神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第108話 批判の目

「あれって確か最新の対アラガミ装甲にアップデートしたばかりだろ?」

 

 アナグラに残っていたコウタにアリサから通信が入っていた事実は驚愕の一言だった。詳細については不明な為にそれ以上の説明は出来ない。今は起こった事実だけを簡潔に伝える事で終始していた。

 

 

「了解。それはもう少し確認が取れてからだね。で、今の場所はどこなの?ロストした所まではこっちでもフォローしてるけど、そこから先が分からないんだ」

 

 撃墜された当初、アナグラでも一部混乱が生じていた。しかし、腕輪のビーコン反応の中でも位置情報はデータに無い場所を指していたが、生体反応は問題無い事から事態が大事に発展する事は無かった。

 

 

「コウタ、アリサなら少し変わってくれ」

 

 その場で話を聞いていたのか、無明がコウタと変わり、改めてアリサと話し始めていた。

 

 

「その地域の事は知っている。場所に付いては気にするな。後でそちらにヘリを出す際に同乗するから、そちらはそちらで上手くやってくれ」

 

 無明は一体何を知っているのか、今のコウタには確信する術は無かった。しかし、無明が知っているのであれば大丈夫だろうとの判断により、それ以上の事は何も言う事はなくなっていた。今はただ、こちらで出来る範囲の事をやれば良いだろうとの判断から、自分に課せられた仕事をこなすべく、その場から去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何だって?」

 

「無明さんが、ここの場所は知っている様だったので、状況が確認でき次第ヘリを飛ばしてくれる事になったんです。それよりも私達も挨拶に言った方が良いんじゃないですか?」

 

 通信が終わる頃、居住区の門番の様な人間と話しているサツキを目で捉え、自分達も改めて挨拶に行かねばと門番の所へと向かった。

 

 

「我々は極東支部の者をここに入れる訳には行かない。申し訳ないがお引き取り願おう」

 

「なぜです。せめて明確な理由が無ければ納得できません」

 

「貴殿たちはここに入る資格が無いと言っているんだ。如何なる理由があろうと、ここでは認める訳には行かない。どうしてもと言うのであれば、事前に議会で許可を貰ってくれ」

 

 当初は柔らかい人当りを見せていたものの、極東支部の名前を出した瞬間、門番の態度が強硬な物へと変貌していた。事前に許可と言われても、緊急時の為に許可を取る事も、どこへ届け出るかも分からないのあれば、これ以上の事は何も出来ない。

 ここまで連れて来たサツキを見ても、それ以上の事は何も出来ないと判断したのか、口を出す事すらしていなかった。

 

 

「何をこんな所で騒いでるんだ?」

 

「八雲さん!ただいま」

 

「サツキか。ここまで大丈夫だったか…どうやらそこの神機使いに助けられたようだな。これは俺の客だ。細かい事はともかく、何か言われるなら那智にそう伝えておけ。ようこそネモス・ディアナへ」

 

 助け舟を出された初老の男の後を追いかける様に付いて行く。歩きながらに周囲を見渡せば、完全に舗装された訳では無いものの周囲には緑が溢れ、豊かな自然に目を奪われる。屋敷も色々な緑はあったが、ここはそれ以上の規模となっていた。

 

 

「あれって、神機使いじゃないの?」

 

「なんでこんな所にいるんだ?」

 

 大声ではないが、ゴッドイーターの批判とも取れる言葉がどこからともなくアリサ達の耳に届く。門番のやりとりだけではなく、ここはどこかゴッドイーターに対して批判的な雰囲気がある事に違和感があった。批判的な言葉に内心驚きを隠す事は出来なかったが、この批判の中で一つの矛盾とも言える物が湧き出ていた。

 

 

「じーさん。一つ聞きたいんだが、ここは神機使いに対して批判的な考えが多いが、そもそもアラガミ防壁はコアのアップデートが常時必要なはずだ。にも関わらず、ここの住人は神機使いに対して批判的すぎる。まさかとは思うが、そんな基本的な事すら知らないのは矛盾していると思うが?」

 

 ソーマの言い分は尤もだった。アラガミ防壁の元となるべきオラクルリソースはアラガミのコアを抽出した物で精製されている。どこの支部であっても、この事は半ば常識の範疇となる為に、否定的な人間は居たとしても、こうまで敵視される事は無い。

 こんな事は子供でも分かる事実。そんな単純なロジックすら理解出来ないのは疑問以外の何物でも無かった。

 

 

「あ~。それはな……」

 

 疑問に答えるべく八雲が口を開こうとした矢先に1台のジープがソーマ達の目の前で停止し、大柄な男2人が近寄って来ていた。表情こそは穏やかだが、どこか剣呑とした雰囲気はこれから何かをしますと公言しているようにも見えていた。

 

「フェンリル極東支部の方々ですね。恐れ入りますがご同行願えますか?」

 

「おい、これは俺の客だ。態々出張る事はないだろうが」

 

「すみません八雲さん。総統の命ですので、いくら八雲さんの客だとしても、こちらとしては来て頂く必要があります」

 

 笑顔で話すも、こちらの言う事は一切聞く気が無い様な態度。ただでさえ否定的なこの地でのトラブルは火に油を注ぐ様な行為でしかなく、これ以上は何を言っても無駄だとばかりに、ソーマ達はジープに乗り込み、目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんな事になるなんて…ドン引きです」

 

 アリサからこぼれた言葉にソーマは敢えて何も言う事は無かった。同行と言葉は柔らかい物があったが、実際には連行同然に連れて行かれ、行きついた先は議会場だった。 当初は疑問しか湧かなかったが、ここで真実を聞かされる事で、漸く批判的な視線の理由が判別されていた。

 

 

「エイジから聞いてましたが、ここの人達は同じなんでしょうね」

 

「フェンリルとて無限に提供出来る訳では無いからな。外部居住区が一杯だからこそ、俺達が今の任務に就いているんだろうが」

 

 議会の場は話し合いではなく、一方的な感情による糾弾の場と化していた。総裁は元々はフェンリルの技術者ではあったが、あのエイジス計画の事実を聞かされた後に、絶望に打ちひしがれていた。一部の特権階級の人間だけを生かし、それ以外を切り捨てる。そんな非道とも言える計画に嫌気を指したか結果、ここを極秘裏に建設する事に至っていた。その結果として、当時フェンリルから放り出された人間が密かに作ったコミュニティだった。

 屋敷と決定的に違うのは、その考え方や思想の違い。言葉にすれば一言だが、そこには越えられない大きな壁の様な物が存在していた。

 

 

「それはそうなんですけど……でも、エイジも当時はこんな気持ちだったんでしょうか?」

 

「さあな。あいつの事はあいつにしか分からん。それはアリサだったとしても言わないのかもしれんな」

 

「そんな事ありません。私は色んな事を聞いてます。ただ、今のエイジではなく、放り出された当時はどんな気持ちだったのかと思うと…」

 

 屋敷での感応現象で当時の事は何となくだがアリサも理解していた。しかし、感応現象と言えど万能ではない。過去の記憶を垣間見る事は出来ても、その詳細な感情までは把握できない。

 ここに来て当時と同じような環境の人間を目の当たりにした事により、アリサの中にも戸惑いが生じていた。

 

 

「今悩んでも答えが出る訳でもない。人間の気持ち何てものはその都度、その瞬間に変わるだけだ。ただ、その事はここの住人も知っているが、やり場の無い気持ちを何かにぶつける以外にどうしようも無いんだろう」

 

「それは…そうなんですが、やっぱり屋敷を見てると、恨みだけなんて変です。あそこの人達は、少なくてもここの人達の様な感情はありませんでした。どんな違いがそこにあるかは分かりませんが、それでも同じような境遇であれば、少しでも前向きな考えを持つんだと思います」

 

 ソーマよりもアリサの方が屋敷にいる時間が長く、また住人との交流があった事で、猶更こんなに忌避する様な考えを持つのか理解する事が出来なかった。確かに各個人の気質にもよるのかもしれないが、実際にはその生活環境が人格形成に大きく左右される。

 

 恨みだけでも生きる事は出来るが、そこから先に何も見出す事は出来ない。刹那的な時間しかここには居ないが、牢屋に入った事で改めて考える時間が出来たからからこその考えだった。

 

「さっきも言ったが、人の考えなんてものはその環境に応じて徐々に変化する。あそこは住人以前に環境を整えた天辺が否定的な考えが無いのと同時に、それぞれが得意と出来る自信を持っている事が一番なんだろう。エイジだけじゃない。ナオヤもそうだし、この前来た弥生だって、一芸に秀でた何かを持っているから、真っ直ぐな考えを持てるんだろうが」

 

「それは…そう…ですけど」

 

「何だ?まだ分からないのか?お前が初めて極東に来た時と、今のお前でどれ位変わったのか自覚位あるだろう?」

 

 何気ないソーマの一言ではあったが、アリサにとっては完全に忘れてほしい黒歴史以外の何物でも無い過去の言動。流石に年数が経過した事で当時の事を知る人間の数は少なくなったが、当初から第1部隊に所属していた人間にとっては、完全に忘れ去る事が出来ない思い出となっていた。

 

 

「ソーマ、その件については忘れて頂きたいんですが。って言うか、ソーマだってシオちゃんと会うまではそんな感じでしたから、自分こそ過去を振り返ったらどうですか?」

 

 思いがけない反撃に、ソーマも改めて自分の事を振り返る。アリサとは違い、ソーマの場合は今でも当時の自分と今の自分のギャップは無いと思っている節があるのか、アリサの様に精神的なダメージを受ける事はなかった。

 

 

「俺はお前とは違う。一緒にするな」

 

「そうですか。だったら帰ったらシオちゃんにしっかりと聞きますから」

 

「チッ。アリサこそ、戻ったら覚えていろよ………何か聞こえないか?」

 

 

「……どうしたんですかソーマ?……これは歌ですか?綺麗な声が聞こえます。でも…どこかで聞いた事が有る様な…」

 

 此処に入ってからは特にする事も無く、ただ座っている事しか出来ない為に、何気に向き合って話をしていると不意に綺麗な歌声が聞こえる。音量は僅かなレベルではあったが、聞こえてくる曲の内容はどこかで聞いた事が有る様な歌だった。

 アリサの記憶の中で探しては見るが、生憎と今の状況では思い出す事は出来なかった。

 

 歌声に気を捉えられていると、突如としてソーマの視線が反対側の牢屋へと向いている。その視線の先には何があるのだろうか?改めてアリサも視線を向けると、そこにはこんもりとしたシーツの山の中から一人の少女が歌声に誘われたのか、顔を出していた。

 今までの話を聞いていたのか、それとも今起きたのか、見える表情からは予想が出来ない。ここに居るからには何らかの罰則があるが故にと判断しようと改めて見れば、右腕には慣れ親しんだ赤い腕輪が装着されていた。

 

 

「おい、お前。お前は一体……」

 

 改めて確認すべく、ソーマが話かけようとした時、館内放送がけたたましく鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたも早く」

 

 サツキの仕業とも取れる館内の緊急放送が鳴り響くなか、どこかに保管された神機を取り戻すべく、研究施設がある部屋へと急ぐ。そんなアリサ達の目の前には先ほど牢屋にいたはずの一人の少女が手錠で拘束されたままその場に突っ立っていた。

 詳細は分からないが、恐らくはここで強制されてアラガミを討伐していたのだろうか?それならば自分達と同様にここから脱出するべきだと、拘束されている元でもある手錠へと手を伸ばしていた。

 

 

「触るな。私に近寄るな!」

 

 力強い拒絶と共に、アリサはその場で立ち止まりそれ以上は何も出来なかった。同じ様に捉えられていたはずの少女がなぜ拒むのかは分からない。どうすれば良いのか、判断に迷っていた所に、その思考を中断するソーマの声が響いた。

 

 

「おいアリサ。神機は見つかった。これ以上ここに居る必要性はない。さっさと出るぞ」

 

「ちょっと待ってください。さっきの女の子が…」

 

「これ以上ここに居るのは危険なんで。とりあえず鍵は置いて行くので、勝手にしてください」

 

 サツキもここでの時間が惜しいとばかりに拝借した鍵束を投げ捨て、出口へと急ぐ。これ以上、ここに留まる事は危険な事を理解し、一先ずは脱出する事を優先していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、何をボンヤリしてるんです。こんなくだらない事でまた捕まったら、私が来た意味がないじゃないですか?」

 

「すみません。先ほどの女の子の事が気になったので」

 

 嫌味を言ったつもりが素直に謝罪されると、流石にそれ以上の事が何も言えなかったのか、無言の時間が車内に続いていた。今までのサツキの態度から、態々自分達を助ける為だけにリスクを犯すとは思えない。それならば誰に頼まれたのかを確認すべく、口を開こうとした時だった。

 

 

「とりあえず、依頼人の元へと運びますので、詳しい事は直接聞いてくださいな」

 

 そんなサツキが口を開く頃。目的地に到着したのか、目の前には八雲が出迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「え、これゲンさんなんですか?」

 

「あいつは元々は俺と同じ部隊だったが、神機の適合が出来たからとさっさと抜けたんだよ。あとの事はお前さん達の方が良く知ってるだろう」

 

「って事は八雲さんは同期なんですか?」

 

「そうなるな。あいつとは抜けた当初は偶に連絡を取ってたが、任務の方が忙しくなってきたとかで、徐々に疎遠になってな。今でも元気にしてるのか?」

 

「今は相談役としてアナグラで新人の研修の補佐をしてもらってます。人によっては嫌がる事もあるみたいですけど、やはり最初の神機使いの意見も重要だからと話はされてますよ」

 

 サツキに連れられた当初は何を企んでしるのか皆目見当が付かない事もあり、若干警戒する部分はあったが、ここに来てからのイメージは大きく変わっていた。目の前の八雲は敵対する様な雰囲気は微塵もなく、好々爺のイメージしかない。気が付けば写真を見ながらの当時の話に花が咲いていた。

 

 

「おい、じーさん。何を企んでるかは知らないが、態々俺たちに何の用だ?これ以上の茶番劇に付き合うつもりはない」

 

 ソーマの一言で、軽くため息をつくと同時に写真をしまい込む。それと同時に改めてソーマ達と向かい合った。

 

 

「馬鹿な息子がしでかした事に謝罪して頭を下げるのは親としては当然だな。那智の態度には済まなかったな。あいつは頭の出来は良かったんだが、誰に似たのか頑固な部分があってな」

 

 何気に言われた事で、当時の議会場の事を思い出す。確かに総統と呼ばれた40代の男性がいたが、まさか目の前に居る八雲の息子だとは予想していなかった。衝撃の事実に驚きこそするが、それでも、ああまで強固な態度を取るのは何らかの理由があったに違い無い。今はそう考える事で八雲の話を聞く事にしていた。

 

 

「あいつは3年前までエイジス計画の主任技師をしていたんだが、何かの拍子で突如として戻って来たかと思ったら、あっと言う間にここのアラガミ防壁を作り始めたんだ。そう言えば、お前さんは聞いたよな?アップデートはどうしてるって」

 

「ああ」

 

 あの時疑問にしか過ぎなかった内容について改めて話を聞く事になった。あの時は邪魔が入った事で確認する事は出来なかったが、いくらここでもアラガミリソース無しの更新は未だフェンリルでも有り得ない事でもあり、その事実如何では今とは異なる対応に迫られる可能性があった。

 

 

「少し前まではエイジスの保管庫からくすねてたんだが、警備が厳しくなった頃からそれもままならない状況になってな。頭を悩ませていたそんな時に一人の神機使いがここに来たんだ」

 

「それが、あの少女なんですか」

 

「なんだ。会った事があるのか?」

 

「いえ、牢屋に入った際に隣に居たんです。でも、それならあんな待遇なんて事が有り得るのはおかしいと思うんですが?」

 

 目に見えない部分で一番重要な責務を与えられているにしては、住環境は最低の物だった。極東に限らず、どこの支部でも命を懸けるからこそ、それに見合った待遇が与えれるが、その少女にはそんなレベルの物が与えられず、むしろ犯罪者と大差が内容な環境に居る様にも見えていた。

 

 

「いくら綺麗事を言おうが、結果的にはフェンリルの庇護下に無い事には生活そのものが成り立たない事に違いないんだが、当時の事を考えると容認できる程の状況が無いのは仕方ないと考えた結果だろう。お前さん方にも迷惑をかけたな。で、これからどうするんだ?好き好んであそこに居たい訳でも無かろう。詳しくは聞かないが、牢屋よりはここの方が寝心地は良いと思うが?」

 

 脱出したは良いが、未だ帰投する為のヘリの手配は出来ず、かと言って神機使いの象徴でもある腕輪をつけたままでは何もする事は出来ない。途方に暮れる様な状況の中での八雲提案は魅力的な物に映っていた。

 

 

 


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