神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第106話 新たな出発

 誰も居ないシャワールームで一人の少女の鼻歌交じりの音が聞こえている。今日から新しく新調された制服に身を包むべく、また先ほどまでのミッションの終わりも兼ねて汗を流していた。

 

 全身に纏う様に包まれた泡を流し、タオルで身体を拭きながら、小さな小瓶の液体を髪の中ほどから毛先にかけて丹念に刷り込んでいく。石鹸の匂いと共に柔らかな柑橘系の匂いが拡がり出す頃、外からせかす様な声が聞こえて来た。

 

 

「お~い。まだか~?」

 

「もう出ますから…って言うよりも女子は準備に時間がかかるんです。その位はいい加減学習してください」

 

「へいへい」

 

 軽いノリの声にせかされた様に感じたのか、手早く制服を手に取り身に纏った際に、少女はふと手が止まった。

 

 

「あれ?でもサイズは間違って無いはず…」

 

 どれだけファスナーを動かそうとしても、一定の場所までは容易に動くが、そこから先に動く気配は微塵も無かった。誰も居ないシャワールームに答える声はない。先程の声から判断すれば、既に痺れを切らしている可能性も否定出来ない。待っているだろうからと出来る範囲の中で急いで着替え、タオルはそのままランドリーへと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

「まさか、ソーマの制服がそれとはね。白なんて今まで着た事無かったんじゃない?まぁ、俺ほどじゃないけど似合ってるぜ」

 

「ぬかせ。支給された以上、俺の口からは何も言う事は無い」

 

 シャワールームの外で待機していたのは、今日から新しく新調された制服に身を包む青年が2人、外で待っていた。こちらは特に準備すべき事は何もなかったのか、帰投後にさっさ着替え、今はあと一人が出てくるのを待っているにすぎなかった。

 

 

「お、お待たせしました」

 

 一人恥ずかしそうに出て来たのは、先ほどまで上着のファスナーと格闘していたアリサだった。事前に確認していた制服のサイズが合わなかったのか、上から三分の一の辺りでファスナーが止まり、そこから下へと降りる事は無かったのか、表情を見れば既に半分諦めている様にも思えていた。

 

 

「じゃあ、早速行こうか」

 

 特にいつもと変わらない光景だったのか、羞恥に染まるアリサを他所に、二人は何も無かったかの様に歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極東発の事件から大よそ3年が経過し、気が付けば第1部隊のメンバーの事はアナグラだけではなく、極東支部全域にまで認知度が高くなっていた。あの事件の後も、度々広報の一環と言う名で極東支部の事が紹介され、その放送を見た影響なのかフェンリル全体でゴッドイーターの志願者も多くなっていた。その結果、第1部隊のメンバー全員の顔が広く知れ渡る事となっていた。

 

 

「あ、あのアリサ先輩が着替えるって聞いたんで心配してたんですが…」

 

「いつもと変わらずありがとうございます」

 

 新人なのか、それとも中堅なのか面識が無いゴッドイーターからそう言われ、一体何の事なのかアリサにとって不可解な事でしかなかった。がしかし、お礼を言われた事で、それ以上の追及はせず、ただ笑顔で頷くだけだった。

 

 

「ソーマ先輩、新しい制服がすごく似合ってる。ねぇ、声かけに行かない?」

 

「でも、これから行く所があるみたいだから、次の機会にしたら?」

 

「似合いすぎてるから、倍率が高くなりそう」

 

 女性陣から、不意にソーマの名前が出た所で、何故かコウタが不機嫌な顔を作っていた。黄色い声の意味は改めて考えるまでも無く、ソーマに対する何かしらの感情。アリサとソーマにだけあって、自分に一切そんな声がかからないコウタからすれば面白くは無かった。自分も同じ様に着替えているはず。にも関わらず視界にすら入っていない様な雰囲気に、コウタは不貞腐れた態度で歩き始めていた。

 

 

「なんでソーマばっかりなんだよ。シオからかっこいいって言われてればそれで十分だろうが。俺なんて声すらかからないのに…」

 

「シオは関係ないだろ」

 

「知らないとでも思ってるのか?着替えた時に珍しく笑顔で話してたじゃねぇか」

 

「コウタはそんなんだからモテないんですよ。もう少し落ち着けば変わると思うんですけどね。この前の放送でまたファンレター来てたんですよね?」

 

「だ・か・ら、来たのはお子様だったんだよ。何回同じ事を言わせるんだよ。もうその話は良いだろう?あの編集には一言ハッキリ言いたいんだよ」

 

 ニンマリと話すアリサを他所に、新しく用意された制服は他のゴッドイーターとは一線を引いた様な色合いとデザインだった。着ている面々が第1部隊の人間であれば自然と目に留まる。

 視線を集めるのは今に始まった事ではない。最早今更とも取れるのか、それとも慣れたのか、3人は意にも介する事無くカウンターのヒバリの下へと足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

「皆さん、着替えられたんですね。そうだ、昇進おめでとうございます。榊博士が支部長室でお待ちかねですよ」

 

 ヒバリの何時もと変わらない笑顔で出迎えられ、今後の予定を確認していると、肝心のもう一人の姿が見えない。どこで何をしているか、あっちこっちを振り向くもアリサの探し人の姿は見えなかった。

 

 

「アリサさん。エイジさんなら、あの後、緊急のミッションが入ったとかで出動してます。今は帰投準備中なので、まだ時間はかかりますよ」

 

 誰を捜しているのか敢えて名前は言わないまでも、ヒバリにあっさりと言い当てられたのが恥ずかしいのか、それ以上の事は何も言わなかった。時間がかかろうが、戻ってくるならば後は時間の問題だとばかりに、改めて支部長室へと足を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「博士、ただいま出頭しま…し…た」

 

 コウタが扉を開け、支部長室へ入ると同時にコウタの動きが停止する。そこには肩を揉まれリラックスした榊が机の上に置かれた緑茶を啜っていた。

 

 

「みんなご苦労様。あっ弥生君ありがとう。いつもすまないね」

 

「いえいえ。支部長になれば大変でしょうし、私は微力ながらお手伝いしたに過ぎませんから。それと、もう暫くすると今回の内容をまとめたレポートが仕上がりますので、サインをお願いしますね」

 

「君が来てくれて、本当に助かったよ。これならばもっと早くにスカウトすべきだったね」

 

「あら、褒めて頂いても何も出ませんよ」

 

 コロコロと笑う弥生の声に、コウタが声にならなかったのは無理も無かった。確か、朝一番の用件を言われた際には机の上には書類が山積みとなり、今にも崩れ落ちそうな状況だったはずが、ほんの数時間で書類は机の上から既に消し去られている。

 朝と変わらないイメージがあったからなのか、目の前に広がる光景は全ての業務が終わったとばかりに書類の代わりにお茶菓子が置かれていた。今の様な状況になっていれば、そこはある意味シュールな光景が広がっていた。

 

 

「おいオッサン。俺たちに何の用なんだ?一人茶を飲むのが寂しいから呼んだ訳でもないだろう?」

 

 ソーマが苛立つのは無理も無かった。艶やかな声と、この光景を見れば、何となく愛人とのやり取りの様にも思えるが、実際に秘書として赴任した弥生の能力はすさまじい物があった。

 

 山の様に積まれた書類のチェックをしたかと思えば、今度は分類分けする事で、事務処理の一番の天敵とも取れる無駄な時間が省かれ、その結果として従来の作業効率が大幅に上がっていた。その影響は事務方にまで広がっていた。

 企画した事や報告が上がっても数時間後には承認の返事が来るほどの早さだった。時間がかかるだろうと思っていた部下からすれば、意思決定の早さはある意味異常だとも捉えられていたからのか、終始その処理に追われる事実がそこにあった。

 

 

「今回呼んだのには、その制服の事もあっての事なんだが、実は今の極東支部は全支部の中でも断トツの人口密度になりつつあるんだ。その影響もあって、物資が一時期より過不足無く支給する事が困難になり始めているんだ。

 もちろん、備蓄はあるから今すぐにって事では無いんだけど、このままでは最悪の事態も考えられるから、その前に手を打とうかと思って、君達を招集したんだよ」

 

 榊が説明するまでもなく、ここ極東の人口密度は他の支部に比べても群を抜いているのは、これまで何度か来ていた広報の人間からも聞いていた。

 フェンリルは否定しているが、建前としては本部以外の他の支部の待遇はどこも同じとなっている。しかし、これまで何度も放送された極東支部の情報は既に本部の言葉を完全に無視していた。

 居住に関する事だけでなく、経済力や生活水準は他の支部に比べても完全に頭一つ抜けている事が知られている為に、最早手の施しようが無かった。その結果、一部の富裕層から一般の市民レベルまで、異動の話は日常茶飯事となりつつあった。

 

 

「博士、俺たちはアラガミを討伐する事しか出来ませんよ」

 

「コウタ君の言いたい事は分かる。だからこそ、君達を呼んだんだが、君達はアラガミの事はどの位理解しているかな?」

 

 まるで、教師が得意げに生徒に話すかの様な表情と共に、改めて初めてゴッドイーターになった頃の様な説明をし始めた。内容に関しては一番最初に聞かされた内容ではあったが、その後に続く言葉は今までに一度も聞いた事が無い事実だった。

 

 

 

 

 

「まさか、アラガミにもそんな習性があったなんて知りませんでした」

 

「この件に関しては、最近の研究で分かったものなんだが、それを実践している所があるのは君達が良く知っている場所だよ」

 

「おい、オッサン。まさかとは思うが」

 

「そう。そのまさかなんだよ。無明君は経験則で知っていたからこそ、そこに建設したんだろうけど、理論だった内容に関しては今回の件が初めてなんだよ。そろそろその論文の発表は正式になるから、これがこれからの常識となるだろうね」

 

 あまりにも身近過ぎた者は、実は次代の可能性を担う事になると想像もしていなかったのだろう。アリサだけはエイジから聞かされていたが故に驚く事は無かったが、コウタとソーマは驚きを隠す事は無かった。

 

 

「どうやらアリサ君は知ってたらしいね。今回君達を呼んだのは、新たな外部居住区の建設の可能性を秘めた場所を探してほしいんだ。このままだといずれここも他の支部と同様にデモが頻繁に起きるだろう事も懸念されるからね。ただし、任務に関しては長期の恐れがある以上、君達にもある程度の覚悟をしてもらう事になるよ」

 

「榊博士。それならエイジの方が適任じゃないんですか?」

 

 コウタの言い分は予想されていた。勿論、榊としても一番最初にその案は考えていたが、実際にはそれ以外の事が発生した事もあり、敢えてその選択を外していた。これから発言する事は以前の様な可能性が榊の脳裏に浮かぶが、あれから時間はかなり経過し、またその状況に慣れつつある。

 だからこそ、一瞬だけアリサを見やり自分の考えを口にしていた。

 

 

「エイジ君には他の任務がアサインされているから、今回の件に関しては君達でやってもらう事になるよ」

 

 何かを覚悟したかの様に、言い淀む事無く一気に事実だけを話す。予想していたのかアリサの表情が徐々に変化し始めたかと思うと同時に、榊も精神的にアリサからの発言に身構えていた。

 

 

「榊博士。どうしたらそんな結果になったのか知りませんが、毎回エイジなのはどう言う事なんでしょうか?」

 

 静かに怒りが満ちているのか、表情に大きな変化は無いが目が笑っていない。これ以上は危険だと判断した後の措置は今までの事で学んだ成果なのか、随分と早かった。

 

 

「遠征と言っても半月から1ヶ月周期でここに戻るよ。彼だけじゃなく、リンドウ君とツバキ君も一緒だから、心配になる様な事はないよ。多分」

 

「そんな事は当たり前です。って言うか、事前に聞いてましたからこれ以上の事は何も言いません」

 

 エイジのフォローに感謝しながらも、榊は尊重に言葉を選んでいた。今直面している事実は今後も続く可能性が高く、幾ら精鋭が揃う極東支部としてもアラガミの脅威が完全に無い訳では無い。世界有数の実力者が揃うと言う事はそれだけの環境に身を置いている事に違い無かった。

 勿論、それ以外の任務も本来はあるが、秘匿事項が故に恋人であったとしても内容については話されていない。それを発注したのは榊だからこそ、これ以上の被害を拡大する訳には行かないとばかりに、それ以上の事は何も言わなかった。

 

 

「アリサ君にそう言ってもらえたから安心したよ。どのみち今回の任務に関して何だけど、君達に求めたいのは新たな屋敷の様な建造物の建設可能な地域を捜してほしいんだ。

 勿論、今回の任務に関してだけではなく、現状新たなプロジェクトとしての計画を立ち上げるからと言って、ここの守りを疎かにするつもりは無いから、期間を開ける事になる為に、部隊の再編制を考えている。君達の行動に関しても、新規の地域開拓になる以上、一定の権限が与えられる事になる」

 

 この時点で榊の言いたい事は誰もが理解していた。確かにここ最近の人口の増加は明らかに外部からの流入がなければ有り得ないほどの増加率を見せていた。ただでさえ、人口の増加に歯止めが利きにくくなっているにも関わらず、今でも希望者の数は一向に減る事は無い。

 今ならば大きな問題は無いが、これが続けば確実にその可能性が高くなる。このままでは当初から住んでいる住人と、新たに来た住人との間にしこりが生まれる可能性が極めて高く、その影響もあってか、少しばかり事情が変わり始めていた。

 

 

「要は、権利を渡す代わりに義務を果たせって事だろ?一々回りくどい言い方をするな」

 

「でも、この内容だと明らかに長期の任務になりませんか?そんな簡単に新しい所なんて見つかるとは思えませんが?」

 

 アリサの至極当然な意見に反応したのか、いつも分かりにくい表情をした榊の目が一段を怪しさを増していた。

 

 

「良い質問だね。先ほども言ったが、出没しやすいアラガミの統計分類に関しては既に完了しているんだ。で、君達にはその為の現地調査を依頼したいんだよ。本来であれば第4部隊辺りに任せたい所なんだが、未開の地と言うのは何が起こるか予想できないからね。その為に君達に白羽の矢が立ったんだよ」

 

 理路整然と言われた言葉は実戦経験がある人間であれば容易に理解出来る内容でもあった。事実、戦闘中であっても、想定外のアラガミの乱入は今までに何度も経験してきた。

 手練れ揃いの第1部隊ならば何の問題も無いが、他の部隊ではそうは行かない。今までに緊急スクランブルでの出動は既に数えきれないほどだった。

 

 

「はぁ~長期か。ノゾミにも土産を用意しないと拙いだろうな」

 

「コウタ君には、別の任務があるから君は遠征のメンバーには入ってないよ」

 

「コウタに出来る任務なんてあるんですか?」

 

「なぁ、アリサ。そろそろ俺の事馬鹿か何かだと思ってない?」

 

「あれ?違ったんですか?」

 

 明らかに悪ノリとも思える様な会話ではあるが、何だかんだとお互いに信頼はしている。そんなやり取りの中で榊の手元に1枚の書類が届いた。

 

 

「コウタ君には後方支援としての任務と同時に、育成に力を入れてほしいんだ。いつまでもエイジ君に任せる訳にも行かないし、今後の事を考えれば今回の人選は適任かもしれないね?」

 

「それって、どう言う意味です?」

 

「君には彼らの育成を担当したいんだ。入ってきてくれるかな?」

 

 榊の発言が終わると同時に、二人の新人が部屋へと入る。一人は金髪の青年。もう一人は小柄な、まだ少女とも取れる様な年齢だった。

 

 

「僕の名前はエミール。エミール・フォン・シュトラスブルクだ。栄えある極東支部のゴッドイーターとしてこの度着任した。以後宜しくお願いしたい」

 

「私はエリナ・デア=フォーゲルヴァイデです。宜しくお願いします」

 

 2人の自己紹介と共に、今後の育成担当でもあるコウタが改めて挨拶をしようと、口を開いた時だった。

 

「貴殿は藤木コウタ准尉。今後は貴殿の指揮下にての任務となる事は事前に聞いている。若輩者ではあるが、宜しくお願いしたい」

 

 先制パンチを喰らったかの様な言葉の嵐に流石のコウタもたじろぐ。今後はこんなに濃い人間との任務かと思うと、これなら遠征メンバーで参加した方がマシなのではと思いつつも、握手を交わした。

 

 

「藤木コウタ少尉です。官位は今日付けで少尉となったんで、訂正宜しくな」

 

 今日から官位が変更されたのはともかく、何処となく上からの物言いと、シュトラスブルグの名前に聞き覚えがあった。記憶の中に彷徨ったデータでは、ここ最近になって極東支部へと流入した貴族だった記憶が思い出される。

 

 ここは貴族や平民などで区分けされる世界ではない。単純な自然の摂理でもある弱肉強食の世界。果たしてこんなんで大丈夫なのか?見た目には分からないが、コウタをよく知った人間であれば、恐らく顔が引き攣っている事が容易に理解できたであろう事だけは理解出来ていた。

 

 

「え~っと、君は…」

 

「私は…」

 

「彼女は依然ここに居たエリック・デア=フォゲルヴァイデの妹のエリナだ。彼と僕は親友だった。今は亡き彼の妹であれば、このエミールの妹でもある。その事を…」

 

「ちょっと人が話している時に割り込まないでよ」

 

 突然のエミールの言葉で遮られたエリナが途端に不機嫌になったかと思いきや、今度は場所も忘れて口喧嘩をし始める。こんな様子を遠い目で見ながらも、改めて3人に話を戻すべく、改めて話の舵を切った。

 

 

「まぁ、そんな事だからコウタ君には期待してるよ」

 

「……はぁ、分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                    

 

                                                                                                                                                              

「まぁ、コウタが適任だから榊博士も指名したんじゃないの?」

 

「いやいや。あれは絶対に厄介払いだって。本来なら初々しく話すもんじゃないのか?」

 

「そう?でもコウタも最初はあんな感じじゃなかった?あの時はガムくれるって言って、結局もらえなかったし」

 

「あれは…偶々忘れてたんだよ。もう良いだろう。何年前の話してんだよ」

 

 任務から帰還したエイジに報告とばかりにラウンジで食事をしている。時間的には既に遅い時間になりつつあるのか、ラウンジはバータイムになっている事もあり、若干照明が落ち、手元以外は暗くなっていた。

 

 

「コウタはそんな頃からエイジに迷惑かけてたんですね。ドン引きです」

 

「だからさ~。もう勘弁してくれよ。何とか言ってくれよソーマ」

 

「……ああ、すまない。聞いてなかった」

 

 本来であれば4人で食事をしているはずだが、突然都合が悪くなったと弥生が来れない事からエイジがキッチンの中に立ち、それぞれのオーダーの品を作る。事情を知らない新人は隊長が作るなんてと驚いているが、古参の人間はこれが当たり前だと、何事もなかったかの様に次々とオーダーを入れていた。

 

 

「ソーマ、どうかしたの?」

 

 偶然とはいえ、顔合わせの時のソーマは何かを見て内心驚きを隠す事が出来なかった。あの時見たエリナはエイジが初めてソーマと組んだ際に同行したゴッドイーターの妹である事に直ぐ気が付いていた。

 当時は死んだ事が信じられず、探しているのかロビーでも何度か姿を見かけていたが、その後はプッツリと見なくなっていた。暫くの間は気にしていたが、やはり今回の面通しに驚きを隠す事は出来なかった。

 

 

「エイジ、俺との最初のミッションの事、覚えてるか?あの時にKIAとなったゴッドイーターの妹がエリナなんだ。まさかとはおもったが、オッサンに聞いたらそうだって言ってた」

 

「あの時の…ソーマは気に病んでるの?」

 

「…上手くは言えないが、気に病んででは無いのかもしれない。だが、あいつだけが当時の俺と一番話をしてたのは事実だ。その事が何か気になっているのかもな」

 

 一人思い出にふけったのが不味かったのか、気が付けば、アリサとコウタも食事の手を止め、ソーマを見ている。一人語りに気が付いたのか、それ以上の事をソーマは何も言わなかった。

 

 

「コウタ、ソーマの大事な人らしいから、頼むよ」

 

「おいエイジ、その言い方は問題あるぞ。訂正しろ」

 

「でも、そうは言ってる様にも聞こえたけど?」

 

「そうですよ。早速シオちゃんにも言っておかないと」

 

「アリサ、くだらない事をシオにあれこれ言うな。後々大変なんだぞ」

 

「ソーマの大事な人なんだろう。ちゃんと指導す…ぶふぇ」

 

 コウタが話す前に軽く放ったはずのパンチが綺麗にコウタの腹にあたり、食べた物がこみ上げそうになってくる。このまま出す訳にはいかず、我慢しながらもよく見ればニヤニヤした表情を隠そうともしていない。茶化した空気がソーマの心配を消し去っていた。

 

 

 


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