神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第113話 交渉と現実

「どうした?随分とめかしこんでる様だが?」

 

「これからちょっと塔へ行こうかと」

 

 新しくなった制服を着こみ身だしなみを整える頃、何かの準備が終わったのを確認したのか、八雲から話かけられていた。現在療養中のマルグリットは未だに回復の兆しが無く、このままここに居ても状況が変わらないと判断した事で、医者の下へ運ぶべく準備をしていた。

 

 

「そうか…何か考えでもあるのか?」

 

「考えではなく、一つの提案がありますので」

 

「お前さんたちには迷惑をかけっぱなしだな。今回の件もここのエゴに付き合わせた様な感じだったし、態々お前さんたちが骨を折る必要は無いんだがな」

 

 八雲が言う様に、アリサ達への対応に関しては、ここに来てからは決して良いとは思える様な物は無かった。辛辣な言葉や不躾な視線にさらされる必要は本来であればありえない。にも関わらず、何か揉める様な事も無く今日まで来ていた。

 今のアリサを見れば何か考えている様にも思えたが、その目的が何なのかは分からない。それ以上の事は何も詮索する事もせずに、そのまま任せる事にしようと八雲はそれ以上の事は言わなかった。

 

 

「いえ。八雲さんのお心遣いだけでも嬉しかったですから」

 

「そうか。詳しい事は分からんが、頑張ってくれ」

 

「はい」

 

 八雲の言葉には申し訳ない様な気持ちが混ざっている事は直ぐに理解した。本来であれば八雲が謝罪する道理はどこにも無い。そんな気持ちを汲んだからこそ、今はこれからやるべき事を確実にやりきる為に塔へと乗り込む。

 気負う事も無く、アリサとソーマは改めて一番最初に連行された議会場へと足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総統、例の神機兵はいつ実戦配備されるんですか?これ以上長引けば、我々議会が住民から非難を浴びせられる事になります」

 

「神機兵よりも、今は外部のアラガミ防壁の方が優先だろう。先にそっちを何とかしないと、またアラガミが来る。我々の装備ではアラガミを撃退するのは困難だ。これ以上の犠牲者を出す訳には行かないだろうが」

 

「一体、どうやって直すつもりだ?ただでさえ例の少女は流行り病で使い物にならない。まさか極東の連中に頼るのか?」

 

 正体不明のアラガミの襲撃と同時に、今まで日陰の身でありながらもアラガミを討伐し、コアとリソースの供給をしていたマルグリットの退場した影響は大きかった。既に万策尽きた現状に対し、有効な打開策は何処にも存在しない事で、議会は予想通り紛糾していた。

 元々、議会の人間は当時のいきさつをよく知っている人間で構成されていた為に、ここの住民達以上にフェンリルには良い感情を持ち合わせていなかった。

 しかしながら、そんな感情もアラガミの前では塵に等しく、今正に目の前に迫っている状況の応対で精一杯だった。

 

 自分達のキャパシティを超える事が有った場合、この後に待っているのは崩壊しかない。今まで色々な思惑がありはしたが、一つの大きな目標でもあるフェンリル憎しで一致団結していたが、ここにきて想定外の出来事が一度に起きた事も紛糾の要因となっていた。

 

 

「会議中なんだが、何の用だね?」

 

 混乱し始めた空気を壊すかの様に、突如として閉まられていた議場の扉が大きく開く。本来であれば開くはずの無い扉に視線を移せば、そこには2人の男女が白い制服を着て立っていた。

 

 

「会議中の所、申し訳ありません。ですが、交渉するにはこの場が一番かと思いここに来ました」

 

「交渉だと?」

 

 議場に居た全ての視線がアリサへと向く。一人一人の顔を改めて見れば、各自がそれぞれの思惑があるのか、困惑した表情を掲げていた。

 

 

「我々フェンリル極東支部所属独立支援部隊クレイドルが、現在ここネモス・ディアナにおける懸念事項が解決するまでの間、アラガミに対する安全と資源の提供を約束します」

 

 アリサの言葉に議場の中はザワつき始めている。今まで簡単に切り捨てて来たフェンリルが一体何の用件があってそんな事をするのか、各々が理解に苦しんだ。当時の支部長と今の支部長がいくら違うと言った所で、今まで受けた仕打ちが簡単に解消するとは思えない。それぞれが身に覚えがあるが故にアリサの言葉を鵜呑みにする事は出来なかった。

 

 

「ほう……我々にとっては魅力的な提案かもしれないが、それを裏付ける根拠はどこにある?」

 

「今は根拠を示す事は出来ません」

 

「ならば、フェンリルお得意の仮初の慈善事業って事かね?」

 

「いえ。我々は先ほど交渉と言いました。こちらが要望するのはただ一つだけです。現在療養中のマルグリットの安全を保全して頂きます。彼女はここで誰からも知られる事無くひたすらに自分が出来る事だけをしてきました。

 その結果として罹患しましたが、彼女の願いはここで待ちたいだけなんです。彼女の代わりは我々がしますので、最低限人としての尊厳が守られる様な環境に置いて頂きたいだけです。今の部屋は論外ですので」

 

「たったそれだけの事の為にここに来たと?」

 

 那智がそう言うのもある意味当然だった。今の話をそのまま理解すれば、今までマルグリットがやって来た事を2人でそのまま継続して続ける事になる。仮にその話が本当だとすれば、今の議会には何らデメリットが発生する事は無い。

 これがただの一住民であれば問題無かったが、今の那智はここの総統である以上、慎重にならざるを得なかった。

 

 

「そんな世迷言の様な綺麗事で我々が納得するとでも?」

 

「我々は…いや、私はただ単純に私が出来る事をやるだけです。それが今はここの街を護りたいだけなので」

 

「…それでは話にもならない。戦力の提供に関しては確かに魅力的でもあり、現状と何ら変わらないのは我々も検討に値するかもしれない。だが、貴君が提案しているのはあくまでも代理になると言う提案であって、交渉では無い。

 お互いのメリットがあってこその交渉ではないのかね?今の貴君の提案ではフェンリルには何のメリットも感じられないが?」

 

 アリサの真摯な気持ちが完全に伝わるとは最初から思ってはいない。仮に今回の交渉がダメだとしても、最後は相手が納得できるまで続けるつもりでアリサは来ていた。強烈な体験をそのまま植え付け、癒される事無く今まで来ている考えはそう簡単には解す事は出来ない。

 最初からダメだと判断するのではなく、自分が納得できるまでやりきった結果がそうであれば、それで良いとさえ考えていた。

 

 当初に来た頃と、今の状況が変わる事は無いのは誰でも理解できる。だからこそ、相手に知ってもらう為にも正式な場での意思表明が必要だとアリサは感じていた。

 これ以上の話をするには更に信用と言う名の裏付けが必要になる。まずは自分達の行動を見てほしいと考えた頃、突如として議場に警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「榊博士。広域レーダーで未確認のアラガミ反応が特定の場所に向かっています。ここには恐らく来る可能性は有りませんが、現在アリサさん達が居ると思われる場所に向かっています」

 

 ヒバリからの連絡で、榊は改めて状況を確認すべくレーダー画面を見ていた。正体不明のアラガミが2体。小型種がそれに引き寄せられる様に同じ方向に向けて移動していた。

 

 アリサ達からの報告が正しければ、この数が一気に攻め込むならば神機が稼働しない可能性がある以上、おいそれと部隊を動かす事が出来なかった。既に、正体不明のアラガミによってヘリが2機撃墜されている。貴重な移動手段を安易に動かす事で、これ以上の数を減らすのは愚策でしかない為に、慎重にならざるを得なかった。

 

 

「榊博士。今回の件ですが、あそこの場所は知ってますのでこれから向かいます」

 

「君が行ってくれるのは有りがたいが、今のままだとまた撃墜される可能性がある。それをどうするかなんだが……あれを使うしか手が無いようだね」

 

「では直ぐに準備してください。5分後に向かいますので」

 

 すぐさま旅立つべく榊は整備班へと連絡していた。既に連絡があったのか、5分後に無明はヘリポートへと来ていた。報告は入ったが、万が一の事を考えれば2人では荷が重い。

 データ取得と援軍の為に一人無明はヘリに乗り込んでいた。

 

 

「恐らくは今まで撃墜いたアラガミは襲ってこないはずだが、万が一の事も考えてここで降りる。このヘリならば仮に追われても速度で振り切れるはずだ。万が一の際には武器を使用してくれ。これで討伐は無理だろうが、相手が怯んだ隙に一気に逃げ切れる性能がこれにはある」

 

 新型のヘリは今までの物とは違い、配備された物よりも出力が強化され、無駄な物を排除し軽量化した結果、従来の物よりも速度が20%程早くなっていた。

 それだけではない。万が一の際にはアラガミを怯ますことの出来る空中爆発が可能となったスタングレネードがヘリには似つかわしくない様な小型の翼が取り付けられ、配備されていた。

 まだ実戦投入すらされていないヘリに乗りむと同時に一気に現地へと向かう。目視出来る頃にはアラガミの影がレーダーに映り始めていた。

 

 

「ここで大丈夫だ。あとは地上の移動も知れている。榊博士にはそう伝えておいてくれ」

 

「了解しました。ではご武運を」

 

ヘリから一気に降下すべく森の中へとダイブすると、ヘリはそのまま極東へと戻る。ここから先は時間との戦いでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラガミだ!こっちに来るぞ!」

 

 何かを見つけたかの様に、2体のシユウを先頭に議場のある塔へとアラガミは襲い掛かる。ここでのアラガミ防壁は大きな穴が開いたままもあってか、まるでそこが入口だと言わんばかりに多数のサイゴードが入り込んでいた。

 

 

「アリサ、そろそろ来るぞ」

 

「分かってます。皆さん、落ち着いてここを離れてください。我々がここで時間を稼ぎます」

 

 対アラガミの戦端はシユウの声なき咆哮と同時に開かれていた。まるでこれが当たり前だと言わんばかりの行動にソーマとアリサの神機の動きが止まり出す。初見であれば確実に混乱したが、既に一度はその攻撃を見ている為に、ソーマが初戦と同様に無理矢理神機を動かし、迎撃を開始した。

 

 アラガミの急襲は警報と共に避難勧告を住民へと出す。未だ修理される事が無い以上、アラガミが来れば間違いなくそこから入り込むのは容易に理解できた。非難すると同時にアラガミの動向を見れば住民の方へ来る事はなく、全てが塔へと向かっている。 突如として塔の一部が爆発音と共に破壊されていた。

 

 

「ここで俺が交戦する間にアリサは連中を避難させろ。それ位の時間をかせぐ事位は出来る」

 

「分かりました。無理はしないでください」

 

 外壁を破壊したと同時にシユウはソーマと対峙する。サイゴードは既にその場に居た人間を補足したのか、一気に襲い掛かっていた。

 

 

「いつまでも前と同じだと思わないで下さい」

 

 神機が動かない事が織り込み済みであれば、対処する事は決められてくる。確実にそうなる事が分かっているのであれば、精神的なアドバンテージは大きく違ってくる。

 既に盾を展開しがら襲い掛かってくるサイゴードから護る様な動きを見せる事でその場を凌いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネモスディアナの葦原だ。現在アラガミの強襲を受けている。神機兵の派遣を至急頼む」

 

《すみませんが、神機兵へは現在これまでのデータ処理の為に一旦は格納されています。》

 

 一方でF戦端が開かれる直前、那智は神機兵の手配の為にフェンリルの駐屯地へと連絡を入れる。事前の契約であれば、ここが危機に陥った場合に手配される契約の代償として、ここから搭乗者を募る事になっていた。

 こちらがその義務を果たす以上、権利を行使するのは当然だった。

 

 

「馬鹿な!それでは話が違う!貴様では話にならない。上の者を直ぐに出せ!」

 

 議場が襲われている間、一刻も早く連絡を取るべく総統室で那智は連絡を取っていた。当初の契約を行使するだけにも関わらず、フェンリルの対応は鈍い。対応したオペレーターからはただひたすらこちらでの対処は出来ないとだけ告げられていた。

 既に塔にもかなりの数が入り込んでいるのか、先ほどから地響きが止まらない。この部屋にアラガミが来るのは時間の問題だった。

 

 

「そんな話は聞いていない!一体何の権限があって引き上げたんだ!我々は何のために今までやってきたと思っている。それでは契約の意味が無いではないか!」

 

《その件に関しては私の権限で対応するKとは出来ません。詳細については正規のルートでお願いします》

 

 緊急時のフェンリルの対応が杜撰の一言だった。前回のデータが採取できてからは一旦整備と言う名で神機兵を引き上げると同時に、そこにあったはずの駐屯地も既に撤退していた。

 那智はこの状況の中で気が付いていなかったが、既に回線は転送されており、そこあるはずの前線基地は跡形も無くなっていた。

 

 

「畜生!フェンリルめ!」

 

 通信機を叩きつける様に切ると、地響きが徐々に大きくなってくる。今は交戦できるゴッドイーターはソーマとアリサ以外には居ない。これ以上ここに留まるのは危険だと感じ始めていた。

 このままでは拙いと判断した瞬間だった。大きな破壊音と共に現れたのはサイゴート。まるで新たな餌を見つけたかの様に1体のサイゴードが窓を突き破り、那智を補足していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「数が思った以上に多い。あいつらも無事だと良いが」

 

 無明がネモス・ディアナに到着する頃には、地域は避難しながら時間を稼いでいるのか衛兵と思われし人間が銃で交戦していた。元々オラクル細胞を由来とした武器で無い限り通常の武器では足止めは出来ても、それ以上の効果を発揮する事は出来ない。

 そんな事は誰もが知っている。しかし、背に腹は代えられない。その武器も無いよりはマシだと言わんばかりに何とかその場をしのいでいた。

 

 

「誰か子供を助けて!」

 

 一人の子供の安否を確かめるべく、女性が叫びながら救援を求めている。既に衛兵は他のアラガミに手一杯なのか、その願いを聞き入れる事は出来ない。100メートル程先にはその女性の子供らしい人間がアラガミに襲われる寸前だった。

 突如として襲いかかったサイゴードが目の前で真っ二つになり、崩れ落ちる。襲われる寸前に助かったのか、子供が状況が分からないまま母親の元へと走りだしていた。

 既にここは死地の真っただ中であるが、今は確実に目の前にいるアラガミを屠るべく漆黒の刃を振るっていた。

 

 

「ありがとうございます」

 

「ここは危険だ。直ぐに避難するんだ。それと、アラガミがここに来てどれ位経っている?」

 

「多分1時間位だと」

 

「そうか。この一帯は既にアラガミは討伐したが、また来るかもしれん。直ぐに避難してくれ」

 

 女性に確認したと同時にこの元凶となるアラガミを討伐しない事には恐らくはこの状況が好転する事は無い。時間がそこまで経過しているにも関わらず、未だこの惨状が続くのはまだ交戦しているからに違いない。

 周囲を確認すれば、ここの塔で交戦しているのか一番振動が大きく響いている。最短を走り去り、一気に現地へと急いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず忌々しい攻撃だな」

 

 シユウと交戦中にソーマはイラついていた。事前に分かっていた事とは言え、やはり神機が完全に稼働しないままでの攻撃はいつもの様な動きを見せる事は出来なかった。 既に交戦してからどの位の時間が経過したのかは分からない。

 この辺りを飛んでいたサイゴードをあらかた倒しはしたものの、未だシユウは大きなダメージを受けていなかった。アリサの方はどうなっているのか分からないが、時折聞こえる交戦音で無事が確認出来ていた。

 

 神機の不調は神機そのものの威力にまで影響が及んでいるのか、攻撃と防御の変形でさえも時間がかかる以上、安易に攻撃を繰り出す事は躊躇われていた。まだ第1部隊のメンバーが居ればこの状況を打破する可能性はあるが、今はアリサしかいない。

 しかも、そのアリサはソーマ以上に攻撃をする事が困難となっており、その結果が討伐に時間がかかる要因となっていた。

 

 

「くそったれが!」

 

 力任せに振り回したイーブルワンがシユウの翼手の根元から生える触手の様な物を偶然切り裂く。今まで様子を窺いながら攻撃していたシユウが今までの中で一番大きくよろめいていた。恐らくは神機が不調をきたす為の力はそこから発揮されていたのか、周辺からは制限がかかっていた様な雰囲気が消え去ると同時に神機の調子が戻り出した。

 

 今まで制限されていたはずの力が突如として戻る。それを肌で感じたのか、ソーマはこの瞬間を逃す事無く一気に勝負に出ていた。闇色のオーラが神機に纏わりつくと同時に、その力をシユウに向けて振り下ろす。

 渾身のチャージクラッシュがシユウの頭部から真っ二つとなり、シユウが立ったまま左右の身体は離れた。結果は確認する必要も無く、ソーマは次の戦場へと走り出していた。

 

 

 

 


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