神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第129話 戦術論

「アリサさん。極東支部って、どんな所なんですか?」

 

「そうですね。一言で言えば良い所だと思いますよ。アラガミは確かにあれですけど、外部居住区も支部内も住環境は良いと思いますよ」

 

「そう言えば、以前に極東支部にフォーカスを充てた広報誌が出てましたね」

 

「ひょっとして、あれを見たんですか?あれはちょっと恥ずかしいんですが…」

 

 北斗の目論見は想像を超えて上手く行っていた。当初はロミオにと考えていたが、元々極東支部に何かしらの感心があったからなのかナナが中心となって話をしている。同性なのが功を奏したのか、どことなく談義に花が咲いている様にも見えていた。

 

 

「ロミオ先輩。珍しく話をしないんてどうしたんですか?」

 

 一番最初に切り込むであろうと思われていたロミオは意外にも沈黙していた。気が付けば顔が心もち赤くなっている様にも見える。一体何がどうなっているのか、北斗には疑問にしか思わなかった。

 

 

「広報誌でも見たけど、やっぱり本物は違いすぎる。あんなに綺麗な人の傍には行きにくいんだよ。それにアリサさん、なんだか良い匂いがするんだ」

 

「ロミオ先輩。それはちょっと…」

 

 まるで変質者の様にも思える発言に北斗は若干引き気味に話していた。ロミオが言う様に確かにアリサは美人なのは認めるが、それとこれは関係が無いのではないだろうか。ただ会話をするだけのはずが目的が違っている様にも思える。そんな身も蓋も無い様な考えがあった。

 

 

「アリサさんってなんだか良い匂いがするんですけど、何か使ってるんですか?」

 

「髪には椿油をつけてるんで、多分その匂いじゃないですかね」

 

「椿油?ねぇシエルちゃん。何か知ってる?」

 

「椿油はここ最近になって極東から販売されてる物だと記憶してます。確か、値段の割に効果が絶大なのと美容に関しての凡庸性が高い事から、販売当初からかなりの売れ行きだとか」

 

 どうやら話は任務の事から大幅に逸れているのは間違いなかったが、当面はジュリウスが戻るまでの時間稼ぎを続ける事を考えれば、今の状況は好ましいと言える。このままナナに任せていれば大丈夫だと考えていた頃、アリサはまるで思い出したかの様に北斗へと話を振っていた。

 

 

「そう言えば、一つ聞きたい事があったんですが、饗庭さんは極東のどこかの出身なんですか?」

 

「そうですよ。旧の時代で言う所の近江の出身です」

 

 話が振られたと同時にアリサは北斗の顔をジッと見ている様にも見える。その視線は、何かと比べれているのだろうか。どことなく何かを探っている様な雰囲気が少しだけあった。

 

 

「アリサさん。北斗に関心があるんですか?」

 

「いえ、そうじゃなくて。ちょっと知り合いに戦い方が似ていると言うか、雰囲気が近いと言うか…」

 

「でも、そんな感じには見てなかった様にも感じましたが?」

 

 何となくだが、ナナとシエルの雰囲気が少し変わった様にもアリサは感じ出していた。アリサからすれば、以前に見た北斗の戦い方がどことなくエイジに似ている様にも見えたが、恐らくはこの2人にはそう感じなかったのだろう。

 このまま空気が悪くなるのであれば、今後の作戦にも影響が出る可能性が高くなる。今は自分の潔白を証明する方が先決だとアリサは考えていた。

 

 

「誤解させる言い方でご免なさい。正直に言えば、私の恋人と戦い方がよく似てたので、ひょっとしたら同じ人から学んだのかと思ったので」

 

「え!アリサさん恋人がいるんですか!」

 

 この言葉に真っ先に反応したのはこの場に居なかったロミオだった。あまりの大きな声にアリサだけではなく、ナナとシエルもロミオを凝視していた。

 衝撃の発言だったのか、愕然とした表情のままロミオはうなだれている。アリサの様な美人であれば、恋人が居てもおかしくは無い。そんな当たり前の可能性が浮かばないあたりがロミオの残念な所だった。

 

 

「ロミオ先輩。いくらなんでもガッカリしすぎでしょ」

 

「少しくらい夢を見ても良いじゃん。北斗は何だかんだ言ってモテモテだろうが」

 

「それは誰の情報なんです?」

 

 ロミオの言っている言葉の意味は分からないが、ジュリウスならともかく少なくとも自分がそんな類の人間ではない事は自分が一番理解している。一体誰にからモテているのか問い詰めたい気分だった。

 そんなロミオの事など知らないと、目の前にいるナナとシエルは先程とは打って変わって目が輝いている様にも見えていた。先程のアリサの恋人発言に何か考える物があったのか、それともアリサの右手の指輪に気が付いたからなのか、突如として先ほどよりも幾分距離を縮めてアリサへと近寄っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅くなってすまない。…どうしたんだこの惨状は?北斗、説明を求める」

 

 ジュリウスが帰還して一番最初に目に飛び込んできたのは、うなだれたままのロミオとアリサと何か楽しく話しているのかナナとシエルが談笑していた。

 ギルは何か用事があったのかこの場には居ない。この状況を理解すべく、北斗に確認していた。

 

 

「ちょっとロミオ先輩の夢と希望が壊れた程度です。後は特に問題ありません」

 

「…そうか、何となく分かった。アミエーラ少尉。遅くなって申し訳ありません。隊長のジュリウス・ヴィスコンティです。私の部下が失礼しました」

 

「いえ。楽しくお話しが出来ましたので、気にしないでください。それでは先だってお話させて頂いた件なんですが、改めてクレイドルを代表して002建設予定地の感応種討伐を依頼したいと思います」

 

 アリサの感応種の一言で、今までの空気が一変していた。感応種の討伐任務は現時点ではブラッド以外では厳しいと考えられている。事実、以前に討伐した際にはアリサは手も足も出なかった。例外の可能性は否定できないが、それが何かしらの理由でそうなっている事を確認する事は出来ない。だからこそ、感応種に関してはブラッドが対応していた。先程までの緩んだ空気は既に無くなっている。全員の目の色が自然と変わっていた。

 

 話をしながらもアリサは少しだけ感心していた。通常であれば、ここまで緩んだ空気が一気に引き締まる事は殆どない。極東であればこんな事は日常茶飯事なので感じる事は少なかったが、少なくともここは特殊部隊であるブラッドが居る組織。これ位の事は当たり前なんだと一人感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の感応種もイェン・ツィーなんだよね?」

 

「アリサさんの話だとそうなりますね」

 

 どこかで意気投合したのか、既に3人は今すぐにでも行こうとしている気持ちを落ち着かせながらに現状を確認していた。今回のメンバーは感応種以外にも他のアラガミ討伐の関係もあり、全員がそのまま出動する事になっていた。

 

 

「北斗、どうやらお前の能力は血の力が無い人間にも多大なる影響をもたらす事が出来るらしい。すまないが、アミエーラ少尉と一緒に出てくれ」

 

 事前にラケルから確認したのか、どうやら喚起の能力は他の人間にも多大なる影響を与えるとの事前報告があった事も影響し、今回は一緒に動く事が決定していた。アリサは階級から考えればこのメンバーの中ではジュリウスに次ぐ地位になるが、やはり連携に関しては今までやってきたメンバーの方が安定感がある。幾ら実力が単独であっても、連携を考えればどちらが有利な展開になるのかは考えるまでも無い。そんな事実からナナとギルがそのまま加入する事が決定していた。

 

 

「了解しました。すみませんがアミエーラさん。一緒にお願いします」

 

「私の事はアリサで結構ですよ」

 

「では、アリサさんと呼ばせて頂きます」

 

 今回の合同ミッションがつつがなく開始された。当初は連携の事もあったが、流石にエミールの様な雰囲気は全く無く、今まで一緒に戦ってきたかの様な錯覚さえも覚える程にアリサはブラッドに馴染んでいた。

 

 改めて周囲の索敵を開始する。事前の情報が正しかったのか、そこには感応種以外にも何体かの中型種が闊歩している。今回は分断を前提とした作戦が開始される事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「極東支部の人って皆エミールさんみたいな戦い方をするんだと思ってたんだけど、どうやら違うみたいだね」

 

「いくら極東でも全員があんなんで激戦区を生き残れるとは思えん。あれは特殊な例だと思った方が良いぞ」

 

 ナナが驚くのは無理も無かった。実際にアリサが戦っている所を直接見た事が無いのと同時に、当時感応種の討伐の際には岩陰に隠れていた記憶しかなかったのが原因だった。

 

 フェンリルにおける階級は事実上、その人間の今まで戦ってきた戦績がある程度反映されている部分が多く、事実アリサは少尉である事からもかなりの水準である事は何となく予想されていた。

 しかし、実際に戦っている姿を見れば、とてもじゃないが少尉ではなく、もっと上の階級であっても遜色が無いような戦いぶりだった。

 

 

「そこの2人、話してないでフォロー!」

 

「ごめんごめん。そんなんじゃなかったんだけどね」

 

 イェン・ツィーと対峙していたのは北斗ではなくアリサだった。事前にジュリウスから聞いていた情報がそのままの結果につながっていたのか、アリサの神機は沈黙する事なく、通常通りに稼働している。

 神機が動くのであればその後の行動はどんなアラガミでも何も変わらない。今まで感応種だからと苦しめられた鬱憤をこの場で晴らすかの様な軽快な動きを見せていた。

 

 

「ここで決める!」

 

 何かを決意したかの様に、今まで軽快に攻撃していた行動パターンは突如として変更されていた。イェン・ツイーに限った話ではないが、シユウ種の討伐方法は殆ど大差ない。通常であれば、遠距離となれば翼手から繰り出されるエネルギー弾に加え、距離を縮められると刃の様に翼手を繰り出す。ブラッドから見てもアリサの間合いの取り方は完璧に近い物だった。

 絶対的な距離感を保ちながら、こちらの攻撃だけを的確に当てる事によって、確実にダメージを蓄積させていく。強固な下半身も既にインパルスエッジによって破壊されたからなのか、行動範囲も大幅に狭まれていた。無駄の無い攻撃は下手な行動を起こすよりも効果的ななのか、その姿は舞を舞っている様だった。このままでも絶命するのは当然の様にも見える。しかし、ここからアリサの行動は一気に変わっていた。これまでの様に確実性を取った戦いから一転し、止めをささんと一気に距離を詰める。今のアリサは先程の様な優雅な姿ではなく、一個の獲物を狙う獣の様に荒々しい動きへと変化していた。

 走りながらもレイジングロアはイェン・ツイーの頭部から狙いが逸れる事は無かった。精密射撃により既に頭部は瞬時に結合崩壊を起こし、脳髄らしき物が見えている。見た目だけで言えばもはや虫の息とも取れていた。

 このまま一方的にやれるつもりは毛頭なかったのか、イェン・ツイーはここで再び3体の小型アラガミ『チョウワン』を召喚する。既に戦闘態勢に入ってるからなのか、間髪入れずにアリサへと襲いかかっていた。

 

 

「アリサさん。こっちは任せて!」

 

 このままイェン・ツィーはアリサに任せても問題と判断したのか、ナナとギルが召喚されたチョウワンを次々と次々と土に還すかの如く討伐を続ける。北斗は既に他のアラガミが近づいて来ているのを察知したのか、状況を確認しながらアリサの動向を見守っていた。

 

 

「これで終わり!」

 

 アリサの声と共に、袈裟懸けにアヴェンジャーの刃がイェン・ツイーに襲いかかっていた。鋭い斬撃はまるで一撃で分離させる程の勢いを保ちつつ、二つに分かれていく。完全に斬りおとす事は出来なかったが、それでも命の灯が消えていた。

 イェン・ツィーはコアを抜かれ、そのまま何も残らない様に霧散していた。

 

 

「あれ?北斗はどこに行ってたの?」

 

「ちょっとそこまで…コンゴウが1体居たからそれを討伐しただけだから」

 

「え~またやったの?」

 

 ナナの質問にコアを見せながら北斗が合流する。恐らくは先程の戦いの最中に何かしらの反応を嗅ぎ取ったからなのか、その場から離れていた。コアを持っている以上、結論は出ている。この時点で周囲を索敵するもアラガミの気配はどこにも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お蔭で助かりました。これで暫くは感応種に悩まなくても良さそうです」

 

 フライアに帰還すると、まるで当たり前の様に暖かく出迎えられていた。アリサが言う様に感応種は通常種や堕天種よりも頻繁に出現する可能性は低く、今回の件で暫くは大丈夫だろうと考えられていた。

 

 

「それは良かった。我々も今後の予定に関しては現在極東支部へと進路を向けています。また再開できるかと思いますので、またその際にでもと考えています」

 

 ジュリウスの応対でアリサも改めて礼を言う形となった。目下、感応種に関しては極東支部でもある意味最大と言って良い程の障害となっている。そんな所にブラッドが来るのであれば実に心強いとアリサは考えていた。これまでの様に撤退では無く討伐が出来るのであれば、その脅威は以前よりも小さくなる。些細な言葉ではあったが、そこから導き出される結果は考えるまでも無かった。

 

 

「そうですね。極東支部に来た際には多少なりとも、おもてなしもできるかと思いますので、その際には改めて宜しくお願いします」

 

「アリサさん。おもてなしって、何か美味しい物とか食べられるんですか?」

 

「そうですね。極東支部は食事に関しては他よりも充実してると思いますよ。皆さん来られた際には期待して下さい」

 

 アリサの言葉にナナが笑顔を隠す事は無かった。既にある程度の情報に関しては広報誌を見れば分かるが、それでもそこに所属している人間から直接聞くのとでは大きな違いがあった。

 今は極東支部へと向かっている以上、そんな期待は否応なしに高まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。そう言えばアリサさんの戦い方は何か参考になりましたか?」

 

 アリサが今の業務へと戻り、フライアの中に再び静寂が戻りつつあった。今回の感応種討伐のミッションの際に北斗はナナとギルを指名してアリサと共に戦っていた。討伐そのものは問題なかったが故に、今のシエルの質問に対してどう答えれば良いのかが分からない。どう返せば良いのか、返事に困っていた。

 

 

「参考?」

 

「はい。実は極東支部へと向かう関係上、事前に情報の収集をした方が良いと考え、アクセスしていたんです。その際にアリサさんの事がノルンに記載されていたので、その確認をと思ったんですが」

 

 どうやらノルンの個人データの中で気になる物が出てきたのだろうか。今のシエルは何かしら確認したいと考えている様だが、肝心の北斗は途中までは見ていたが、討伐の最後の方はコンゴウ討伐に単身向かった事もあり、詳細は未知ない。その結果、詳細までは記憶していなかった。

 

 

「シエルちゃん。北斗は最後の方は居なかったから、話すだけ無駄だよ」

 

「何でナナはそこでそう言うかな。そこは黙っておくのが情けってもんじゃないのか?」

 

「知~り~ま~せ~ん」

 

 ナナの一言にやはりかと言った感情が湧き出ていた。この人は任務そのものは問題無いが、自分に問題が無い場合、どこか知らないフリをしている様にも思えていた。確かに単身での討伐任務に関しては北斗だけでも認められているが、感応種となれば話しは大きく変わる。

 

 立場を考えれば一番物事に対して遵守しなければならないにも関わらず、真っ先に乱すのは如何な物なんだろうか。これは一度友達としてハッキリと物申した方が良いのかもしれない。そんな考えがシエルの脳内をよぎっていた。

 

 

「一応言っておくけど、最後のとどめの部分で居なかっただけで、内容の殆どはちゃんと見てたから」

 

 シエルの考えを読んだのか、北斗は悪びれる事もなく、これが日常だと言わんばかりの言い方をしている。そろそろこれに慣れる方が先かもしれないとシエルは考えだしていた。

 

 

「…では実際に途中まで見た感じはどうだったんでしょうか?」

 

「主観で話すなら、恐ろしい程に洗練されていたの一言だ。ノルンにも手本となる様な記載があったのが頷ける」

 

「あの、それだけですか?」

 

「ああ。それだけだ」

 

 シエルは一体何が聞きたいのだろうか?主観で話す以上、これ以外に何かを言い表す事が出来ない。多分シエルが聞きたかったのはそんな内容では無い事位は察するものの、やはりそれ以上の言葉で言い表すのは困難だった。

 これ以上どう表現すれば良いのか、言葉を選ぶのに時間を要していた。

 

 

「北斗の主観とは違うが、俺が見た感じだと洗練されていると言うよりは無駄が少ない動きと言った方が良いだろう。事実、一度見ていただけであそこまで完璧な対応が出来るのは、今までにかなりの任務をこなしてきた経験からの行動論理だな。神機使いとしての年数から考えれば、あの階級は伊達じゃない」

 

 

 北斗の言葉を補完したのはギルだった。確かにあの動きは圧巻とも取れる。確かにこのブラッドもここ最近になって数字が伸びてきているが、あれを見た後では恐らくは今の戦績が陳腐とも取れる内容でもあった。

 詳細については何も分からないが、激戦区ならではの何かがあるのかもしれない。ギルの発言にシエルの教導メニュー考案の火が再び着きそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《当フライアは現在極東支部に向けて運行中です。現在赤い雨の範囲に入っていますので如何なる理由があろうとも施設内からは絶対に出ないでください》

 

 

 訓練室にフランのアナウンスが響き渡る。現在は極東支部に向けて運行中ではあるが、赤い雨の影響下の為に外出は固く禁じられていた。暫くはこんな状況が続くと判断した北斗は再び訓練室へと足を運びながら、今までの戦いの事を思い出していた。

 

 シエルには言わなかったが、アリサの戦い方には見覚えが少しだけあった。洗練された動きの中には凝視すればいくつか分かる事があった。特に感じたのが、一つの行動をする際に、必ずと言って良い程に複数のフェイントが混ぜられていた部分。

 

 本能の赴くままに動くアラガミと言えど、一定レベルでの知能があれば単純な動きだとしてもある程度フェイントにひっかかる可能性があった。

 キッカケは血の力に目覚めた際に対峙した白い大型のアラガミ。視線を外せば瞬時に襲われる様な錯覚が常にあり、一瞬でも外れれば最悪の展開に傾く可能性もあった。

 

 歴戦の猛者であれば、そんな事はデータで一々調べなくても本能で理解する。現在のブラッドではその判断が出来るのはジュリウスしかいない可能性が高く、またそうでなければ接触禁忌種レベルの対応が出来ない事も理解していた。

 

 

「やっぱりここだったんだ。本当に訓練が好きなんだね」

 

 長い時間思考の海に囚われていたからなのか、声をかけられるまでナナがここに居る事に気が付かなかった。ナナの顔は笑顔だが、目は真剣な物となっている。一体何を考えているのだろうか。今の北斗には皆目見当もつかなかった。

 

 

「好きじゃなくて日課だよ。どのみち赤い雨が出てる以上、ミッションも無いし、ここ最近は戦術理論が多かったから、偶には目一杯動かした方が気がまぎれるかと思ってね。で、何か用?」

 

 口調こそは穏やかだが、何となく雰囲気がいつもとは違う。本当の事を言えば先程のシエルの件で一度本当の事を確認したいと思って訓練室に来たが、予想外の対応に少しだけ戸惑っていた。

 この状況下で聞いても大丈夫なのだろうか?そんな考えがナナの気持ちを不安定にさせていた。

 

 

「さっきのシエルちゃんの質問なんだけど、本当の事言って無いんじゃないかな~って」

 

「どうしてそう思う?」

 

「だって北斗のあの時の目が何時もとは違っていたから」

 

 まさかそんな些細な事で感づかれると考えてもいなかったのか、北斗は純粋に驚いていた。天真爛漫で何も考えていないのではないのだろうかと、本人が聞けば間違いなく怒るであろう評価を今は少しだけ良い方へと更新していた。

 

 

「よく分かったな」

 

「で、本当の所はどうなの?」

 

おどけても無駄だと悟ったのか、北斗は改めて本当の考えを言う事に決めていた。

 

 

「ちょっとアリサさんの動きを知っていただけだ。それ以上の事は特に無いよ」

 

「そうなんだ。戦っている最中にジッと見てたから、何かあったのかと思ったんだけど、それだけなの?」

 

「……?それだけだ」

 

「そっか、なら良いよ。そう言えばもうすぐ極東支部に到着だから全員制服着用だって……北斗はいつも制服だったね」

 

 ナナは何を聞きたかったのだろうか。詳しい事は分からないが、何となく先程までの空気とは少し違った事だけが理解できていた。ナナの話だともうすぐ到着するらしい。

今の段階で訓練を中止し、今後の対応の為に今はナナと戻る事にした。

 

 

 

 


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