神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第137話 切迫した事態

「よお副隊長さん。一人だなんて珍しいな」

 

 懸念される様な事は何一つ無く、何時もの日常が過ぎようとしていた。

 無明との邂逅以来、何となくではあったが、北斗の中でここの教導カリキュラムやエイジとの関連性を知る事が出来ていていた。シエルは物珍しい様な感じでやっていたが、北斗はどこか懐かしさが前に出ていた意味がここで理解出来ていた。

 通り一辺倒の内容ではなく、常に実戦の中でも最前線で生き残れる事を重視した教導に誰もが疲弊しながらも続けている。純粋に殉職者の数だけ見れば、極東支部の数は断トツで高い。

 しかし、ここに出没するアラガミのレベルを考えれば、寧ろ少ないとさえ感じ取れていた。戦場の空気を肌で感じているからこそ分かる事実だった。

 

 そんな事実を感じたからなのか、特に何か大きな変化は感じられない様にも思えたが、一つだけ違った事があった。

 支部長でもある榊からの指示で今はブラッドのメンバーが出る際にはエイジかリンドウが随行する事が多くなっていた。当初は困惑したものの、随行する意味は直ぐに理解していた。速さだけでなく、そこにあるのはアラガミの行動原理から来る効率の良い討伐方法。

 それぞれの目の前で戦い方を見た事もあってか、ブラッドの戦力そのものが増強されつつあった。

 そうなると、必然的に誰かが弾かれる事が出てくる。北斗は偶々メンバーの出動の関係で一人となっていた。

 

 

「最近はエイジさんや、リンドウさんが他のメンバーに随行する事が多くなったので、俺も少し時間にゆとりが出来たんですよ」

 

「そっか。リンドウさんとエイジの戦い方が参考になれば良いんだが……あれは多分真似出来ないだろうな。少なくとも俺には無理だ」

 

 ハルオミが苦笑しながらに話すのは仕方なかった。

 当初は参考になればと考えて遂行していたが、極東のアラガミでさえも他の地域と何ら変わる事無く、ほぼ一撃と言える程の手数で討伐が進められていた。

 

 一撃必殺となると、事実上アラガミのコアを直接破壊する事が多く、討伐だけを考えれば影響はあまりない。しかし、コアを破壊するとなれば、最低限必要性が高いコアの収集には多大な影響を及ぼしていた。

 最低限、確保が出来る物は無ければ今度は資材回収のミッションの際には何かと困る事も出てくる。

 そんな事も勘案した結果、今では攻撃するのは余程の事が無ければ手出しはせずに教導の一環と言った様になっていた。

 

 

「俺も初めて見た時は驚きました。特にエイジさんはまるでどこに急所があるのか知ってる様な勢いで討伐してましたから」

 

「でも、副隊長さんも無明さんの所と同じなんだろ?」

 

「それは違うんです。厳密に言えば俺の父親と顔見知りであって、実際には直接のコンタクトは殆ど無かったですね」

 

 当時の話はどうやらギルからも聞いていたのか、ハルオミも概要は知っていた。だからこそ、その戦い方が酷似しているのだろうと考えていたが、ここでは個人の戦い方よりも結果が重視される以上、事が大きくなる様な事態にはならなかった。

 そんな中でここ最近気になっていた事をふと思い出したのか、こんな機会は早々無いだろうと、北斗は思い切って元の上司でもあったハルオミに聞く事にしていた。

 

 

「そう言えば、ギルとは同じ支部だったんですよね?ここに来てからのギルは何となくですが様子がおかしいんで、ひょっとしたら過去に何かあったんじゃないかと思うんです。ハルオミさん。心当たりはありませんか?」

 

「ギルの様子がか?だとすれば俺がその原因の一つかもしれないな。そうだ、今から話す事はギルや他のメンバーには黙っておいてくれないか?」

 

 何時ものハルオミとは違う表情がすの全てを物語っているのか、様子がおかしいギルが気になるからなのか、ハルオミの話を今は聞く事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事があったんですか……」

 

 北斗の一言がハルオミの話の悲惨さを物語っていた。

 当初フライアに来た際にも、ギルはロミオから元の支部の話を聞かれた瞬間に激昂していた。当時は意味が分からなかったが、今回の話を聞けば確実にトラウマとも取れる内容であると同時に、それは一人の問題ではなく、ケイトと言う女性の殉職は目の前にいるハルオミの問題でもあった。

 仮に自分がギルと同じ立場になった際に、そこまで出来るのだろうか。恐らく当時の行為に対し、ギルの葛藤はまだ続いているのかもしれないと考えていた。

 

 

「実を言うと俺が各地を転々としているのは、その赤いカリギュラが目的だったんだ。ケイトの仇討ちだと考えていたんだが……ちょっと状況が変わり出してきたんだ。最近になってリンドウさんやエイジがここに来ただろ?あれは俺が探しているアラガミの討伐の為だったんだ」

 

「でも、それだとハルオミさんの立場が……」

 

「ああ。だからツバキさんに頼み込んだんだ。万が一発見した際には俺も同行するって事でな」

 

「ですが……」

 

「ああ。副隊長さんの言いたい事は分かってる」

 

 個人の見解を自分の主観で言って良い物なのか、北斗は言い淀んだ。この時代では誰しもが何らかの確立でアラガミに食われている事を考えれば仇討ちをと考えるのはある意味無駄な事だと考える事も出来る。

 しかし、それが目的の大半を占めるとなれば、当然その目的が達成出来た後の事をどう考えるのかが焦点となってくる。今のギルは恐らくはケイトと言う女性を手にかけた事を未だに悔やんでいる可能性が高い。

 

 復讐心なのか、自尊心なのか、それとも自身の存在意義なのかは本人以外には判断できないが、それでもその考えが必ずしも良い物だとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウタさん。大丈夫ですか?」

 

「ああ、ただ、正体不明のアラガミは恐らくこの近隣にいるはずなんだと思う。ヒバリちゃん、エイジに連絡取れないか?」

 

 ロビーでは予定よりも早かったのか、コウタが任務の途中で急遽帰投していた。今までの中でこんなケースは殆どなく、何が起こったのか原因が不明のままざわついているのが印象的だった。

 

 

「エイジさん。先程コウタ隊長から情報がありました。赤いカリギュラ種が出没した様です。……はい。リンドウさんも……はい、了解しました。では準備をしておきますので、お願いします」

 

 エイジとのやり取りを聞いて真っ先に反応したのは任務から帰投したばかりのギルだった。ハルオミ達はラウンジに居た為に気が付かなかったが、ギルは丁度ロビーに居た事から通信の全容を知っていた。

 

 

「ギルバートさん!どこへ行くんですか?」

 

「俺がそのカリギュラを討伐に行く。すまないがエイジさん達にそう伝えておいてくれ」

 

「それはダメです。今準備中なのでこのまま出動の許可を下ろす訳には行きません!」

 

 ヒバリの静止をまるで聞く気が無いのか、ギルはそのまま神機を取りに行こうとした時だった。エレベーターの扉が開いた瞬間、目の前の人物の鉄拳がギルの顔面へと飛ぶ。

 熱を持った頬がその勢いを現したからなのか、ギルはそのままその場に倒れこんでいた。

 

 

「一体何しやがる!」

 

「貴様は何様のつもりだ!私怨如きで勝手な真似は許さん!」

 

「私怨如き…だと」

 

 倒された先にはツバキが怒りを隠す事無くギルを見下ろしていた。突然の出来事にロビーが静まり返る。どれ程の時間が経過したのだろうかと思える程にその場の空気は緊張していた。

 

 

「貴様は何を考えているんだ!このまま行けばどうなるのか想像すら出来ないのか!」

 

 目の前の女性が誰なのかギルには理解できなかった。

 ここに居る人間であればツバキの事を知らない人間は誰一人居ない。しかし、ブラッドが来てからは会った事が無かったからなのか、ギルだけではなく北斗でさえも疑問しか湧かなかった。

 

 

「ツバキさん、すまない。俺からもこいつには言い聞かせるのでここは穏便にして…」

 

「真壁。一度しか言わんぞ。お前がそうまで考えたからこそ今回の件は承認したが、本来であれば、幾ら本部の特殊部隊が関与したとしても責任が追及された際にはお前一人がクビになった所で済む訳では無い事位は理解していると思ったんだが?」

 

 ツバキの言葉は当時ハルオミが今回の討伐に加わる際に厳重に言われていた事でもあった。

 一つの意志決定された物を覆す際にはそれ以上の多大な犠牲が発生する。もちろんそんな事はハルオミも承知の上でツバキに頼んでいた。それが今回の件でギルが暴走するとなれば査問委員会どころの話ではなくなり、結果的には極致化技術開発局全体までもが犠牲になる可能性が極めて高かった。

 もちろんギルはそんな事情は何も知らない。だからこそ私怨に駆られた行動をとっていた。

 

 

「それは理解しています…ただこいつは何も知らなかっただけで」

 

「知らなかったでは済まない事実もある」

 

「まぁまぁ姉上。それ位でもういいじゃないですか」

 

 このまま一触即発の状況が続くかと思われた際に、ヒバリからの連絡を受けたリンドウがいち早く駆けつけていた。

 

 

「リンドウ。お前もかばうのか?」

 

「いえ。そんなつもりは無いんですが……今回の件ですが、俺に預けてもらえませんか?」

 

 普段であればツバキもここまで激昂する事は無い。しかし、これはあくまでもフェンリルからクレイドルに発注された任務であると同時に、万が一の際に外部の人間が混じって失敗となった場合は確実にそのゴッドイーターは処分される事は間違いなかった。

 

 幾ら超人的な力を発揮しようとも、ゴッドイーターはフェンリルと言う名の組織に管理されいているにしか過ぎない。

 どれだけ慢性的な人手不足であろうとも、肝心の命令を聞く事が出来ないのであれば、それ以上管理できる道理はどこにも無い。命令を聞けない者を管理する程フェンリルと言う組織は甘くは無かった。

 無理をした結果、未達で終わるとなれば他の神機使いにまで余計な重荷を背負わす事になる。その結果、それはやむを得ないと言う名での処分が待っているだけだった。

 

 余程の状況をひっくり返す材料が無いかぎり、強権を発動させる事態だけは避ける必要があった。もちろんツバキとて態々そんな状況になってほしいなどとは考えていない。決して自己保身の為でなく、支部全体の事を考えればここは強硬姿勢を取ってでも止める必要があった。

 

 

「ツバキさん。ここはリンドウの意見を尊重すれば良いだろう」

 

「無明、お前もそう言うのか?」

 

「ツバキさんの言いたい事は俺が一番良く知っている。それとリンドウ。今回の件だが、万が一の事があれば幾らお前と言えど処分する必要が出てくる。それと、マクレイン。貴様にその責任の重大性を背負うほどの力量がお前にあるのか?ここは本部の様に甘くはないぞ」

 

 当初は何がどうなっているのか理解出来なかったが、ハルオミとリンドウのやり取りからギルも冷静になりつつあった。

 

 最初に聞いた際には我を忘れる部分もあったが、無明の言葉には目に見えない様な重苦しい迫力が存在していた。この場に居た全員が感じたのは殺気とも取れる程の圧力。何人かの人間は身体が芯から冷たく成る様な感覚に襲われていた。

 この場での対応を一つでも間違えれば自分の命など簡単に消し飛ぶと思える程の圧力。無明の言葉に改めて冷静になれたからなのか、今のギルは完全に落ち着いていた。

 この状況下で自分が勝手に行動すればどうなるのか、自分の我儘を押し通せばどんな結末が起きるのか、この時点で漸く冷静に考える事が出来ていた。

 

 

「申し訳ありませんでした。しかし、今回の件ですが、我々としてはマクレイン隊員の同行を認めて頂きたいと考えています」

 

「ジュリウス!なんでこんな所に!?」

 

 突如として出てきた発言はこの場に居ないはずのジュリウスからもたらされていた。今回のやりとりをどこかで確認したからなのか、ギルを手で制しながらも今の状況を確認しつつ事の顛末をツバキに説明していた。

 

 

「では、今回の件に関しては極致化技術開発局として責任を取る用意があると言う事で良いんだな?」

 

「既に局長以下、幹部の署名を頂いていますので」

 

 そもそもツバキとしてはクレイドルの成績と言った陳腐な考えは持ち合わせていなかった。万が一の際にはどうとでも出来る程の人脈も本部にはある。だからこそ冷静になる必要がそこにはあると考えていた。

 事を大きくすれば一人が暴走した結果、最悪の事態だけは避ける必要がある。そう考えた末の発言でもあった。

 

 

「マクレイン。お前は良い上司に恵まれたようだな。もう一度確認するが、本当に覚悟はあるんだろうな?」

 

「もちろんあります。だからこそぜひお願いします」

 

 ツバキの前でギルはおもむろに頭を下げる。今のギルからツバキの様子を知る事はできないが、それでもなお今の気持ちを押し殺す事無く真摯になっていた。

 

 

「そうか、ならば真壁。貴様がこのマクレインを管理するんだ。それとブラッドからは隊長格の人物を一人出せ。でないと報告の際に困る可能性が出てくるからな」

 

 ツバキの一言で漸く許可が下りていた。既に出発の手配は完了している。後はこのまま出動するだけとなった。

 

 

「リンドウ。貴様は帰ってからの懲罰を楽しみにしておけ」

 

「これから行くのに、士気が下がる様な発言は勘弁してほしいんですが……」

 

「今回の件はお前の横槍が原因なんだ。それ位の事は覚悟しろ」

 

「了解しました。で、ブラッドからは誰が出るんだ?」

 

 厳しい発言ではあるが、ツバキもリンドウもこれが本気では無い事位はお互いに理解している。笑みを浮かべながらも今後の段取りはスムーズに進んでいた。

 

 

「今回の件は北斗、お前が出てくれ。すまないが俺はこっちでやる事がある。お前の実力ならば大丈夫だろう。すまないがギルの事は頼んだぞ」

 

「ギル。詳しい事は分からないがとにかく今は目の前の事をやるだけだ」

 

「迷惑かけてすまない。ハルさん。すみませんでした」

 

「そんな事はどうでも良いから。まずはそのアラガミを退治する事からだろ」

 

 そう言いながらも4人は現場へと急行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりあれがそうだ。ギル、あのアラガミの背中の部分に何か見えないか?」

 

 現地に急行すると、そこには赤いカリギュラが何かを捕喰している様にも見えていた。ここからはまだ距離が離れている。ここからは慎重に行動する必要性があった。

 

 

「何か刺さっている様にも見えます…やはりあれがケイトさんの」

 

「だろうな。なぁリンドウ。頼みがある」

 

 何かを確認したからなのか、ハルオミがリンドウに頼み事をする。こんな状況での頼み事が何なのかはリンドウも想像していたからなのか、それ以上の言葉を聞く事もなくただ一言だけをハルオミに言うにとどまっていた。

 

 

「俺は今回はお目付け役だ。万が一には加勢するが、あれはお前の獲物なんだろ?」

 

「すまないな」

 

「まぁ良いって事よ。姉上には上手くいっておくから。俺もまだ命は惜しいからな」

 

 その一言が覚悟を決めたのかハルオミの表情が徐々に険しい物へと変貌する。

 その顔を見たギルも改めて赤いカリギュラを見据えていた。

 今ここで元グラスゴーとしての因縁を振り払う戦いが始まろうとしていた。

 

 

 


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