神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第127話 試験運用

「今回、何でここに呼ばれたんだ?」

 

「さあ?北斗が知らないのに私が知ってる訳無いじゃない」

 

 ラケルからの呼び出しで、ブラッド全員が高官用の部屋へと通されはしたが、ここには他にクラウディウス姉妹しかいない。ナナに確認とばかりに聞いたものの、正論を言われた事で今は現状を見守る事しか出来なかった。

 今まで呼び出される様な失態は無かったはず。これまでの行動を思い出しながらもこの部屋の主であろう人間を待つ以外には何も出来なかった。

 

 

「まだそんな事を言ってるのか!一括受注するからこそ高い利益率が出る位、子供でも分かる理論だろうが!ライバル企業?そんなものは妨害してでもこちらに誘導させろ!こんなくだらない話をする前にライバル企業の情報を収集しろ!無駄飯食う暇があるならさっさと動け!」

 

 何となく聞いた記憶があった様な野太い声が鳴り響く。話をしながら部屋へと来たのはここの総責任者でもあったグレム局長だった。

 

 

「まだ一括受注に拘っているのですか?」

 

「当然だ。巨大な資本を投下している以上、それを回収せねば意味が無いだろう。無能な部下を持つと苦労する」

 

 話の意図は見えないが、何らかの事業としての話をしていた事だけは理解出来ていたものの、それと今回の呼ばれた内容が一致しない。それよりも北斗としては早く本題に入ってほしい位にしか考えていなかった。

 

 

「ラケル君。どうしてこのフライアを極東支部へと向かわせているのか、その理由を教えてくれ」

 

「グレム局長。このままですと神機兵の運用データが足りないのと同時に、本部からも難癖をつけられる可能性があります。これ以上の数字となれば極東支部周辺でのアラガミのデータを蓄積する事に最適です。一定以上の成果が出せるならば、本部も無碍にはしないのでは?」

 

 神機兵とは一体何の事なのか?北斗の記憶の中では神機兵の言葉に対する答えが見つかる事は無かった。話を聞くにつれ、おぼろげながらに事の流れが何となく理解出来ていた。

 

 

「先程のお言葉ではありませんが、多額の資本注入をした物が無になるのであれば、事前に有用なデータを取りそろえた方が上層部に対しても得策だと考えています。有用なデータは神機兵の消耗率の減少にも役立つでしょうし、結果的にはコスト面でも何かと良いのではないかと」

 

「しかしだな…」

 

「極東支部には葦原ユノ様がいます。彼女の発言力は本部でもかなり有効な物ではありませんか?今後の事を考えれば、何かしらの助力があれば幾ら本部と言えど無視は出来ないはずです」

 

 

 ラケルのコスト面と、レアのユノの発言に反応したのか、突如としてグレムは何か手を動かしながらに考え出していた。恐らくは収益面での算段をしているのか、既にこの場に居るブラッドの存在を無視したかの様に考え出していた。

 

 

「ラケル博士。話の途中で申し訳ありませんが、我々に召集がかかった経緯を教えて頂きたいのですが?」

 

 呼ばれた事を忘れていたかの様な振る舞いを面白いと考える様なメンバーはこの場には誰一人居なかった。こんなくだらない内部の話はアラガミの討伐と何ら関係が無い。ジュリウスが何も言わなければ、北斗が何か途轍もない事を言い出すのは時間の問題でもあった。

 

 

「ごめんさないねジュリウス。話は今聞いた通りです。フライアはこれから極東方面へと進路を変更します。その際に、現在私達が勧めている神機兵についての性能実施プログラムの更新と新たな構築をします。その為に貴方方に来てもらったんですよ」

 

 静かに決定事項を話すラケルはどこか他人事の様にも見えていた。自分達が進めている計画の内容が本来であれば全てだと考える事が出来るが、今の話の口調ではどこか他人事の様にも見える。何はともあれ、これから極東に行くことだけは間違い無かったんだと感じていた。

 

 

「ラケル君。本当に実効データは取れるんだろうな?」

 

「ええ。勿論ですわ。今ならば神機兵だけではなくブラッドも実力が出てきていますから、お互いに損になる様な可能性は極めて低いでしょうから」

 

「そうか……分かった。ラケル君、今日中に申請の稟議書を回してくれ。それと、こいつらにも神機兵に関する知識を改めて入れておいてくれ。何も知らないままで壊れたでは困るからな。細かい部分に関してだが…九条君はいるか?」

 

 呼ばれた事で、新たにほっそりとした白衣を着た男性が部屋へと入ってくる。この場にいる両博士を差し置いて言う位であれば、恐らくは神機兵を開発しているのだろう。どことなく覇気の無い顔が妙に印象に残っていた。

 

 

「どんな要件でしようか?」

 

「こいつらに、ここで開発している神機兵についてレクチャーしておいてくれ。何かがあってからでは遅いからな」

 

 九条と呼ばれた男性が改めてこちらを見ながら挨拶をしてくる。詳しくは分からないが一先ず話を全部聞いてからだと北斗達は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レア博士、貴女はなぜ無人運用にそうまで反対するのですか?」

 

「反対ではなく、時期尚早だと申し上げてるんです。グレム局長もなぜ許可を出されたのですか!」

 

 改めて呼ばれた矢先にレア博士と九条博士の対立が目に飛び込んでくる。任務帰りも相まって、こんな所で話を聞くつもりは毛頭ないが、それでも立場上は逃げる訳にも行かない。内心面倒臭いと考えながらに足を運んでいた。

 

 美人が厳しい表情をするとキツそうだなどと北斗は半ば現実逃避した気持ちをそのままに、こんなやり取りは来る前に終わらせてほしいとどこか遠い目で眺めている事しか出来なかった。

 

 

「有人型の件なんだが、本部が非人道的だと難癖をつけ始めていてな。今はまだ懐疑的な部分があるのもそうだが、退役した神機使いからの批判も多い。このまま強行すれば神機兵の計画は水の泡となるのであれば、今回の件は仕方ないだろう。レア博士には申し訳無いが、ここは私の顔に免じて……な」

 

「……分かりました」

 

 納得いかない表情を隠す事も無く、レアはこの場を去って行った。茶番劇とも取れる話を最初から聞くつもりは無い。これで漸く話の本題に入れるだろうと、ジュリウスが要件の確認とばかりに口を開いていた。

 話の内容は今後の方針とも取れる神機兵の性能評価による実験の検証だった。先程の言い合いは恐らくはお互いの主義主張が真っ向からぶつかったからなのか、それとも理不尽な決定に不服をたてていたからの発言だと、ここで漸く先ほどのレアの発言を理解することになった。

 

 

 

 

 

「シエルちゃん。神機兵ってどんななの?」

 

 今回の作戦に関しては内容が内容なだけに直ぐさま全員に話が伝わっていた。ロミオはここに長い期間居るので知っていたが、それ以外では北斗やナナ、ギルは何も知らされてなかったのか一様に疑問を呈した表情を浮かべていた。

 

 

「そうですね。神機兵は我々ゴッドイーターと同じような働きを期待されたロボットだと考えると分かりやすいですね。今はまだ実用性には乏しい部分もあるかとは思いますが、今後はこの計画を推進する方向だと考えています」

 

「神機兵か。あんなブリキのおもちゃみたいな物で本当にアラガミが倒せるなら苦労はしないがな。で、俺たちの任務は今後そのおもちゃの護衛って所か?」

 

「ギル。言いたい事は分かるが、ここは元々対アラガミの計画を実行する為の施設だ。気持ちは分かるが、ここでは自重してくれ。ここには神機兵の開発に関するスタッフは多い以上、無駄な摩擦は好まない」

 

 ジュリウスの窘める言い方に気が付いたのか、帽子を目深にかぶり直しギルはそれ上は何も言わなかった。既にミッションが発行されている以上、これを投げ出す事も出来ず、またこの部隊に居る以上、文句を言う事も憚られていた。

 

 

「お前たちにはすまないが、今回のミッションに関しては神機兵とアラガミが一対一で戦える環境を作り出す事が目的だ。特に北斗。アラガミの殲滅は考えるなよ」

 

「ジュリウスの中で自分はそんなイメージなんですか?流石にそれはちょっとショックなんですが」

 

 血の力に覚醒してからの北斗はまるで戦場を好むかの様に頻繁にミッションに出ていた。当初はコッソリと単独で出ていく事が多かったが、些細なキッカケからギルに見つかり、それ以降は何かと一緒に動く事が多く、その結果を思い出していたのかギルも苦笑いだった。

 

 

「イメージではなく事実だろう。俺が何も知らないとでも思っているのか?」

 

「そんなつもりでは無いんですけどね。とにかく今回の内容に関しては肝に銘じておきますから」

 

「そうあってもらいたいんだがな」

 

 このやり取りで何となく察した空気が流れたのか、北斗は一人気まずそうに頭を掻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれがこれからの主流になるとはな」

 

「まぁ、楽出来ると思えば良いんじゃないか?」

 

「お前の口からそんな言葉が出るとはな…少しは落ち着いたのか?」

 

「ほら、そこはもう終わった話だから…」

 

 ジュリウスの予想がそのまま的中したかの様に、北斗は止めをさすギリギリの所で止められていた。何とか持ちこたえた事も去る事ながら、今はただ神機兵がアラガミと戦っている所を遠目で見ている以外に何も出来なかった。

 

 

「あっ!倒しちゃったよ」

 

「でもあれじゃ近いうちに返り討ちに合いそうな動きみたいだけど、本当に大丈夫なのか?」

 

 ロミオの疑問は尤もだった。当初はどんな動きをみせるのか疑問に思いながらに戦い方を遠目で色々と観察する様に眺めていた。見た目は完全な人型だが、動きそのものはまるで別物の様にも思える位にぎこちないものだった。

 もし、これが完成形に限りなく近いとなれば、このままでは高位のアラガミが来れば簡単に叩き壊される未来しか見えない。下手に捕喰でもされようものならば、かえって面倒事にしかならないとこの場に居た全員が考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神機兵のミッションはどうなってる?」

 

「現在は神機兵βが現在交戦中です。αは既に回収の準備中ですが、恐らくは同時に収容の予定となっています」

 

 何かを見たのか珍しくジュリウスは慌てながらにカウンターへと走り寄る。何か想定外のトラブルが発生したのだろうか?フランはこの様子を見ながらも同時進行で現在の様子を確認していた。

 

 

「そうか。先ほど帰投中に赤い雲も見た。恐らくは赤乱雲だ。今すぐに連絡を取ってくれ」

 

「………了解しました。直ぐに連絡します」

 

 ジュリウスの言葉はこのミッションに関して言えば全くの想定外。どれ程までに危険な物なのかはフェンリルに所属していれば容易に理解が出来る。だからこそフランは急遽通信回線を開いた。

 

 

「こちらギル。ここでも赤い雲を確認している」

 

 視線の先には時間的に夕方とは言い難いにも関わらず、絵の具で着色された様な赤い雲が少しづつこちらへと向かっていた。これが夕方であればどこか透けるような色合いだが、今見える雲にはそんな感慨深さはどこにもなく、それこそ絞れば血の様な赤い水が今にも出そうな、そんな雰囲気がそこにあった。

 

 

「あれが赤い雲か…俺、初めて見たんだけど何だか嫌な感じだな」

 

 ロミオのつぶやきは今正にその言葉の通りの雰囲気を持ちながらに少しづつ何かを蝕むかの様にゆっくと動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル。現在の状況を教えてくれ」

 

 赤い雲を見ながらに今後の予定を確認していた現場とは打って変わり、フライアでは緊迫した時間が続いていた。当初予定されていた神機兵αは問題なく討伐が完了したが、もう一方のシエルが率いる神機兵βは原因不明の故障により、その場に留まらざるを得なかった。

 悪い時に悪い物が重なるのか、既に戦闘区域では赤い雨が降り出し、このままでは退却そのものが厳しい状況へと追いやられていた。

 

 

「既に赤い雨が降り出しました。この場からの撤退は不可能です」

 

 シエルの言葉にジュリウスは内心舌打ちしたい衝動に襲われていた。

 今回のミッションはあくまでも神機兵の性能評価がメインの為に、それ以外の対策が一切なされていない。神機兵の事だけに意識が奪われたが故の致命的とも言える判断ミスに悔やんでも悔やみ切れない感情だけが残っていた。

 

 

「赤い雨の対策は出来る事が限られる。ギル、そちらには輸送隊が向かっているので、到着後ただちに防護服を着用し、シエルの救出に向かってくれ。なお、防護服そのものは耐久性が低い。その為に極力戦闘は避けてくれ」

 

 これ以上の混乱を避け、最悪の事態を可能な限りに排除する事が今のジュリウスには求められていた。ただでさえ神機兵に力を入れている関係上、少ない人数での部隊の維持は至上命題となる。

 今は常に最悪の状況を予測しつつ、最善策を取る事が優先されるはずだった。

 

 

「誰が勝手に撤退しろと言った?今回の任務は神機兵の保護のはずだ。勝手な命令をするな!」

 

 今のやり取りが聞こえたのか、普段はここに居るはずの無いグレム局長が姿を現していた。ここで一番の権力を持つグレムの命令はある意味絶対だとも考えられている。この非常時にどれほど非常識な事を言ってるのか理解していないのは本人だけの様にも見えた。

 

 

「しかし、今は」

 

「何度も同じ事を言わせるな。今回の任務は神機兵の保護だ。おい、神機兵には傷一つ付けるな」

 

 流石のフランもこの言葉に内心憤りを感じていた。赤い雨を浴びた後の末路は今では子供でも知っている。

 事実上、その場に留まり死ねと言ってる様な命令をこのままシエル伝えていいのだろうか?フランの中に僅かながらに葛藤があった。

 

 

「馬鹿な!赤い雨がどんな結果をもたらすのかは貴方もご存じのはずだ!これはいくらなんでも非人道的すぎる命令だ!」

 

「ジュリウス大尉。いつから貴様は俺に意見出来る身分になったんだ。俺はここの最高責任者だ!四の五の言わずに神機兵だけを護れ!これは命令だ!」

 

 突如として降り注ぐ赤い雨の影響はフライアだけではなく、北斗達の居る現場にも緊張感が伝わっていた。無線の内容は誰の耳にも届いている。これが一組織のトップなのか。とてもじゃないが、こんな人間に下に居る事すらあり得ないと思う空気だけが蔓延していく。

 物事の真贋を判断する事すら出来ない人間の下に居続けるのかと思うと反吐が出そうな空気が北斗達を襲っていた。

 

 

「ちょっと何それ!それじゃシエルちゃんを見殺しにしろって事なの?幾ら何でもそれは無いよ!」

 

「ナナ、今は落ち着け。今はジュリウスの判断を待つしかないだろ」

 

「でもさ、なんでそんな理不尽な命令を聞く必要があるの!早くしないとシエルちゃんが危ないんだよ」

 

 ナナの憤りはここに居る全員が感じるだけではなかった。無線を通じて今はその会話が全ての職員が聞いている。この話の行方はジュリウスの判断に任せる以外に何も出来なかった。

 このままではシエルが黒蛛病に罹患する。このまま大人しく待つ以外に無いのだろうか?そんな時に無慈悲とも思える通信が飛び込んできた。

 

 

「今は隊長の命には従えません。このままでは救助活動に来ても二次被害が拡大する恐れがあります。よって任務を更新し、この場に留まる事を優先します」

 

 シエルの言葉に満足げな気分になったのか、グレムは今までの言い争いは無かったかの様に、上機嫌でこの場を離れようとしている。一方のジュリウスは万策尽きたのか苦々しい表情が消える事は無かった。

 ここに両者の明暗がクッキリと別れていた。そんなやり取りは現場に届いていたのか、無情な判断に誰も今の状況を把握出来た者は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ北斗、何とかならない…の?あれ?北斗が居ないよ」

 

 止まった時間が再び動き出したのはナナの一言だった。このまま何も出来ないで終わる訳には行かず、何とか起死回生の提案が無いかと振り向いた先には居るはずの無い人間が居なかった。

 その言葉にキョロキョロと周囲を見渡せば北斗が神機兵の背後で何かをしている。まさかと思った瞬間、それは唐突に動き出した。

 

 

「おい北斗!それは幾らなんでも無茶だろ!」

 

 ロミオの言葉は既に届かないのか、今まで停止していた神機兵に突如生命が宿る様な光が目の奥に感じる。無人運用とは言え、全部が自動操縦出来る物ではなく、今の神機兵はどちらでも運用が可能なタイプだったのか、それは突如として走りだしていた。

 

 

「いってらっしゃ~い」

 

 何かを期待したのか、ナナが態と明るく手を振りながらエールを送る。この場で何が起こっているのかを全員が理解するのに時間は然程かからなかった。

 

 

 


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