神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第136話 判断材料

「ギル!もう終わりか?こんなんじゃ話にならないぞ!」

 

「まだまだ!」

 

 扉を開けた向こう側ではガラス越しにエイジがギルと模擬戦をやっていた。ここに来るまでにどれ程時間が経過しているのか分からないが、パッと見た感じではギルは既に息は荒く、疲労感が滲み出ているからなのか、どこかボロボロの様にも見えていた。

 

 

「どうやら苦戦している様だな」

 

「ジュリウスですか。そうですね。ここまでで有効打は一つも入ってませんから」

 

「一つもか?」

 

「ええ」

 

 ガラス越しに見ていたシエルが振り返るとそこには声をかけたジュリウスと北斗がガラスの向こう側を見ていた。これまでの状況確認の為にログを見れば、確かに有効打は何一つ入っていない。それどころか、ギルが一方的に攻撃を受けている様にも見えていた。傍から見れば確実に入るであろうギルの一撃は、エイジが往なすかの様に攻撃の軌道が変えられている。渾身の力を放ったそれは既に死に体となったのか、致命的な隙を付かれ一撃の下に叩き伏せられていた。気が付けば既に他のメンバーも終わったのか、どこかぐったりとしていた。

 

 

 

 

 

「ぐわぁあああ!」

 

 ギルの声と共に吹き飛ばされる姿が見える。既にベテランの領域まで来ているにも関わらず、その差は大人と子供以上に隔絶した差が存在していた。ジュリウスだけでなく北斗もギルの力量は理解している。にも拘わらず目の前のエイジにはかすり傷一つ負わす事も出来ず攻めあぐねていた。

 

 

「如月中尉はずっとやってるのか?」

 

「そうですね。ここに居る間はずっと入りっぱなしです。しかし、極東最高と呼ばれる意味が何となく分かった気がします。ギルは攻撃しているんですが、まるで事前に攻撃する場所が分かっているのかと錯覚を感じる程に完全に受け流しています。あれでは恐らくギルが潰れるのは時間の問題かと思われますね」

 

「だろうな。あれだけ高度な技術を持つのであれば厳しいだろう」

 

 どれ程やっているのかは分からないが、確かに見ればエイジの息が上がっている要素はどこにもなかった。ジュリウスの中で以前に少しだけ本部の話を聞いた際に聞いた言葉が思い出されていた。

 当時はまだフライアは極東に向ける前の話ではあったが、本部で教導しているのは確か極東から来た人間だった記憶が少しだけあった。それがまさか目の前に居る人物だとは思ってもなかったのか、暫くの間は何も言葉を発する事が出来なかった。

 

 そうこうしている内にシエルの予想通りギルの方が先にスタミナが切れたのか、ここで教導は終了だと案内が告げられここで漸くジュリウスが挨拶する事になった。

 

 

「部隊の者が迷惑をかけた様で。自分がブラッド隊隊長のジュリウス・ヴィスコンティです」

 

「いや迷惑だなんて。僕も普段は教導してるから気になさらなくても大丈夫ですよ。そう言えば初めましてですね。僕はクレイドル所属の如月エイジです。僕の方こそアリサがお世話になったみたいで恐縮です」

 

 先程までの鬼気迫る迫力を全く感じる事無くジュリウスとエイジは握手を交わしていた。教導と今ではまるで別人だと思えるほどに人物なのかと、一度は疑いたく成る程に違い過ぎている。今まで見ていた教導に思い出したのか、ジュリウスが改めて口を開いた。

 

 

「いえ。こちらこそ、本部では『極東の鬼』と呼ばれる教導教官がやってくれたのであれば、我々の戦力の増強に役立つと思っています」

 

「ひょっとしてフライアの人達も知ってるんですか?」

 

「それは無いかと……ただ、我々も本部の所属なので噂程度ですが、そんな話は耳にしていますので」

 

 そんなやり取りに今まで大の字になっていたギルが漸く起き上ったかと思うと、改めてエイジに挨拶をしていた。

 

 

「そう言えば、如月さんはクレイドルでも接触禁忌種の討伐専門班なんですよね?」

 

「そうですけど、それがどうかしましたか?」

 

 この時点でギルは極東に来てからの考えの集大成があるのではないのだろうかと考え始めていた。毎晩のように夢に苛まれ、その都度自分には倒すだけの力量が無いと言われ続けている様な気分にさせられている。その為にはどうすれば良いのだろうかと一人考えていた。

 もちろん、その根底にあるのは以前に在籍していた支部での出来事。その為には今は少しでも強くなれる可能性があるならばと考えていた。

 

 

「実は…俺を…」

 

「あっ!ここでしたか。榊博士が呼んでましたよ」

 

 ギルの話を止めたのはエイジを捜していたアリサだった。いつもならば携帯端末に連絡を入れるが、アナグラに居る際には持ち歩かない事が多く、その結果として館内放送か誰かが呼びに行く事になっていた。

 

 

「もうそんな時間?じゃあすみませんが、これからちょっと行かないといけないので。よければこの後はラウンジに居ると思うんで来てください」

 

 急かされたのか、アリサと共にエイジも早足でこの場から去っていた。先ほどのギルの呟きの様な言葉は誰にも聞かれていない。それならば改めて話をすれば良いだろうと全員がラウンジへと向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「如月エイジ入ります」

 

「遅かったな。なんだ、教導だったのか?」

 

 

 声を出して支部長室に入ると、そこには無明とツバキ、リンドウまでもが待っていた。一番最後になった事もあってか何となく気遅れする場面はあったが、ここで全員が揃うのであれば、恐らくは何か重要な任務が入る可能性が高い。既にエイジの中では遅れた事実よりも、これから伝えられる内容の方が重要だと判断していた。

 

 

「そうです。先ほどまではブラッド隊の人達とやってました」

 

 そんなエイジの言葉にツバキとリンドウが反応を示していた。僅かに変化するその表情が示す物は一体何なのか理解出来ない。ならば話を聞けば何かしら分かるだろうと、今は話を聞く事を優先していた。

 

 

「実は以前に本部から泣きつかれた赤いカリギュラの件なんだが、いくつかの目撃情報と行動パターンを推測すると、ここ2.3日の間にアナグラ付近まで接近する可能性が極めて高い。その結果を勘案し、ここ数日間は出来るだけ討伐の際の遠方への任務は一時凍結とする事になった」

 

 リンドウの一言で、漸く今回エイジが呼び出された内容が把握出来た。接触禁忌種の討伐専門となれば、ある意味クレイドルとしての意義までもが確認される事になる。

 本来ならばこれで終了だが、先程のリンドウの発言にはどこか含みがあったようにも思えていた。

 

 

「ひょっとして例の赤いカリギュラの件で何かあったんですか?」

 

「ああ。ただ、その件で少し問題ってほどじゃないんだが、色々とあってな…」

 

 何か言いにくい事実があるのかリンドウの言葉の歯切れは悪く、どことなく言い淀む気配すら感じられていた。いつもの様に討伐するだけにも関わらず、言い淀むのであれば余程何かしらの問題を含んでいる可能性があるのでないのだろうか?そんな考えが広がり出していた。

 

 

「今回の討伐に関してだが、実は真壁から打診があった。今回の任務に関しては我々の内部での話になるのだが、クレイドルとして受けはするがその討伐任務に参加したいとの事だ。お前が先ほどブラッド隊の人間も教導していた事も偶然とは言え無関係では無い。今回の件はその最終確認だ」

 

 言い淀むリンドウに痺れを切らしたのか、ツバキが代わりに説明をする。今回の内容だけではなく、現在の遠征の際にはツバキが全権を持っている為に、エイジとリンドウはその判断をそのまま受け入れる事にした。

 

 

「僕としては異論はありませんが、万が一の事を考えると僕かリンドウさんのどちらかが入っていた方が良いかと思うんですが?」

 

「その件は姉上にも言ったんだが、俺が入る事にした。現場での判断はともかく、このまま任務失敗だけは最悪でも避ける必要があるからな」

 

「リンドウさんがそこまで言うなら、特に異論はありません」

 

 この時点でハルオミの討伐許可は出たものの、それはあくまでもハルオミの戦力を今まで見てきたからであって、それ以外の人間が参加する場合であれば話は別問題となる。この極東に居る間は最低限の犠牲者で乗り切りたいと考えている以上、何かしらの確認は必要不可欠だった。

 

 

「その件だが、エイジ。すまないが暫くブラッド隊の連中と一緒に任務に出てくれないか?戦力を確かめない事にはこちらとしても安易な判断は出来ない。手間がかかるのは承知の上だが、暫くの間はそうしてくれ」

 

「了解しました」

 

 無明の言葉をそのまま受け入れる事で、暫くの間はエイジもミッションに同行する事が決定していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かりました。こちらとしても提案を断る必要性はありませんので、暫くの間は恐れ入りますが宜しくお願いします」

 

 支部長室で決定した事項は程なくしてラウンジに居たジュリウスの元にも伝えられていた。

 元々フライアの目的は神機兵の教導と同時に、様々なアラガミに対応できる様に、ここ極東でのデータ収集が一番の目的となっている。だからと言って今の部隊の実力の底上げもまた重要な内容に変わりなかった。

 幾ら神器兵が強くなったとしても、全てがそれで完結する訳ではない。となれば当然の様に部隊の強化もまた必須条件だった。

 ジュリウスからすればエイジがミッションに同行するのは部隊の能力の底上げになるからとの思惑があった事もあり、そのまま快諾されていた。

 

 

「あの~エイジさん。そうなると私達はクレイドルの指揮下に入るって事なんですか?」

 

「指揮下って言われればそうなんだけど、基本的には皆の力量を見たいから、細かい指示は出さないよ」

 

「しかし、それでは統制が取れなくなるのでは無いのでしょうか?」

 

 ナナが戸惑うと同時にシエルの言葉が一番の懸念材料でもあった。

 現場に指揮の統制が無い場合、各自の判断で行動する事になってくる。各自がそれぞれ独立した力量があれば問題ないが、いくらブラッドとは言え、万が一の想定をしない訳にも行かない。だからこそ、その真意を知る必要があった。

 

 

「じゃあ、一つ聞くけど、こちらが出した内容を完全に実施出来ないケースに出くわした場合、君達は何も出来ないなんて事は無いと考えているからこその話だよ。出さないのはあくまでも細かい指示であって大まかな行動方針はちゃんと出すから大丈夫だよ」

 

「如月さんもそう言ってるんだから、いつもの俺たちで良いんじゃないのか?」

 

「北斗がそう言うなら私も問題無いよ」

 

 このブラッドは恐らくは隊長と副隊長を中心に結束されているのか、随分と信頼されているんだとエイジは内心考えていた。

 今回の内容はあくまでもブラッドがここ極東に於いて戦力足りえる存在なのか否なのかの試金石と考えているのであって、決して下に見ている訳でも値踏みしている訳でもなかった。仮にそれなりの実力しかないのであれば、それなりの運用をするだけの話。厳しい言い方ではあるが、ここ極東での考えに甘い部分があれば部隊の全滅しかない。

 そんな考えをおくびにも出さずに今は他のメンバーのやり取りを聞いているにとどまっていた。

 

 

「そう言えば、饗庭さん。コウタから聞いたんですが、兄様に用事があったんですか?」

 

「如月さん、俺の事は北斗で結構ですよ。あの、無明さんの弟なんですか?」

 

 突如として振られた話は北斗の核心をついたのか、少しだけ反応が鈍かったものの、それでもしっかりと判断したのか逆に質問されていた。

 コウタからも少し聞いた事を無明に話たが、結果的には何も聞かされておらず、その結果に答える事が出来なかった。

 しかし、関係性に関しては極東では大よそ知らない人間の方が少なく、その程度の事した答えられなかった。

 

 

「厳密には肉親では無いですね。ここだと僕とナオヤは同じ所で育ってきたのでそう呼んでいるだけですから」

 

「そうだったんですか。実は少しだけ確認したい事があったのと、コウタさんからそんな話を聞いたので…」

 

 エイジと北斗の話にナナやシエルだけではなくジュリウスも話について行く事は出来なかった。公開されたプロフィールに関しては隊長権限だけでは確認できない事も多く、その結果ジュリウスも北斗の詳細を知っている訳では無かった。

 

 

「エイジすまんが、もう一度支部長室まで来てくれないか?」

 

 ラウンジに来るのが珍しいのか、無明がカウンターへと近づいてくる。極東の人間は気にしていないが、ブラッドのメンバーは初顔合わせなのか、来た人物が誰なのか理解出来ない。そんな中で北斗だけが一人驚きを隠していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだったのか。でお父君は息災なのか?」

 

「父上は昨年の流行病で亡くなりました。今は里の皆で何とか切り盛りしている所です」

 

 ラウンジの中でもボックス席で無明と北斗は何か話し込んでいる様にも見えていた。

 突如現れた事で、一体どんな関係なのか理解できないまでも、まずは様子を見ようと全員がラウンジから離れる事無く固唾を飲んで見守っていた。

 

 

「あの~エイジさん。北斗と無明さん?ってどんな関係なんですか?」

 

「いや、僕も知らないんだ。念の為にナオヤにも聞いたんだけど知らないって言ってたんだけどね。後は弥生さん位かな」

 

「でも無明さんか?あの人は本当にゴッドイーターなのか?気配はまるで感じないし、普段からここで見た事無い気がしてるんだが」

 

 何か込み入った話の様でもあったが、一体何を話いているのか聞き取る事は出来ない。今は若干静かな状況にも関わらず、会話が聞こえる気配は一向になかった。

 

 

「ギルさん。僕はここでは極東最高なんて言われてるみたいだけど、本当の事を言えば兄様の足元にも及ばないんだよ。以前に何度も稽古をつけて貰っていたけど、まともに攻撃が当たった事なんて一度も無いから」

 

 エイジの何気ない一言にギルだけではなくジュリウスとシエルも驚きを隠せなかった。

 模擬選ではギルの攻撃が掠る事すらなく、また教導の際にも一撃を当てる事すら出来なかったのはログの見て判断している。

 そんな人物でさえも当たらないのであればどれ程の力量なのか、ナナとロミオ以外は誰も想像すらできなかった。

 

 

「因みにキルレートで換算するなら多分5対1位でやっと均衡かもね」

 

「あの、なんでそんな戦力を持った方がこうまで名前が知られていないんでしょうか?本来ならば誰もが知っているはずなんだと思うんですが」

 

「シエルさんの言いたい事は分かるんだけどね。まぁ、その辺りは身内は誰も聞くつもりは無いから気にしなくても良いと思うよ」

 

「エイジさんがそう言うのであれば。私達もそれ以上の追及もしませんが……でも興味はありますね」

 

 シエルの言葉を聞きながらも、ジュリウスは今までに本当に一度も見た事が無かったのか、過去の記憶を呼び起こすかの様に考えていた。そんな中で該当する人物が一人だけいた。今の見た目ではないが、やはり元神機使いと言う異色の経歴を持ってるからと只管思い出そうとした時だった。

 以前にどこかで会った記憶がある事を思い出していた。

 

 

「エイジさん。ひょっとして無明さんは紫藤博士と近い人でしょうか?」

 

「近いんじゃなくて本人だよ」

 

「やはり……小さい頃ですが何となく見た記憶が有った様な気がしたので」

 

 今度はジュリウスの言葉に他のメンバーが驚いていた。ジュリウスが小さい頃であれば、それはマグノリア=コンパス時代の事を指している。しかし、ロミオやシエルにナナもそんな記憶は微塵も無い。だからこそその発言は驚愕とも取れていた。

 そんな話は未だ止まる事も無くまだ話は続いているの様にも見えていたかと思われた際に、突如として北斗が立ち上がってこちらへと戻ってきた。

 一体何を話していたのかは分かんないものの、その顔は少しだけ晴れ晴れとした様にも見えていた。

 

 

 


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