神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第112話 吐露

 

「こんなもん持ち出して何するつもりだ?」

 

 歌声が聞こえたと同時に、何を考えていたのか突如サツキが機材を積んだ車へと走り出していた。何かを探している事に気を取られたのか、当然背後から声をかけられた事で、驚きを隠せなかった。

 

 

「ちょっと、何勝手に人の尻を追っかけてるんですか。それ以上見るならセクハラで訴えますよ」

 

「そんな物見るつもりは無い。アリサを捜しに来たらお前がここで何か探してたんだろうが」

 

 既にサツキの言葉に耐性が付いたのか、まるでこれが当然とも取れる様にソーマは会話を続けていた。先程の内容に関して何かしらショックを受けている事は理解していたが、それ以上の事は本人以外は分からない。

 エイジからも様子を見る様に頼まれてはいたが、何かあってからでは遅すぎるからと様子見の為にここに来ていた結果だった。

 

 

「そう言えば、あなた私に闇を覗く者は闇から覗かれてるって言ってましたよね?」

 

「それがどうした?」

 

「本部の広報に努めてると、一部の利己的な考えで決まっていた物が簡単にひっくり返ったり、ガス抜きの為の情報を捏造するなんて事は日常茶飯事だったんですよ。私はそんなつまらない事をする為にフェンリルの広報に入ったんじゃないんです。

 ただ、事実を伝えたかった。それすら出来ないなら何の為の広報なのか判断出来なくなったんですよ。だからあそこを辞めたんです。貴方の言ってる言葉の意味位は私なりに理解してるつもりですけど、私は態々やられるのを待っているなんて性に合わない性質なんでね」

 

 ソーマと話ながらもサツキは何かを探しているのか、手は止まらない。漸くお目当ての物を探し当てたかと思った途端、突如として現地へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サツキさん。何してるんですか?」

 

 ユノの歌声を届かせる為に、本人には内緒でその歌声を集音用マイクで拾う。ユノは何も知らなかったが、この歌声は海賊放送として無理矢理周波数に割り込む事で世界中に流れていた。

 ユノの歌声に聞きほれる事でアリサの気持ちも徐々に収まり出した頃、サツキの存在に気が付いていた。

 

 

「これでユノの歌声を世界中に知らしめようと思いましてね。でも、これじゃダメね。やっぱり音源を安定させるか、もっとクリアにしないと……あとは出力をもう少し上げるか…」

 

 何かを考えているのか、時折ブツブツと聞こえる呟きの内容は理解する事が出来ない。ただ、これから何かをしようかと思おう考えだけは理解する事が出来ていた。

 

 

「ユノ、あの車の機材でもう一度歌ってくれる?」

 

「でも、私の歌なんか流しても…」

 

「あのね、貴女の歌は少なくともここの人達の癒しにはなってるのよ。貴女がどう考えようと、私は貴女の歌を世界に知らしめたいの。分かった?」

 

「う、うん……」

 

 ユノの否定的な言葉を無視したかの様にサツキは真剣な表情で迫っていた。今のユノはサツキの迫力に押されているからなのか、何かに怯えた様な空気を醸し出しながらも頷く以外には何も出来ない。今はサツキの言葉をそのまま信じてユノは改めて歌い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ極東からの海賊放送なのか?」

 

「電波の状況からすればそうかもしれませんね」

 

 ユノの歌声はまさに世界中を駆け巡る様に聞こえていた。現地の状況は理解出来なくても、今まで聞いてきた住人の顔を見ればどんな状況なのかは確認するまでもない。何一つ検証した訳ではないが、この歌を流したサツキにはその手ごたえが確かに感じていた。

 

 

「そう言えば、アリサとは連絡してるのか?」

 

「アリサとはしてませんね。一度報告の関係で極東には連絡しましたが、特に問題無いからって言ってましたけど。どのみち外部に出てれば無線チャンネルが開く事は少ないでしょうから」

 

「ここでの任務も終わりだろうから、一度連絡したらどうだ?」

 

 まるで何か言いたげな表情でリンドウはエイジに話しかけるも、ハルオミは一体何の事なのか見当もつかない。確認しようとリンドウを見れば、穏やかな表情を見せていた。そんなリンドウの表情を見たからなのか、ハルオミはそれ以上の事は何も言わず、ただエイジの事を見ていた。

 

 

 

 

 

「アリサ、ちょっとこっち来い」

 

「何ですか?態々そっちに行く用事は無いですけど?」

 

「俺は用事が無いが、これがお前に用事だ」

 

 アナグラにでも繋がっているのか、ソーマは無線機を掲げていた。突然言われた事実に何の意味があるのかは分からないが、今は出された無線機を手にする事を優先していた。まさかこんな所で聞こえるはずの無い声。その先からは一番聞きたい声が聞こえていた。

 何故こんな所に連絡が来ているか理解出来ない。この無線チャンネルを知っているはずも無いのであれば、性質の悪い冗談か何かだと思いながらもアリサは無意識の内に分捕るかの様に無線機を取っていた。

 

 

「アリサ。元気にしてる?アナグラに確認したら問題ないって聞いてたんだけど?」

 

 アナグラを出発してからどれ位の日数が経過していたのだろうか?以前に長期派兵した際にには毎日の様に連絡が取れていたが、ここに来てからは色々な事が起こり過ぎて連絡する手段すらなかった。

 久しぶりのエイジの声に、知らない間に緊張感が続いていたアリサの心に何かがゆっくりと染みわたる。凍てついた大地が解けるかの様な感覚が拡がっていた。

 

 

「私の方は毎日問題ありません。ソーマが口煩いですけど」

 

「そっか。こっちも何だかんだとやってるけど、それでも大変な部分も多いから。そうそう、ソーマにはアリサの事を頼んだから、きっと口煩いんだよ」

 

「私、そんなに面倒な事はしませんよ。ソーマじゃないですから」

 

 他愛無い会話がこんなに嬉しいと感じた事は、恐らくは無いのかもしれない。エイジが欧州派兵に行ってどんな状況なのかは分からないが、それでも極東支部の皆の為だと高い志を持って行った事はアリサが一番よく知っている。

 だからこそ、こんな所で弱音を出す訳には行かないと強く感じていたが、エイジの一つ一つの声が優しくアリサの心を解していく。

 気が付けば、何かが決壊したかの様に涙が止まらなくなっていた。

 

 

「…何かあった?」

 

「…いえ、何も…ないです。ちょっと疲れたんですけど、エイジの声を聞いて安心したので」

 

 強がる様な言葉とは裏腹に涙は止まる事を許さない。ここに来て初めて自分自身の限界を見たからなのか、それとも現実に打ちひしがれたからなのかは分からない。止まる事を知らない涙は頬を伝いそのまま流れ続けていた。

 

 

「泣かなくても良いから」

 

「…エイジには隠せない…ですね。実は…正体不明のアラガミが現れて…神機が使えなくなって……街の皆が次々と…でも、私は何も出来なかった…」

 

 無線越しとは言え、何となくアリサの心情を理解したのか、エイジはアリサの言葉を優しく受け止める様にゆっくりと話していた。もう気づかれているなら隠すつもりもなく、アリサの言葉が徐々に涙で歪んでいく。

 幾らゴッドイーターと言えど、一人の人間に変わりない。些細な会話が僅かな癒しになればと、エイジもせかす事無く話を聞いていた。

 

 

「僕らが出来る事なんてたかが知れてるよ。こっちだって、僕とリンドウさんが居ても、目の前で何人もの人が捕喰されたし、仲間のゴッドイーターだって捕喰されたよ。ゴッドイーターは万能じゃないんだ。

 僕らもただの只の人間なんだから、自分の両手に中に入る物だけを護る事で精一杯なんだ。今はどんな状況かは知らないけど、アリサが前に言ってた言葉を教訓にやってるから大丈夫なんだよ」

 

「私の…言葉…ですか?」

 

「そう。ほら以前に言っていた、旧型は旧型……」

 

「それ以上はダメです!エイジはそれを言わないで下さい!」

 

 まさかエイジにまで言われるとは思って無かったのか、懐かしい黒歴史を代表する言葉の序盤が語られた瞬間、それを阻止する様に会話を一旦区切らせる。

 それ以上の事は何も言わなかったが、この場でその発言を容認できる程、今のアリサは寛容な気持ちにはなれなかった。先程までの涙ぐんだ会話から突如として大声が出た事でアリサの涙は引っ込み、サツキやユノが何事かとこちらを見ていた。

 

 

「とにかく、自分達が出来る事を最大限にやれたら、あとの事はおまけ位で丁度良いんだよ。アリサのそんな真面目な所は好きだけど、少し位は息を抜く位の自然体の方が上手くいくから」

 

「こんな風に考える様になったのはエイジと一緒に居たからです。きっとそうですから」

 

 何気に好きと言われた事で、少し頬に赤みがさすが、流石にこんな所で言われても、目の前に居ない以上アリサには何も出来ない。既に涙は止まったのか、痕だけが残っていた。

 

 事務的な連絡だったはずが桃色空間になり始めようとした頃、この場に居ないはずの人物が突如としてユノの腕を取っていた。

 

 

「君達はこんな所で何をしてる?ユノ、ここにこれ以上いれば感染する可能性がある。直ぐに塔へと戻るんだ」

 

「おじさん。ちょうど良かった。実は折り入って相談があったんですけど」

 

 突如として現れたのはここの総統でもある葦原那智だった。今回の事務手続きが終わると当時に捜しにきたのか、それとも当てがあったから来たのかは分からない。しかしながら、その元凶とも取れる状況を作り出したサツキを不躾な視線で射抜いていた。

 

 

「君に相談される様な事はない。勝手に機材を持ち出して何をしているかは知らないが、これ以上勝手な真似をするようならば、ユノとの付き合いも考えてもらう事になる」

 

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。ユノに勝手に歌わせた事は謝りますが、私のジャーナリストとしての勘が働いたんです。ユノの歌はきっと世界に何か影響を与えるんじゃないかって。相談はその件だったんですよ」

 

 どことなく言い訳がましい所はあるも、この声を世界にとの考えは嘘では無かった。

 しかしながら、そんな考えなどお構いなしだと言わんばかりの那智の態度に、流石のサツキも取り付く島は無かった。

 

 

「そう言えば、君達は一体いつまでここに居るつもりなんだ?用意させた部屋が不満なら、他の部屋に変更するが?」

 

「そんな事言ってられるのか?」

 

「何だと?」

 

 サツキとの会話が終わったかと思うと、今度はこの場にいたソーマ達にまで飛び火していた。八雲の家でひと悶着あったが、その後はアラガミの襲撃の事もあり有耶無耶になっていた。

 既にアラガミは討伐され、神機兵は撤収している。今のここには余剰戦力となる物は何一つ無かった。

 

 

「恐らくは俺たちを襲ったアラガミはあれに間違いない。ただ、あの個体と同じ者は全部で3体いた。今回の事で1体は討伐したが、まだ残りはいる以上、ここを襲う可能性は高いぞ」

 

「だからどうだと?先の戦いで貴君らは苦戦続きだったではないか。何の対策も立てる事が出来ない以上、同じ事になるだけだ。先ほどの神機兵を見ただろう?万が一ここが襲撃された場合には、ここに配備される事になっている。ここは君達の様なゴッドイーターは不要なんだ。ここに滞在出来るだけでも有りがたいと思ってほしいものなんだがね」

 

 ゴッドイーターが不要な事は議会場でも言っていた。しかし、表にこそ出ていないが、ここの防衛を人知れず担っていたのは間違いなく、今は病気に罹患しているマルグリットの孤軍奮闘の結果でしかない。そんな単純なロジックすら理解していない目の前の男に対し、ソーマは舌打ちしたい気持ちで一杯だった。

 

 ただギースを待ちたいと願う一人の少女の願いを利用し、今に至っている事を知っているアリサも勝手にここに居ると言わんばかりの言い方には憤慨していた。いくら神機兵の効果が良いとしても、その後に何が起きるのかをまるで理解していない様にしか見えない。

 そもそもフェンリルと言う組織はそんな生易しい物で無い事をアリサ達はこれまで何度も体感している。

 那智の不要だと取れる発言はあまりにも暴言が過ぎるだろうと感じていた。

 

 

「じゃあ、マルグリットは今後どうなるんですか?」

 

「流行り病の罹患者はここの住人に心配の種をまき散らす事しか出来ない。本当ならば君達の様に放り出すのが一番なんだが、私の温情で置いているに過ぎない。それが気に入らないならば出て行ってもらって結構だ」

 

「何だと!」

 

「父さん、それは言い過ぎです」

 

 これ以上続くならば、この後に何が飛び出すか分からない。これ以上の事は危険だと判断したユノは間に入る事でその場をとりなしていた。

 

 

 

 

 

「そっちは修羅場みたいだな。良くは分からんが問題は起こすなよ。特にソーマは直ぐに手が出るからな」

 

「ガキじゃねぇんだ。それ位の分別は付く。お前らこそ本部で問題を起こすなよ。極東の恥だからな」

 

 チャンネルが繋がったままだったのか、事態が終焉を迎えた頃にリンドウから改めて話があった。僅かな会話だったが、それだけも今の状況が分かる様なやり取りにリンドウも思わず場を和ます為か、軽口を出す事に決めていた様だった。

 

 

「まさかお前に心配される日が来るとはな。子供の頃のお前に教えてやりたいよ」

 

 この場には全員が居なくても第1部隊としての纏まりは他のどこの支部にも負けない物があると自負できる。今は互いに遠い異国の地ではあるが、全員が揃えば出来ない事は何も無い様な空気がそこには存在していた。

 

「うるせぇ。大きなお世話だ。お前こそいい加減帰らないと、そのうちレンから知らないオジサン扱いされるぞ」

 

 ここに来てソーマにも漸く心のゆとりが出来たのか、リンドウに皮肉を言いながらも少しばかりの笑みが零れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一時はどうなる事かと思ったが、やれやれだな」

 

「そうですね。まさか神機が稼働しなくなるなんて、戦場では致命的ですからね」

 

 無線が切れる頃、リンドウとエイジはハルオミとツバキの4人での設営をしていた。目標のカリギュラの討伐は完了したが、今回はそれだけではなく、一部の人間が本部の部隊から派遣されていた。

 

 当初は断っていたが、戦闘時にには役に立つ連中だと押し付けられ、いざカリギュラと対峙した途端に何人かのゴッドイーターは恐怖心にかられて退却し始めていた。戦場での退却は、そのまま戦闘に突入するよりも遥かに困難を極め、その結果として逃げ遅れた数人が殺される結果となっていた。

 自称歴戦だったとしても、やはり強敵なアラガミとの戦闘時に逃げ遅れた者を庇いながらでは、本来の能力を発揮する事は難しく、その結果としてエイジは負傷するハメになっていた。

 

 

「何か流石極東って会話だったな。そんなアラガミがうじゃうじゃ出るなら、それこそ俺たちの出る幕は無くなるんじゃないか?」

 

「こればっかりは何とも言えないな。コアの解析が出来ればまだしも、今のままでは手掛かりになる様な物は皆無だからな。流石に無い物を解析するのは不可能だろ?」

 

 ハルオミの言い分は尤もだった。神機は使ってこそ意味があるが、稼働しないのであれば無意味な存在となる。恐らくは本部には完全に情報は上がっていないのかもしれないが、何かあってからでは後手後手になりかねない。一刻も早い解析は新種が出た際の急務ではあるが、未だそんな話が本部の遡上に乗った事は一度も無かった。

 

 

「話は変わるが、エイジが話してたアリサちゃん?だっけか。彼女とはどんな関係なんだ?」

 

「アリサか?アリサはエイジの恋人だ。本当の事を言えば今回のエイジの派兵に関しての最大の山場だったんだがな。何とか丸め込んだらしいぞ」

 

 緊迫したはずの空気が一転し、今度は先程のアリサの話に変わっていた。歴戦の猛者と言えど、気分転換は必要となる。今は食事の準備中なのか、ここには居ないが何か面白い物を見つけた様な目をハルオミはしていた。

 

 

「いじるのは良いけど、あいつが怒ると真剣に怖いぞ。模擬戦と言う名の地獄絵図をお前では見たくないからな。因みに切れられても助けんからな」

 

「そこは手助けしろよ。俺とお前の仲だろ?」

 

 何を言われているのか気にする必要は無いが、エイジとて久しぶりに聞いたアリサの声には人が居る事から喜びを隠していた。しかし、気になるのが神機が稼働しないアラガミの出現。

 本部ではなく、極東に現れたのであれば今後の脅威になる事だけは間違いない。こんなつまらない行為で負傷するのは自身の技術がまだまだだと言っている証拠だった。

 更なる高見となる頂にはまだ遠いと考え、戻った後には更なる精進が必要だと、一人胸の内にしまい込んでいた。

 

 

「お前たち、いつまでくだらない話をしてるんだ。報告書は済んだのか?今回は負傷者も出てる以上、元気なお前達がその分を背負う事になってるはずだが?」

 

「ある程度は終わってますので」

 

「そうか…だったら、直ぐに提出しろ。本部でも今回の件で懸念材料が一旦は無くなった事からと早急な報告が求められている。リンドウ、お前もくだらない事で時間を使う前にさっさと終わらせろ。真壁では無いが、お前が時間をかける程極東に戻る期間が延びるぞ。これ以上時間をかけてサクヤとレンから見限られない様にするんだな」

 

「了解であります」

 

 既に本部への報告が完了したのか、ツバキが2人の所へとやってくる。今回の負傷者は面識が無い者ばかりではあるが、それでも建前上は同じ部隊の部下となる為に、KIAの申請や負傷者の報告など、アラガミに関する事ばかりでは無かった。

 アラガミの討伐は終わっても、やるべき事が未だ山積している事に変わりなかった。

 

 

 


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