神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第126話 シエルの考え

 感応種の討伐任務から数日が過ぎていた。

 あの戦いがキッカケとなったからなのか、以降、大きなミッションが入る事もなく、何時もの様に日課とばかりに北斗は一人訓練に励んでいた。通常であれば個人的な動きをメインとする事が多かったが、今後の立場を考えれば、あらゆる面での判断を瞬時に下す必要性が出てくる。まだ隊長にジュリウスが居る為に直接的な指揮を執る場面に出くわす事は無いが、それでも指揮を執るとなれば部隊の命を預かる事になる。本来であれば指揮系統や戦術論を学ぶの筋ではあるが、元来より部隊の指揮をするよりは、現場で神機を振るった方が早いからと、今回は珍しくシミュレーターを使用した訓練に励んでいた。

 

 

「フランさん。今度は3体同時でお願いします」

 

「これ以上はオーバーワークになります。一旦休憩してからではどうですか?」

 

「身体が一番厳しい時にどこまで動く事が可能なのか検証したいんだ。ここで休憩したら無意味になる。すぐに頼む」

 

「……分かりました。ただし、このシミュレーターでの訓練はこれが最後とさせて頂きます。途中で疲労感から動きが鈍くなっても同様とさせて頂きますので」

 

 いつもならば強く言えば、北斗は折れる事も多かったが、今回の限界値による機動の検証には頑として譲る気配が無かった。恐らくは3体同時にするのは今後乱戦になった際にどこまで動く事が可能なのかが知りたいと言った欲求から来ている事はフランにも理解出来ていた。

 しかし、ここまでに至るまでの内容が余りにも酷過ぎた。幾らシミュレーターだと言っても、疲労が溜まれば満足に動く事は困難となり、その結果として普段の動きにまで大きく影響が出る可能性が高い。そうなれば、今後の運営にも大きな影響が出るのであれば、立場を考えれば今すぐにでも止めさせたい衝動がフランを何度も襲っていた。

 

 

「フランさん。副隊長はどこに……ここでしたか。今は一体何を?」

 

 捜していたのかオペレータールームにシエルが入ると、目の前にはひたすら訓練に励む北斗の姿が確認されていた。既に予想通り疲労感が確実に出ているのか、動きは最初に比べればかなり鈍い。

 何も知らない人間だったとしても、ここまでやる必要性は無いだろうと思える程の内容に、シエルはただ見ている事しか出来なかった。

 

 

「シエルさん。どうかされましたか?」

 

「いえ、少し副隊長に用事があったのですが……随分と動きが悪い様ですが、何かトラブルですか?」

 

 シエルの言葉が詰まるのは無理も無かった。普段のミッションからは考える事が出来ない程に動くが鈍く、また疲労感から来る集中力の低下がさらに拍車をかけるのか、普段からは考えられない程にパフォーマンスが低下している。

 

 今のシエルの目には何故?と言った疑問しか出ないのだろう。事実、何のトラブルも無いのであれば原因は最早分からない。だとすれば、最初から一緒に居たであろうフランに確認するのが手っ取り早いと考え、確認することにしていた。

 

 

「随分とパフォーマンスの低下が見える様ですが、一体どの様な訓練を?」

 

「宜しければシエルさんからも言って下さい。訓練開始から今までに一度も休息を取らずにひたすら対アラガミのシミュレーションを繰り返してます。因みにこれが今回のログです」

 

「これは……」

 

 フランから提示されたデータを見て、普段は表情が硬い事が多いシエルでさえも驚きを隠せなかった。

 既に討伐数は30を超え、今尚繰り返し訓練を続けている。このままでは戦う前に倒れてしまうのではとも思える程の内容でもあった。討伐内容も小型種は比較的少なく、対象となっているのは中型種がメインとなっている。その結果からすれば、この状況は無理も無かった。

 

 

「お疲れ様でした。今日は予定通りこれで終了とします」

 

「付き合ってもらって悪かったね。今度何か奢るよ」

 

「いえ。これもオペレーターとしての業務ですから」

 

 フランとの軽口を言いながらに北斗は隣にシエルが居たのを確認していた。確か今日は緊急時以外のミッションは無かったはず。だから今回の様な訓練をしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間をいただいてすみません。実は私なりに思う所があったのですが、その前に確認したい事があります。あの訓練は私が提案していた内容を遥かに超えた内容だと判断しました。先日言ってた事と何か関連性があるのでしょうか?」

 

 庭園の中にある四阿(まずまや)で休憩とばかりに腰を下ろすと、何か考えていたのかシエルが色々と確認したい様な顔で話してきた。あの訓練方法を見れば誰もが理解に苦しむのは間違いない。事実、一番最初にフランに言った際にも理解される気配は無かったのを無理矢理強行していたからだった。

 

 

「前にも聞いたけど、あの訓練メニューは誰かから聞かない限り、普通は考えないやり方なんだ。多分シエルが言ってた戦闘術の教官は自分の経験で判断したんだと思う。しかも特殊な形でね」

 

 北斗が言いたい事がシエルには理解出来ない。しかし、ここで区切ればこれ以上話す事は無いだろうと判断したからなのか、口を挟む事なく全部を確認してからの方が良いだろうと判断していた。

 自分自身は疑問にも思っていなかった内容でも、他人からすればそうでは無いのかもしれない。何を基準に判断したのかは分からないが、今は北斗の言葉をただ聞く事にしていた。

 

 

「人間ってのは不思議なもので、自分で限界値を決めるとそれ以上はどうあがいても超える事は出来ない。だとすれば、今後その人間の成長は見込めなくなる。そうなればプラスに働く事は何一つ無いから、あの訓練を課す事で、限界値を取っ払って上を目指せるんだ。シエルの目にはブラッドの運用は何かが足りないと感じたからあの内容を考えたんじゃないの?」

 

 北斗の言葉にシエルは改めてこうなった経緯を考えていた。確かに北斗が言う様に、今のブラッドは何かが足りないと思えたのは事実だった。何故と言われれば言葉に詰まるが今のシエルにそれを言語化する事は出来ない。何かしらの理由が無ければ人間は動かないのもまた事実。目の前の気になる部分に集中しすぎたからなのか、北斗の質問に能動的に頷いていた。

 

 

「そうですね。今思えばそうかもしれません」

 

「これは自分の推測なんだけど、恐らくは血の力が覚醒する前提で作られた部隊ならば、それに順応する事が一番なのかもしれない。だとすれば規格通りの訓練は間違いって事になる」

 

「しかし、現に副隊長は今それをやっていたのでは?」

 

「これは日課だから関係ない。でもやった事が無い人間なら確実に壊れるだろうね」

 

 今の北斗の目には反論すら許されない程に力強い視線が存在していた。可能性を考えれば今よりも上の高見を目指すのはある意味当然だが、それを完全に否定している。今のシエルは当時北斗から言われた事を思い出していた。

 

 

「そうですか……本当の事を言えば、私はここに来てから今まで培ってきた事が全く役に立っていないと考えていました。事実、この部隊は規律を重んじる事無く各自が考え、かつ有用的な行動をしています。アラガミは人間からずれば尊大な生物だと考えた時に、非力な力でも集団となって立ち向かうと考えてきました。しかし、今の考えだと集団は必ずしも有用的なのかすら判断し兼ねています」

 

「シエル、強い集団ってなんだろう?」

 

 相談したい事があったはすが、気が付けば自分の疑問点を北斗に話している。本来ならばこんな事を話すつもりは無かったが、気が付けば自分の疑問をただ正直にぶつけている様にも思えていたからこそ、北斗の質問の意図が分からなかった。

 

 

「集団ですか?……難しい定義ですね」

 

「難しく考える必要は無いんだ。ただ…」

 

「あっ!北斗!ここに居たんだ。約束してた新しいおでんパンを開発したんだけど、一緒に食べない?」

 

 シエルとの会話を破ったのはナナだった。どうやら新作のおでんパンが出来たのか、試作を食べるべく捜していたようだった。

 

 

「ごめん。この話はまた今度!」

 

 手を合わせ、すまないといったポーズを取りながら北斗はナナの元へと走り去っていたいた。先ほどの北斗の質問に対して、果たして自分は確固たる答えを出すことができたのだろうか?未だ迷いの森を彷徨う様な感覚がシエルの思考を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり慣れない事はするもんじゃないよ」

 

「誰もが最初から経験がある訳じゃないんだ。これからはもう少し戦略面を考えると良いだろう」

 

 最近になってからジュリウスと北斗は何かと話し合いをする場面が多くなっていた。部隊を預かるにしても北斗は元から戦術を学んでいる訳では無い。アラガミち対峙しながらその行動を読み解くかの様に指示を出す事が殆どだった。臨機応変に戦う事は決して悪いとは言わないが、かだらと言って良いとも言えない。今のままでは想定外の事変が起こればアラガミの餌食になる可能性がたかい。だからこそジュリウスもその事について北斗を促していた。

 

 

 

 

 

 その後も何度かミッションが入った事で、先日の話の続きをする事が中々出来なかったが、これまでのブラッドの運用をシエルはまた違った一面から再び考えていた。確かに動きそのものは未だぎこちないが、一点集中の際には誰からも言われる事無くスムーズなチームワークを見せ、また各個撃破も各々が自分の裁量で取り仕切っていた。

 今まで考えていた戦術には全く当て嵌まらない事が更にシエルを悩ませる。これ以上考えても無意味だと判断したシエルは思い切って北斗に再び話す事にしていた。

 

 

「何だか久しぶりの様な気がするね」

 

「そうですね。暫くは慌ただしい内容が続きましたので……」

 

 呼び出された北斗は今度はどんな要件なのか一切思いつかない。どことなくシエルの様子が変だとは思うもそれを口に出す事無く、次の言葉を待っていたが一向に話す気配が感じられない。

 沈黙の時間が長く続いた様にも思えていた。

 

 

「あの……ここ数日のミッションの内容を私なりに検証しました。その結果なんですが…どうやら副隊長が中心となって皆さんが動いている様にも見えました。これは私の推測なんですが、副隊長を中心に皆さんが繋がっているのではと」

 

「それはシエルの思い違いだって。多分、新米の副隊長だから皆が気を使ってくれるからそう思うだけであって、そんなに買い被る必要は無いと思う。実際にはジュリウスが現場を仕切っているから自分も好き勝手に動けるだけだ」

 

「あの時の質問の答えを教えてくれませんか?それで何かがハッキリと分かる気がするんです」

 

 シエルの言う質問はあの時の話だと北斗は直ぐに理解した。何をどう考えているのか分からないがそれを答えればシエルなりの判断が出来るのかもしれない。そう考えて改めて口を開いた。

 

 

「考えは色々とあるかもしれないが、自分の中での強い集団は強くなろうとする個人の集まりだと思う。誤解の無い様に言えば、各自がしっかりとした判断を下せるならば、それは一つの生き物と同じ様に行動できる。その結果が集団となると考えているんだ。だからこのブラッドには規律を求める必要は無いんだと考えてる」

 

 北斗の考えている事がここで漸くシエルにも理解出来た。今までの行動パターンから、恐らくはそうだろうと考えていたが、やはり根底にある考えが理解出来なければその回答にたどり着く事は難しい。

 仮定の答えが自分と同じ考えだった事にシエルは喜びを感じていたのか、無意識のうちに笑顔が浮かんでいた。

 

 

「どうかした?」

 

「いえ。副隊長の考えが今、理解できた気がします。それでではないんですが…」

 

 少しの笑顔がこぼれたかと思えば突如として真剣な表情へと変わる。これから一体何が起こるのだろうか。真剣な表情で言われれば、こちらも警戒感が出てしまう。今のシエルには何かを決意したかの様な表情に見えた。

 

 

「あの………私と友達になってくれませんか?」

 

「え?」

 

「ご迷惑でしたか?」

 

 北斗が考えていた物とは違い、斜め上の言葉に思わず呆気に取られたのか間抜けな声が出ていた。

 真剣な表情で友達だなんて事を今までの人生の中で言われた事は一度もない。あまりに真剣な表情から出た言葉はあまりにも唐突過ぎた。

 

 

「ごめん。そんなつもりじゃなくて、もっと何か特別な話かと思ったから驚いただけだから」

 

「私の中ではかなり特別な内容だと思っていたんですが…実は、私は今まで友達と言う関係についてよく分かって無かったんです」

 

「はあ……」

 

 以前にレア博士から聞いていた話が蘇る。シエルは元来からこんな気質ではなく、幼少時からの訓練の結果今に至っていた。その途中ではジュリウスの警護も任務として受けてはいたが、やはり立場を考えれば友達と言うには厳しい物が存在していた。

 

 

「今回の件で私も友達が出来れば他に考えている人の気持ちが分かるのではないかと考えています。あの……できれば……これからは名前で呼んでも良いですか?」

 

「名前って…皆も名前呼びだから、それこそ今さらだ。…じゃあ、これからも宜しくシエル」

 

「はい!宜しくお願いします副隊……いえ。北斗さん」

 

 今回の件が何かのキッカケになったのか、それ以降シエルの雰囲気が柔らかくなっていた。未だ刺々しい部分はあるが、それでもここにきら当初に比べれば格段の変化ともとる事が出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか最近、北斗とシエルちゃんがいつも一緒に居る様に見えるんだけど」

 

 唐突の始まったナナの言葉にその場にいたロミオが一体何の話なんだとナナへと視線を向けていた。

 

 

「何を突然言い出すんだ?」

 

「ねぇロミオ先輩。最近、北斗とシエルちゃんがよく2人で動いている様に見えるんだけど、何か知ってる?」

 

 何を考えた結果でそう思ったのか、今のロミオに言わせれば、突然振られた話に理解が追い付かない。確かに一時期シエルが他のメンバーに比べて浮いてる様に見えたのは、まだ記憶に新しいが、とあるミッション以降2人が急に一緒に行動する機会が多くなったのを思い出していた。

 

 

「そりゃあ副隊長なんだからやる事が沢山あるだろうし、実際に何かしらの指示が出てるなら仕方ないんじゃないのか?ジュリウスからもコンセンサスを重ねる様にって言われてるんだし」

 

「それは…そうなんだけど。今までは色々と一緒にやってきたのに、ここ最近はあんまり話す機会も無かったからちょっとね」

 

「だったら、これから北斗の所に行けば良いんじゃないのか?」

 

「でも…用事も無いから……」

 

 突然言われた事はどうやらここ数日の間、ナナが単独で居る事が多くなったからの考えである事は何となくロミオにも想像が出来ていた。確かに副隊長になってからの北斗は多忙を極めているのか、ここ数日はエントランスに顔を出す機会が減っていた。

 普段何気なく話していた人間がここに居なければ確かにナナが言う通り、少し変だと考える位は仕方ないのかもしれなかった。

 

 

「だったら、俺も一緒に行くよ。何やってるのか興味あるからな」

 

 ロミオの言葉がキッカケとなり、2人は改めて北斗が居るであろう場所へと移動する事にした。

 

 

「お~い。北斗、何してんだ?」

 

 当初は訓練室かと思われていたが、ここには既に居ないのか他の場所を彷徨っていた。フライアは見た目にそぐわない程の設備が色々と揃っている関係上、可能性を考え、一つずつ部屋を捜索していく。

 時間がそれなりに経過ぎた頃、ヨロヨロとした北斗が向こうから歩いてきていた。

 

 

「あれ?2人ともどうしたんです?」

 

「それはこっちの台詞だ。今までどこに居たんだ?」

 

「ちょっと資料室で、これまでの事を確認するのに本を読み漁ってたんですよ。取りあえず今日はこれで終わりますけど」

 

 この言葉でどうやら戦術に関する何かを勉強していたのか、慣れない頭脳労働に北斗もげんなりとしていた。北斗も基本的には本を読む事は嫌いではないが、短時間で沢山の情報量を一気に詰め込むのはかなり厳しかったのか、普段の訓練よりも疲労感が色濃く出ていた。

 

 

「ひょっとして、今までずっと勉強してたの?」

 

「まあ、勉強って程じゃないんだけどね。ただ、これまでの大がかりな作戦が色んな支部で展開されてきたから、その内容と結果からどうするのが最適解なのかシミュレーションしたりしてたんだよ。でも、結果的には内容が特異過ぎて使えないなんてケースが大半だけどね」

 

「副隊長になると大変そうだね~。ロミオ先輩はならなくて良かったんじゃないんです?」

 

「あのなぁ、俺だって戦術関連の本はこれまでにいくつか読んだ事位あるぞ。暇だからって遊んでる訳じゃないんだからな」

 

 何か思うところがあったのか、内容を聞いて少しだけうんざりとした部分があったのを考えながらも、よくもここまでやってるもんだと呆れ半分で話を聞いていた。そんな中で背後から北斗を呼ぶシエルの声が聞こえていた。

 

 

「北斗。取りあえず、今後はこの内容を活かす方向で考えてがどうでしょうか?」

 

「そうだね。でもある程度の部分までは分かるけど、相手はアラガミだから臨機応変に考える柔軟性は必要だろうな」

 

「しかし、それでは万が一の際の統制が取れなくなる可能性があります」

 

「それこそ、本末転倒になる元だよ。人間の思考とアラガミの思考は違う。本能で動くのであればそれを逆手に取る方が効率は良いはずだ」

 

 どうやら今までシエルとこんな戦術論議をしてたのだろう。命令を一本系統にするとなれば、現場での判断は事前の打ち合わせと変わった場合の戦術を改めて構築する必要性があった。

 

 お互いの言いたい事は理解できるが、それぞれの考えが違う以上、こうなった場合の衝突は避けられない。恐らくはこんなやり取りが今まで行われて来た事だけは2人も理解出来ていた。

 

 

「…分かりました。今後はそれを考えて作戦を考えたいと思います」

 

 口では何かと対立している様にも見えるが、それでもお互いに一定以上の信頼があるのか、険悪な雰囲気はそこには存在していない。確かに自己紹介の際には戦術面での話が出ていたが、ここまでハードになるとは誰も考えていなかったのか口に出すことは無かった。

 

 

 


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