神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第 参 部
第119話 新たな物語


「まさか、あんなだとは思いもしなかった」

 

 右腕をさすりながら、人知れずエントランスを歩く少年。ここフェンリルの中でも本部直属とも言えるここは、他の支部とは一線を引いた特殊な支部とも言えた。

 

『極致化技術開発局』通称フライアは移動型要塞の様な大がかりととも言える中の一所属部隊として運用されていた。本部直轄でありながらも、常駐することなく移動するその様は、ある意味本当に存在するのかすら危ぶまれる程だった。

 

 

 2050年以降、オラクル細胞の発見から謎の生物アラガミが発生するまでに時間は然程かからなかった。

 既存の兵器を受け付ける事なく独自の進化を遂げたアラガミはその勢いのまま、地球上に居た生命でもある人間を捕喰する事でその数を大幅に減らしていた。

 これまで地球の生命体の頂点とも言える人類の天敵となっていた。このままでは滅亡までに時間はかからないと、絶望へのカウントダウンが始まろうとしていた。

 そんな中で一つの機関がオラクル細胞に関する画期的な発見をした事で、これまで悲観論しかなかった人類に一筋の光明を見出していた。

 その対処は歴史上ありえない程の速度で進められていた。人類の希望としての対アラガミの組織を構築し、今正に人類の生存をかけた戦いが繰り広げられていた。

 

 その急先鋒でもあったのが、元々は一製薬会社でもあったフェンリル。ここがいち早くその対策と取ると同時に、人類の希望を与える組織となっていた。

 

 

 

 

 

「適合試験お疲れ様でした。現在は適合後の確認の為に訓練等の任務は遂行出来ません。時間が来れば連絡させて頂きますので、このまま自由に過ごして頂ければと思います。

 申し遅れましたが、フラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュと申します。今後は私が何かとご連絡させて頂く事になるかと思いますので宜しくお願いします」

 

「ああ、宜しくお願いします。ええっと…」

 

「フランと呼んで頂いて結構です」

 

 余りにも長い名前は、恐らく今まで生きてきた中でも無かったのだろう。一度に覚える事が出来なかった事と、本人も既にこんなやり取りを何度もしているのか、殆ど事務的とも言えるように、言いやすく出来るように伝えていた。

 

 

「すみません。僕は饗庭(あいば)北斗です。苗字はあれなんで北斗で構いません。この後はどんな予定なんですか?」

 

「今後は教導に入りますが、今はまだオラクル細胞が完全に定着してませんので、時間にして3時間程度の猶予があるかと思います。ここは分かりにくい所も多いので、良ければ施設内の確認でもされてはどうでしょうか?」

 

 北斗がここに来てから、施設内の見学なんて概念は無かった。突然、召集がかかったかと思いきや、連れてこられたのは真新しさが残る訓練室と思われる場所。周囲が分厚い壁に囲まれた部屋へと通され、その後ですぐに適合試験が開始されていた。

 時間にしてほんの少し前の事ではあったが、思い出しただけでも痛さが蘇る。生憎と痛みを受けて喜びを感じる様な趣味は無いので、出来る事ならその記憶は封印したい気持ちで一杯だった。

 

 

「そうですね。因みに、ここにはどんな施設があるんですか?」

 

「ここは今後任務を受ける際の総合受付となります。ここで任務の受注や報酬の支払い等を行いますので、基本はここへ来るのが一番多いかと思われます。後はそこにターミナルがありますので今後の事も踏まえて確認してください。それ以外であれば庭園があります」

 

 案内をしてくれるのは有難いが、どことなく冷たい様な感じを受ける。

 見知らぬ人間であればこうなるのは当然なのかもしれないが、今後は彼女が窓口となるのであれば、もう少し親密になった方が何かと都合が良いのではないのだろうか?

 仕事上の人間関係はともかく、やはり今後の事も考えれば多少砕けた方がマシなのかもしれない。事務的では無い感情を見てみたい気持ちに北斗はどことなく支配されていた。

 

 

「フランさん。おススメは?」

 

「…そうですね。一番皆さんが関心されるのは庭園かもしれませんね。緑が多い場所はこの地球上では限られた場所しか無いかと思いますので」

 

「そうじゃなくて、フランさんのおススメなんだけど?」

 

 何故自分のおススメなのかフランは理解出来なかった。フランがここに配属されたのは、フェンリルでも事前の研修で成績が上位に来ていた事から配属されたのであって、決してここでの勤務は長くない。事実、ここは居住スペース以外の場所は立ち入り禁止となっている事が多く、庭園以外に何かあるかと言われれば回答に困る事しかなかった。

 

 北斗は気が付いていないが、実際にはここフライアではゴッドイーターの数は殆どいない。

 仮にフライアの進行上に居たとしても、話に聞く極東程のレベルでは無い事もあって、今待機中のゴッドイーターだけで事足りていた。

 そうなれば所属しているゴッドイーターとも接点はあまりなく、その結果として個人的に聞かれたなどと言った経験がフランには無かった。

 

 

「…やはり庭園でしょうか。私も正直ここの位置は分かりますが、どこで何をどうしているのか詳細までは知りませんので」

 

 北斗は敢えて個人の見解を聞いたものの、やはりその牙城が崩れることは無かった。このまま庭園に行っても良かったが、このまま行くのは面白くない。だからこそ他の場所を探検に行くのも悪くはないと考えた。

 何故なら自分も今日からここの一員なんだからと、誰に説明しているのか分からない様な事を考えエントランスから離れる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりここは大きさの割に居住スペースが小さい。外から見れば大きいって事は、大半が機関部なのか?」

 

 結果的には庭園に行くことなく周りを探検しながら歩くが、どこか違和感があった。全体図から見ればこの施設の大きさが歪にも思える。

 他の部分は何があるのだろうか?そんな独り言とも取れる事を言いながら歩いていると、いつの間にか背後に一人の女性から話かけられた。

 

 

「察しの通りですよ。ここの大半は稼働させる為の機関部。ここが壊れればここは立ち行かなくなりますよ」

 

 まさか独り言に返事が来ると思ってもなかったのか、それとも気配を察知する事が出来なかったのか、好奇心は猫も殺すとばかりに北斗の背筋に旋律が走る。恐る恐る振り返ると、そこには車椅子に座った一人の少女とも女性ともつかない人物が佇んでいた。

 

 

「ひょっとしたら、ここは立ち入り禁止区画なんですか?」

 

 万が一そうだとすれば、配属早々にやらかした事になる。まさかここでクビなんて事は無いかもしれないが、これが上層部の人間であれば何かしらのペナルティが発生する可能性がある。だからこそ、北斗には慎重な対応が求められていた。

 

 

「いえ。特に定めた訳ではありませんから、貴方が心配するような事態にはなりませんよ」

 

 穏やかな口調の中に、どことなく迫力があるような言葉に北斗は違和感があったが、この人物が誰なのか分からない以上何も言うことは出来ない。出来る事ならこの場から一刻も早い撤退が脳内で要求を出している。

 これ以上の対応は難しいと思われた頃、支給された携帯端末からの呼び出しがかかった。

 

 

「すみませんが、どうやら呼び出しみたいなので。では失礼します」

 

「気にしなくても構いませんよ。では後ほど…」

 

 言葉の最後に含みはあったが、それでもあの空間を打ち破る為の連絡はありがたかった。ここでは関係ないが、とりあえずは心の中でフランに感謝しながら、一路エントランスへと急ぐことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当初の予定通りに訓練してへ足を運ぶと、そこにな適合検査の際に握っていた神機が置かれていた。これから教導に入るのかもしれない。まずはどんな感じなのかお手並み拝見とばかりに比べて見ることにしていた。 

 

 

「よく来たな。これから所属するブラッドの隊長を務めるジュリウス・ヴィスコンティだ。これから簡単な神機の動かし方と教導を始める。既に適合検査の際に握られていた物が、今後君が使う神機だ。これに関してはどの様に運用するのかは自分で決める事になる。まずは使い方から説明しよう」

 

「宜しくお願いします」

 

 説明と運用以外にもデモ機を使った対アラガミの教導が同時に開始されていた。当初は簡単な説明だけと言われていたが、教導の途中からはある程度の訓練を課せられる事となり、結果的には大幅に時間が押していた。

 当初の予定よりも早く進んだこともあったのか、ここで一旦教導が終了する事となっていた。

 

 

「いきなりとは…流石は本部直轄の部隊だ。いきなりこれは少し苦労しそうだ」

 

 またもや独り言をつぶやくも、先ほどのケースを懸念してか、周囲を確認する。どうやら先程の事は偶然なんだと思いながら歩くと休憩スペースに一人の少女が座っていた。

 

 

「君も訓練だったの?私、最近ここに来た香月ナナ。君の名前は?」

 

「俺の名前は饗庭(あいば)北斗。面倒だから北斗で良い」

 

「そっか~。私もナナで良いよ」

 

 やたらと露出度が高そうな服装に、北斗もどこに視線を合わせて良いのか少し困っていた。ジャケットらしき物は羽織っているが、インナーは丈の短いチューブトップに下はホットパンツ。

 明らかに防御能力が低いそれはナナには似合っているのかもしれないが、北斗の知る中でここまで露出が高い人は周りには居なかった。先程の話から、ここに来たのは恐らくは北斗とそう変わらないはず。

 恐らくは同期である可能性も考えると、今後の任務は一緒になる可能性は高い。この娘の服装は目の毒の様にも思えていた。

 

 

「ねぇねぇ。訓練ってもう終わった?」

 

「訓練?ああ、あれがそうならもう終わった。まさかいきなり神機を振り回す事になるとは思ってなかった」

 

 その一言がどう伝わったのか、目の前のナナは驚いた様に北斗をジッと見る。比較対象が無いのであれば、これが普通だと思っていた北斗にナナの考えている事は理解出来なかった。

 

 

「なになに?期待の新人って感じ?私の時はそんなんじゃなかったよ。ちなみに私はこれからなんだ。そうだ!お近づきのしるしにはい!これ」

 

 どこから取り出したのか、ナナの手にはコッペパンに見間違いでなければ極東にあったメニューのおでんが挟まっている。大よそ食べ物のジャンルではあるが、これが一体どんな味なのか皆目見当もつかない。しかし、女の子から差し出された物を無碍に扱う訳にもいかず、ひとまずは受け取ってから考える事にした。

 

 

「ナナ特性のおでんパンだよ。食べたら感想聞かせてね。それと、残したら後で怒るからね」

 

 そう言い残し、ナナは訓練室へと走り去る。どうやら退路は断たれたのか、目の前には少し暖かいおでんパンがあった。感想を聞くとなれば食べない訳にはいかない。恐る恐る最初の一口を齧る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君たちが噂の新人さん?俺の名前はロミオって言うんだ」

 

 ナナと北斗が何気に話していると、今まで見たこともない様な人間が話しかけてきた。腕を見る限り、自分たちと同じ様な黒い腕輪がはまっている。恐らくはここに所属しているゴッドイーターに違い無かった。

 

 

「は~い。そうです。私はナナ。でこっちが…」

 

「俺は饗庭(あいば)北斗です」

 

「お、おう。俺はここに来てから1年位だから、分からない事があったら何でも聞いてくれよ」

 

 どうやら新人が配属された事で、一度顔を見るべくここに来たのか、目の前のロミオはここでは珍しい位に人懐っこい感じの人物に見えていた。元来の性格なのか、それとも新人を緊張させない為の手段なのかは分からない。ロミオと名乗った少年の言葉に、ナナも北斗も少し安堵の表情を浮かべていた。

 

 以前に紹介されたジュリウスは見た目が華やかすぎたのか、どこか別次元の生き物に違いないと勝手に判断していた。一方でエントランスにいるフランは暇さえあれば話かけるも、どこか事務的な感じが消えないのか、少し残念に思っていた。

 隣のナナに関しては人当たりは悪くないが、おでんパンの感想を未だに聞いてくる事が多く、また高露出な服装も相まって、少しだけ苦手意識が存在していた。

 

 

「ロミオ先輩、ここってゴッドイーターはどれ位配備されてるんですか?」

 

「ここか?ここは俺とジュリウスしかいないよ。何でも極致化計画に基づく実験施設を兼ねてるからな。俺達は他のゴッドイーターとは違って血の力が秘められてるんだ」

 

 極致化計画の名前は初めて耳にするからなのか、何の事を示しているのか理解できない。しかし、その次に出てきた血の力にはナナが反応を示していた。

 

 

「ねぇ先輩。血の力ってなんですか?」

 

「血の力ってのは、アラガミを倒す時に必殺技が使える様になるんだ。隊長のジュリウスなんて凄いんだぜ。赤い光が神機から出て、ズバーン・トバーンとやっつけるんだ」

 

 ロミオの擬音による説明に意味は分からないがニュアンスだけは理解できた。まさか自分にもそんな力があるとは思ってもいないし、今まで平均的な生活しか送ってなかった事もあってか、ロミオの説明はどこか絵空事の様にも思える。

 ここに来て僅かではあるが、出会った人間全員が一癖も二癖もある。こんな状態で果たして大丈夫なんだろうか?北斗の胸中には疑問しか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロミオ、ここに居たのか。ラケル博士がブラッド候補生の召集をしていた様だったから、研究室へと行ってくれ」

 

 会話が弾んだ頃、ロミオの口から出てきたジュリウスが連絡事項だとばかりに全員に伝える。今さっきまで話に出ていた事は感知していないのか、3人の挙動は若干怪しい物があった。

 

 

「あれ?あなたは先程の?」

 

 ジュリウスからの召集により、行った先には背後から声をかけられていた女性がそこに居た。先程のジュリウスの話からすれば、この人がここの責任者なのだろうか?あの場では逃げる様に立ち去ったが、ここではそんな行動をする訳にも行かない。呼び出したのが当人である以上、今後の行方がどうなるのかも考えればここはジッとする以外に何も出来なかった。

 

 

「フライアへようこそ。あなた方はブラッドの候補生としてここに来ています。各地で戦っているゴッドイーター達を導く立場として今後は務めて下さい」

 

「あれ、ロミオ先輩も候補生なの?」

 

「ナナうるさいよ」

 

 どうやら先ほどの候補生の言葉がひっかかったのか、ロミオにツッコミを入れるも、ここは研究室である以上下手に騒ぐ訳にもいかなかった。2人のやり取りに内心ハラハラしながらも敢えて何も言うことなく、この場の空気の様にひっそりと北斗は過ごしていた。

 

 2人の漫才の様なやり取りはともかく、幾つか気になる部分はあった。しかし、自分自身がここに来て日が浅い。今はまだ何も分からないのであれば、これ以上の事は何も言うことも出来なかった。

 結果としてはこの部隊は特殊である事、そして各々が血の力と呼ばれる異能がある事だけは理解出来たが、これについてはそれ以上何も語られる事が無かった。考え出せばキリが無い。

 過度な期待をせずに過ごせれば、それで良いとばかりにこの場をやり過ごす事にしていた。

 

 

「ナナ、さっきのラケル博士の言葉なんだけど、血の力ってなんだろう?」

 

「う~ん。ロミオ先輩の話だと必殺技らしいけど、詳しくは私には分からなかったよ。それよりも、これからまだ訓練があるのかな?」

 

 ナナの言葉は今後の事も考えればある意味当然とも取れていた。ここ来てからは訓練はあるが、未だに実戦配備される気配はない。またこのフライアにおいては信じられない事にジュリウスとロミオの2人で今まで運用してきた事を考えると、このままチマチマ訓練をしていても果たして良いのだろうか?そんな考えがよぎっていた。

 

 

「まさかいつまでも訓練なんて事はないさ。でも、本当にどうなんだろうね?」

 

 研究室から出てからの予定は何も聞かされていない。だからこそ、今後はどんな予定になるのだろうか?先が見えない事に少しだけ疑問が湧くも、こればかりはどうしようもなく今はその指示を待つ以外に何も出来なかった。

 

 

 


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