神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第143話 撤退戦

「みんな!あと少しだけ頑張ってくれ」

 

 ヴェリアミーチは迫りくるオウガテイルの頭蓋を一撃で粉砕していた。

 本来であればプレデターフォームで何かしら取り出すが、今に限ってはそんな暇すら与えられない。一体だけではない。倒したその後ろから、次の個体が大きな口を開け突進していた。先が見えない戦いは精神を消耗させる。肉体と精神は徐々に疲労を蓄積していた。

 

 

「くそっ!次から次へとキリがないぞ!」

 

 ロミオが吐き捨てる様に言いたくなるのは無理も無かった。当初は小型のオウガテイルが殆どだったが、それが餌の様に誘導されてきたのか徐々に中型種が群れの中に混ざり出していた。

 

 既にどれ程の数を討伐したのかすら数えたくなくなる程にアラガミの死体は重なっていた。既に霧散した物を入れればかなりの数を討伐している。しかし、そんな事などお構いなしに、この数が減る気配は無かった。

 北斗の元には救出の為にヘリがここに向かっている事は伝えられているが、それでも現場到着までにはまだ時間がかかる。既にここは死地のど真ん中である事は北斗だけではなく、ここで戦っている全員の共通した認識でもあった。

 

 

「北斗!このままだとヴァジュラを先頭に大型種までもがここに来ます。このままだと我々も全滅する恐れがあります。今すぐにでもこの場からの離脱を考えないと危険です」

 

 血の力に目覚めたシエルの『直覚』の能力がこの先に何が起こっているのかを察知していた。これ以上この場に留まるのは危険以外の何物でもなく、また、この場に居る誰もがシエルの能力を疑う事はなかった。

 

 

「でもここから移動ったって、何処に行くつもりだ?」

 

 この場所からとなれば移動できそうな場所は限られていた。

 この地には幾つかの移動できそうなルートは確かに存在している。がしかし、既に数多のアラガミが急襲している事から、その可能性はかなり低くなっていた。

 今はまだ数の力で持ち堪えている。だからと言って、この状況が長く続けばどうなるのかは考えるまでも無かった。

 この場を脱出するのであれば誰かがこの場に残る。殿が無い撤退戦は、ある意味では絶望との戦い。誰もが頭ではわかっているが、それを実行するとなれば、相応の覚悟が必要だった。

 救出の為に出動した以上は、誰一人人員が欠ける事は許されない。仮に死傷者が出れば、ナナの精神が確実に壊れる。只でさえ不安定な状況が更に悪化すれば、このままリタイアする未来は誰にも予測可能だった。

 この死地の中で残るとなればそれは死を待つ以外の何物でもない。既にナナが錯乱気味になっている以上、誰が残るのかはほぼ決定している様なものだった。

 

 

「俺がこの場に残る。ロミオ先輩はナナをお願いします。シエルは2人の誘導をしてくれ」

 

「しかしそれでは……」

 

 シエルが言い淀むのは無理も無かった。

 この場に残ると言う事は即ち死と同義でもあり、またこの場に全員が残れば全滅の道しか残されていない。誰もが分かっているからこそシエルの言葉に口を挟む者はいなかった。

 

 

「シエル。それ以上の事は言うだけ無駄だ。北斗の気持ちを汲んでやれよ」

 

「ロミオはそれでも良いんですか!私は……私は、少なくとも納得できません」

 

 シエルの激白にロミオは驚きを隠さなかった。当初フライアに来た際には合理的な判断をし、また神機兵のトラブルの際にも同じ様に自己犠牲は問わないとまで考える事が出来ていたはずだった。

 しかし、この状況下でのシエルは明らかに以前とは違う。だからこそ、当時との大きな違いに驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウタ。先ほどの通りだ。予定よりも少し時間が早いが、このまま一気に行くぞ。リンドウ達も向かっているが、今はお前の判断に任せよう」

 

 急行中のヘリからは刻一刻と変化する戦場がモニターされていた。

 このままでは到着時には何人かの犠牲者が出ている可能性が高い。そこに追い打ちをかける様に大型種の接近はどう考えても最悪の二文字しか浮かばなかった。

 

 

「分かりました。俺もやれる事を精一杯やります」

 

「そうか。ならば後の事は頼んだぞ」

 

 その一言と共にヘリの開口部が大きく開く。上空から見れば恐らくはブラッドとの間には距離は殆ど開いておらず、ここからでもギリギリの可能性が高いとも判断できる程の距離でもあった。

 開いた瞬間に無明のその身は一気にダイブしながらも距離と方向を修正しながら現地へと一気に下降している。

 自分に出来る事は脱出の為の退路を開く。今はそれ以外の事は一切に考える事もなくコウタも自身のやるべき事だけを考えていた。

 

 

「コウタさん。現地の状況ですが、無明さんが殿で食い止めるならばここから少し先の所に開けた場所があります。距離は大した事はありませんが、今はこんな状況です。気を付けて下さい。我々も全員が搭乗できる事を祈っています」

 

「ありがとうございます。俺もここから一気に行きますので」

 

 そう一言残すと同時にコウタも一気にダイブする。まるでそれを見送ったかと思うと、ヘリは先ほどの指定場所へと向かいだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル。いつまでその場に居るんだ!早く退避しろ!」

 

 北斗は戦いながらも未だ動く気配が無い3人に苛立ちを覚え始めていた。

 副隊長としての命令を出し、本来であれば一も二も無く命令を実行するはずのシエルが率先して命令を聞こうとしていない。

 この場に留まる時間が長くなればなるほどにリスクだけは増大していく。事実、シエルの能力が無くても大型種が接近している事は北斗も理解していた。

 

 

「シエル!後ろだ!」

 

 いち早くアラガミの攻撃に気が付いたものの、この場から移動する事が事実不可能ともなれば、自然と指示を出す以外には何も出来ない。シエルの背後からは、これまで隠れていたからなのか、グボロ・グボロの砲弾がシエルに狙いを定めていた。

 このままでは直撃の可能性が高い。しかし、この場を離れる事すら許されないこの状況に北斗は自然と歯噛みしたくなる気持ちをそのままに怒声を飛ばしていた。

 

 

「えっ?」

 

 北斗の怒声に気が付くまでにどれ程の時間を有したのだろうか。少なくともこの戦場で意識が戦いから削がれればそれだけ命の灯が消える可能性は極めて高い。そんな当たり前の事に気が付かない程に今のシエルは冷静になれなかった。

 

 このままでは直撃と共に戦線が崩壊する。このままでは拙いと思われていた瞬間だった。

 突如としてアサルトのバレットが着弾したと同時にその場で小規模な爆発が何度も続く。弱点とも言えるそれが直撃したからなのか、グボロ・グボロは攻撃をする事なくその場で怯んでいた。

 

 

「みんな!まだ生きてるか!誰も死んでないよな?」

 

 グボロ・グボロを狙ったのはギリギリの所で間に合ったコウタだった。

 この瞬間、少しだけ北斗は安堵していた。コウタが居るのであれば増援が来た事になる。しかし、その増援が本当に大丈夫なのかは未だ理解出来なかった。

 

 

「コウタさん、すみません。何とか全員無事です。ただ、ナナだけは少し落ち着かせないと…」

 

 話ながらもアラガミと対峙したままの北斗は戦い続けていた。事前に連絡があったからこそ、今は誰が来ているのかを知っていたが、それ以外のメンバーはまだ何も知らなかった。

 

 

「とりあえず大型種がこっちに来てるけど、無明さんが殿でやってくれるから大丈夫だ」

 

「殿って事は増援は2人だけなんですか?」

 

                                         まさか増援が2人だけって事は無いだろうと考えていたが、どう考えてもそれ以上の人員が居る様には思えない。事実シエルの直覚でもこの場に来たのは2人だと理解していた。

 

 

「その辺は大丈夫だから。俺たちはすぐにヘリの回収場所まで走るんだ。ロミオ、悪いけどナナを頼むぞ」

 

 コウタもそう言いながら周囲を警戒し、その都度バレットを何発も打ち込む。

 元々はアサルトなので、完全な精密射撃は難しいはずだが、今は何もなかったかの様に当たり前にアラガミに着弾していた。小爆発が次々と起こる度にオウガテイルの悲鳴が上がる。先程までの勢いは若干弱まっていた。

 

 

「は、はい。ナナしっかりするんだ」

 

 ロミオが起こす頃には錯乱しきったのか意識が途切れていた。突如として起こった謎の襲撃が未だに止まる気配は無い。しかも時間的には大型種の接近までもが時間の問題だと思われた時だった。

 

 

「お前ら早くするんだ!」

 

 ヴァジュラの断末魔とも取れる大きな声と同時に何かが横たわる様に小さな地響きがしていた。

 既にこの場に大型種が来た証拠であると同時に、その場には一人の神機使いが血塗られた漆黒の刃を片手にこちらへと近づいてくる。

 その姿は先ほどコウタよりも一足早く戦場に降り立った無明だった。

 

 

「ここはもう数分で大規模な戦場と化す。完全に撤退するまでは俺がここを引き受ける。お前たちは直ぐにこの場から離脱しろ」

 

「しかし、この場に留まるのであれば…」

 

「シエルとか言ったな。同じ言葉は二度言わない。この場からすぐに立ち去れ」

 

 これ以上の押し問答は時間の無駄だと言わんばかりにシエルに反論をさせるつもりは無かった。

 先程倒したヴァジュラが少しでもここに到達させる事を阻む様に、敢えて横に倒れる様に討伐していた。

 

 幾らこちらに向かっているとは言え、アラガミも目の前にはいつでも捕喰が可能な餌があればそれに飛びつく。時間にすれば僅かとは言えど、この場から離脱させるには十分とも言える時間だった。

 

 

「無明さんの事なら心配するな。今は一刻も早く離脱する事を考えるんだ。ここから1キロ先に開けた場所がある。そこまでは全員一気に走り切るんだ」

 

 これ以上の時間をかけるのは正に愚の骨頂だと言わんばかりの言葉でコウタが先へと促す。既に無明はブラッドの事は意識から遠のくと同時に、ここから来るだろうと当たりを付けた場所で待ち構えていた。

 

 

「ロミオ先輩ナナをお願いします。シエルはコウタさんの後を!」

 

 北斗もその言葉通りに指示を出す。

 いくら綺麗事を言った所で、このまま全員が討ち死にする事だけは避ける必要があるのは今さらだった。

  既にロミオはナナを背負い、コウタは神機ケースにナナの神機を保管している。

これ以上この場に残るのは無理だと悟ったのか、そこから先は誰一人振り返る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。こちらも遠慮はしない」

 

 誰もが完全に居なくなった頃、一番最初のアラガミを完全に捕喰したからなのかサリエルとコンゴウが争う様に出てくる。

 元々待ち構えていた所での襲撃であれば、こちらが一方的に攻撃する事も可能である以上、時間をかける必要はどこにも無かった。

 

 争う様に来たサリエルはこれから攻撃を図るべくレーザーを数本無明に向けて放つ。

 元々ホーミングと呼べるほどの精密な動きをする事は無いが、空中から毒物を散布されると何かと都合が悪くなる可能性が高く、その結果として一番最初に討伐すると決めていた。

 

 

「はぁああああああ!」

 

 裂帛の気合いと共に浮いたスカートの部分を足掛かりに更に一段高く跳躍する。

 完全にサリエルの頭を超える高さにより、無明の姿がサリエルの視界には存在していない。

 この戦場で一瞬とは言え、見失ったのであれば、その先に待っているのは明確な死だけだった。

 

 頭上からサリエルの頭部に向けて一気に捕喰形態へと変化する。頭から完全に齧られたからなのか、ガリボリと咀嚼音をしながら無明はバーストモードへと変化していた。

 

 他のゴッドイーターとは違い、漆黒のオーラが無明の全身を包む。ここから始まるのは一方的な虐殺の為の合図変わりの狼煙が上がった様にも思えていた。

 先ほど齧られたアリエルは命が尽きたのか浮遊する事を諦めたのか、力無いまま地面を落ちた瞬間、無明は飛び降りると一陣の風の様に素早い動きでコンゴウに襲い掛かっていた。

 

 漆黒の影が動いたかの様な後には斬り刻まれたコンゴウの2本の腕が何事も無かったかの様に空中へと放り出される。

 それと同時にコンゴウ種の特徴でもある異常とも言える聴力を破壊する為に、頭部に刃が真横に走ると、コンゴウの顔の上部は既に無くなると同時に血が噴水の様に吹き出ていた。                                                                               

 

 

                                         最初の2体があっさり倒されたからなのか、それともその状況に警戒をしているからなのか、アラガミは本能的に無明に襲い掛かる事を止めていた。

 アラガミにも本能で黙る事があるのかとも考えるも、この場で動きを止めるのは襲われても文句が言えない事を示す。

 勿論、こちらとしても完全に撤退出来るだけの時間稼ぎだけをするつもりなので、不用意な態勢になる事もなく動きを止めた物から次々と屠り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウタさん。その……無明さんは大丈夫なんですか?」

 

「あの人なら問題無いから、気にする必要はないさ」

 

 ナナを背負いながらもやはり先ほどの状況のままに撤退するのは気が引けたのか、ナナを背負いながらにロミオはコウタに話かける。

 先程の場所からはそれなりに離れたからなのか、既に戦闘音が聞こえない距離まで来ていた。

 

 

「ロミオ先輩。あの人は大丈夫ですよ。エイジさんよりも戦闘能力が高いのは直ぐに分かりましたから、後は落ち着いて行動するだけですよ」

 

 話はしながらも耳は周囲の音を聞き分け、目は索敵をしている。恐らくは到着までに時間がかかる事は無いだろうと考えていた。

 既にヘリのローター音が戦闘音と入れ違いで聞こえて来る。このまま一気に乗り込むだけとなっていた。

 

 

「お前たち大丈夫か!」

 

 ヘリに乗り込むと、今回別行動だったジュリウスの声が聞こえていた。

 ギルと感応種討伐で離れていた際に通信をキャッチしていたが、現場からは間に合わず、連絡が出来たと同時に安否の確認をしていた。

 

 

「俺たちは大丈夫。コウタさん達の救援で何とか一息つけたよ。後は無明さんを回収してこのまま帰投する」

 

「そうか。今後の事もあるから、アナグラに付いてから榊支部長とも話をした方が良さそうだ。こちらはその準備をしておこう」

 

 そんな通信のやり取りが終わったと同時にヘリは緩やかにホバリングしながらゆっくりと上昇する。まだ戻らない無明を心配したが、その数秒後黒い影がヘリの足へとしがみつくと、無明はその勢いを利用して中へと入りこんでいた。

 

 時間にして数分だったにも関わらず、アラガミも届かないその上空からはどれ程討伐されたのか、おびただしい数のアラガミが倒れこんでいるのが見えていた。あれだけのアラガミを屠れば、体力的には限界に近いはず。にも拘わらず、当人でもある無明はそんな事など気にしないと言わんばかりだった。返り血一つ浴びていない。それ程までに鋭い斬撃は、先程までの不安を完全に払しょくしていた。

 戦闘力の高さを垣間見ながらも、全員は一路アナグラへと帰投していた。

 

                  

 


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