神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第121話 加入

 実戦に正式配備されたと言っても、ここでは毎日ミッションがある訳では無かった。他の支部とは違い、移動を繰り返す為にアラガミが進行方向に居なければ発注される事は無かった。その結果として空き時間には積極的に訓練室を利用する事が今の北斗の日課になりつつあった。

 

 突如として招聘されてからは怒涛の様な展開だった。気が付けば本部直轄の部隊に編入され、その結果今に至る。以前に一度だけ見せてもらったジュリウスの血の力とそのブラッドアーツには驚かされたが、自分にもその可能性があるからと言われても、それがいつになるのかすら分からない。このまま何もしないよりはマシだとばかりに一人訓練に明け暮れていた。

 

 

「いたいた。今日もここなんだね」

 

「どうしたナナ?暇なのか?」

 

 訓練が開始されてからかなりの時間が経過していたのか、北斗の身体からは汗が滴り落ちると同時に蒸発しているのか湯気が出ている様にも見える。ナナも何もしない訳では無いが、自分から積極的に訓練すると言った考えはあまり無いのか、今回も特にやるべき事が無かったからここに来たと言った雰囲気だった。

 

 

「別に…暇って訳じゃないんだけど、何となくここに来たんだよ」

 

「そうか」

 

 恐らくは言葉通りの事なんだろう。特に何もする事が無いからなのか、部屋の隅で膝を抱えて座りながらこちらを見ている。北斗としても見られていても困る事も無ければ、特に隠す事も無い為に、ナナの存在を気にする事無く訓練を続けていた。

 

 

「ねぇ北斗。なんでそんなに身体が傷だらけなの?ゴッドイーターは偏食因子の影響で傷もすぐに治るんじゃなかった?」

 

「子供の頃からついてるから、多分これが治る事は無いんじゃないか?別に傷があっても困る事なんて何も無いからな」

 

 訓練の最中に何かに気が付いたのか、北斗は何気に話す。自己紹介はしたものの、お互いの事なんて特に聞いた事もないので何も分かっていないままだった。

 

 何時もの様な穏やかな口調は既に無く、訓練に集中しているからなのか語気は鋭い。恐らくはこれが素の状態なんだと何気なくナナは感じていた。

 

 

「で、やっぱり暇だったのか?」

 

 一通りの訓練が終わったのか、北斗は用意したタオルで身体を拭きながらも、なぜナナがここに居るのか理解できなかった。ここでは自分で訓練をするような雰囲気が無いからなのか、常時北斗が使用する際には無人のままだった。人の訓練を見ているならば自分もやった方が効率は良いはずだと考えてる北斗からすればナナの行動には疑問しか湧かなかった。

 

 

「暇じゃありませ~ん。ちょっと気になる事があったから来ただけです~」

 

「気になる事って?」

 

「大した事じゃないんだけど、ジュリウスが見せてくれたあの力って本当に私にもあるのかな~なんて考えてたんだよ。私もここには突然来させられた時には理解してなかったんだけど、目の前であれを見たらちょっと自信が無くてさ、それで北斗はどう考えてるのか~なんてね」

 

「ナナもそう考えてたのか」

 

 ナナがそう言うのも無理は無かった。初陣とも言えるあのミッションで初めて見せてもらってからは、いつ自分達も発動するのか見当もつかなかった。案外と楽天家に見えるが、実は繊細な心の持ち主なのかもしれない。そう考えると北斗は少しだけナナの事を見直していた。

 

 

「北斗ってさ、なんか私の事馬鹿にしてる気がする」

 

「そんな事無いって。ちょっと見直しただけだ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 前にもあった様なシチュエーションは相変わらずだった。この紙防御とも言える格好で寄ってこられると、どことなく気恥ずかしさが出てくる。今の北斗は自主訓練が終わったばかりなので、これ以上近寄られると困った事になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究室には二人の女性が画面を見ながら何かを話していた。ここの幹部でもあるクラウディウス姉妹が、このフライアでの技術開発の面を担っている。ここでは他の支部とは大きく違う側面が一つだけあり、神機使いの運用はメインと考えず他の運用の為に作られたといっても過言ではない施設でもあった。

 そんな中で一人の車椅子に座った女性が先ほどから次々と情報確認を行っていた。

 

 

「ねぇラケル。またブラッドの人員を補充するつもりなの?神機兵の開発は問題無いのだから、そちらを優先すべきじゃないかしら?」

 

「いいえ。まだブラッドの人員は足りませんわ。あと少しだけ増やしたいと思いますの」

 

 

 そう言いながらラケルは配属の手配と同時に幾つかのプロフィールを画面上に映し出す。一人の長い黒髪の青年はどこか憂いを残した様な表情の写真と同時にいくつかのデータが次々と出てきていた。

 

 

「あれ?ギルバート・マクレイン?どこかで聞いた事がある様な…」

 

「きっと本部の査問委員会の議事録ですわ。彼はグラスゴー支部からの転属ですから」

 

 ラケルの言葉に以前どこかで見た記憶がレアの脳裏をよぎる。本部直轄の部隊であれば、他の支部とは違い何かと情報にアクセスしやすい部分がいくつか存在している。特に査問委員会の内容ともなれば、何かの拍子で転属が確定した際にいち早く確認する事が出来る為に、詳細等には支部長クラスであればアクセスの制限はかかっていなかった。

 以前に書類整理の傍らで見た記憶がレアの脳内に蘇っていた。

 

 

「思い出したわ。フラッキング・ギル。上官殺しの異名を持つ彼ね」

 

 詳細についてまでの記憶は無かったが、確か結果的には問題無いと判断された結果だけは記憶にはあったが、やはり上官殺しの異名だけはずっと付いて回る。ここに招聘する以上、何らかの潜在的な力がある事だけは予測できるが、態々トラブルを背負う必要は無いはず。そんな考えが表情に出たのか、ラケルは改めて姉のレアに事情を説明した。

 

 

「血の力は研ぎ澄まされた意志の力の具現化だと思うの。この力が呼び水となって新たな力が具現化する。姉さんが危惧する気持ちは理解出来ても、今は部隊編成も神機兵と並行して進めて行きたいの。お姉さま、これからも二人で全てを乗り越えて行きましょう」

 

「ええ。分かったわラケル」

 

 世間的には姉のレアがある程度取り仕切っている様にも見えるが、実際には妹のラケルが実際の運用に対しての権限を有していた。ここでの内容に関しては機密事項に触れる物が多く、殆ど移動したままが続く為に、この事実は内部の職員以外には案外と知られていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛ってぇな!いきなり何すんだよ!」

 

 エントランスに突如として大きな音が鳴り響く。それと同時にロミオの怒声が続いていた。自主訓練が終わり何もする事が無いならとフラフラで歩いていた北斗の目の前には一人の青年が握り拳と共に倒れたロミオを睨んでいる様にも見えていた。

 

 

「一体何があったんだ?事情を説明してほしいんだが」

 

 突然の出来事にカウンターで作業をしていたジュリウスがエントランスへと降りてくる。この場に居たナナもその瞬間を見ていた訳ではなかったのか、今一つ状況が呑み込めずにいた。

 

 

「俺だってよく分からないよ!前はどこの支部に居たのかとか聞いただけだぞ。何処に殴る要素があるんだよ!」

 

 ロミオの言い分だけ聞けば確かにここに殴られる要素は存在しない。それだけの事でこんな事態になるのであれば、今後の部隊運営においても大きな影響が出るのは間違い無かった。

 この場を仲裁するのであれば、ロミオの言い分だけを一方的に聞く訳にも行かない。かと言ってもう一人は話すつもりすら無い様にも見える。これ以上の事態にならない為には一刻も早い事態の回復が要求されていた。

 

 

「あんたがここの隊長か?俺の名はギルバート・マクレイン。ギルで良い。こいつがムカついたから殴っただけだ。それ以上の事を話すつもりはない。気に入らないなら懲罰房でも除隊でも好きにしてくれ。じゃあな」

 

 突如といて起こった出来事に対して、何の弁明もする事なくこの場を去っていく。嵐の様な雰囲気は既に無く、今までの短いやり取りの中で何が起こったのか理解する事だけで精一杯だった。

 

 

「たぶん、ロミオ先輩の言い方も少ししつこかったんじゃないかな?」

 

「んな事無いって。ここに来たんなら自己紹介位は誰だってするのが普通だろ?そりゃ…何も言わなかったから多少はそうだったかもしれないけど、これから一緒に動くんだったら最低限の事位は知らないとダメだろ?まさか適当な名前を言う訳には行かないだろ」

 

 詳しい事は当事者にしか分からないのかもしれないが、この時点ではロミオの言葉は正論でもあった。名前も何も知らない人間とミッションに出るのはある意味死に近づく様な物でもある。

 ましてや、ここはある意味特殊部隊とも言えるのであれば、それは尚更だった。

 

 

「ふむ。ロミオの言う事も一理ある。今回の件は不問に付す。…がしかし、今後の部隊運用の事を考えれば早急に関係の修復を促すのが最優先だ。戦場でのしこりは良い結果は生まない。下手にしこりを残す事が無い様にしておいてくれ」

 

「え~絶対無理だって。また殴られるかもしれないし、俺嫌だぜ。って言うか、ジュリウスが隊長なんだから頼むよ」

 

「いや、これは俺が行けば命令になってしまう。これでは関係修復を望む事は難しい。そうだな…」

 

 何かを閃いたのか、視線が既にロミオから離れている。ここに居るメンバー考えれば消去法で行けば、北斗かナナしか該当者は居ない。既に考えを察知したのかナナは視線を合わせようともせず、何気に北斗の陰になるように少しづつ移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ」

 

「なんだ、お前か。で、俺の処分は決まったのか?」

 

 着任早々に問題を起こしたことを自覚していたのか、ギルは結果だけを先に求めていた。エントランスでの協議の結果は北斗が行く事になったが、何を言えば良いのかすら考えが浮かばない。

 しかし、他の2人は既に任せたと言ってこの場に居ない以上、今回のやり取りに関しては北斗に一任する事となっていた。

 

 

「処分なんだけど、ここの施設全部のトイレ掃除だ」

 

「は?」

 

 想定外の回答に流石にギルもどう反応して良いのか判断に困っていた。まさかいい年した大人が子供の様なペナルティーを食らうとは想定していなかったのだろう。明らかに驚いた表情を見せた事に思わず笑みがこぼれそうになっていた。

 

 

「すまん、冗談だ。あんたもそんな顔が出来るんだな」

 

「なるほど冗談ね。本当ならどうしたものかと思ったがな。改めて自己紹介だ。俺の名はギルバート・マクレイン。グラスゴー支部からの転属だ。ギルと呼んでくれ。ここは見た感じあの隊長以外は新兵の集まりって感じだな。ブラッドとしては最近だが、ゴッドイーターになって5年になる。槍をそれなりに使う」

 

 そう言われると同時に握手すると、5年の歳月は冗談ではないらしい手の感触と力強さがあった。

 

 

「俺は饗庭北斗。面倒だから北斗で良い。因みにさっき殴ったのはロミオ、ここには割と早くから来ているらしい。で、女性はナナだ。隊長は知ってるよな?」

 

「ジュリウス・ヴィスコンティ大尉だったな。あの歳で大尉なんて役職に就くのは余り無いだろうに。ところで北斗、話は変わるがお前は何か今までやってたのか?」

 

 先ほどの握手で北斗が何となくギルの力量を図ったのと同じ様に、ギルも北斗の力量が判断出来たのだろう。幾ら隠すつもりは無いとは言っても、全部をさらけ出したいとは思っていないのか、詳細に関しての言及だけは避けていた。

 

 

「ちょっと色々かじった程度さ」

 

「そうか。かじった程度ね……少しは楽しめそうだと良いがな」

 

「ギル程じゃないさ」

 

「さっきのロミオだったか?詰まらない物を見せてすまなかったな。あいつにも早々に詫びておくさ」

 

 お互いに思う部分があったのか、思った以上に短時間で打ち解けあう事が出来ていた。未だ詳細について語られる事は無いが、それでもベテランが一人いるだけで、部隊も安定する場合がある。

 

 未だ大した戦場を経験する事は無いが、それでも新しく入ってきた人物は話せば分かる人物である事だけは理解する事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ北斗。さっきの人大丈夫だった?」

 

 恐らく先ほどの件が心配になったのか、北斗の顔を見るなりナナが確認とばかりに話しかけてきた。ナナの向こうには気にしてない風を装いながらも、やはり当事者として気になっていたのか、ロミオの意識はこっちに向いていた。

 

 

「大丈夫。問題は無かった。ロミオ先輩にも後で詫びを入れるってさ」

 

「そっか~だったら大丈夫そうだね。良かったねロミオ先輩!」

 

「だ、誰も気にしてねぇから…そっか、分かった。サンキューな」

 

 ここで漸く空気が何時もに戻りだす。最初の様な険悪な雰囲気は既になく、何事も無かったかの様な時間が過ぎ去ろうとしていた。

 

 

《ブラッドに緊急入電。フライアの進行上に多数のアラガミ反応。このままではフライアにも大きなダメージが起こる可能性があります。総員直ちに出動して下さい》

 

「珍しいな。今までこんな事は一度も無かったのに」

 

「ロミオ先輩。そんな事言ってないで早く行かなきゃ。ほら、北斗も急いで」

 

「了解。多分ギルもくるだろうからお手並み拝見かな。どうやらベテランみたいだから」

 

「…マジか。じゃあブラッドの先輩として負ける訳には行かないな」

 

 突如として起こった警報に、既にミッションが開始された様な表情で神機格納庫へと急ぐ。ここから緊急ミッションが発令される事となった。

 

 

 

 

 

「全員揃ったな。ではこれからミッションを開始する。対象アラガミは全部で5体。小型種ばかりだが、気を引き締めてかかってくれ」

 

 ジュリウスの言葉を皮切りにミッションが開始される事になった。ギルはベテランらしく、確実な攻撃をすべく槍の攻撃範囲を保ちながら常に優位な状況を作り出す。ナナは新兵らしからぬ大胆な動きと共にオウガテイルの頭蓋を砕くかの様に全力で振るっていた。

 

 

「どうやら、問題無さそうだな」

 

「最初からそんな事はありませんでしたよ」

 

 北斗はジュリウスと共に行動し、一気にコクーンメイデンを屠ろうと神機の大きな咢を開きそのまま捕喰していた。突如として見えない大きな力が北斗の全身を駆け巡る。見えない力が全身にみなぎると、突如として行動が怪しくなりはじめ出した。

 

 

「クッこれは…」

 

 北斗の意識が薄くなりだしたのか、突如として行動が今までと打って変わり大胆になりだす。北斗は現在の所ロングブレードを好んで使うが、バーストモードに入ってからは突如として破天荒な行動をしている様にも見えた。これまでは剣筋に乱れるような場面は一度も無かったが、今はまるで他人だと思える程に荒々しい。結果的には勢いで押しているが、このままでは何かがあってからでは遅い。誰の目から見ても危うい物だった。

 このままでは拙いとジュリウスが判断しようと北斗を見れば、そこに居たはずの北斗は既になく、遠くに離れていたオウガテイルを一刀の元に斬り伏せていた。

 

 

「これは一体…」

 

 想定外のミッションは時間がかかるかと思われていたが、予想外の北斗の行動にまるで何事も最初から無かったかの様なレベルで終了していた。全力を出し切ったのか、北斗は肩で息をしている。

 呆気にとられた中でのミッションは突如として幕を下ろした。

 

 

 


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