神を喰らいし者と影   作:無為の極

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番外編7 桜舞う頃に

 ネモス・ディアナの1件から交わされた調印により、極東支部以外にもここネモス・ディアナにゴッドイーターの姿を見かける機会が多くなりつつあった。

 

 調印の内容は直ぐさま実行された事もあったのか、それとも神機兵への拒絶がそうさせたのか、派遣されたゴッドイーター達はアリサ達が初めて来た頃よりも意外と反応は穏やかな物だった。

 

 

「お前ら、そんなに大荷物でどこ行くんだ?」

 

「タツミさんこそ、こんな所でサボリっスか?ちゃんと仕事して下さいよ」

 

 輪番で極東から派遣されていたのは第2部隊長の大森タツミだった。ここに来た当初は、どこか余所余所しい感じではあったが、従来の話しやすい人柄からなのか、短時間の内にここの住人と打ち解けていた。

 

 

「あのなぁ。ここは巡回区域だから居るのは当然だ。で、それよりもこんな大人数で宴会でもするのか?」

 

 タツミが疑問に思うのは無理も無かった。見れば大よそ20人前後の住人がそれぞれに何か大きな荷物を持っており、その中の一人は酒瓶を持っていた。

 

 

「この先に、桜が植えてあるんですよ。ちょうどここ数日の気候で咲いたみたいなんで、折角だから花見に行こうって話だったんですけど」

 

「ここに桜が植えてあるのか?へ~アナグラでは見た事無かったんだけどな」

 

 この時代に桜が植樹されているのは極めて珍しいと考えられていた。オラクル細胞の捕喰は何も人類だけが対象ではなく、生きとし生ける物全てが対象だとばかりに考えられていた。

 

 そんな中でも生活に直結する物は真っ先に保護の対象となっていたが、花を代表する様に、嗜好品や食料以外の保護は常に後手後手になっていた。当然タツミも存在は知っていたが、それはあくまでの過去の記憶。即ちノルンの内部にあるアーカイブで確認していただけだった。

 

 

「この先にここが出来た当初に植樹されたみたいで、ここ数年はパッとしなかったんだけど、今年に入ってから漸く満開の近い状態で咲くようになったんっスよ」

 

「マジか。一度は見てみたいんだけどな……ああ。でも、これからまだ行く所があるからな」

 

「じゃあ、巡回終わってからならどうです?」

 

「そうしたいんだけど、今日はこの後アナグラに戻らなきゃダメなんだよ。これでも部隊長だからな」

 

「へ~タツミさんも大変っすね。そんなんじゃ彼女も居ないんじゃないんです?」

 

 何気に言われたが、こんな話は中々住民とする機会が無かったのか、それともこれから宴会に向かうからなのか、どこか何時もとは違った空気が流れている。何気に言われたその一言がタツミの何かに火をつけていた。

 

 

「俺だってちゃんといるぞ!ヒバリちゃんって言ってアナグラの中では俺の女神なんだからな」

 

「えっ?その人って、ちゃんと3次元の人なんですか?まさか俺の嫁って2次元の人じゃないですよね?」

 

「あのなぁ……」

 

「冗談ですよ。確か同じ名前で竹田ヒバリさんって人が居るのは広報誌で何度か見た事ありましたから……まさか、その人なんですか?」

 

 これまでに何度か広報誌にアリサやリッカ達と同様に載っている事はタツミも知っていた。人知れず手に入れたヒバリが出ている広報誌はタツミの持ち物の中でも上位に入る物でもあり、時折こっそりと見ている事は秘密だったりもする。

 

 

「他に誰が居るんだ?」

 

「…マジっすか?今度ここに連れてきてくださいよ。後生ですから」

 

「お前らに見せたらヒバリちゃんが穢れるだろうが」

 

「タツミさん。それ酷くないですか」

 

 言葉だけ聞けば住民との会話は酷い物だが、笑顔で言われれば単なる世間話にしか過ぎない。このまま話していても良いのだが、お互いに今後の予定もある事からこの場を離れ、通常の業務へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タツミさん。今回の巡回のレポートなんですが、今週中にお願いしますね」

 

 アナグラへと帰ると、そこはいつもの日常が存在していた。ネモス・ディアナは女神の森の名に相応しく、その特性上として農業や食料に関するプラントがいくつか存在していた。また、その恩恵がある事からも道端には生花が、街路樹にも果実が成る様な物が幾つも植えられている。そんな所から来ると、どうしてもアナグラはどこか味気ない様な雰囲気があった。

 

 

「そういえば、ネモス・ディアナには桜が植えてあるんだってね。今日そんな話を聞いたんだけど」

 

「そうらしいですね。私も直接見た訳ではありませんが、アリサさんの話だとかなり前から植えられているとか言ってました」

 

 話としては聞いてはいたが、直接見た事はヒバリも無かった。確かにネモス・ディアナまで行けば、見れない事は無いのかもしれないが、このご時世に個人の要件でおいそれとヘリを使う事は出来ず、精々が画像として残す程度しか出来なかった。

 

 

「俺も巡回じゃなきゃ見れたんだけどな。向こうは花見をするって言ってたかな」

 

「お花見って確か桜を見ながら宴会をするんですよね?」

 

「らしいね。宴会はともかく、一度は見てみたいのは間違いないかな」

 

 そんなとりとめのない話で盛り上がる頃、休憩とばかりにリッカとナオヤがラウンジへと足を運んでいた。恐らく休憩がてらなのか、新型兵装の初期整備が完了すれば今度はその習熟度を高める作業へと移る。未だゆっくりと出来ない日々が続いていたからなのか、その顔には疲労感が滲んでいる。以前にリッカから聞かされていた事を思い出していた。

 

 

「何だか楽しそうな話をしてたみたいだけど、何の話?」

 

「実はネモス・ディアナで桜が咲いてるみたいで、一度は見たいなんて話をしてたんですよ」

 

 楽しく話をしているのを見たリッカがどんな内容なのかと首を突っ込む。話の内容は桜の話だと分かり、リッカもヒバリと同じ様な反応を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜ね。私も見た事は無かったな。外部居住区にも確か無かったよね?」

 

「そうですね。今の所そんな話は聞いた事が無かったですね」

 

 綺麗な花を咲かせるのは知っていたが、やはり直接見た事はなく、どんな物なのか期待だけは高くなっていた。

 

 

「花見か。一度はやってみたいなぁ」

 

「おや、リッカ君。今花見って言葉が聞こえたんだけど、何か関心でもあるのかい?」

 

 リッカの言葉にいつの間にか榊が話に加わっていた。やはり業務にひと段落が付いたからなのか、気分転換の為か珍しくロビーに姿を表していた。

 

 

「ネモス・ディアナで桜が満開って話だったんですけど。そう言えば、アナグラにはそんな話は無いんですか?」

 

「…実はその計画が出ては居るんだが、今の所は何かと問題も多くてね。目下検討中と言った所なんだよ」

 

「そっか……残念だな」

 

 榊の言葉に僅かな希望はあったものの、出来る事ならば今見たい気持ちがあった。仮に今植樹しても見れるのはこれからまだ数年先の話。そんな先の見通しでは今のこの欲求を満たす事は不可能だった。

 

 

「あら、リッカちゃんは桜が見たいの?」

 

「弥生さん。リッカちゃん呼びは出来れば止めてほしいんですが…」

 

「桜なら屋敷にも咲いてるわよ。多分、今日か明日辺りが見ごろじゃなかったかしら?」

 

「屋敷には植えてあるんですか?」

 

「元々当主が山に生えていた原生林の中から保護してたから、それを接ぎ木して本数を増やしたのよ」

 

 榊以上に当たり前の様に弥生が会話に入り込む。まさかとは思うが、どこかやっぱりと言った感覚がそれぞれにあった。ネモス・ディアナにしかなかった桜は案外と身近な所に存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ全部桜なんですか…想像以上に綺麗ですね」

 

「ああ。俺も初めて見たけど、これは想像以上だ」

 

 ヒバリとタツミが感嘆の声を上げたのは無理も無かった。当初は数本程度しか無いと思われていた桜だったが、予想を超える本数が植えられており、花霞と呼べるほどの様子にそれ以上の言葉は出なかった。弥生が見ごろだと言う様に、ほぼ満開とも取れる桜が咲き誇る光景はある意味幻想的とも取れていた。

 

 これはタツミ達だけではなく、ここに来たゴッドイーター全員がそうだと思える程に圧巻だった。その桜の木の下には既に連絡が入っていたのか、屋敷の人間が何かと動きながらに準備をしている。どうやら食事の用意がされている様だった。

 

 

 

 

 

「やっぱりこうなったか」

 

 ロビーでの話は瞬く間に広がりを見せていた。巡回でネモス・ディアナに赴任した人間だけではなく、花見の話を聞きつけてきたからなのか気が付けばそれなりの人数が集まっていた。日々の激務からすれば、こんな出来事は一服の清涼剤となると考えていたのだろうか。それこそ気が付けばかなりの人数に膨れ上がっていた。

 

 

「やっぱり皆さんも見たいんですよ」

 

「俺はヒバリちゃんと2人で静かに見たかったんだけどな」

 

「今回は仕方ないですよ。次の機会にまた見たいですね」

 

 花見の話が出てからと言うのも、その後の計画の立案は素早かった。どこからか聞きつけたのか、コウタが音頭を取り、すぐに参加人数の調整がされていた。

 

 場所が場所なだけに行ける人数は限られてくる。人数の調整には思いの外難航していた。

 しかし、今回は少人数である事が前提だった為に、次回に期待をしつつそれなりの人数が参加する事となっていた。人数が決まれば今度は食事の準備とばかりに屋敷でも人数分の花見用に作られた弁当類が所狭しと並べられていた。

 

 

「これが極東における侘び寂びの精神なのか!僕は今猛烈に感動しているぞ!」

 

「ちょっとエミール。こんな所で騒がないでよ。…でも、こんなに綺麗な物だなんて知らなかった」

 

 青空と桜のコンストラストが見る物全ての目を奪うべく咲き誇っている。この景色はアナグラの人間だけではなく、ここにいる全員が初めてと言っても過言ではなかった。

 

 

「ソーマ。どうだすごいだろ~」

 

「ああ、ここまでとは思って無かったからな。シオも綺麗だと感じるのか?」

 

「きれいだぞ~」

 

 ソーマ達を出迎えたのは新調した浴衣を着たシオだった。この時期に合うような白地に桜の柄を意識したデザインはソーマだけではなく、アリサやコウタまでもが驚く程によく似合っていた。

 

 

「シオちゃん。その浴衣は新しくしてもらったんですか?」

 

「アリサ。にあうか?」

 

「もちろんですよ」

 

 新調した浴衣が似合うのを褒められた事が嬉しかったのか、シオはずっと機嫌が良いままソーマの隣に座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで増やす事が可能だとはね……この品種は案外と大変なんだよ」

 

 今回の花見は珍しく榊までもが参加していた。桜の木が珍しいのだろうか、そんな榊の発言はある意味感嘆とも取れていた。

 

 

「この桜は山間の深い部分に偶然原木が残っていたのを上手く活かしたんですが、まさかここまで短期間で綺麗に咲くとは思ってませんでした」

 

「接ぎ木で増やすと言っても大変じゃなかったのかい?」

 

「これに関しては、うちにも偶然専門の人間がいましたから予想以上の結果ではないかと。まぁ、ここに居る連中はそんな事は関係無いのかもしれませんが」

 

 桜の起源はともかくとして、恐らくここに居る連中はそんな高尚な考えは微塵も無い可能性が高い。無明の言葉をそのままに、桜の周囲には桜を見るよりも、何となく騒いでいる比率の方が格段に多かった。

 

 ここ最近は中々ゆっくりとした時間を取る事がかなり難しく、また時折現れる感応種に極東支部としても手を拱いている状況があった。そんな事も勘案した結果が今回の花見となっていた。

 

 

「そう言えば、リンドウ君達もそろそろ一旦戻ってくるらしいね」

 

「そうですね。エイジも神機の整備の問題もあるのでしょうが、今回の遠征は当初の予定よりも幾分か日程がオーバーしてましたから、ここで戻るのも得策でしょう」

 

「まだ黒蛛病の対策は進んでいないんだが、これもどうしたものか…」

 

「確か、ネモス・ディアナで療養していたマルグリットはまだ存命でしたよね」

 

「彼女の事か…恐らくはゴッドイーター故に身体能力が高いからなのか、一般人に比べれば何とか小康状態を保ってはいるんだけどね。未だ打つ手が無いままと言うのも困ったものだよ」

 

 現場では感応種の対策に追われていると同時に、榊は黒蛛病の対策に追われていた。確かに関連性に対しての発表はしているが、赤い雨とアラガミの襲撃のタイミングによって罹患する患者の後が絶たないのは頭の痛い事実でもあった。

 

 発症してから死亡までの時間も変わらず、致死率は100%のままだった。未だ解決が見えない対策に、流石の榊も疲労感を隠す事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサ~どうしたんだ?げんきないぞ」

 

「そんな事ありませんよ。私は元気ですから」

 

「シオ、アリサはエイジが居ないから残念に思ってるだけだから、気にしない方が良いぞ」

 

「そっか~アリサはエイジがいないとダメなんだな」

 

「ちょっとコウタ。何をシオちゃんに吹き込んでるんですか。そろそろ怒りますよ」

 

 皆がはしゃぐ中で、シオの言葉がそのままアリサに直撃していた。確かにこの景色を一緒に見たいとは思っていても、肝心のエイジは未だ本部にいる。時期的にはそろそろ帰ってくる頃ではあるが、それでもこの場に居ないのは残念に思っていた。

 

 

「でもさ、皆で集まるのは久しぶりじゃん。ここ最近は結構な出撃率だし、ソーマだって出ずっぱりだろ?気分転換には丁度良いんじゃないの?」

 

「そうだな。ここまでリラックス出来たのは久しぶりかもな。そう言えば、あいつらはそろそろ戻ってくるらしいぞ。さっきオッサンがそんな事言ってたがな」

 

「ソーマ。それ本当ですか?嘘じゃないですよね?」

 

「あ、ああ。それは間違いないみたいだ」

 

 突如として聞かされた情報に思わずアリサがソーマに詰め寄る。やはり口では強い事を言っても、元第1部隊の人間にはバレバレなのは今更だった。既にアリサは何か考えているのか、いつもの様な勢いは感じる事が出来なかった。

 

 

「そうだ。今回のキッカケとなったタツミさんはどこに居るんだ?」

 

 遠目で見れば、タツミとヒバリが並んで桜に見惚れているのか、お互いが寄り添い、何か楽しげな雰囲気がここからでもすぐに分かった。隙間無く寄り添うその姿はどこか様になっている様だった。

 

「コウタ、タツミさん達の邪魔しちゃダメですよ。あっちも久しぶりに会ってる様ですから」

 

「何だよ、本当はアリサも羨ましいだけじゃないのか?」

 

「コウタは一度馬に蹴られた方が良いかもしれませんね」

 

「なんだよそれ!そうだ!エイジにも写真でこの景色を送ろうぜ」

 

 それぞれが色々な思惑を持ちながらにも、満開に咲いた桜を楽しんでいる。まるで何かを演出するかの様に桜の花びらが時折舞い散っている。今、この一時がいつまでも永く続く事を願いながら、時間だけがただ過ぎ去っていた。

 

 

 




タツミとヒバリの物語を作ったはずが何故かこんな展開になりました。
時期的にはそろそろフライア組も極東へと合流するはず。

今後ともよろしくお願いします。



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