壁にはいくつもの落書きがされた壁の部屋に一人寝かされていた。

 任務の途中で倒れた記憶だけが残っているが、その後はどうやって帰投したのか記憶が全くない。その前にここが一体どこなのかとキョロキョロと見渡すと同時に放送が聞こえていた。

 

 

「お目覚めの様だね。ここは特別な部屋になっているから、君の力が外には届かなくなっている。だから安心してくれて構わないよ」

 

 困惑した感情を宥めるかの様に、どこからかモニタリングしていたのか榊の声が聞こえていた。

 

 

「でも私の血の力って…」

 

「それについてなんだけど、目下究明中なんだよ。事実、血の力には目覚めた事は間違い無いんだが、今はコントロールする方法を確立する必要があるんだよ。すまないが、暫くの間はここで過ごしてもらう事になるよ」

 

「はい………」

 

 自分の暴走によって部隊を窮地に追い込んだ事だけが今のナナに理解できた事だった。

 小さい頃の記憶が垣間見せた様に、恐らくは今回のその力が大きく影響を及ぼしたのだろう。それと同時に、これ以上ここにいても許されるのだろうか。北斗やジュリウス達は自分の事を許してくれるのだろうか。一度沸き起こった不安が次々と浮上する。

 今の疑問に答えを持つ者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「榊支部長。ナナの様子はどうなんですか?」

 

 ナナが目覚めた一報はずぐ様ブラッドにも伝えられていた。

 当初の状況から考えればよほどの状況である事だけは理解できる。しかも、自身の力の暴走が生んだ結果が部隊の全滅させる可能性があった事は間違いなくナナも理解できる。

 今のナナの事を考えれば、確実にフォローが必要だと考えていた。だとすれば、一刻も早く行動に移すしかない。

 直ぐにその話をすべく面会を求めたが、榊によって阻まれていた。

 

 

「ジュリウス君。特に大きな問題は無いと考えているんだが、君達にはすまないが暫くの間は面会謝絶とさせて貰う事にするよ。

 恐らくは今の状況のまま君達との面会はどんな影響をもたらすのか、我々も計り知れないんだ。

 君達には酷な話かもしれないが、ここの安全を護る事も我々の仕事だからね」

 

「しかし、ナナは当時の状況を確実に自分が原因だと考える可能性もあります。それならば、一旦はその考えに対する意見を述べるだけではどうでしょうか?」

 

「本来であれば我々としてはその気持ちを汲んであげたいんだが、今回の件に関してはさっきも言った様に答えは同じだ。絆がどれ程の価値があるのかは我々とて知っている。

 しかし、今は完全に精神的な物から立ち直っていない以上、過剰な反応はかえってマイナスにしかならない。

 せめて少し自分と向き合える時間は必要だと思うよ。君達だってナナ君の事を心配してるのは身内だと考えているからなんだろう?」

 

「それは……」

 

 ブラッドの本心とも取れる部分を榊の口から聞く事によって、ここでは支部のトップであろうとも部下の心配はしっかりとしている事が理解出来た。

 榊はその見かけと言動から一見何もそんな部分を考えていない様にも見えるが、ここまでに極東で起きた事件の事を考えれば、他の支部長よりも格段にその内容を理解していた。それが分かるからこそジュリウスも抗弁出来ない。沈黙を肯定と取ったからなのか、榊は改めて口を開いていた。

 

 

「少しの間で良いんだ。ナナ君の事を信じてみてはくれないか?」

 

 榊の声のトーンからは拒絶の色は無かった。

 その話方はまるで自分たちの子供に諭す様な口調で、今後の事も踏まえて再度確認するからとこの場を収めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、これからの事を考えると頭が痛い話だね」

 

 ジュリウスが退出してから榊はどうしたものかと頭を抱える事になっていた。

 今回の原因を作ったのは間違い無くナナの血の力の暴走が原因ではあったものの、その根底にあるのはラケルが発見したP66偏食因子。

 

 この発見はP73から派生したP53に次ぐ新たな偏食因子の発表ではあったものの、あまりの特異性に適合するケースが殆どなく、また、凡庸型とも取れるP53程に広まる可能性が低い事から、世界中の支部でも詳細を知っている人物は誰も居なかった。事実、P66の恩恵を受ける事が出来るのは、世界中でも極東支部だけ。解析が進んでいるとは言え、オラクル細胞に関しては未だブラックボックスの部分が多分にある。

 だからこそ、その制御方法の確立となれば、これからの方針をどうすれば良いのかすら雲をつかむ様な話になっていた。

 

 

「事実、P66に関しては我々も知らない事の方が多すぎると言った方が早いかもしれません。ただ、これに適合し、今は安定した3人と隊長のジュリウスの事を考えれば、何かしらのヒントはあると考える事はできます」

 

「だが、この偏食因子に関しては、本部でさえも一部の人間しか知らないのは少しおかしいんじゃないのか?事実、私も今回の件で初めてこんな状況になるとは考えても居なかったのが本当の所だ。本当に本部はこれについて掌握しているのか?」

 

 今回の偏食因子に関しては、無明はそれほど重要視していなかった事が一つの要因でもあるが、これが研究者ベースで考えた際には実に不思議な部分が多々あった。

 新しい偏食因子の発見に伴う適合試験に関しては、未だに失敗する可能性があるP53とは違い、全員が何ら問題すらないまま適合している点が挙げられていた。

 

 同じ部隊のギルに関しては、一旦はP53に適合しながらもその後の検査でP66の適合までもがクリア出来るとなれば、何かしらの判断材料があったのかとまで考えられていた。しかし、それを裏付ける為の材料は極東支部には無い。情報提供をしたラケルの資料を見ても、肝心の部分には何も記載されていなかった。

 

 

「ツバキさん。今回の件に関してはともかく、今後の事も考えればこの場にずっと置いておくのは決して良いとは考えられない。今後の事も含めれば経過観察は必要だが、何かしらの対策を講じた状態で生活してもらうのが一番だろう」

 

「だが、あの能力をどうするのかが先決だろう。常時あそこまで襲撃されれば今後のミッションで同行出来る人員は限られてくる事にならないか?」

 

 ツバキの言葉は尤もだった。

 何気ないミッションで今回は始まったが、気が付けば大規模な襲撃へと発展している。このままでは早晩にでも極東支部として対策を立てない事にはここが壊滅する恐れが予見出来ていた。

 

 

「ただ、今回の件なんだが、実は以前にマクレイン君のデータを調べたんだが、少し変わった部分があってね。あの偏食因子は規則性があまり無いからなのか、どこか自我が制御している様に見えたんだ。

 これはまだ仮説の段階なんだが、この偏食因子に関してはある程度自分で制御が可能だと考えても差し支え無いだろうね」

 

「となれば、オラクル細胞そのものが大きく変化する可能性があるのでは?」

 

 血の力の発露の際には榊が嬉々としてデータを取っていた事が思い出されていた。恐らくはラケルもこの時点では何となく分かっていたのかもしれないが、今後がどうなるのかが分かっていない可能性もあった。

 今は極東に来ているが、それはあくまでも一時的な話。極東支部としては感応種対策として期待したいが、今後の運営に関してはフライアが取り仕切っている以上、こちらからは何も出来なかった。

 

 

「あくまでも可能性……の部分だね。実際にはもう少し有用なデータが必要だね」

 

 今後の展望を考えるも解決策が見いだせない以上、今は様子を見る以外に何も出来なかった。榊の言葉に室内は沈黙する。打開策が無いのであれば、様子を見る以外の選択肢は何も無かった。

 

 

 


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