神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第13話 動揺

 窮地から辛くも脱出し、ようやくアナグラに戻ると現場の状況が既に伝わっていたのと同時に、リンドウがそこに居ない事が大きな波紋を呼んでいた。

 

 ただでさえ、精鋭とも言われる第1部隊。普段は飄々としているが戦闘時には頼りになり、部隊長でもあるリンドウが帰還していない事にアナグラ中に衝撃が走っていた。

 

「リンドウさんが戻ってないらしいぜ」

 

「マジかよ。でも何でだ?」

 

リンドウの影響は余りにも大きすぎたのか、アナグラに走った動揺は何時までも消える事は無い。このままでは全体にも何らかの形で影響が出始めるのは時間の問題だった。

 

 

「お前たち、いつまでそこにいるんだ。自分達の今やるべき事をしろ!」

 

 ツバキの一喝で少しずつ落ち着きは取り戻したが、精神的支柱でもあるリンドウの不在の影響は予想以上に大きかった。

 原因はともかく、現在の状況を鑑みるとサクヤは憔悴しアリサは混乱したまま。

 陽動に出たエイジも大怪我ではないものの、1.2日は入院となっている為に戦力としては計上するには時間が必要だった。

 

 現況を見れば、出動可能なのはソーマとコウタだけしかいない。当然だがこのままの運営は不可能と考えながらも、ツバキ自身は表情にこそ出さないが、唯一の身内でもあるリンドウのMIAによる動揺はやはり計り知れなかった。

 

 現実問題としてこのままでは埒が明かないのと同時に、リンドウの捜索をしなければならない。既に捜索部隊を派遣したは良いが、本来であれば神機の探索がメインの部隊では過度な期待を抱く事は出来ない事はツバキ自身が一番良く知っている。

 既にそれが何を物語るのかは誰もが知っているからなのか口を開く事は無かった。

 

 肝心の腕輪のビーコンは破損したのか死亡によるロストなのか現状確認が出来ない以上、判断は不明となっている。

 仮に生存しているならば放置すればどんな未来が待っているのは説明する必要が無かった。

 

 ゴッドイーターの末路は如何なる理由があろうと、決定した未来しか無かった。

 万が一アラガミ化しようものなら介錯が必要となる。今のアナグラで冷静にそんな事が出来る人間は一人だけいるが、それもまた他の人間に与える影響が大きすぎる。だからこそ直ちに救助する必要がそこにはあった。

 

 無明は一人今回のミッションについて大きな疑念を抱いていた。

 根拠はリンドウから依頼されたディスクの解析時に確認した内容とその裏付け。

 

 帰投後に今回の確認の為ミッションの履歴を見たが、そこに本来有るはずのミッションが最初から存在していなかったのか、それとも消されたのか、そこには何も書かれていない。まるで初めから何かを処分するかの如く。

 

 意図的に消されたと結論づけるも、今の時点で確信めいた事は何もない。

 このままではアナグラの士気そのものまでもが低下する。

 士気が下がれば自ずと戦力は低下し、やがてアナグラにも多大な影響を及ぼす事になる。そうなる前に手を打つ必要があった。

 そう考えると同時に無明はラボへと足を運んだ。

 

 

「榊博士。今回の件ですが捜索はいつもの部隊に任せると同時に、自分でもある程度動きます」

 

「そうかい。君が動いてくれるなら助かるよ。彼はここでの精神的支柱である事に変わりないからね」

 

「一つ確認したいんですが、支部長はいつまで出張で本部に出ていますか?」

 

 

 

 今回のミッションの発注があると同時に支部長は出張で欧州に向かっていた。

 今の時点でどの程度、何がどう関与しているかは不明だが、今までの裏付の中である程度支部長が関与しなければあり得ない可能性が浮上した事から、関与しているのは明白だった。

 仮にも支部長を糾弾するとなれば、それなりの代償を払う事になる。だからと言って、この時点で公表しても闇に葬られる可能性が極めて高い状態になるのは容易に想像が出来ていた。

 その為には出張で不在の今が絶好のチャンスとなった。

 

「明確には聞いてないけど、恐らく2週間程現地滞在の予定だよ」

 

「分かりました。それまでにある程度の事は掴んでおきます」

 

「リンドウ君が今どんな状態なのかは推測できるが、ビーコン情報が確認出来ない以上、腕輪に何らかのトラブルが発生しているとも考えられるのであれば、最悪の状態もある程度視野に入れておく必要がありそうだね」

 

「そうならない様に、こちらも迅速に動きます。申し訳ありませんが、暫くはこちらに専念します」

 

「リンドウ君はこの支部の要だ。一刻も早い結果を期待するよ。本来なら君が動く必要は無いんだが、済まない。今の極東には信頼出来るのは君だけだ」

 

 榊の苦汁の決断とも言える言葉は正しく今の極東支部の現状を現していた。

 支部長のヨハネスが何を計画しているのかは大よそながらに把握しているが、今の状態では榊の言葉はヨハネスに届く事は無い程に妄執に取り付かれる様な、ましてや目の前に居る無明は間違いなく何らかのデータを握っているのは間違いなかった。

 そう博士に告げ、そのまま人知れず任務遂行となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンドウさん捜索のお手伝いがしたいんです」

 

「今のままだと拙いのは分かります。捜索に行かせてください」

 

 ロビーではリンドウの捜索についてツバキにタツミとカノンが詰め寄っていた。

 

「お前たちの気持ちは分かるが、その結果として抜けた穴は誰が埋める?」

 

 ツバキの問い掛けに二人は答える事が出来ず、その答は言わなくても既に分かっているので反論すら出来ない。

 

「ここで話している間はアラガミがやって来ない訳ではない。自分達の持ち場につけ」

 

 ツバキから正論として言われると、二人もそれ以上は何も言う事は出来なかった。

 自分達だけではない。他の部隊のメンバーでさえも思うことは皆同じ。

 それ以上、何も言う事は出来ないままツバキが去るのを歯がゆい思いで見ている事しかできなかった。

 

 

「お前ら、ツバキは今まで目の前で何人の人間が死んでいったのを見たのか知っているか?」

 

 後ろからゲンさんこと、百田ゲンが集まっている皆に話し出した。

 

 

「ツバキは紛れもなく身内だ。お前たちよりも遥かに心配している。それ位は察しろ」

 

 普段は年齢と過去の経験から色々と口煩く言うが、こんな時にはしっかりとした考えと皆を黙らせる迫力があった。ツバキだけではない。古参と呼ばれる人間であればこその言葉の重みがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい悲しみとも怒りともつかないままエレベーターに乗り、他人の目の届かない事でツバキは激情に身を任せる様に壁を叩く。冷静にならなければとの思いと、ここで悲しむ暇があるならば、今出来る事をすべきと気を持ち直した直後、エレベーターに見慣れた一人の男が乗った。

 

「ツバキさん。ちょっと良いか?」

 

「どうした?」

 

「この後、リンドウの捜索で専門チーム以外に俺も出る。詳しい事が分かり次第に連絡する」

 

 乗り込んできたのはこれから技術班に行く為に向かっていた無明だった。

 公的ではないしろ、第6部隊として見えない部分をフォローしている事はツバキも知っているが、今回の件で思う事があったのか、珍しく表舞台に出て来た。

 

 

「今回の任務にはいくつかの不可解な点がいくつかある。しかし、その前にリンドウを捜す事を優先とする」

 

「すまない」

 

 何時も以上の重苦しいものを抱きながらも毅然と言い残し、そのまま技術班の階層に着くとエレベーターから降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄貴、リンドウさんが大変みたいだけど大丈夫なのか?」

 

 技術班でもリンドウの件は話題になっていた。

 あれほどのキャリアを持った人間でさえ、呆気なくアラガミにやられてしまう。そんな絶望とも言える衝撃が技術班にも走っていた。

 もちろん、リンドウ以外の他の神機使いの整備もするので、全員がそうだとは思っていなくても事実上のトップのロストに動揺は隠しきれない。

 

「俺も捜索に出る。暫くは出る事が多いから、今進めている事はそのまま任せる」

 

「それは構わないけど、最終的な判断は?」

 

「結果が出た時点で知らせてくれ。その時に判断する」

 

 

 そう言いながら自分の神機を取り出し、いくつかの装備を整えて出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、エイジ。具合はどうだ?」

 

「問題ないよ。と言うよりもここに居るのは大げさすぎるよ」

 

 

 エイジが医務室に運ばれてから約1時間。気を失っていたが特段大きな怪我をしていた訳でもなく、目を覚ませば特にやるべきことは何もないが勝手に抜け出すわけにも行かず、エイジはベットの上にいた。

 

 

「ケガが無いのは良い事だけど、今頃ロビーは大変な事になってるよ」

 

「だろうね。リンドウさんがあんな事になるなんて誰も想像してないだろうから、衝撃が大きいのかもね」

 

 現在の所、第1部隊はリンドウ、エイジ、アリサの3人が離脱、サクヤは何とかもち直しているが、ミッションにはまだ難しいと判断され実質凍結状態となっている。

 帰投してからまだ落ち着ける程の時間は経っていない。

 恐らく今日はこのままの状態が予測できるために暫定的な措置となっていた。

 

 

「サクヤさんの様子はどう?」

 

「部屋に閉じこもったままだから何とも言えないよ。目の前でのあれは流石に堪えるだろうね」

 

「そうか…ところでアリサは?」

 

 

 

 

 

 

 何気にそう言った途端、コウタの顔が曇りだした。

 

 

「アリサは今もあの時から変わっていないよ。鎮静剤で何とか落ち着いた感じらしいけど、今は面会謝絶の状態で詳しい事は分からない」

 

 その瞬間を見ていないとは言え、いくら何でもあの言動は異常とも言えた。

 仮に何かに怯えていたとしても、あの姿は尋常ではない。リンドウからもメンタルケアのプログラムが組まれている事を聞く事で知っていたエイジの中に、何となくだが疑念が生まれていた。

 

 専門の医師では無い為に、その疑念が何かは今のエイジには分からない。今は無理でも医務室を出たら一度会いに行こうとエイジは心に決めていた。

 

 

 

 

 


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