神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第132話 想定外の驚き

「う…ん。っん……んん」

 

 時計の針が少しだけ深夜へと傾く頃、エイジの部屋からは艶やかな女性の声が漏れだしている。居住スペースは防音されているので外部に漏れる事は一切無いが、それでもその声を聴く者が居れば何かしらの反応をせずにはいられない様な声が部屋に響いていた。

 

 

「アリサ、最近休んで無いよね?身体が悲鳴をあげそうだよ。幾らゴッドイーターでも休息は必要だから」

 

「ちゃんと休んでますよ。でもエイジだって同じじゃないですか」

 

「そんな事ないよ。でもアリサ、身体は正直だよ。首から背中にかけてまだ筋肉が緊張した状態を維持してるのが直ぐに分かるから」

 

 ラウンジでの一時から、今はエイジの自室へと移動していた。2人きりになるのは何時以来だろうか。そう考える程の時間が二人の間には流れていた。何かが気になったのか、部屋に入った途端にエイジはアリサをじっくりと見ていた。

 

 いきなり事に及ぶ……のではなく、疲弊した身体を労わるかの様に、アリサはオイルマッサージを受けていた。暖められたオイルの影響なのか、アリサに塗られたそれは少しだけ何かの花の様な香りを辺り一面にふりまいていく。何時もの匂いとは違うそれがアリサの心をゆっくりと解していく様だった。

 

 

「エイジには…隠せない…ですね。少しだけ…忙しかっただけ…ですから。それより、明日は何があるんですか?」

 

 うつ伏せに横たわった身体は見ただけでも分かっていたが、やはり触れば疲労が抜けていないのが直ぐに理解出来きた。女性らしいボディラインに変化はないが、筋肉の繊維が抵抗するかの様に強張っている。緊張しているであれば仕方ないが、明らかにリラックスしているにも拘わらずこの調子であれば、ある意味では溜息の一つも吐きたくなる様だった。

 力を入れず、丁寧にリンパ節や筋肉の筋を撫でていく。体中の筋肉が強張っているのを解放するかの様にエイジはアリサの身体に集中してた。

 柔らかなタッチと共に癒される様な感覚がアリサの全身を覆っていた。

 

 

「ちょっと屋敷でやる事があってね。実は昼過ぎにはここだったから、一度兄様の所に顔を出してたんだけどね。…その際にちょっと驚いた事があってね」

 

 そう言いながらも、マッサージの手は止まる事は無く、アリサも少しづつリラックスしているのか目が少しづつ虚ろになりだしていた。今までにこんなことをされた記憶は殆ど無いが、あまりにも手慣れた手つきが何となくアリサの心に引っかかる。

 ただでさえ、当初は約2カ月程の遠征だったはずが気が付けば半年程の長期遠征となった事から、アリサも自身では気が付かない程に寂しい気持ちが存在していた。

 

 エイジが離れてから暫くの間は激務だった事からあまり考える事は無かったものの、今の工程にメドが着いた辺りから何となく心の中に澱が溜まる様な感覚があった。

 連絡はしても決してアリサの手に触れる事も無ければ触れられる事も無い。冷たい画面越しの逢瀬も限界に達しようとした矢先の邂逅は、これまでのアリサの心情を覆す結果となっている。その結果としてのオイルマッサージではあったが、ここで一つの疑問が発生していた。

 解消する為には一度手が止まる事になるが、それを聞かない事には恐らくは落ち着く事は無いのだろうと考えていた。

 まさかとは思うも、どこか信じたい気持ちと猜疑心が少しづつ今のアリサの中に湧き出てきていた。このままには出来ない。そんな考えが過ったのか、アリサは意を決して口を開いていた。

 

 

「…その前に聞きたい事があるんですが、何だかエイジの手つきが手慣れてませんか?ひょっとしたら向こうで他の女性になんて……まさか浮気なんて…」

 

「なんでそんな話になるの?」

 

 突如としてアリサの口から出た言葉にエイジは疑問はあるが、浮気なんて単語が出るような色っぽい話は今までに一度も無い。にも拘わらず、なんでそんな話がこんな所で出るのだろうか?一先ず確認が先決とばかりに、アリサの考えを聞くことにしていた。

 

 

「何だか女性の身体を良く知っている様な手つきがちょっと……」

 

「気持ち悪かった?」

 

「気持ちが良すぎるんです。でも私は今までこんな事されてなかったので他の誰かで……ああっ……んん…」

 

 これ以上の言葉は自分で言うのは厳しいと無意識に考えたのか、アリサの言葉尻が徐々に弱くなる。久しぶりに見た顔に嬉しさはあったが、何だか嫉妬してる様な気分と同時に不安感が押し出されてくる。

 

 何時もならば仕事が激務だった事からこんな考えを持つ事はなかったが、ここにきて精神的にもゆとりが出たからが故の考えだった。

 

 

「これ?これは向こうで散々やってきたからね。だから手慣れてるんだよ」

 

 まさかの言葉にアリサの気持ちが少しづつ乱れ出す。この時点で何を確認したいのかエイジには想像できたが、敢えて特定の単語を除外したからこそ、こうなる事は予測出来ていた。

 

 

「やっぱり…エイジは…」

 

「毎日ツバキさんにやると気が張るからね。本部での応対って結構大変だよね」

 

「うわ……今、何て言いました?」

 

 この時点でエイジの目論見は成功していた。多分こうなるだろうと考えたそのままの結果だったのか、ポカンとした表情が可愛いなんて考えながらに改めてアリサに説明をしていた。

 

 

「ツバキさんにマッサージしてたよ。もちろんこんなシチュエーションでは無いけどね。……アリサ、どうかした?」

 

 エイジの一言で先程までの考えが恥ずかしすぎたのか、アリサは顔を赤くしながらそのままシーツに顔を埋めていた。

 恐らくエイジは知っていてやったんだと理解したものの、何となく憤りを感じたのか、それとも疑った自分を恥じたのかは分からない。しかし、そんなやり取りを他所にエイジの手がそのまま止まる事は無かった。

 

 

「だったら最初に言ってくれたって……ちょっと疑った私が馬鹿みたいじゃないですか……」

 

 やり過ぎたかと思う反面、本当の事を言えばエイジも面白くない部分が何度かあった。

 半年ぶりに会ったからなのか、本来ならばこんな場面でアリサを揶揄う必要性は無かった。

 クレイドルとしての仕事をする際に感応種討伐を助けてもらったブラッドの事や、外部居住区で色々とやってもらった出来事を楽しく言ってる姿はエイジに取っても悪い話では無い。しかし、本来ならばアリサが喜んでいる事は嬉しく思う反面、どこか自分の知らない一面を遠回しに教えて貰っている様でエイジとしては面白くない部分があった。

 

 嫉妬からくる独占欲とも取れるそんな意趣返しとも言えない様な事を口に出すつもりは無いはずだったが、どうやら少しだけ感応現象が起きたのか、今のアリサには全て伝わっている様だった。

 

 

「私はエイジの元から去る事は絶対ありませんから…でも、出来るだけ言葉で言って欲しいです」

 

 確実にこの感情が伝わったのか、うつ伏せになっているアリサの顔は未だシーツに埋まったままだが、それでも少し見える表情だけではなく耳まで赤いままだった。以前に言われた感応現象が起きるケースが高く、その能力が高いと当時ガーランドに言われた言葉が思い出される。

 感応現象による隠す事が出来ない本音がアリサに伝わった以上、エイジに反論は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、エイジはいつもならツバキ教官と言ってたはずなのに、どうしてさん付けだったんですか?」

 

 マッサージが終わり、身体が軽くなったと思う位に全身がリラックスしている中で先程の会話で少し気になる点があった。エイジは普段からそんなに口調や話し方が変わる事は無いが、公私共に呼び方が違うのは精々が身内の呼び名位のはず。些細な違いとは言え、アリサは少しだけ気になっていた。

 

 

「明日の要件はそれなんだ……アリサ、驚かないで聞いてほしいんだけど……ツバキ教官がツバキさんになった」

 

「…?すみません。言葉の意味が分からないんですけど」

 

「実は今日屋敷に行った際に聞いたんだ」

 

 突如として意味不明な言葉はアリサを混乱させていた。その意味が一体何を指すのかは、エイジの話を聞く以外に判断する材料が何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄様ただいま戻りました」

 

「本部は相変わらずか?」

 

 今回の遠征は当初は2ヶ月を予定していたが、接触禁忌種が何故か多発した事に加え、それと同時に正体不明のアラガミが何度か確認されていた。本来であれば任期切れの為に、内容を一旦クリアにしてから改めて再訪の予定だったが、何せ相手は正体不明の接触禁忌種である以上、このまま帰らすと万が一の事があってからでは遅いとばかりに引き止められていた。

 

 ただでさえ、エイジの神機は特殊なチューニングの為に一旦戻らない事には何も出来なくなるからと話をしたものの、結果的には技術交流の名目で無明とナオヤが極東からこっちに来る事を利用する結果となっていた。

 無明はフォーラムが終わってそのまま帰国したが、ナオヤの技術はそのまま本部でも通用する事から、暫くの間は滞在する結果として結果的には半年程の長期滞在となっていた。

 

 

「そうですね。ただ、原因不明のアラガミが極東方面へ移動したと言う目撃情報はいくつか察知してますので、暫くの間は警戒が必要になる可能性が高いです」

 

「確か、赤色のカリギュラ種だったな。確かに何度か目撃例があるが、今の所はこの近隣での目撃は無い様だが、ひとまず警戒が必要だろう」

 

「核心した訳ではありませんが、そのうちここに来るような気がしますので、発見できれば速やかに討伐します」

 

 エイジが本部に行く様になってからは無明が本部へ行く機会は格段に少なくなっていた。

 現状、極東から派兵されている中で極東支部に対して何かしら口出し出来る事が無いのと同時に、この状況下で何かすれば即時撤退される可能性が極めて高かった。突出した戦力は本来であれば疎まれる。しかし、本人の人柄やその間の指導を考えれば本部としては態々火種を作る様な行為は望ましく無い。そんな予測が立っていた。だからこそ、暫くは安泰だろうと言った考えがそこにはあった。

 

 万が一何か交渉事があれば、今はツバキが対応できる。そんな事まで考えた結果ではあったが、やはり何かあってからでは遅いとの判断により、分かる範囲の中でエイジから現状を確認していた。

 アナグラとは違い、屋敷での盗聴の恐れは無い。そんな事も手伝ってか、話の内容は随分と濃い物となっていた。

 

 

「ご当主、奥方様がお見えになりました」

 

「そうか。こっちに来るように言っておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 何気ない会話だったが、エイジの中に疑問があった。記憶をいくら遡っても無明が結婚したなんて記憶はどこにもない。以前に聞いた際にもそんな話は一度も無かった。にも拘わらず、今の言葉は明らかにしていないと口には出来ない。まさかとは思いながらに聞いて確認する以外に何も考えられなかった。

 

 

「兄様。ご成婚おめでとうございます。どなたかは存じませんが僕は嬉しく思います」

 

 座礼のままにエイジは頭を下げ、純粋に言葉通りの意味として発言していた。

 

 

「そうか。言ってなかったか」

 

 失念していたのか、エイジの言葉に無明も珍しい失態だと考えていた。知らないのであれば当然だが、相手は誰なのか見れば驚くだろうと、今は待ち人が来るのを待っていた。

 

 

「なんだエイジ。まだ話の途中だったか」

 

 女性が来たのか、足音が近づいてくる。この声にまさかとは思うが、聞き間違いの可能性もある。しかしこの声は今まで散々聞いてる以上間違えようにもなかった。エイジの背中にジットリと汗が滲む。エイジの中で様々な思惑が渦巻いていた。

 

「まさかとは思うんですが、ツバキ教官ですか?」

 

「…なんの話だ?」

 

 エイジの言葉の意味が分からないからとツバキはエイジを見るも、何か遠慮しているのか中々切り出す気配は無かった。少しだけ時間が経過したのち、決心したのか漸くその重い口をエイジは開く事にした。

 

「先ほど奥方様と聞いたので、確認したいと思いました」

 

 この時点でエイジはツバキと無明の顔を見る事が出来なかった。ツバキに対して何かしらの感情はないが、過去にそうではないのだろうかと考えた事もあった為に、おいそれと口にしにくい部分も存在していた。

 

 

「なんだ無明。まだ言ってなかったのか?」

 

「すまない。失念していたようだった。そんな事だ。エイジも忙しいとは思うが、明日は内々で少し祝い事をやるから出席する様にしてくれ。それとアリサも連れてきてくれ」

 

「アリサですか?身内だけの集まりなんじゃ?」

 

 この時点で何かある様にも思えたが、ツバキの事で一体どうなっているのかと混乱している中でのいきなりの結果に理解が追い付かない。ましてや、この場面でアリサの名前が出る事すら理解が出来ない。そんな考えを見透かしたのか追い打ちをかける言葉が続いていた。

 

 

「お前もそれなりの立場にあるのと同時に、他の支部でも水面下で色々な話が出ている。身を固める事を考えているならば連れてこい。俺の口からはそれ以上の事は何も言わん」

 

 この言葉をどう捉えていいのだろうか、そんな考えがエイジの心を惑わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って事があったんだけど。どうしたの?」

 

 これまた予想通り、アリサは驚きを隠すつもりもなく呆気に取られていた。何から考えれば良いのだろうか?何時もの様な優先順位をつける事が何も出来ないままフリーズしたままだった。

 

 

「確認なんですが、嘘じゃないんですよね?」

 

「ツバキさんの事?」

 

「それもなんですが……いえ、そうじゃなくてその後の話の事です…」

 

 アリサが指す言葉が何なのか漸くエイジも理解していた。出来事をそのまま口に出したからなのか、今頃になって発言の意味を理解していた。一番最初に明日の予定を聞いた時点で既に結論は出ているが、本当にそれでも良いのかアリサは改めて確認したいとエイジに聞いていた。

 

 

「ああ、本心だよ。嫌ならいいけど」

 

「行きます!行かせて下さい!時間は何とか作りますから」

 

 今さらな考えではあったが、アリサとて何も考えた事が無い訳では無い。ただ、今の状態があまりにも先が見えない事が多すぎた為に無意識の内に除外していたのだった。

 帰国早々の出来事にアリサも精神的な疲労がどこかへ行ったのか、既に意識は明日に向いている。そう考えて今日は早めに休むのが一番なんだろうと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝の食事も程々にエイジ達は屋敷へと来ていた。恐らく話を聞いたのだろうか、リンドウとサクヤもレンを連れてそこに居た。既に着替えていたのかレンは子供用の着物を着、サクヤは留袖を着ている。リンドウは着るつもりが無かったのか、それとも嫌がったのか着物では無く、珍しくしっかりと上まで止まったクレイドルの制服を着ていた。

 

 

「なぁエイジ、昨日姉上から聞かされたんだが、お前さんはどの時点で知ってたんだ?」

 

「僕も昨日聞きました。正直かなり驚いてますけど、ちょっとだけ安心してます」

 

「ほう。そうか…何となくしっくりくるのかもな。まぁ、俺としてはこのままだったらどうしようかと心配したがな」

 

 どことなく感慨深い物があったのか、それとも突然の話に驚いたからなのか、顔を見た瞬間リンドウはエイジの下でそんな話をしていた。何時もであれば静かな屋敷の中が喧噪に包まれていた。

 本来ならばこの場に居るはずの無い榊と、休暇を取ったのか弥生までもが来ている。確か身内だけだったと聞いていたが、やはり支部長だからなんだろうかとエイジはボンヤリと考えていた。

 

 

「今日は本当に身内だけなんですね」

 

 リンドウ達の会話もそれなりに、振り向けば振袖姿のアリサとシオがゆっくりと歩いてきている。既に何度か来た事があるせいか、アリサの着付けは何も問題無い様にも見えていた。

 

 

「アリサ、その着物は新調したの?」

 

「この着物は以前に写真を撮った際に新調した物なんです。エイジ、どうですか?」

 

 以前に内部向けに広報誌で載っていた柄だと気が付いていた。あの当時の事が嫌でも思い出される。そんな気苦労を味わうのはもう結構だと考えていた所でまた違う声が聞こえてきていた。

 

 

「やっぱりアリサちゃんはその柄は良く似合うわね。サクヤさんもそう思いませんか?」

 

 エイジが発する前に声をかけたのは、同じく着物姿の弥生だった。準備は刻々と進む中でこれから他の事での準備があるからと交代で着替えている。エイジも既に着替えていた事からも開始の時刻はもう僅かだった。

 

 

「そうね。いつもとはイメージが違うから、これはこれで良いかもね。でも、なんでアリサがここに?私とリンドウは分かるけど…」

 

 サクヤの何気ない言葉に、エイジはどう言えば良いのか少し迷っていた。今さらだからとお茶を濁すのは簡単だが、ここにはサクヤとリンドウしか居ない。それならば事実を言った所で問題無いと考えていた時だった。

 

 

「今回は身内なんだけど、当主からは違う意味で言われたのよね」

 

 弥生の放った爆弾は物の見事に炸裂したのかアリサの顔が赤く染まる。何も口には出さないが、その表情が全てを物語っていた。

 

 

「あら?そう言う事なのね。そっか、もうそんな予定があるんだ」

 

「サクヤさん。今直ぐにって訳じゃないんですけど……」

 

「でも、エイジの中では予定があるのは間違い無いのよね?」

 

「……その時には報告しますから」

 

「良かったわねアリサ」

 

 普段であればここまで言い淀む事が少ないエイジを見る機会は無い。近い将来とだけ言われたが、それが何時になるのかは今の時点では誰も判断する事が出来なかった。秘密と言う程の内容では無かったが、2人以外の誰かに言う事によっての結果は、今のアリサには十分すぎた言葉だった。

 

 

「エイジ。そろそろなんだけど……取り込み中だったか?もう時間だから早く来てくれって」

 

 何とも言えない空気を破ったのは呼びに来たナオヤだった。アリサの話は既に聞いていたので今さら何も言う必要は無いと考えていたが、やはり女性陣には楽しい事なんだと、それ上のツッコミを入れる事は無かった。

 

 

 

 

 

 リンドウとサクヤが式を挙げたのとはまた違った趣があった。ドレスではないが白無垢の着物をまとったツバキは何時もとは違うイメージを持っている。

 本来であれば多少なりとも公表しても問題無いが、今のツバキの立場を考えれば、今回の件については表立っての公表は控えられていた。

 今の極東支部でツバキの事を知らない人間も多くなった事に加え、ゴッドイーターではなく、クレイドルの窓口兼、教官の立場が起因していた事からひっそりと執り行われていた。

 旧時代であれば神前の様な雰囲気と同時に、どこか厳かなプレッシャーを感じる様な空気があったものの、参加している者からすれば、これもまた一つの様式美の様にも感じられていたからなのか、会場の空気は凛とした佇まいを呼んでいた。

 

 

 

 

 

「そう言えば、エイジ。お前はこれからは何と呼ぶつもりなんだ?無明が兄様なら姉上は義姉様なのか?」

 

 式が終わった後は各自の食事が振舞われているからなのか、それとも明るい時間から既に酒が入っているからなのか、何となくリンドウの表情がおかしな事になっている。確かに無明の事は兄様と呼んでいるが、実際には血縁関係は無い。

 敬称の意味合いで使っている事が多い為に、そこまで深く考えた事は無かった。

 

 

「その理論から言えば、リンドウさんの事は義兄になります。ただ公表しないのであればアナグラでは今まで通りですね」

 

「何だよつまらねぇな。ま、呼び方が変わるから関係が変わるなんて事も無いからな。その辺りはお前さんの好きに呼べば良いさ」

 

 そんな些細な話もこんな席だからこそ許される様な雰囲気があった。既にある程度予定の有る者はこの場にはおらず、今は久しぶりに落ち着いた雰囲気がそこにはあった。

 

 

「エイジ。そう言えばアリサはどうしたの?さっきまではそこに居たんじゃなかった?」

 

「アリサならあそこですよ」

 

 エイジが言うその先には、何やら職人らしい人と話をしているようだった。当初は知らなかったが、どうやらここの初期の状況を作り上げた人物らしく、今後の建設予定地について何かしらの話をしている様に見えていた。

 

 

「こんな所でもああなのね。仕事熱心なのは良い事なんだけど、少しは休みも取らないとそのうち倒れないとも限らないわよ。暫くはここにいるなら支えてあげなさいね」

 

 サクヤもアナグラにはあまり顔を出す事は無いが、それでも今アリサが抱えている内容がかなりハードな事は伝え聞いていた。事実、今回の参加に関してもエイジが殆どの内容を手伝ったからこそ時間の融通がついたにしか過ぎない。

 クレイドルが掲げた壮大な計画は未だ先が見えない。道程は今もなお遠い物だった。

 

 

「これからはそっち方面もやりますから大丈夫ですよ。でも、リンドウさんもやらないといけない事がまだ大量にあるので、明日からは同じですよ」

 

「マジか。そんなんだったらアラガミ討伐してた方がマシだぞ」

 

「リンドウは隊長の頃からそんなだったからね。どれだけ私がフォローしたと思ってるのかしら」

 

「サクヤ。そこはせめて立ててくれないと俺の立場が無いんだが…」

 

 当時の状況がサクヤの言葉で容易に想像できる。リンドウが事務仕事なんて考えた事も無かったが、今のクレイドルではそんな事を言ってる暇はどこにも無い。そんな背景があるからこそ、今の第1部隊長をコウタに任せた背景がそこにはあった。

 穏やかな一時が明日への力となる事を考え、今はお祝いの余韻に浸っていた。

 

 

 


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