神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第124話 新たな動き

「あれ?ここは?」

 

 白いアラガミとの戦闘の後の記憶が北斗には無かった。気が付けば白い天井と共にどこか薬品の匂いがしている。ここが医務室である事を理解するには然程時間は必要としなかった。

 

 恐らくは倒れたのだろう事は想像できるが、その後の記憶は当然ながらプッツリと切れたのか、今の現状を理解する事は出来ない。だからと言って、このままここからどこかへ出歩く事も出来ず、北斗はベッドの上で横になる以外に何も出来なかった。

 

 

「気が付いた?」

 

 医務室のドアが開いた先にはナナとロミオが様子を見に来ていた。戦闘後の記憶が何もないが、恐らくは誰かが運んでくれたのだろう。目覚めた北斗は身体的には何もトラブルを抱えていない為に、今はただ安静にしている事が優先されていただけだった。

 

 

「何でここに?」

 

「お前があの感応種と戦った後に突然気絶したんだよ。で、俺たちがここに運んできたって訳だ」

 

「そうでしたか……」

 

 ロミオの説明で漸く記憶が無い後の全体像が見え始めてきた。恐らくは何らかの負荷がかかり過ぎた結果、気絶した事で遮断された可能性が高った。事実、北斗の身体には怪我らしいものは何一つついてなかった。

 

 

「どうやら気が付いたようだな。身体に問題が無ければ、1時間後にラケル先生の所に来てくれ。何か話がある様だからな」

 

「了解しました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

「そう気に病む事はない。恐らくは血の力に目覚めた際のサーキットブレイカーとして気絶したんだろう」

 

 血に力に目覚めたからなのかジュリウスは心配はしていたものの、どこか表情は明るい物が微かにあった。自分では何がどうなっているのか分からないが、それでもブラッドに所属して血の力に目覚めたのであれば結果オーライと今は前向きに考えるしか無かった。意識が戻った以上、取敢えずはラケルの待つ研究室へと足を運ぶ事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遂に血の力に目覚めた様ですね。ジュリウスに続いて二人目です……おめでとう」

 

 ラケルの研究室へ行くと、そこには血の力に目覚めた事による祝福とばかりにラケルから、この力の内容に関して色々と説明を受ける事になった。入隊当初は何も聞かされないままにミッションをこなしていたが、ここに来て漸く本来の内容について語られる事になった。

 恐らくは目覚めなければこの話は無意味な物になりかねない。だからこそ、北斗が目覚めた事によって本来の内容に関する情報が開示されていた。

 

 

「それと、貴方はバースト状態になった際の記憶がありますか?」

 

「…いえ、正直かなり曖昧な部分があります」

 

「…そう。恐らくは血の力の発露が原因だと考えられます。今後は血の力が安定する様ならば恐らくはその症状は改善されると思います。今回の件に関してはジュリウスにも伝えてありますので心配する必要はありませんよ」

 

「分かりました」

 

 血の力の発露と聞いた事で一先ずは安心する事にした。常時バーストモードで記憶が曖昧であれば戦闘中は無理だと判断する事になりかねなかった。バースト状態の恩恵がどれ程の物なのかはゴッドイーターであれば誰もが知っている事実。

 それでは戦力的に今後は困る部分が出てくる可能性が危惧されたが、それもラケルからの説明で安心する材料となっていた。

 

 

「ねぇ北斗、やっぱりあれって血の力に目覚めたんだよね?」

 

「う~ん。ラケル博士の話だとそうみたいだ」

 

「血の力ってどんな感じなの?」

 

 ナナの何気ない発言に北斗は少し困っていた。記憶が曖昧な状況の中で使用していた為に、一体何がどうなっているのかすら記憶に無い。そんな中でどんな気持ちと聞かれても答える術は何も無かった。

 

 

「ごめん。記憶が定かじゃなくて。悪いんだけど、当時の状況をナナが見た主観で良いから教えて欲しいんだ」

 

「え~。私の主観なんだよね……実は私も今一つ分からない事が多いんだよね。でも、北斗がいつもと違って少し怖かったかな」

 

「怖いって?」

 

「上手くは言えないんだけど、何だか同一人物って感じじゃなくて、誰か別の人って感じかな」

 

 ナナの主観と言った以上、それがナナの本心なのか間違い無かった。記憶が曖昧とは言え、何となくだが状況は把握している。確かにあの瞬間に人格が交代したような感じはしたが、ナナの話からすれば別人とも取れる様だとすれば、心理的な何かがあるのだろうか。何にせよ、現時点では確証らしき物すら無い以上、何もする事は出来ない。今はそう考える以外に出来なかった。

 

 

「ラケル博士の話だと、血の力の発露が原因らしい。今後は収まる方向みたいだ」

 

「そっか~。ちょっと安心したよ。北斗があのままだとどうしようかと思ったからね」

 

 どうやらあまりの変貌ぶりに心配させていた様だった。今後は大丈夫だと言われているのであれば、これ以上の事は何も出来ない。今後は様子を見ながら行動する事を心に誓っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう。血の力に目覚めた様だな。俺としても嬉しい限りだ。今後もこのまま精進し続けてくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 恐らくはラケルに一番最初に聞いていたのだろうか、先ほど医務室でも似たような事を言われた事を思い出していた。いくら候補生と言えど、肝心の血の力に目覚めなければ通常の部隊と何も変わらない。今までは自分だけだったのが北斗も目覚めた事にジュリウスも喜びを感じている様だった。

 

 

「そうだ。ついでと言っては何だが、今回の件が影響した訳ではないがこの部隊に新たに一人が近日中に加わる事になる。これから大所帯になるかもしれないが、今後も頑張ってくれ」

 

 一言添えた後、自分の業務があるのかジュリウスは自室へと戻っていた。

 

 

「北斗、遂に血の力に目覚めたんだってな。やったな!次は俺の番かな」

 

「ロミオ先輩。そんな事言ってるようだと、まだまだだと私は思うな」

 

「ナナは一言多いんだよ。可能性は誰にだってあるんだから、そう考えても問題ないだろ。でもあの感応種だっけか?かなり大きかったけど、よくもまぁ退治出来たよな?」

 

「そうそう。それは私も思った。だってあれってエミールさんの神機を停止させてたからね。あれが感応種の力なんだよね?」

 

 感応種との対峙は何かしら思う所があったのか、それぞれが思い出すかの様に当時の状況を思い浮かべていた。ラケルからの話が本当ならば、今後はこのブラッドが感応種の討伐が出来る唯一の部隊となってくる。

 この種がどれほど危険な存在なのかは既にアーカイブで確認はしていたが、やはりあの時のプレッシャーは対峙した者でなければ説明する事は出来ない。ましてや種の固有の能力でもある神機の停止は事実上の無力化と殆ど変わらない。あれが基本だとすれば今後の任務はより苛烈な物へと変貌するのはある意味当然の事だと考えていた。

 

 

「本当に厄介な存在だよな。でもその為に俺たちブラッドが居るんだろ?だったら後はその力を発揮するだけだよな」

 

「ロミオ先輩。そういえばエミールさんはどうしたんですか?」

 

 この場において当時の状況を考えれば一番最初に存在感を発揮するはずのエミールがこの場に居なかった。ロミオとナナの表情からは如何にも微妙だと言わんばかりである事が読み取れていた。

 

 

「エミールさんなら、あの後北斗が目覚める前に極東支部に戻ったらしいよ。居た時にはあれだったけど、居ないなら居ないで静かなんだよね」

 

 短期間の滞在ではあったが、あの濃いキャラクターがここに何かの爪痕を残したのか、それぞれの記憶に強烈に刻まれている。恐らくは極東支部に行かない限り会う事は無いだろう。そんな事を考えていると、先ほどのジュリウスの言葉が思い出されていた。

 

 

「そう言えば、近々ここに新たな人が加入するらしいですよ」

 

「そうなんだ。だったら女の子が良いな~ここには私しか居ないし」

 

「ジュリウスがそう言ってたのか?いつ頃なんだろう?もう少し先輩を敬ってくれる人だと良いな」

 

「え~私も敬ってますよ」

 

「ナナはちょっと酷い所あるから…」

 

 未だ分からない新加入の人物像をそれぞれが思い浮かべている。今後の加入者の事はともかく、今は自身の力の制御に重点を置きながらミッションに入る事を考え、一人訓練のメニューの変更を北斗は検討していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな。…ラケル先生の付き添いじゃなさそうだな」

 

 ジュリウスの前には一人の銀髪の少女がまるで指示を待つかの様に直立不動で立っていた。背筋がその性格を表しているのか、視線には力が込められているものの、どこか冷淡な印象を受ける。当時とは何も変わらないのかとジュリウスは内心思っていたものの、まずはここ来た内容の確認が優先だとばかりにその少女の言葉を待っていた。

 

 

「はい、任務は更新されています。本日付でブラッド隊に招聘されました。貴方もお元気そうでなによりです」

 

「そうか。お前が新たなメンバーだったのか」

 

「ラケル先生からはその様に聞いています。詳細についてはジュリウスから確認する様にとも指示を受けています」

 

 今回のメンバーに対してはジュリウスも詳細を教えられて無かった事が影響したのか、久しぶりに見る知人は何も変化していないのだと感じていた。

 

 ジュリウスは気が付いていないが、北斗とナナが配属された辺りからこのフライアの空気は少しづつ変化していた。以前の様などこか冷たい様な雰囲気はそこにはなく、またロミオとのやりとりが日常過ぎた事も影響してなのか、この部隊に対する親近感がどこか違っていた。

 一軍人としては正解なのかもしれなが、ここは軍隊ではない。自分には出来なかった事だが、ここに加入する事で今後の人間としての選択肢が増えてくれればと考えていた。

 

 

 

 

 

「本日付で極致化技術開発局の所属となりましたシエル・アランソンと申します。ジュリウス隊長と同じく児童養護施設『マグノリア=コンパス』に於いてラケル先生の薫陶を賜りました。

 基本、戦闘術に特化した教育を受けてまいりましたので、今後は戦術、戦略の研究に勤しみたいと思います」

 

 模範的な敬礼をしながらの自己紹介に集められたメンバーはどこか不思議な空気を漂わせていた。今まで入ってきた人間は誰もここまで畏まった自己紹介をした覚えは一切なく、この場面での自己紹介はある意味新鮮な物に映った。

 こうまで固い挨拶をされると、今度はどうすれば良いのだろうか?違った意味でお互いがどう反応すれば良いのか判断に困っていた。

 

 

「…あの…私からは以上です」

 

 視線が集中したことに気恥ずかしさを覚えたのか、先ほどとは打って変わり年相応の反応を見せていた。ここで漸く我を取り戻したのか、硬直した空気が徐々に解け出す。ここで漸く初めての顔合わせが終了していた。

 

 

「シエル。そんなに固くならなくても良いのよ。これから皆は同じ部隊であると同時に血の力で結ばれた家族と同様なんですから。ようこそブラッドへ」

 

 助け舟が出てきたのか、ラケルが落ち着かせようとシエルに近寄っていた。恐らくは顔見知りなんだろうか、ラケルの顔を見たシエルの表情が少しだけ和らいでいる様にも見えていた。

 

 

「これでブラッドの候補生が皆揃いましたね。血の力を用いて遍く神機使いを、ひいては救いを待つ人々を導いてあげて下さいね。では…ジュリウス」

 

 先ほどの自己紹介と変わり、今度はジュリウスからの通達が発表される事になった。自己紹介の事だけだと思った事もあり、今度は何が発表されるのだろうか?ジュリウスの口が開かれる事が待たれていた。

 

 

「今後の件に関してだが、今回のシエルの着任を機に今後は部隊運営における戦術の拡充を行う。その為には今後の事も踏まえ命令系統を一本化するに当たって、北斗。お前にその任について貰う事になる」

 

 

 突然のジュリウスの発言は部隊運営に対する人事の発表だった。戦術面を考えれば、仮に部隊を分けた際には誰かが指揮を執る必要が出てくる。これはある意味当然の措置でもあり、今回の判断については至極当然とも考えられていた。

 

 

「ジュリウス隊長、なぜ自分がその任を担う事になるのでしょうか?自分はまだ熟練と言う程に任務をこなした訳ではありません。経験から判断されるのであればギルかロミオ先輩が妥当かと考えられますが?」

 

 北斗の言い分は尤もだった。単純に指揮を執ると言っても容易く出来る様な事は無く、ジュリウスの言葉から考えれば今後は戦術面でも一定以上の権限が与えられる事になる。

ましてやここにはゴッドイーターとして5年の経験があるギルと、ブラッドとして考えた際にはロミオの方が経験はある。だからこそその考えが分からないからと確認していた。

 

 

「先ほども言った様に、北斗がやる事は既に決定事項だ。拒否権は存在しない」

 

「それだけでは納得できません」

 

「…敢えて言うならば、今回の血の力に目覚めた事と、前回の討伐任務の際に簡易ながらに指揮を執っていた事が今回の一番の結果だと判断した。これについてはこちらでもしっかりと確認している。

 経験が確かに物を言うのは間違いないが、戦場に対しての視野の広さが無ければ指揮は出来ない。総合的に考えた結果が今回の判断となった」

 

 恐らくはウコンバサラの件の事だと北斗はすぐに理解していた。確かにあれが指揮だと言えばそうなのかもしれないが、当時と今回では状況が違う。

 本音を言えば面倒な事はしたくないと言いたい所だが、流石にここでそんな事を言える程に北斗は大胆な精神を持ち合わせては居なかった。

 

 

「北斗が副隊長か~これからも宜しくね」

 

「ま、妥当な判断だな。あれが今回の一員ならば俺も納得できる。…ナナはあれだし、ロミオも…な」

 

「おおきなお世話だ!お前だってあり得ないよ!」

 

 既に外堀は完全に埋められていた。この状況では納得出来なくても、無理やり納得せざるをえない空気が漂っている。今の北斗に拒否の二文字を発言する事は出来なかった。

 隣では先ほどのギルの発言に何か思うところがあったのか、既に副隊長に関する考えは無く、お互いが何か言い争っている様にも見えていた。

 

 

「分かりました。謹んでお受けします」

 

「チームに連携の不安が残るかもしれないが、お前ならしっかりとやれるだろう。期待してるぞ。それとシエル。今後の事もあるから副隊長とコンセンサスを重ねる様に。あれで案外と良い戦術眼をもっているかもしれないぞ」

 

 何気に爆弾発言を残し、ジュリウスは研究室から退出していた。自分に戦術眼があるなんて今までに一度も考えた事は無い。そうまで持ち上げる必要は無いだろうと考え、何気にシエルを見ると、どこか尊敬した様な目で見られていた。

 

 

「では副隊長。早速ですが今後の件も踏まえてお時間よろしいでしょうか?」

 

「良いも何も、これからそれが目的なんだし、別に構わないよ」

 

 これ以上この場に居ても話が前に進まないだろうと判断し、北斗はシエルと共に庭園へと場所を移し替えた。

 

 

 

 

 

 

「では早速ですが、私がここに来るまでにブラッドの内容を把握したんですが、一度副隊長から見てもらえないでしょうか?問題無いようならば今後はこの様にと考えています」

 

 庭園ではのんびりする事もなく、ただ事務的にシエルから渡されたタブレットを北斗は見ていた。事前にしっかりとした情報収集をした結果なのか、各自の戦闘能力に関する細かい部分までもが網羅されている。今まで訓練と言えば自分一人でやってきた北斗からすれば、この内容に疑問を感じずにはいられなかった。

 

 

「え~アランソンさん」

 

「部下ですのでシエルで結構です」

 

 一部の隙も無い様な受け答えを北斗はあまり好ましく思っていなかった。今では少しづつ改善されてきたが、この事務的なやり取りはどこかフランを思い出させる部分があった。

 

 他の支部であればこうまで気にする必要は無いのかもしれないが、ここの様な小さな箱庭とも取れる様な環境に於いて、人間関係は極めて重要だと北斗は常々考えている。

 よく言えば真面目だが、悪く言えば堅苦しいその雰囲気は恐らくこのブラッドには合わない可能性があった。

 

 

「じゃあ遠慮無く。シエル、この訓練のメニューだけど却下だ。データだけで見れば最適なのは理解できるが、効率を考えればこれは落第点だ。ここに各自の人物像を加えないと、恐らくは推定の結果を得る事は出来ない。それと、一つ確認したいことがあるんだけど、この内容はシエルが一人で考えたのか?」

 

 まさか却下されると思って無かったのか、それに追加で落第点と言われシエルは内心落ち込んでいた。確かにデータ上ではこのやり方が最適な結果をもたらすシミュレーションの結果ではあったが、ここに人物像を重ねるとなれば、それは一つの軍事教導ではなくカウンセリングも含めた物を考慮する必要がある。

 それだけではなく、今回の訓練メニューを見た北斗の反応は、今までデータを見ていた時とは違い、何かを疑う様な視線がそこには含まれていた。

 

 

「仰る意味が理解出来ません。それはどう言う意味でしょうか?」

 

 シエルが不思議がるのはある意味当然だった。今回のメニューを組んだ際に、自分自身が今までやってきた事も踏まえながら考えた内容がダメ出しされたと同時に、この内容について一部疑う様な言い方をされたのであれば、その根拠となる内容を確認したいと考えるのは当然だった。

 この内容に一体どんな意味があるのか。今のシエルに理解する事は出来なかった。

 

 

「言葉を変えよう。この訓練内容はとある内容にかなり酷似しているんだ。ただ、それは今の時点では話す事は出来ない。その考えに至った出所が知りたいと思っただけなんだけど」

 

「その件でしたら、以前に私を教導した教官から伝えられた物としか分かりません。ただ、副隊長がダメだと仰るのであれば再度考慮します」

 

「それと考慮するのであれば、この時間での内容は多分もって数日だろう。厳しい言い方をするようだけど、自分を基準に考えるのは止めた方が良い。人間には個性があるのと同時に各自に個体差が必ずある。

 例えば、俺とシエルだと体力差もあるし思考能力も違う。機械じゃないんだから画一化する必要は無いんだ」

 

「確かにそうですね。その事を考慮する事を失念していました。今後はあらゆる可能性を考慮した後に改めて検討したいと思います」

 

 我ながら初対面で厳しい事を言った事に北斗は少し後悔したが、流石にあのトレーニングメニューの中に、自分が普段からやっている内容の大半が含まれていたのは驚いた。

 

 見た目は平凡な内容に見えるが、実際にあれを完全にこなすことは事実上不可能とも取れる。慣れた人間でさえも困難な内容を何も知らない人間がやって無事に出来るとは思ってもいなかった。

 

 シエルが去った後、まるで何か大変な作業が終わったかの様な疲労感が全身を襲う。今からこれだと今後はどうなるのだろうか?この先の事を考えると気が重くなってゆくのが想像できていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、今後は北斗さんの事は副隊長とお呼びしないと拙いですよね」

 

 シエルが合流してから何度かミッションに行った頃だった。まるで今思い出したかの様なフランの言葉に北斗は今さら何を言うのだろうかと言った表情をしていた。

 

 

「今までと変わらずで良いんだけど」

 

「やはり、今後の事を考えれば役職名で呼んだ方が、対外的にも良いかと思ったんですが?」

 

 加入当初、あまりにも事務的な物言いが多かったのが、ここに来て漸く普通になってきたはずだった。しかし、今回のシエルの合流の際に副隊長に任命された事で、何かとフランと顔を合わす事が多くなっていた。

 何も考えていない所で言われたのがショックだったのか、それとも何も考えてなかったのか、北斗の表情は何とも言えない様だった。

 

 

「フランが酷い…折角仲良くなったと思ったのに…」

 

 少し残念な表情をしながらも少し様子を伺うが、フランの表情が変わる事は無かった。また、北斗の物言いがあからさまだった事も影響したのか、普段と何も変わらない様にも見えていた。

 

 

「北斗さん。せめて猿芝居だけは止めて頂きたいですね。見てるこっちが恥ずかしいので」

 

「だったら今まで通りで構わない。何だか遠くなった気がするのは面白くないので」

 

 あまりにもくだらないと言いたくなる様な内容にそれ以上何も言う事は出来なかったが、本人からの意向を無視する程フランも冷淡な人間では無かった。今後の事も考えて呼び方に関しては一定の考慮をする事にしようとフランは一人考えながらも、北斗を呼んだ事の目的を図るべく、改めて場を仕切りなおした。

 

 

「そう言えば、最近のブラッドとしての部隊運営が以前よりも悪化している様に見えますが、何かトラブルでもあったのですか?」

 

「トラブルはないんだが……因みににジュリウス隊長はこの件については?」

 

「ジュリウス隊長からは、こんな時もあるだろうとは言われましたが、やはり最近のミッションに関しては各自の動きもぎこちない様にも思われます。今の所は大事になる事は無いとは思いますが、今後の事を考えると早急な対処が必要となる可能性がありますね」

 

 見ていない様で、部隊の事をしっかりと見てるんだと関心しながらも、ここ数日の北斗の悩みはまさにそれだった。原因は言うまでも無かったが、恐らくは今まで適当だった部分までもが厳格化された事による、機能不全が原因だった。

 

 どんな動きにも必ず遊びの部分が存在する。一見無駄の様にも見えるが、この遊びの部分が無ければ、少なくとも早晩何かが瓦解する可能性が高いと考えていた。言いはしないが、ジュリウスも何らかの手を打てと言っているのかもしれない。だからこそ、シエルとは改めて話をする必要がありそうだと考え出していた。

 

 

 


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