神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第12話 撤退戦

 ヒバリの叫びとも取れる様な声が遠くで聞こえる。

 振り向かなくてもどんな状況に陥っているかは容易に想像が出来た。こうなった原因の一端は、恐らく以前に見たリンドウのディスク。

 現在は中身の裏と取る為に色々と検証している途中だった。

 

 内容からすれば、近日中に何らかの動きがあると睨みつつも、こちらが想定していた以上の手筈で相手の行動の方がこちらよりも早かった事が悔やまれる。

 そんな事を考えつつも、その場に居た所で何の解決も出来ない。今は一刻の時間も惜しいとばかりに動くしかない。

 迷う事無く判断した時の無明の動きは、迅速以外の何物でもなかった。

 

 

「ナオヤか、今そっちに向かっている。例の物を用意しておいてくれ。緊急事態だ。出し惜しみは無しだ」

 

 無明が向かった先はナオヤの居る技術班。事前に連絡する事により、僅かな時間のロスも許す事無く出動時間の短縮を図る。間に合うのが先か、全滅が先かなのかここから先は時間との戦いだった。

 

 

「ツバキさんか。細かい事は後にして、これから出る。ヘリの準備をしておいてくれ。2分後にはそっちに行く」

 

 今は1分1秒が惜しい。もう少し早ければと後悔しても事態が好転する事は無い。だからこそ、やるべき事はただ一つとばかりに今は急ぎ出動する事だけを考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄貴か!例の物は用意してある。でも試作だから動作確認の保証は出来ない。大丈夫だとは思うが慎重に使ってくれ」

 

 連絡を受け、ナオヤは以前から近接型用の武器を試作していた。

 理論上は可能だが、実戦では一度も試していない。まさか試作の初稼働がこんな状態ではどんな効果が発揮されるかも未知数の状態はある意味賭けの様にも思える。

 作成したナオヤでさえ、理論上は問題無いと判断するが、実際にはその挙動を予測する事は出来ず、焦りの表情が浮かび上がる。

 

 

「ナオヤ。例の物って何?」

 

 リッカが疑問に思うのも無理はなかった。

 神機の整備をしながら強化する仕事とは並行しての新型兵器の開発は中々簡単に出来る事ではない。

 今回の試みも、そもそも理論上は可能でも現実問題としてはそうなるかの検証途中でしかない。

 本来ならば慎重に慎重を期してやるのがスジだが、残念ながら緊急事態では詭弁にしかすぎず、そうも言ってられなかった。

 

 

「実は近接型用の射出武器なんだよ。本来は遠距離型のメンバーが一緒なら必要ないけど、ソロで出るときや緊急時で揃わないだろ?それを補う為の物だよ」

 

「そんな物作ってたなんて知らなかった」

 

「今初めて言ったからな」

 

 ナオヤが言う様に、事実として近接型の神機使いは遠距離攻撃が出来ない。

 それを補う為に遠距離型と組むが、今回の様なケースの事も考えて更なる次の一手を打つ。

 射出と言っても、バレットを打つ事は出来ないが、それに近い事は理論上は可能である。

 

 しかしながら、オラクル細胞との親和性や持続性、効果などが現在検証中の為に確認が出来ないが、今回の様な実戦で使用すれば確実にデータが取れる事は間違いない。

 もちろん、その前提には仮に動かなかったとしても無明の実力ならば問題ないと判断できるからとの考えが有るが故に踏み切ったのが今回の要因だった。

 

 

「俺らは無事を祈る事しかできない。だったら、その可能性が1%でも引き上げる事が出来るなら、技術班の名折れにはならないだろうってね」

 

 

 そうだろう兄貴。ナオヤは誰にも聞かれる事も無くそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃の現場からは辛くも脱出に成功する事で距離を離し、身を隠す事でようやく落ち着きを取り戻す事が出来た。しかしながら状況が好転したかと言われれば答は否と言わざるを得ない。

 事実、サクヤは憔悴しアリサは今だ混乱から立ち直れずにいる。ソーマも血路を開くためにかなりの無茶をしたのか、体中から血が滲み服の所々が血で染まっている。既にこの時点で見える未来は限定的だった。

 

 

「コウタ、スタングレネードは残りいくつ?」

 

 ここまで撤退する為にアラガミとの距離が近くなるにつれ、次々と使用した事が影響したのか、手持ちの物はかなり消費している。

 最悪の事態を考えるのであれば、こんな時に手持ちのチェックをしないと、いざとなった際に無いのであれば色々と拙い事になりかねない。

 ここでの確認の結果如何では非情な決断に迫られる可能性しかないのと同時に、今後の予定がこの瞬間決定する事となる。

 

 

「あと1個だ。エイジは?」

 

「こっちは残り2個。次使ったら後は厳しいかも」

 

 撤退とは言っても、人を担いだ状態での移動は困難を極めた。アラガミが追い付き始めるとソーマ牽制し、その都度スタングレネードを使用しての退却を繰り返していた。

 単純な撤退でさえも困難を要するが既にサクヤとアリサを抱えたままの撤退がどんな結果をもたらすのかは口に出さないだけで、誰もがその考えに支配されつつあった。

 このままだとジリ貧なのは確認するまでもないが、残念な事にこの場を打開する案が全く浮かび上がる事はなかった。

 

 

「ソーマはどう?」

 

「あったら使っている」

 

 肩で息をし、スタミナも限界に近い。リンドウの事は心配だがそれ以上に、こっちも拙い事に変わりない。

 救援信号は既に出ている為に、現在はこちらに向かっているとは思うが、今の状況を覆す為の時間は圧倒的に足りなさ過ぎていた。

 

 

「回収場所までもう少しだから、このままなら何とか…」

 

 エイジがそう言いかけた時に声を潜め物陰から覗くと、1体のアラガミが地響きと共に近寄ってくる。既に退路は限定的なだけでなく、このまま見つかれば、捕喰されて終わるだけ。

 どう考えても誰かがこの場に残って時間を稼ぐ選択肢しかありえない。選択の時間だけは確実に削られていた。

 

 

「お前らはこのまま行け。あとは俺が引き受ける」

 

 命の取捨選択。リンドウが身体を張りながら放った言葉をこのまま履行するには余りにも状況が悪すぎていた。アラガミの足音がゆっくりと近付きつつあった。

 意を決したのか、それともここが正念場と睨んだのか、ソーマが重い決断を下すその時だった。

 

 

「ダメだ。ソーマ、自分では気が付いているか知らないけど、血を流しすぎてる。足元がふらついてるんだ。これ以上は無理だ」

 

「そんな事お前に言われなくても分かってる。誰かがここに残るのが最善の選択肢だ。このメンツなら俺が残るのが確実だ。それとも他の手段があるのか?」

 

 単純な攻撃ではなく、撤退しながらの攻撃は普段の疲労度とは比べ物にならないレベルで消耗する。ソーマだからこそ現状を保っているが、本来であれば既に立つことすら出来ない。

 ましてや、こちらは5人いるも、二人は自分自身の力で逃げる事すら困難な状態であれば、誰も反論する事は出来なかった。

 

 サクヤも漸く落ち着きはしたが、このまま戦場に出る事は無理と判断し、エイジはさらに考えを張り巡らせる。

 コウタは遠距離型だから万が一の時には防御出来ない。このままソーマが殿を出るにしても想像以上にダメージは大きい。エイジが取れる行動は一つだった。

 

 

「ソーマは後を頼む。残り1体なら多分何とか出来るはずだから」

 

「お前、死ぬ気か?新型だからと驕るのはのよせ」

 

「そんなつもりはない。今の現状を見れば簡単に理解できる内容だからだ。それに生き延びる勝算もある。回収地点までの話だから大丈夫」

 

 これ以上言い争ってもエイジは考えを翻すつもりはなく、このままでは何も生まない処か時間が長引けばアラガミに発見される恐れが出てくる。緊急事態での逡巡は命取りとなるのは誰の目にも明らかだった。

 

 理論上は確かに合理的に考えればエイジの言葉が最善なのはソーマも分かっているのと同時に対案が出てこない。尤もだとそう考えるも、心情的にソーマ自身が納得できない。短いながらに沈黙は続く。その沈黙を破ったのはコウタだった。

 

 

「じゃあ、エイジ後は頼んだ。ソーマ、これ以上何言っても多分エイジは譲らない。これ以上の説得は時間の無駄だ」

 

 何かを言おうとした瞬間、コウタが横やりを入れていた。これ以上の論議は時間の無駄てしかない。ならば直ぐに行動に移した方が生存の確率は僅かでも上がる。

 恐らくは何らかの手があるかもしれないが、今はそれを確認する時間すら惜しいとばかりに、エイジに後の事を託す事にした。

 

 

「エイジ。後は頼んだ」

 

「無事アナグラに付いたら何か驕るよ」

 

 そう言い残しエイジは神機に握り直し陽動の為に一気に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 かなりの数のアラガミから逃れた物の、残り1体だけがいつまでも着いて来る。

 これだけは討伐するか、最悪は完全に引きはがす以外の手段しかない。かと言って下手に戦闘すれば今度は他のアラガミが寄ってくる。

 そうならない為にはある程度の策が必要だった。

 

 ここから先は些細なミスすら許されない。針の穴に糸を通すかの様な慎重かつ大胆な行動が要求される。

 コウタにはああ言ったものの、既にエイジの頭の中にはアナグラに帰還するつもりは一切無かった。

 

 氷の化身の様なアラガミはエイジを見た瞬間に一気に間合いを詰め、その勢いのまま足で攻撃を仕掛ける。討伐であればそのままカウンターで攻撃を仕掛けるが、ここまで逃げる際に気が付いた事が一つあった。

 

 アラガミと現在の神機のレベルが差が確実に開いていると言う事実。

 

 今の装備ではダメージは与えてはいるものの、それが致命傷になる様な手ごたえが一切感じられない。いくら攻撃を仕掛けても、そのスキに攻撃を受ければ致命傷になりかねない。ここでの最大の結果はエイジ以外の全員の戦場からの脱出。ここで簡単に死ぬ訳にはいかなかった。

 

 そう考える事で今は攻撃を捨て回避する事に専念しつつ、皆が安全圏に到着するのを待っていた。

 

 戦力差に大きなアドバンテージがあれば問題ないが、こちらの方が圧倒的に不利に状態での隙は致命的となった。時間にしてもほんの一瞬とも言える時間だが、対峙している場合にはその限りではない。

 僅かな隙を狙い、すましたかの様な前足による強烈な一撃。

 エイジは反射的にバックラーを展開していた。

 半ば無意識の内に展開した瞬間、バックラーから嫌な音と同時に衝撃が走る。直撃を回避した代償は決して小さくはなかった。少しひしゃげると同時に亀裂が入った状態となり、そのまま弾かれた様に近くの壁に激突した。

 

 いくら強靭な肉体となったゴッドイーターと言えど、精神的なものまで強くなる事は無い。

 壁に叩きつけられ肺の中の酸素が一気に押し出される。呼吸困難に陥る事で意識を刈り取られ、なすがままの状態。このままでは喰われて終いと思える瞬間だった。

 

 

 

 エイジを喰らおうとするアラガミの首筋に光の様な速さで漆黒の刃が貫く。

 これから喰らおうとしたアラガミはダメージと共に警戒の為か、エイジから大きく飛び退き周囲の様子を確認している。

 先程のアラガミが怯む程の攻撃は、ヘリからダイレクトに下りた無明からだった。

 

 アラガミは先ほどの攻撃を受け、首筋から赤い血を流している。

 新手の出現により、警戒しているのを見透かされたかの様に、今度は顔面に何かが着弾した様な衝撃を受ける。

 怯んだ状態から回復し、攻撃に転じようとした際に、目の前に白い閃光が走り、それが収まる頃には先ほどのゴッドイーターは目の前から姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 救援信号が届くと同時に、ソーマ達はヘリに乗り込む。

 いくら新型と言えど、所詮は新兵を少し抜け出た程度の状態であれば、乗り込んだ側も心配するしかない。

 そんな表情を読みとったかの様に、ヘリのパイロットから話かけられた。

 

 

「今は無明さんが如月さんを救出に向かっています。戻り次第出発しますので、準備して下さい」

 

 

 

 そのアナウンスで第1部隊の面々は漸く落ち着きを取り戻した。

 その2分後、エイジを抱えて無明がそのまま乗り込み、窮地を脱出した事に長い様で短かった時間が終えようとしていた。

 

 

 

 

 


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