神を喰らいし者と影   作:無為の極

141 / 278
第134話 ギルの憂慮

「あれ?リンドウさん。いつこっちに来てたんです?」

 

 ラウンジでは先日ギルと話をしていた人物がリンドウと話をしていた。昨日の時点では然程気にしていなかったが、話をしている所を見れば旧知の間柄の様にも見えている。ここアナグラでは平均的な年齢が低い事もあってか、その2人の空間だけは随分とアダルティーな物になっていた。

 

 

「一昨日だ。昨日はちょっと身内の事でここには居なかったんだ。まぁ、今日は現場の確認と今後の予定の打ち合わせだったから、明日からは現場だな」

 

「リンドウさんが現場に出るなら俺も少しは楽出来るかもしれませんかね」

 

 酒を酌み交わしながらに募る話があったのか、色々と話をしている。リンドウも実際にはアナグラに居る事は少なく、エイジと共に接触禁忌種の討伐専門で出張する事が多かった。

 

 

「それは無いな。今回俺達がここに来たのは、極東に向けて未確認の接触禁忌種の目撃情報があったからだ。恐らくはそれが討伐出来れば、また暫くは出る事になるだろうな」

 

「未確認のアラガミなんて、ここいらじゃしょっちゅうじゃないです?」

 

 リンドウの相手をしていたのは以前に本部にいた真壁ハルオミだった。以前本部で話したやり取りが思い出されるが、まさかそんな内容でリンドウがここに来ているとは想定外だった。

 

 

「まぁそうなんだが、今回のアラガミは今まで目撃はされてたんだが……取りあえず極東での目撃情報が多かったから俺達も討伐専門班として動いたって訳だ。そう言えば、お前も前にそんな話をしてよな?」

 

「あれ?覚えてたんですか。俺も元々はその為に色んな支部を転々としてたんで、今回ここに来たのもそれが目的なんですけどね。因みにどんなアラガミなんですか?」

 

 ハルオミも以前に話をした際には具体的な話は避けていた。しかし、ここに来て久しぶりにギルの姿を見てリンドウと話をしている事もあってか、何時もとは雰囲気が違っていた。そんな偶然が重なった結果なのか、リンドウも特に何も考える事もなく普通に話をしていた。

 

 

「確か、赤いカリギュラだったな。他の支部でも甚大な被害が出てるみたいでな。今回の件については俺達の本来の目的では無かったんだが、本部から泣きつかれてな。それで俺達も改めて拠点を移動する事にしたんだ」

 

「そう……でしたか…」

 

 リンドウの何気ない話にハルオミの表情が僅かに曇る。リンドウは気が付かなかったが、被害が出た支部はグラスゴー。そしてそれがハルオミが世界中を渡り歩いてでも探し出したかったアラガミでもあった。

 このまま話を続ければ間違いなくリンドウも言葉の意味を察知する。悟られる事が無い様にハルオミはスコッチを一気に飲み干していた。

 

 

「ハルオミさん。そのスコッチはそんな風に飲むものじゃありませんよ」

 

「ごめんごめん。ちょっと考える事があったんだ。こんな良い酒を味わわずに飲むなんて勿体無いからね。ましてや目の前にこんな綺麗な女性がいるなら尚更かな」

 

 今日はバータイムに弥生が居た事から既にラウンジの証明も少し落ち、何時ものラウンジの印象とは違っていた。そんな事もあってか、周りには人が少なかった。

 偶然リンドウと会ったからなのか、それともこの雰囲気がそうさせたのかは分からないが、今日のやり取りはハルオミにとっては有難い話であったと同時に困った展開にもなりつつあった。

 実際に少しばかりリンドウとエイジと合同でミッションに行った記憶が思い出される。

 

 幾ら極東ではないと言っても、接触禁忌種は伊達では無い。かなり慎重な行動をしなければ簡単に命が消し飛ぶ程の凶悪な種のはずだったが、この2人が同時に入ったミッションでは接触禁忌種ではなく、本当は通常種かと思う程に討伐の時間が早かった。

 当初は虚偽の申告だと疑われる場面もあったが、何度が本部の調査員が随行した際には、通常よりも早く完了した事から誰も疑う事は無かった。

 確固たる実績が物を言う世界。既に本部ではクレイドルの討伐専門部隊の認知は完全に成されていた。

 

 

「リンドウさんも、そろそろこれ位にしたら?サクヤさんもそろそろ怒りますよ」

 

「もう少しだけ良いだろ?折角めでたい事もあったんだし、あと一杯だけ飲んだら戻るから」

 

 やれやれと言った表情を崩す事無く、弥生は最後だとグラスを差し出す。琥珀色をした液体からは芳醇な香りが漂っていた。氷が少しだけ融けたのか、カランと音が鳴るそんなグラスをリンドウは眺めていた。

 

 

「めでたい事ってなんです?そう言えば昨日はエイジも見なかったんですけど」

 

 その一言にリンドウも失言だったと少しだけ悔やんでいた。無明とツバキが結婚した事は特に秘密では無いが、態々知らせる程の内容でも無い。事実、サクヤはレンと一緒に自宅ではなく、屋敷に逗留している事から、特に気にしていない可能性が割と高いからこそハルオミと飲んでいた。

 恐らく屋敷では何かしらやっているのだろうが、ここに弥生が居る以上、気が付かれる事無く確認する為にリンドウは視線を弥生へと向けていた。

 

 

「あ~その件なんだが、ここだけの話にしてくれないか?下手に騒がれるとちょっと困る可能性があるんだが…」

 

「機密か何かですか?」

 

 改めて弥生を見るが特に反応する事も無かった。文字通り機密ではない。ただここでは案外知らない人間も多いから敢えて言う必要性が無かっただけだった。しかし、ハルオミもツバキの事を知ってる以上、おいそれと口外する可能性は低いだろうと、誰にも聞こえない様な声で話した。

 

 

「実は先日姉上が結婚してな。その関係でちょっと不在にしてたんだ」

 

「………え?ツバキさんが…ですか?」

 

 リンドウのまさかの発言にハルオミも反応する事が遅れたのか、言葉が直ぐには出てこなかった。

 

 

「ああ。まぁ、本当の事を言えばいつまで独り身なんだろうかと心配はしたんだが、これで落ち着いたかと思うと感慨深くてな…」

 

「そうか。私はお前にも心配をかけていたとはな。ならばこれからは安心するが良い」

 

 この場には絶対に居ないと思われていた声が2人の背後から聞こえる。何時の間に来たのか、不覚にも気が付いた者は居なかった。

 

 弥生が教えてくれれば良かったが、恐らくは姿が見えた事が確認できたからなのか、それとも敢えて何も言わなかったのかは分からないがこの場では沈黙していた。この声はどう考えても間違い無いとは思うも、恐ろしくて振り返る事が出来ない。

 2人はその声からまるで戦闘中の様に緊張感が一気に高まる。

 チラリと弥生を見れば、何か面白い物が見れたと感じたのか、少しだけ笑みがこぼれていた。

 

 

「あの、姉上。今日は何故こんな所に?」

 

「サクヤが伝言があるからとお前に連絡してもつながらないから、私がここに来るついでに来たんだ。お前はいつまで飲んでるつもりなんだ?そろそろ禁酒した方が良さそうだな。その方が緊急出動の数を増やせるだろう」

 

「いや、それはちょっと……」

 

ツ バキの一言で酔いが一気に醒めたのか、リンドウの慌てる姿がハッキリと見える。気が付けば隣に居たハルオミの表情も優れてはいなかった。

 

 

「真壁。貴様も私が暫くはここで指揮を執るから今までの様な振る舞いは許さんぞ」

 

「り、了解しました」

 

 まさかの出現にリンドウとハルオミはまるで別人の様になっていた。明日からの事を考えれば恐らくは厳しい日常が待っているに違いない。今はそんなどうでも良い様な考えが2人の中で共通していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いだからギル。私がアラガミになる前に」

 

「ケイトさん。新たに配備された新薬を使えば」

 

 一人の女性の腕輪から黒煙が生き物の様に揺らめいている。恐らくは体内のオラクル細胞が暴走しているのがそのまま漏れ出ている様にも見えた。

 

 

「ううん。もうここからだと間に合わない。それにあの新薬はこの現場には持ってきていないから、もう間に合わないの」

 

「それでも今から動けば……」

 

「お願いだからハルが来る前に……辛いのは分かってるけどギルにしか頼めないの」

 

 以前に発表された新薬はゴッドイーターの生還率を高め、万が一の際にはオラクル細胞の暴走によるアラガミ化を食い止める新薬として各支部へと配布されていた。しかし、この支部では普段から出現するアラガミの内容を考慮した結果として配備は遅く、また個数に関しても僅かな物となっていた。

 本来であればミッションの際には隊長クラスは常備してるが、個数の少なさと今回の内容から判断した結果、期待されていた新薬は所持していなかった。

 

 

「……分かりました。ケイトさんすみません…」

 

「最後にこんな事になってゴメンって伝えておいてくれないかな……」

 

 その一言がギルを決心させる。このままではどうなるのかはゴッドイーターであれば誰もが知ってる結果しかこの先の未来には無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケイトさん!!」

 

 突如として叫んだと思った瞬間、ギルはベッドから飛び起きた。もう既にこの夢の見るのは何度目なのだろうか。フライアに配属される前のやり取りがまるで昨日の様に思えると同時に、頬に一筋の何かが流れているのが理解出来た。

 フライアに配属された当初は見る事が無かった夢ではあったが、ここ極東に来てからはほぼ毎日と言っても良い程頻繁に見る様になっていた。キッカケは極東に来た際に見た懐かしい顔。

 当時グラスゴー支部に配属された際にいた先輩神機使いでもあった真壁ハルオミだった。

 

 ラウンジで酒を酌み交わしながらその後の話を幾つかしていたが、やはり心理的には自分は許される存在なのだろうかと自問自答する日々が続いていた。そんな中での夢見は確実にギルの精神を蝕んでいく。このトラウマとも取れる内容は一体いつになれば晴れるのだろうか。毎朝起きると同時に自戒の念に駆られていた。

 

 

「俺が出来る事なんて……」

 

 このまま起きても良かったが、時計を見ればまだ深夜とも早朝とも取れる時間帯。このまま何もする事も無く眠ろうと思ったものの、知らない間に喉が渇いて居た事もあってか、ラウンジへと足を運ぶ事にしていた。

 

 

「ギル。こんな時間にどうしたんだ?」

 

 ラウンジの扉を開ければ誰も居ないと思っていたからなのか、北斗がぼんやりとしながらカウンターの椅子に座っていた。まさかこんな時間まで何かをしていたのだろうかと考えるが、見えれば着ている物が何時もと違っていたのか、普段以上にラフな服装だった。

 

 

「ちょっと夢見が悪くてな。で、飲み物でも飲もうかと思って来たんだが、北斗はどうしたんだ?」

 

「ギルと同じと言いたい所だけど、今日は早朝の巡回だからこれ位の時間には起きてるぞ」

 

 その一言でギルは理解していた。極東に限らずどこの支部でもアラガミは昼夜を問わずに出没する為に、交代制で巡回をしている。獣と変わらないからなのかアラガミも行動原理からすれば夜間は頻繁では無い物の、それでも討伐しなければ最悪の展開になり兼ねない。それ故に交代して巡回していたのだった。

 

 

「そうだったか。なぁ北斗、俺も一緒に出ても良いか?」

 

「人数は少ないよりは多い方が良いけど、寝てなくて平気なのか?体調管理も仕事の内だけど」

 

 北斗が心配するのも無理は無かった。ここでは緊急出動や想定外のアラガミの乱入は日常茶飯事の為に、都合が悪ければ丸一日行動し続けるケースも出てくる。ブラッドが来てからはまだそんなケースに当たった事は無いが、それでも万が一の可能性を考慮すれば、寝るのもある意味仕事の内を考える事が出来ていた。僅かな油断が死を招く。だからこそ極東支部が世界の最善である事を改めて理解していた。

 

 

「いや、今日はこの後は多分眠る事は出来ないだろう。少しだけ身体を動かしたいと思っていた所だ。北斗が気にする必要は無い」

 

「そうか。これから準備だから30分後に格納庫に集合だな」

 

「ああ。分かった」

 

 そう言いながら北斗は準備とばかりに軽く腹に入れるべくレーションを齧りながら自室へと戻っていた。シンと静まる空気からなのか耳鳴りの様に先ほどの夢に出てきた言葉が脳内でリフレインしている。

 北斗にはああ言ったが、恐らくもう一度眠ろうとすれば確実にそれが思い出される可能性が高いのは間違い無い。気を紛らわす為とは言え、神機を持って出ればそんな感覚が消え去るだろうと考えた結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはよう北斗。あれ?今朝は早いね」

 

「おはようナナ。今朝は早朝の巡回だったんだ」

 

 巡回はしたものの、結果的にはアラガミが現れる事は無く、何も無いままアナグラへと帰投する事になった。既に日が昇り始めれば朝食を食べにボチボチと人が出てくる。これから一日がまた始まるんだと感じられるこの瞬間を北斗はたまらなく好んでいた。

 

 

「そうなんだ。お勤めご苦労様でした。この後はどうするの?」

 

「この後はギルと朝食を食べる約束してたからラウンジだけど」

 

「一緒に行っても良い?」

 

 あまり深く考える事もなくナナは思った事をそのまま口に出していた。ギルとは朝食を食べる約束はしたが2人でとは言っていない。ナナが来た所で何か困る事は無いからと、北斗は気軽に応諾していた。

 

 

「良いけど、ナナ。寝癖ついてるから、それを何とかするのが先決だと思うよ」

 

「え?うそ!やだ。北斗もっと早く言ってよ。直ぐに直して行くから待っててね」

 

 いつもの髪型ではなく、下ろしたままだったから故に寝癖に気が付かなかったのか、慌てて自室へとナナは走り去っていた。思い起こせば今朝のギルは様子が少しおかしかった。今朝に限った話ではなかったが、極東に来てからの様子が明らかに変わっている。

 何がそうさせているのか分からないが確実に何かが原因である事は間違い無い。そんな事もあって食事がてら何かのヒントになれば良いとだけ考えていた。

 

 

「あれ?エイジさんだ。ムツミちゃんはどうしたんですか?病気でもしたんですか?」

 

 ラウンジに来ると何時もならムツミが色々と準備しているが、今朝は珍しくエイジがキッチンの中に居た。カウンターにはアリサも座って朝食を食べている。また珍しい事もあるとは思いながらも、まだ小さい子供ながらにここの切り盛りは大変だからとエイジが居る間は割と交代でやっている事が多いと聞かされていた。

 

 

「いや、元気だよ。暫くは忙しくしてたから交代したんだ。今日はお昼前には来るから、それまでは僕がここに居るから大丈夫だよ。で、何食べる?」

 

 ムツミがいればいつもので話が通るが、エイジにそれを言っても恐らくは伝わらない。

 何があるのかと辺りを見た際に、アリサの目の前に置いてある物が目に付いていた。

 

 

「あの、アリサさんと同じ物でも良いですか?」

 

「それは大丈夫……まだ問題ないよ。そう言えば饗庭さんとギルバートさんはどうします?」

 

 ナナに話していたが、自分達も朝食を食べに来た以上、何も頼まない訳には行かなかった。周りは遠慮している雰囲気はなく、既にそれなりに食事が進んでいた者も居たからなのか、特に考える様な事は何も無かった。

 

 

「じゃあ、自分も同じ物を頂けますか?」

 

「良いよ。で、ギルバートさんはどうします?」

 

「俺は何でも良いです」

 

 北斗とナナが同じ物と言ったのはアリサを見てからだった。アリサの目の前には極東ならではとも言える様な内容の物がいくつか置かれている。どうした物かと考えていた矢先にエイジから声をかけられていた。

 

 

「ギルバートさん。すみませんが、もう在庫が無くなったんで、こっちで選んで作っても大丈夫ですか?」

 

「いえ、自分は何でも構わないので…」

 

 隣を見ればナナと北斗の目の前には朝から割と豪勢な様にも見える朝食が並んでいた。

 炊きたての艶やかなご飯にナナは喜びを隠すつもりはないのか、焼き魚と卵焼きを食べながら箸が進んでいる。

 北斗もナナ程ではないが、やはり目の前の朝食に感動したのか、今は食べる事を優先しているようだった。

 

 

「おはようさん。おっ!今日もナナちゃんは可愛いね~」

 

「おはようございます…あれ?ハルオミさん。何だか何時もと違う様な気がするんですけど…」

 

「そうか?いや~そんなつもりは無かったんだが…ははははは」

 

 ナナの言う様に、昨日までのハルオミと今朝では何となく様子が違っていた。何時もの様な適当さが抜けて、若干真面目な雰囲気に見える事が何時もとは違うんだと言っている様にも思えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか。その場合はやはり僕とリンドウさんの2人ですか?」

 

「そう言いたい所だが、いつ出没するかまではまだ分からない以上、このまま待つ訳には行かない。あとは臨機応変に対応できるタレントがここに揃っているなら、この際誰でも問題ないだろう。そう言えばいまここに逗留している本部のブラッド隊の戦力はどれ程になる?」

 

 朝食の時間が終わると、今度は支部長室での打ち合わせとなっていた。本部から帰投した以上、ここからは通常の討伐任務がいくつも入ってくる。派兵組でもあるエイジとリンドウも例外ではなく、いくつもの任務がアサインされていた。

 

 

「まだ一緒に行った事が無いので何とも言えませんが、本部がそれほどまでに自信を持って送り出すのであれば、腕は確かなんだと思います。後は何回か同行すれば力量はすぐに判断出来ます」

 

「そうか。そう言えばあのブラッドの副隊長の件だが、フライアのラケル博士から話は聞いているが、万が一感応種と遭遇しても問題なく神機が稼働するとの事だ。万が一が早々起こるとは思えんが用心に越した事は無い。それと、暫くの間は黒揚羽の封印は解けない様にしてあるからそのつもりでいるんだ」

 

「兄様、それはどう言った意味でしょうか?」

 

 エイジが驚くのは無理も無かった。そもそも封印を解くのはある意味自殺行為に近い物があるが故に普段の戦いであっても解く様な考えは微塵も無かった。そんな事は無明も知っていた事だが、まさか改めて言われるとは思ってなかったからこそ、驚きを見せていた。

 

 

「色々と調べた結果だが、封印を解いてから少しづつ神機としての性質が違っている様にも見える。万が一の事を考えれば容易に解く事が出来ない処置をするのが一番だと判断した結果だ」

 

「そうでしたか。では頭の片隅にその情報を入れておきます」

 

 突然の出来事に呼ばれたリンドウやツバキも驚いたが、そもそもがそんな状況になる前提が余り無いからと、それ以上口を挟む者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルさん。今回のミッションのレポートの提出なんですが、いつ出来ますか?」

 

「それならもう出来ているから、持って行くよ」

 

「ええっ?もう出来てるんですか?」

 

 この一言は何気なく確認したカノンにとって、ある意味衝撃的だった。何時もであれば〆切が決まっている時間のギリギリになって提出されるのが殆どだったが、何故か帰投後すぐに取り掛かったからなのか、既に書類の作成は完了していた。

 もちろん早く出来上がる事に何の問題も無いのだが、それでも想定外の早さはカノンの驚きを呼び起こしていた。

 

 

「カノン。俺だって早くやる事はあるんだぜ。それはちょっと無いんじゃないかな?」

 

「でも、ハルさんは何時もギリギリなんで、今回もそうだと思ってたんですが」

 

「これからは真っ当にやる事に決めたんだ。いつまでの昔のままじゃダメだって気が付いたんだよ…」

 

 そう言いながらもどこか遠い目をしたままハルオミは何かを考えていた。アナグラにエイジ達が帰っていると言うのであれば、もれなく全員となる。となれば、当然ながら緩んだ空気は一気に引き締まる様な要素があった。

 

 

「なるほど。そうですよね。何時までも昔のままなんて成長しませんものね」

 

 カノンは少しだけ空気を読む事が出来なかったのか、ハルオミの言葉をそのまま鵜呑みにしている様だった。

 

 

「カノンさん。今はクレイドルの遠征が終わってるんで、ツバキ教官も戻ってるんですよ」

 

「ええっ!って事はこれからはハルさんも少しは良くなるんですかね?その前に私も何とかしない事にはこのままだと、何を言われるのか心配です……」

 

 突然だった出来事はヒバリの言葉でカノンも理解していた。カノンは既に古参とも取れる立場である以上、ツバキから何か言われる様な事をしたつもりは無かったが、それでも過去の事を思い出せば、良い思い出は何一つ無かった。

 

 今は新人の教導の為に不在にしているが、それでもここの居るのはある意味見えないプレッシャーとの戦いの様にも思えていた。

 それからのハルオミは今までとは一線を引いたかの様に何事も出来る限り最大限の早さで雑務をこなしていた。当初は何か悪い物でも食べたのかと思われた部分もあったが、毎回同じような早さでこなした事から、少しづつハルオミの評価が変わり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真壁。お前の希望通りにしたやりたい所だが、ここは本部では無い以上同じような感覚で戦う事は許されないのは分かっているな?」

 

「それは勿論です。しかし、本当に良いんですか?」

 

「それはお前のこれからの任務の結果次第だ。お前の私怨ではなく、これはクレイドルとして請け負う任務になる。万が一の事があった場合はお前のクビが飛ぶだけは済まないと思うんだな」

 

 暫くしてからハルオミはツバキとの約束とも取れる任務を受注する事になった。あの晩にリンドウが話した事は簡単にツバキの耳に入っていた。本来であればクレイドルの接触禁忌種の討伐専門班として受注した物でもある任務に、幾ら同じ支部だからと横槍を入れる事は困難だった。

 ましてやツバキからとなればそれなりの実績を示さない事には受注する権利すらもらえない。そんな約束じみた内容が密かに交わされていた。

 

 

「それは重々承知しています」

 

「では、今回のミッションの件なんだが、今ここに来ているブラッドのメンバーとの合同になる。今回の場所はエイジス内部の掃討戦だ。既にコウタ経由でブラッドにも依頼をかけてある。その結果如何で今後の判断を下す事になる。心してかかれ」

 

 ツバキの言いたい事はハルオミにも理解していた。事実、極東支部でクレイドルの内容を知らない人間はおらず、現場から内部の人間まで全員が理解している。

 ただでさえ少数精鋭で運用している中で、支部の人間が出しゃばって失敗したとなれば、一個人が全責任を取るだけでは済まない可能性があった。

 

 本部でリンドウとエイジが一緒にいたからと判断されれば自身の望むべき内容を達成する事は出来ない。これはある意味最終的な試験だとハルオミは判断していた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。