神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第142話 暴走する力

 まさかの話に北斗は悩んでいた。一番最初はただの新人だったはずが、ブラッドに人員が加わると同時に、自分の周囲の環境と状況も変化し始めていた。

 一番の要因はやはり自身の血の力に目覚めた事が一番の要因。『喚起』の力で覚醒した事によって自分の立ち位置が大きく変わりだしている事は自覚しているつもりだった。しかし、現実はそんな自身の考えから大きく逸脱し始めている。

 まさかここで一人の人間の人生までもを背負う事になるのではないのだろうかと思い始めていた。

 

 

「……斗、北斗。聞いてますか?」

 

「すまん。何の話だった?」

 

 何をどうやって来たのか記憶には無かったが、気が付けばラウンジのカウンターの隣でシエルが話かけていた様だった。

 決して何かを蔑ろにするつもりは無かったが、ラケルからの発言が北斗にとって予想外に重く感じ取っていた。

 血の力が芽吹く事が出来るのは自分の力が無ければ話にならない。しかし、それによっておこる副作用はシエルやギルには無かったから深く考える事は無い。北斗は半ば無意識のうちに安易に考えていた事を自覚していた。

 そんな中、まさか隣にいたはずのシエルの事に一切気が付いていないとなれば、更にその状況は良い物では無かった。

 

 

「大した話ではありません。ただ、支部長室から帰ってからの様子が変だったので確認したいと思ってただけですから。ラケル先生が来てた様ですが、何かあったんですか?」

 

 どうやら自分の事を気にかけてくれた結果だったのか、特に怒っている様な雰囲気は感じられなかったのが、今の北斗にはせめてもの救いでもあった。それと同時に一つだけ確認したい事があった。

 実際に北斗はゴッドイーターになるまではどちらかと言えば世間から離れた場所で暮らしていた。最低限の常識はあるが、かと言ってフライアに行くまではゴッドイーターそのものに関心すらない。

 何を聞くにも初めての事が多すぎた為に、これを機に少しだけシエルに確認したいと考えていた。

 

 

「実はナナの事を聞いてたんだよ。なぁシエル。ゴッドイーターチルドレンって知ってる?」

 

「産まれながらに偏食因子を持っている子供の事ですよね。以前何かの書類で見た記憶があります。それが今回の件と関連性があったんですか?」

 

 突如として出た話ではあったが、シエルは内容まで把握していたのか、これなら話が早いと支部長室での話をそのままする事にしていた。この事態を自分だけで判断するのは明らかに大きすぎる問題であれば、誰かの知恵があれば選択肢も増える事になる。

 北斗はそう考える事でシエルと情報を共有する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではナナさんの事は北斗が見ると言う事が本当なんでしょうか?」

 

 疑問とも取れる言い方に、北斗も同じ様に考えたくなる内容だったのかと改めて今回の内容を振り返っていた。

 確かにラケルからはナナの道標になってくれとは言われたが、決して全部の世話をしろと言っている訳では無い。

 話題が二転三転した結果にそう言われたから気が動転していたのかもしれない。シエルに話した事で漸く北斗の中でも情報を整理する事が出来ていた。

 

 

「今考えれば、そうは言われなかった。ただ、道標となるのならそう考えるんじゃないか?」

 

「北斗の言いたい事は理解出来ますが、道標はあくまで道先案内までの話であって、本当にその通りに進むかどうかは当人が判断する事です。私も血の力に目覚めた事で推測したんですが、あの時は感情の爆発と言った体で考えていましたが、それは各自の思いの強さが影響するのではないでしょうか?

 でなければブラッド内部で力の発露に違いが出るなんて事が本来であれば無いはずです」

 

「だが………」

 

 シエルの言葉には力が籠っていた。確かに全員が発露しないのは各自の考えがあったからで、全部を北斗がやった訳では無い。そう考えればシエルの言葉は北斗の内部にしっくりと来たような感じがあった。

 

 

「私はそんな北斗が好きですよ」

 

「え?」

 

「…そうじゃなくて……いえ。何事にも前向きで取り組もうとする…そんな考えがです」

 

 突然言われた言葉が、何か違う様にも思えたからなのか、シエルも改めて言いなおしていた。

 お互い何故か照れる様な雰囲気はそこにはあったが、現時点でそこから発展する事は無い。下手に色々と言われるのは不本意だと考えたからなのか、北斗は周囲を見渡す。

 今この場にいるのは目の前のムツミだけでもあり、今は何かの下ごしらえをしていたからなのか、恐る恐る見るとこちらには気が付いていない様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「うん。もう平気だよ」

 

「ナナさん。万が一の事があるといけないので、拙いと思ったら早めに教えて下さい」

 

「そうだよ。もっと俺たちを頼れよな。俺たちは家族なんだからさ」

 

「みんな心配性なんだから。私はもう大丈夫だから」

 

 皆の心配を他所に、自分は大丈夫だからとナナは元気一杯である事をアピールする。

 もちろん嘘ではないが事実でも無い。

 このミッションの直前にラケルからの診察とも言える話を聞いた事で、今のナナは自分がどうありたいのかを考える事になった。

 既に覚醒したシエル達は勿論の事だが、未だ覚醒していないロミオの事を考えると、本当にこのままで良いのかと自問自答する事もあった。

 

 今回の倒れた要因はあくまでも血の力の発露の為の準備段階でもあり、これが結果的には自身の記憶を呼び起こす要因となる。

 このまま何も変わらないまま過ごせば良いのかと考えれば、答えは否と言う他にない。

 それならばこれが一つのキッカケとなってやれば良いだけだと判断する方が前向きだと結論付けていた。

 

 

「今回はそんなに厳しい内容じゃないけど、相手が相手だからな。ロミオ先輩頼りにしてますよ」

 

「おう!任せろ!」

 

 高台から見下ろせば、そこにはボルグ・カムランが何かを捕喰している。

 今回の内容はこのアラガミ一体の討伐任務だった。極東に来るまではこれ程のアラガミと対峙する事は一度も無かった。しかし、極東に来てからその状況は大きく一変している。既に何体もの大型種も討伐しているからなのか、このメンバーなら何の問題も無いと考え、一気に殲滅する為に全員が一気に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロミオ先輩。盾をお願いします!」

 

「よっしゃ行くぜ!」

 

 北斗がボルグ・カムランの正面に立つと同時に、意識を自分へとし向ける。通常であれば強固な盾に阻まれる為に殆どの攻撃は背後からか、盾の結合崩壊を狙ってからの討伐が一番容易に対処できるやり方だった。

 しかし、その為にはある程度の攻撃を当てる必要性が出てくる為に、北斗は分かり易い程に正面に立つ事で大きく隙を作り出していた。

 荒れ狂う様に鋭い尻尾の攻撃を北斗はステップを踏みながら次々と躱す。尻尾を使う攻撃は強力ではあるが、致命的な隙が存在していた。巨大な針が地面に突き刺さる。

 力が強すぎた事によってボルグ・カムランは僅かに硬直していた。

 時間にして数秒。平時であれば問題にはならないが、戦闘時では致命的だった。

 その隙を逃すほどお人好しではない。既に闇色のオーラを刀身に纏ったロミオのチャージクラッシュがボルグ・カムランの盾を結合崩壊させていた。

 それと同時とも言える瞬間にナナのコラップサーがブーストの為の炎で背後の空気が若干揺らいでいる。既に準備は完了していた。

 

 

「ナナ!」

 

「任せて!」

 

 その一言でボルグ・カムランの死角から激しい炎と同時に異様な速度でハンマーの質量体が結合崩壊を起こした盾の部分に直撃する。

 既に盾の役割はそこには無く、ただ大きな弱点となった部分からその場所からは一気にボルグカ・ムランをダウンさせる程のダメージを与えていた。

 

 

「ロミオ先輩とナナは盾の部分を、俺とシエルは尻尾の部分だ!」

 

 それぞれが弱点だと思われる部分を重点的に狙い続ける。

 既に結合崩壊を起こした盾はその原型を留めていなかった。それと同時に尾の根本も結合崩壊を起こしたからからなのか、ダウンから立ち直る頃には既に千切れそうな尻尾がお情け程度のくっついていた。

 この時点で盾は存在せず、また尻尾もこのまま振り回せば自重で飛んでいくような状況となっていた為に振り回す事は不可能だった。既に誰の目にも死に体である事は明白だった。

 

 

「北斗!その場から離れて下さい!」

 

 シエルの言葉通りにその場から大きく離脱する。

 その瞬間死に体だったボルグ・カムランは一発の銃弾が尻尾から口の部分へと貫通した瞬間に数発の爆発が起こる。それが最後の止めとなったのか、その場で大きく倒れると動かなくなっていた。

 

 

「ひゃあ~シエルちゃんのバレットって凄いね。それが例のバレットなの?」

 

「ええ、北斗と私の想いの結晶結果ですから」

 

 想定したダメージを与えた事で満足したからなのか、シエルは笑顔だった。

 この結果にナナだけではなく、ロミオも驚いていた。

 以前に北斗とシエルが任務に行った際に確認されたとは聞いていたが、まさかここまでの威力だとは聞かされていなかった。

 

 

「そうなんだ。じゃあ私も北斗と何かしら作った方が良さそうな…」

 

《北斗さん。帰投準備中だとは思いますが、緊急事態です!戦域周辺のアラガミがそちらに向かって集結し始めています。こちらで観測出来るだけでも……大型種3体、中型種が6体、小型種は10体以上です。ただ、今確認出来る範囲なので、恐らくは更に寄せられる可能性が高いです》

 

 ナナの会話は突如として飛び込んだ通信によって終了していた。その瞬間、和やかな空気が一転し、緊迫な物へと変化している。

 ヒバリからの連絡は遅い訳では無く、ただアラガミの移動の方が極めて速かったのか、既に退路は塞がれ様としていた。

 ここは極東である以上、ある程度の警戒はしていたが、ここまでの大規模な物は想定外だったのか、通信ごしのヒバリの声には緊張感が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それって拙くない?俺たちも直ぐに緊急出動する。エイジ達はどうしてる?」

 

 アナグラでは突如として現れたアラガミの大群がブラッドの元へと移動している事にヒバリがいち早く気が付いていた。

 現状は近隣に出ているチームは無く、ここから現地へと向かう以外に何も出来なかった。

 

 本来であれば第1部隊がそのまま応援に行くのが一番ではあるが、このミッションでは討伐よりも撤退が一番重要視される。

 背中を向ける以上はアラガミからの攻撃に対し、なす術も無い。致命的な隙を曝しながらの撤退は命がけだった。実際にそれを体験している人間は意外と多くない。

 それがどれほど厳しい戦いになるのか、この中ではコウタが一番理解していた。

 

 

「エイジさん達は現在帰投中でしたが、そのまま現地向かっています。しかし、場所が場所なだけに時間がかかります」

 

「こんな時に限ってアリサもソーマの居ないか……」

 

 コウタは状況を確認しながらも出動の準備を続けている。エイジ達の場所からでは恐らくはギリギリ間に合わない可能性が高く、またタツミ達を呼び出す時間すら厳しかった。

 

 一旦現地によってからでは恐らくは事が終わった後でしか間に合わないと考えられていた。この時点で既に打つ手は殆どない。最悪は一人でも行くしかないと考え、そのままヘリポートへと急いでいた。

 

 

《コウタ、無明も一緒に出る。とりあえずはそれで何とか持つだろう》

 

「え……無明さんもですか?」

 

《緊急事態だ。使える戦力が無いなら仕方あるまい》

 

 ツバキから連絡にコウタは移動しながらも驚きを隠せなかった。無明の戦闘力の高さがどれ程なのかはコウタも大よそながらに理解している。事実、このアナグラの中でも上位に入るエイジが未だに手も足も出ない事は以前にエイジから聞いている。その無明が出ざるを得ない状況。詳細を知らないコウタも、現状がどれ程危険なのかを本能的に理解していた。それと同時に全力でヘリを走り出す。

 既にスタンバイしたままだった為にコウタが乗り込んだ瞬間、ヘリのロター音が唸りを上げて激しく回転すると同時に一気に急上昇を始めていた。今は一亥の猶予も無いまま急ぐ他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗さん。今アナグラからそちらに向かってコウタさんと無明さんが向かっています。それと同時にリンドウさん達も向かっていますので少しだけ耐えて下さい」

 

 ヒバリからの内容は応援の対処だった。時間と場所から判断すれば、恐らく間に合うのはコウタ達だけ。それでもここまでには最低でも10分の時間を要する事になった。

 

 

「皆!後10分だけ乗り切るんだ!そうすれば応援が来る」

 

「10分ですね、了解しました」

 

「分かった、任せろ。でもナナは大丈夫なのか?せめて逃げる状況を作るか、どこかに隠れた方が……」

 

 ロミオの言葉にナナの記憶の一部が突如として蘇る。

 まだ子供の頃に母親から言われた約束。扉を決して開けてはいけないと言われた事を忘れ、扉を開けた瞬間に血塗れとなった母親がその場に倒れていた場面がフラッシュバックとなって襲い掛かかっていた。

 またあの時と同じ状況。またあの時と同じ事を今度は目の前にいる3人が血塗れで倒れている可能性がある。そんな考えがナナの心の中を占めていた。

 

 

「いやぁあああああああ!」

 

 ナナの叫びが全員の動きを止めていた。突如として起こったそれが何を示すのかはこの場に居る人間は誰にも理解する事は出来なかった。

 本来であればナナの様子を伺いたいが、誰もが目の前のアラガミと対峙している為に近寄る事が出来ず、一亥も早く討伐する事を優先せざるを得ない状況になっていた。

 

 

「これってナナからなのか?」

 

 北斗は戦いながらも背中から感じる感覚が事実だと物語っていた。

 全員がお互いの背を向けている為に確認する事が出来ない。

 それでも戦いの最中に少しだけナナを見れば周囲に赤く渦巻く何かが見えた様な

気がしていた。

 

 

「ブラッドの皆さん。ナナさんから強い偏食場パルスが出ています。恐らくはその影響だと思いますが、更にアラガミを呼びこんでいます」

 

「まさかナナさんの血の力が暴走しているのでは」

 

 シエルの言葉にロミオもナナを見るが、やはり何か赤く渦巻く何かが見える以外には判断出来なかった。

 偏食場パルスは本来であれば目視する事は出来ない。にも関わらず目で確認出来る程の具現化された何かがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無明さん。一体ブラッドには何が起きてるんですか?」

 

「完全に確認した訳では無いが、先だってラケル博士からは血の力に関する内容を聞いたが、恐らくは何らかの状況下に陥った可能性が高いだろう。今回の状況は何らかの要因で発生した力が制御できず、それが暴走した結果のだと考えるのが無難だろうな」

 

「それって……」

 

「実際にはこの目で見ない事には何も分からん。一刻を争うことになる」

 

 ヘリの中では刻一刻と変わる戦場の様子が知らされていた。

 既に小型種だけではなく、向かっているアラガミの中には大型種の影も見えていた。

 現地を見ていないが無明の言葉にコウタは息を飲んでいた。

 このままでは退路を確保する前に全滅の恐れも出てくる。その為には一刻も早い退路と殿を引き受ける必要があった。

 

 

「コウタ、そろそろ現場だ。俺が殿(しんがり)で抑える間に退路を切り開け。落ち合うポイントは既に通達してあるが万が一の可能性もある。恐らく数が確実に増えるのは間違いない以上、無理な戦闘は避けるんだ」

 

「分かりました」

 

 コウタが答えると同時にヘリは現場上空に近づいていた。

 恐らく小型種はブラッドも対応するのは問題ないが、今先頭を走っているヴァジュラが到着すれば戦況は一気に最悪へと傾き始める。

 

 その前にある程度の数を減らす必要が存在していた。

 

 

 


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