神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第111話 新たなる邂逅

 マルグリットの話からは残念ながら神機兵の事に関しては何も聞く事が出来なかった。元々あのアラガミと対峙した際にマルグリットが持っていた神機にはフェンリルのエンブレムが削り取れていた。それを削る事は拒絶の意思表示をしていたのかもしれなかった。

 確かにあの神機兵の動きはまだぎこちない部分はあったが、それでもお釣りが来るほどの高火力は誰が見ても魅力的だった。

 

 未だ解決のめどが立たない正体不明のアラガミの能力は、ソーマでさえ干渉を受ける事で神機の挙動の制御が困難となり、アリサに至っては完全に稼働する事すら不可能とも取れていた。このままでは自分達が何の為にアラガミと戦っているのか、その存在意義すら疑問に思いそうになるほどショッキングな出来事でもあった。

 

 

「貴女達からそれを取ったら、今度は何が残るんですかね。私も広報で働いてましたから、その手の話はしょっちゅうですよ。住人には安心を提供する事を第1と考え、その反対の手では護るなどとは真逆の行為を平気でやって、都合が悪くなればそれでサヨナラ。世間ではあなた達の様な神機使いを何といってるか知ってますか?フェンリルの狗ですよ。単に兵器を使う事しか出来ないなら、それらしい働きをしたらどうですか?」

 

「あなた…自分で今何を言っているのか分かって言ってるんですか?」

 

 サツキの辛辣な言葉はマルグリットを冒涜するでだけではなく、全てのゴッドイーターに対する皮肉とも取れていた。広報部に居たのであれば、確かにその手の話が頻繁にあったのだろう。

 しかし、極東支部にも広報部の人間が来ている関係上、全員がそんな考えを持っているとは思えなかった。

 

 

「あらら?本当の事を言っただけですよ。何か気に障ったんですか」

 

 本音なのか挑発なのか、これ以上の会話を続けていれば何かが切れる様な気がしてくる。今のアリサを見ればまさにそれを体現する様な表情を見せている。このまま続くのかと思われた頃、見かねた八雲が制止した。

 

 

「サツキ、それ以上の事は外でやれ。ここには病人もいるんだ」

 

 怒鳴る事も皮肉めいた事もなく、ただやんわりと言われた事で言いすぎた事を理解したのか、それ以上口を開く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサ、どうしたんだ?」

 

「ソーマには関係ありません。これは私自身の問題なんです」

 

「フェンリルが一枚岩じゃない事位今更だろうが。何をそんなに考える必要がある?」

 

「それはそうですけど。でも、極東支部だって、今までの事を考えれば全部が無関係だとは言えない事はあるのかもしれません。今までの事を考えたら何が正しくて何が間違っているのか分からないんです。すみませんが、少し頭を冷やしてきます」

 

 先程のサツキとのやり取りに何か思う所があったのか、ソーマにそう告げる事で人気の無いところで一人佇んでいた。

 

 見た事も無いシユウの能力により、一時的とは言え神機の使用不能と同時に、本来であれば護るべき人間からの迫害とも取れる言動はアリサの考えを崩壊させるには十分すぎる内容だった。

 原因は分からないまでも、せめて何らかの対処が出来るならまだしも、現状では対処はおろか、今後の行く末までもが心配になってくる。かろうじてソーマの神機は稼働したが、やはり今後の事を考えれば、今の状況は絶望とも取れる程だった。

 

 

「ソーマと違って神機も動きませんし、これじゃ私は何のために居るのかも分かりません。こんなんじゃ私…」

 

 誰かに聞かせる様な言葉ではなく、一人呟いた言葉の返事は返ってこない。もし、ここにエイジが居たなら何て言ってたんだろうか?答えの無い考えが頭の中をめまぐるしく周り始めた頃だった。

 

 

「あの、貴女は?」

 

 どこかで聞いた事のある様な歌が聞こえると同時に、その元へと歩いた先には一人の少女が歌っていた。悲しげな旋律の中に慈悲深い様な、何とも言い難い調べがアリサの耳に届いた事で思わず声をかけていた。

 

 

「わ、私は葦原ユノと言います。あの、今日はありがとうございました。あなた方が居なければ、ここの人達はみんなアラガミに食べられてました」

 

「いえ、私達はこれが仕事ですから……」

 

 こんな所で感謝されると思ってなかったのか、突然の言葉に戸惑いを隠せない。ゴッドイーターがどんな仕事をし、どんな役割を持っているのかなんて事はこの世界の住人は誰もが知っている。

 しかし、ここではそんな考えは微塵も無く、まるで忌避される存在が来た程度にしか考えていない人間が殆どだった。だからこそユノの謝辞にアリサは戸惑っていた。

 

 

「みんなも…本当は感謝してるんです。でも……父がご迷惑をおかけしましたので、私としてはせめてこれ位の事はしたいと」

 

「えっ?父って…」

 

 突然のユノの言葉に、一体誰の事を指しているのか理解が追い付かない。先ほどの自己紹介の際に言われた名前を改めて思い出していた。

 

 

「確か、葦原って…ひょっとして父と言うのは…」

 

「葦原那智は私の父です。色々とご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした」

 

「え、えええええ!」

 

 親子とは言え、似ている部分を探さなければ一目で理解出来る人間はいないだろう。だからこそ、その発言に驚きを隠しきれなかった。思わず出た言葉にユノも苦笑していた。

 衝撃の事実に先ほどまでふさぎ込んでいた気持ちが少しだけ収まりだす。そんなアリサの心情を見たのか、改めてユノは歌を歌い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?リンドウじゃないか。どうしてこんな所に?まさかお前も異動なのか?」

 

 ディアウス・ピターの討伐も終わり、一旦は本部へと帰投すると、そこには以前に極東にいたゴッドイーターの真壁ハルオミがエントランスで書類のチェックをしていた。

ここが極東ならいざ知らず、まさか本部で見る事は無い事もあってか、思わず声をかけていた。

 

 

「おお、ハルオミか。お前こそ何でこんな所に?」

 

「俺は先月ここに異動してきたんだ。いや~、こんな所でお前に合えるなんて思ってもなかったからな。で、そちらは?」

 

「僕は如月エイジです。今回はリンドウさんと短期でここに派兵で来てるんです」

 

 旧友との親交を温めるべくリンドウを見れば、そこには一人のゴッドイーターがいた。先ほどの自己紹介から、この人物が噂の極東の隊長である事を理解し、改めて自己紹介をする事にした。

 

 

「俺の名前は真壁ハルオミだ。先月ここに異動で来たんだ。君が噂の極東の鬼なんだってな」

 

「鬼って…そんなひどい事した記憶は無いんですけどね」

 

「いやいや。訓練の過酷さは群を抜いてるって評判だぞ。お蔭で元極東だって言ったら、皆が変な顔してたぞ」

 

 配属当時の事を思い出していたのか、ハルオミの表情が当時の状況を聞かなくても理解出来る程に顰めていた。エイジが最初にした事は自分がやっている訓練をそのままアレンジする事無く、配下についた人間にやった事が原因だった。

 エイジは知らなかったが苛烈な教導の内容により、一部のゴッドイーターからは鬼と恐れられていた。

 

 

「でも、技術が向上したんだったら疎まれる必要は無いと思いますけどね」

 

「まぁ、こんな所じゃ生きてなんぼの世界だからな。で、短期っていつまでここに?」

 

「詳しい事は姉上が知ってるんだがな。見てないのか?」

 

「ツバキさんはまだ見てないな。そうか…ツバキさんも来てるのか」

 

 当時何があったかは分からないが、今のハルオミを見れば、恐らくは会いたくない人物リストに上がっているのかもしれない。何となく雰囲気が良くない事だけは事情が分からないエイジにも理解出来ていた。

 

 

「お前たち、終わったなら早くレポートを上げろ。それと明日以降に討伐予定となっているアラガミのブリーフィングをその後行う」

 

 極東ではおなじみのツバキの発言はここでもある意味脅威となっているのか、その声を聞いて身が竦む者が何人かいた。既に撤退とばかりにそそくさとこの場を立ち去っている。

 

 

「お前は…ハルオミか。なんだ、ここに飛ばされたのか?それとも査問委員会に出頭なのか?」

 

「いやですよツバキさん。査問委員会じゃなくて、ここには異動で来たんです」

 

 何かトラウマレベルであったのだろうか、ツバキが来てからのハルオミは挙動不審の塊の様な対応をしている。エイジとリンドウにとっては何も感じないが、今のハルオミを見れば一体何をしたのかすら考えてしまうほどのレベルだった。

 

 

「つもる話はまた今度だ。お前たち、明後日からはカリギュラの討伐ミッションが入る予定だ。それぞれ物資の申請書と稟議書は明朝の一〇〇〇までに提出しろ。ブリーフィングに関してはこれからは1時間後だ。各自遅れるな」

 

 今回の派兵目的の一つは接触禁忌種の討伐の為ではあったが、今回の内容に関しては未だ極東でも交戦履歴が殆ど無い。また、世界中を見渡しても討伐の数があまりに少なすぎた事も影響し、この2人が呼ばれていた。

 

 今回の討伐ターゲットは2人でやる訳ではないが、あと何人かはアサインする必要があり、その選定の為に丸一日が空いていた。

 

 

「今からレポートだと時間があまりないな。ハルオミ、良かったら今晩飲まないか?その時でも話そうや」

 

「…おお、分かった。じゃあ、終わったら連絡くれ。俺はこの後の予定は特に入ってないからな」

 

 次の予定時間が決定している以上、ここでの話は今後の時間を削る事になる。この後に行われるブリーフィングの事を考え、一旦ここで別れる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、リンドウ。確か今度の討伐対象はカリギュラって言ってたよな?もう人選は終わったのか?」

 

 ブリーフィングは予想以上の時間がかかる事で、既に時間はそれなりになっていた。エントランスに人影は無く、このままどこかへ出る時間帯にしては遅すぎた事もあり、改めてリンドウの部屋で飲む事となっていた。

 飲み始めた当初は懐かしさが前面に出た事もあり、今の極東の事情やリンドウの個人的な事情などと話題は尽きる事が無かった。食事に関しては既に済ませた事もあり、今はゆっくりと飲んでいると言った状況だった。

 

 

「人選ねぇ。正直な所難航しているな。ディアウスピターの時もそうだったが、ここの連中だと正直頼りないんだよな。姉上も何度か上にかけあってるんだが、尉官クラスは現場に出たがらないから、今回のミッションはちょっと厳しいかもな」

 

 飲んではいても完全に酔う事もなく、今後の事を考えれば頭をかかえるのは間違いなくツバキだった。

 リンドウが言う様に、今回の内容に関しては本部での交戦経験は無く、また自分の命が惜しいのか依頼をする前に、どうにでも出来る様なミッションを自発的に受けている事から、現状では人数が揃わないのが悩みの種でもあった。

 

 

「それなんだが、俺も一緒に行く事は出来ないか?」

 

「珍しいな。何かあったのか?」

 

 リンドウの飲んでいたグラスの手が止まり、驚くのは無理も無かった。先のディアウス・ピター戦を思い出せば、その時は他のミッションに出ていた関係でハルオミがアサインする事は無かった。

 

 内容が内容だった為に、特に何も考える事は無かったが、今回のカリギュラに関しては元々の特性を考えると、どうしても一定以上の技術を持ったゴッドイーターでなければ討伐は不可能とも取れた。

 リンドウとてハルオミの実力は知っているので、無碍に断る理由はどこにも無い。しかし、その言葉を出した瞬間のハルオミの表情が今のリンドウには気になっていた。

 

 

 

「理由は…まぁ良いだろう。最近は手ごわいアラガミと戦う機会が少ないから、ここらで気合入れて勘を養おうかと思ってな。リンドウの立場だったら知らないド素人よりはマシだろ?」

 

「そりゃそうだな。明日にでも姉上には言っておくよ」

 

「リンドウさん。ツバキ教官の所に食事持って行きましたよ」

 

「丁度良い所に来たな。今回のカリギュラの討伐だが、ハルオミもやる事になったぞ」

 

 時間帯が遅かった事で、ツバキの所に差し入れとばかりに持って行った所で突如として今回の任務の目玉とも言えるカリギュラの内容に関してリンドウから説明されていた。人選に難航しているのはエイジも知っていたので、今回の件に関してはエイジも断る理由は無かった。

 

 

「そうですか。真壁さん。宜しくお願いします」

 

「そう堅苦しく言わないでくれ。俺の事はハルオミで良いぞ」

 

「分かりました。今後はその様に呼ばせてもらいます」

 

 元々の気質なのか、それともそう呼ばれる事が良かったのか、堅苦しい呼ばれ方は好きでは無いと、改めてエイジと話す事で今後の事も踏まえての打合せを翌日する事になった。

 

 

「エイジ。悪いけど、何かツマミ作ってくれや」

 

「リンドウさん。あんまり飲み過ぎるのは、帰ってからサクヤさんに色々と言われるんですけど」

 

「そこはサクヤには内緒…ってそんな事まで言われてたのか?」

 

「今回の派兵が決定した際に連絡貰いましたから」

 

「おいおい。リンドウ。お前尻に敷かれてるのかよ?」

 

 第1部隊の中では既にこのやり取りはおなじみの物となっていたので気にする事は無かったが、何も知らなかったハルオミには新鮮に映ったのか、改めてリンドウとの話が弾んでいた。実際には接触禁忌種のミッション前に深酒する事が無い事は知っていたが、せめてもとばかりにエイジは簡単なツマミを作り、自室へと戻った。

 

 

「あれで中々の実力があるんだよな?」

 

「エイジの事か?あいつの実力なら…多分俺のレベルなんぞとうの前に超えてるよ。今はあいつが極東で一番だろうな」

 

 リンドウと話してはいたが、エイジと話す機会があまり無かったのか、先ほどのやり取りの中で一目見たハルオミはエイジの実力を図っていた。物腰は柔らかいが、その存在感にはある種の凄みが感じられる。

 本人は何も思っていないが、戦場での能力はリンドウが言う様に圧倒的な力を持っているのかもしれないと無意識のうちに判断していた。

 

 

「そうか、お互い歳は取りたくないな……リンドウ。何だこのツマミ?どこで買って来たんだ?」

 

「買い物なんて行く暇無いだろう。これはアイツが作ったんだよ。料理の腕前も極東イチかもな」

 

 何気に一口食べた事で、驚くと同時にリンドウに確認する。極東にいる者ならば腕前は知っているが、ここではそんな技量を知っている人は少ない。偶に演習先で簡易レーションを組み合わせて作る食事を食べた事がある人間だけが、その腕前を知っていた。

 

 

「って事はツバキさんの食事を持って行ったのは…」

 

「時間が時間だったから、あいつが作って持って行ったんだろ?大体はこのパターンが多いけどな」

 

「そうか。だったら、今回のミッションが完了したら俺もご相伴にあずかる事にするか」

 

 そんなやり取りをしながらも、ハルオミの意識が既にまだ見ぬカリギュラへと向いていた。現状では予想したアラガミかどうかの確認が出来ない以上、あとは戦場で確かめる以外に手段は無かった。

 

 

 


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