神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第118話 新たな道

 突如として乱入したヴァジュラは結果的には討伐が完了した。しかし、それは新兵が受ける事が出来る様な内容ではなく、結果的にはエイジがエリナとエミールをフォローしながらの討伐となっていた。

 元から余剰戦力だった事もあり、死傷者はゼロではあったが、帰投中のヘリの中はまるでお通夜の様な空気が漂っていた。

 

 

「まぁ、エリナとエミールは仕方ないよ。ここだと新兵が受けるミッションじゃないし、ヴァジュラの単独討伐はもう少し先の話だからさ。一々気を落とすなよ」

 

 うなだれていたのは新兵だったエリナとエミール。ここに効果音が入るのであれば『チーン』と言う鐘の音が聞こえるのかもしれない。それほどまでに2人は見事に落ち込んでいた。

 

 

 

 

 

 当初は様子を見ながら攻撃をする予定だったが、思った以上に奮闘した事もあり、このままなら何となくでもイケると思ったのが運の尽きだった。

 エリナのチャージグライドがジェット機の様に一気に加速を開始する。元々警戒をしてはいたが、距離は大きく離れていなかった事が幸いしていた。事実上の至近距離からの一撃はヴァジュラの顔面に直撃する。大きな隙が出来たまでは良かったが、それと同時に想定外の事が起きていた。

 ヴァジュラは直撃した事から突如として怒りを露わに活性化し始める。周囲にばら撒くかの様に発生した雷撃がそれを表していた。

 

 しっかりと見ればそれが何を意味するのか判断出来たが、今の2人にそんな余裕は何処にも無かった。エリナの渾身の一撃を見たエミールは追撃とばかりにブーストドライブで突撃する。何も無ければ致命傷を与えるはずの一撃。エミールは自身の行動に絶対的な自信を持っていた。

 

 

「エミール!むやみに突っ込むな!」

 

 コウタの叫びは既に届いていなかった。炎を纏ったタプファーカイトが勢いをつけるかの如く加速していく。このまま一気に決めると判断した瞬間だった。活性化していたヴジュラが再び周囲に電撃をまき散らす。カウンターで喰らった瞬間から劣勢に追い込まれていた。

 

 電撃で痺れた事を確認したのか、ヴァジュラはバチバチと弾ける音を立てて雷球を作り出している。先程とは交代したかの様にヴァジュラの反撃が始まっていた、今だ痺れたままのエミールは盾を展開する事すら出来ない。このままでは直撃を免れる事は不可能だと思い出していた。

 轟音と共にエミールに向けて雷が放たれる。今のエミールにとっては致命的な一撃になり得る威力に思わず目を瞑る事しか出来なかった。時間にして数秒が経過するが、痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開けると、そこには盾を展開したエイジが立っていた。

 

 

「ここから反撃だ!」

 

 まともに戦えば、確実に負傷者1名となるが、エイジがタイミング良くガードした事も影響し、結果的には通常の討伐同様でミッションが完了していた。

 

 

 

 

 

「今の内からこんな事で落ち込んでたらキリが無いよ。僕らだってエリナと同じ様な頃には同じように苦戦したんだから」

 

「フォローして頂かなくても大丈夫です。そこまで気にしてませんから。まだ先が長いと思っただけです」

 

 エイジの言葉を聞いた事で事実を飲み込んだ様にも思えたが、やはりショックを隠し切れない事は誰の目にも明らかだった。今後は更なる精進は必要だが、今は休息を入れる事が最優先となっていた。

 

 

「僕の騎士道が通じなかった事は遺憾だが、今後は共に精進しようではないか!」

 

 エミールはいつもの調子で話はしているも、反撃とばかりに突進したまでは良かったが、ヴァジュラは一筋縄ではいかなかった。エミールに向かって突進し口を大きく開いた先には鋭い牙が襲い掛かる。ギリギリで回避は出来たが、やはりその威力は尋常では無かった。

 ヴァジュラに目の前まで最接近された事は決して大丈夫だとは思えなかった。肉体的な損傷よりも、精神的な負担の方が大きければ、それだけで状況は一転する。だからこそ、今は一定以上のレベルに早急になることが急務とされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「博士。用件って何ですか?」

 

「今回の件はご苦労さんだったね。今回来てもらった件なんだが、実は今後の展望を踏まえて部隊再編をしようかと思ってるんだ。で、その際に君の事を第1部隊隊長へと推薦があってね。今回はその検証の為に行って貰ったんだよ」

 

 何の宣告もなく、突如として出て来た隊長就任の話。既にここ第1部隊は如月エイジを中心とした精鋭部隊となっているのは周知の事実。もちろん、それがあるから実力が勝手に上がるなんて事は無く、あのメンバーに付いて行く事で自身も知らず知らずの内にレベルアップを果たしていた。

 

 

「でも、エイジが部隊長じゃなくなるんですか?」

 

 コウタの疑問は尤もだった。現在の所は遠征に出る事もほとんどなく、その結果として部隊再編の話が出れば疑問しか出てこなかった。

 

 

「今後は君達はクレイドルとして活動する事になるんだが、アリサ君とソーマは既に別の道を模索している。リンドウ君とエイジ君は遠征が入れば一番最初にアサインされる事になるだろうから、このまま継続するのは士気に関わるからと辞退する事になったんだ」

 

「え?じゃあ、俺はどうなるんですか?」

 

「だからエイジ君とツバキ君とも話し合った結果として君が隊長になるんだ。既に他のメンバーは決まってる。後は君達がどう考えるかになってくるんだよ」

 

 何時もとは違う雰囲気にコウタはこの場を圧倒されていた。過去の事を考えてみても、他のメンバーを率いていたのは一線級の人間ばかりだった。だからこそ、第1部隊長の肩書は伊達では出来ない事をコウタが誰よりも一番よく知っていた。                         

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、俺が第1部隊の隊長やっても良いのかな?」

 

 榊からの発言はコウタの頭を悩ませるには十分すぎる程の威力があった。コウタが知る限りでも、第1部隊はどの支部でも花形と言えるのと同時に、その支部の顔とも言える存在でもある。

 これがまだ数年前なら、コウタも快諾したのかもしれないが、今では第1世代の神機をメインで使っている人間は少なく、また、神機のコンバートが技術的に可能になった事から第1世代のゴッドイーターは我先にと変更している事も知っていた。

 

 コウタもそれを考えた事はあったが、適合する神機が無い以上コンバートは不可能な為に今に至っている。

 そんな中での榊の発言は、やはり今後の事を嫌でも考えさせられる物へと変わっていた。

 

 

「コウタの事を推薦したのは僕だからハッキリ言うけど、『隊長=一番最初に突撃する』は間違いだと思うよ。自分がそうじゃないから説得力は無いかもしれないけど、隊長は部下の、チーム全員の命を預かる立場なんだから、常に生きて帰る事が大前提だと思うんだ」

 

 エイジの一言は当時のリンドウの言葉を思い出させていた。

 

 ──死ぬな

 ──死にそうになったら逃げろ

 ──そんで隠れろ

 ──運が良ければ不意をついてぶっ殺せ

 

 当時リンドウが部隊長だった頃、一番最初に組んだ際には必ず言われていた言葉だった。エイジだけではなくコウタもこの台詞は聞いている。だからこそ、エイジの言わんとする事が何となく理解出来ていた。

 

 

「感応種が出た時に、一番最初に撤退の判断をしたのは正解だよ。仮にオウガテイルを討伐してからなんて考えていたら、確実にあの二人は死んでただろうし、コウタだけじゃなくてカノンさんも負傷したかもしれない。

 絶対に正解なんて答えは無いのかもしれないけど、死ねばそれで終わりなんだから、生きて帰ってからリベンジを考えれば良いだけだよ」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

「さっきも言ったけど、まずは生きて帰らないと次は無いんだ。だったらその判断は隊長としては当たり前だよ。何も考えずに突撃なんて馬鹿でも出来る。そこで一時的にでも引く事によって次への行動に移す事が出来るかだよ」

 

 今までコウタ達を引っ張って来たのは目の前に居るエイジ。同期であると同時に親友でもある一言はコウタの気持ちを更に揺さぶっていた。

 本当にこの話を受けて良いのだろうか?何時もの様な適当な考えはそこには無く、一人の青年の人生の岐路に立ちあっている様にも思えていた。

 

 

「本当の事を言えば、榊博士は期待してるんじゃないかな?そうじゃなきゃ新人2人の面倒を見ろなんて普通は言わないだろうし、今後の再編は恐らくだけど従来の様な部隊運用は考えていないと思うよ。

 独立支援部隊を発足させた時点で、ここだけではなく、純粋に今後の事を見据えてるだと思う。人員も大幅に増えてるから部隊そのものを廃止したいと考えてる可能性だってあるんだ。事実、訓練カリキュラムは新兵から上等兵に格上げした状況で実戦配備に付く以上、気にしない方が良いかもね」

 

「エイジがそう言うならそうかもな。俺さ、子供の頃からオヤジの背中を見て育ってきた事もあって、前を進む人間が率先して何かをしないとダメだって思ってたんだよ。

 で、今回の部隊長の話が出れば、当然そんな話も出てくる。多分、それがひっかかってたのかもしれない。だから悩んでたのかもしれないな」

 

 コウタの子供の頃の話から、恐らくは父親の背中を見て育ってきたんだと直ぐに理解出来た。エイジにはそんな存在となる人間は居なかった分だけ羨ましい気持ちもあったが、今更過去に戻る事は出来ない。

 だからこそ今後の事も考える事でコウタ自身が今度は父親の代わりの様な存在になれば良いのではないのだろうか?そんな考えがエイジにはあった。

 

 

「結果的には立場が人を成長させる事だってあるだろうし、僕だって最初から隊長が出来たわけじゃないからね。コウタが作る第1部隊が今後の極東のスタンダードになるんだから、今から気にしたって仕方ないよ」

 

「そんなものかな?」

 

「そんな物だよ。誰もコウタがなったからって否定的な事は言わないだろうし、事実階級だって尉官クラスで文句を言う人間は誰も居ないよ」

 

 今のコウタには自信が必要なのかもしれない。自分の事は自分が一番知っていないとダメだが、案外と自分自身のことは過小評価しやすい部分もある。

 今は数をこなす事で慣れてもらうしかないだろう。そんな空気が漂っていた。

 

 

 

 

 

「ただいま帰りました」

 

「おかえり。今日はどうだった?」

 

「特に問題ありませんでしたよ」

 

 ミッションが終わり手続きが完了したのか、アリサは当たり前の様に部屋へと入ってきた。今までのしんみりした雰囲気は既に無く、あまりにも自然すぎたのかコウタも普通に受け入れていたが、ここで何かがおかしい事に気が付く。

 

 

「あれ?ここってエイジの部屋だよな?」

 

「何を今さら?どうかした?」

 

「いや…アリサが普通に入ってきたんだけど…」

 

 余りにも当たり前すぎたのか、エイジでさえも最初は疑問が湧かなかったが、徐々に考えるとかなり拙い状況である事に気が付いた。

 

 

「そう?ロックしなかったからじゃないの?」

 

「…本当にか?」

 

 何となく怪しんでいるのは間違いない。既に矛先はアリサに向いているのか、コウタの疑惑の目が未だに続いている。下手にアリサに話をされると何かと拙いと判断したのか、一部は本当の事を、一部は嘘を混ぜる事にした。

 

 

「いつもミッション終わったら一緒にご飯食べてるからだよ。コウタも一緒に食べる?」

 

 一緒にご飯を食べるのは嘘ではないが、ロックは嘘だった。まさかIDで入室出来るなんて事が発覚すれば、今度は何を言われるのか分からない。今はこの場を回避するのが最優先だった。

 

 

「…そりゃ食べるけど……畜生!爆発しろ!!」

 

 何となくバレた気はするが、これ以上突っ込んだ所で自分に跳ね返ってくるのを学んだ成果なのか、コウタからそれ以上のツッコミは無かった。誤魔化した結果、アリサも一緒に食事をする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの話だけど、やっぱりコウタはこの話を受けるべきだよ」

 

「コウタ、まさか辞退するつもりなんですか?」

 

 自室では食材のストックが少ない事から、何時ものようにラウンジでの食事となった。キッチン内部にはエイジが、カウンターにはアリサとコウタが居るこの光景は、毎度の風景になりつつあったからなのか、誰も何も言う事は無かった。

 

 これから準備だと用意する頃、他のミッションからの帰りなのか、リンドウとソーマまでもが誘われる様に入ってくる。何時もの光景がそこにはあった。

 

 

「それは無いよ。その件でさっきまでエイジに相談に乗ってもらったんだからな」

 

「何だ、まだ悩んでるのか?もう、お前しか居ないんだから仕方ないだろ」

 

「リンドウさん。いくらなんでもコウタですよ。悩む訳はないですよ」

 

 コウタの悩みはあまりにも簡単にアリサに一蹴されていた。恐らくは二人で食事をするつもりだったのが邪魔された事にご立腹なんだろう。以前の様などこか辛辣な言葉が突き刺さる。

 しかし、状況を考えればリンドウの言う事は尤もな部分もあった。きっとアリサなりのエールだと今は前向きに考える様にしていた。

 

 

「あのなぁ…でも、榊博士からのご指名だからな。自分のやれる範囲でやるだけだよ。旧型は旧型なりに……ぐへっ」

 

「コウタはそれ以上何も言わなくても良いんです。うゎ~ん。コウタが虐めるんです。エイジ慰めてください」

 

 態とらしい態度ではあったが、コウタの失言まで許すつもりはなかったのか、アリサの素晴らしい一撃がコウタを襲う。個人的にやっていた教導の効果だったのか、コウタは言葉を発する事すら出来ずに蹲っていた。

 これ以上この言葉は今後は禁句だとこの場に居た全員が改めて心に誓っていた。

 

 

「じゃあ、後でね。はいおまたせ」

 

 今さら照れる様な初々しい関係ではない。そう軽く言いながらも作る手は止まる事はなく、コウタの目の前に置かれたのはカツ丼と味噌汁。出来立てならではの出汁の匂いが周囲に広がる。先程までにダメージが嘘だったのかと思う程にコウタの回復は早かった。

 コウタの分が終わると同時にリンドウ達の分も次々と準備にかかっていた。

 もう待ちきれなかったのかコウタは既に食べ始めていた。

 

「今日のカツ丼いつもより旨くないか?」

 

「良い肉が入ったからね。肉厚気味に切ったから味もしっかりとついてるでしょ?」

 

 既に先程の懸念はどこかへ消え去ったのだろうか?今は目の前の食事が一番だとばかりにコウタは集中している。

 先程までは一体何を悩んでしたのかすら覚えていない様にも思えていた頃、リンドウとソーマの前にも次々と置かれていた。そんな中でアリサのメニューだけは違うのか、今までと手つきが若干違っている様だった。

 

「アリサのだけは特別か?」

 

「いえ、何時もと同じですよ」

 

 そう言いながらアリサの前に出されたのは丼物ではなく、御前の様に幾つかの小皿や小鉢に乗せられた料理があった。バランスを考えたのか、焼き魚を中心に豆腐料理が並んでいる。普段はお目にかからないような料理がそこに出されていた。

 

 

「最近は大豆料理を研究してるんで、こんなケースが多いですね。多分リンドウさん達には物足らないかもしれませんね。良ければ冷奴位は出しますよ」

 

「催促したみたいで悪いな」

 

「豆腐はまだまだ沢山ありますから。ソーマも食べなよ」

 

「ああ。すまんな」

 

 一言だけ発すると、ソーマは無言で食べている。言葉は無くてもそのペースを見れば、感想は聞くまでもなかった。既に他の人間も匂いにつられたのか、ボチボチとやってきていた。

 

「何だか、遠征に出てた時を思い出すな」

 

「そうだ。リンドウさんばっかりズルいですよ。食事の準備はエイジでしょ?」

 

「それは当然だろうが。遠征なんて食べる以外に楽しみが無いんだから仕方ないだろ」

 

 食事をしながら思い出したのか、しみじみと語るその口調は何時もと何も変わらない。

 これから新たな再編があろうともこのメンバーの絆が途切れることはないだろうと、エイジは一人確信していた。

 

 

 




ここで一旦極東編は終了し、次回からの舞台はフライアへと変わります。
番外編ではボチボチと極東編を更新するつもりですので、今後も宜しくお願いします。




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