神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第104話 想いの果てに

 アリサの説得が無事に終わると同時に、辞令は程なくして発表されていた。経緯に関してはともかく、アナグラの内部でも今回の派兵に関しては様々な憶測を呼んでいた。

 今はまだ落ち着いているが、万が一接触禁忌種が出れば誰が出動するのか、大丈夫なのかとも考える者も出ていた。第1部隊の人間に対して失礼な考え方ではあるが、これもまたエイジに対する信頼の裏返しとも取れる状況だった。

 

 

「こんなに良いのか?」

 

「良いも何も、このまま放置すれば使えなくなる物も多いし、それなら整理代わりに放出した方が良いかと思ってね」

 

 日程が決まり出発まで残す所1週間を切り出した頃、一旦荷物を整理するからとエイジは部屋の掃除をしていた。普段からマメに掃除しているので、室内の汚れは殆ど無い物の、問題なのは食材だった。

 自前で作るものが多く、荷物の整理よりは食材の整理と言った方が正解だった。計画的に使っていたが、遠征に関しては完全に想定外。このまま腐らせるよりは、放出した方がマシだとばかりにラウンジで在庫整理という名の調理を開始していた。

 

 

「もう1週間無いんだよな」

 

「派兵っていっても半年だよ。今生の別れじゃあるまいし」

 

「でもさ、やっぱり寂しいじゃん」

 

 任務明け早々から食材の整理の為に全てのストックを使い切る。食事の時間も重なった影響もあり、匂いに誘われた人間が次々にラウンジへと足を運んでいた。匂いにつられた人間が更に人を呼ぶ。気が付けば結構な人数が勝手に集まっていた。

 コウタも口では心配の言葉をしながらも、何だかんだと言いながら任務明けもあってか、口に運ぶ箸が止まる気配は全く無かった。

 

 

「コウタ、私だって未だに納得してないんです。でも決定だから…仕方ないんです」

 

「それはそうだけどさ……でも、連絡は出来るんだよな?」

 

「時差はあるけど、基本は大丈夫らしいよ。建前としては情報の共有化は必要だって事でね。ただ、行った最初の方は大変かもしれない」

 

「そうなのか?」

 

 エイジも一時的な出張はあっても長期に渡る出張の経験は無く、概要は聞かされたが、結局の所は現地に行かない事には始まらないとの考えに至っていた。どんな地であってもゴッドイーターがやるべき事はただ一つ。これから先の事を考えない様にしていた。だからこそ、ある程度達観した部分がそこにあった。

 

 

「エイジさんなら、どこでも大丈夫ですよ」

 

「そうそう。取敢えず実力見せたらあとは勝手に相手が何かするだろうからさ」

 

「いやいや。それは無いよ。少しだけ本部に行った時に感じたけど、案外と縄張り意識は強いかもね」

 

「それはありますね。以前、私もタツミさんと本部の研修に行った時にそれは感じました。でも最終的には変わってましたけどね」

 

 丁度勤務明けだったからなのか、リッカやヒバリも当たり前の様にラウンジで食事をしていた。本来であれば、このまま自宅に戻って食事をするのが通常ではあったが、他の人間同様にこの場での食事となっていた。

 一時期、研修で本部に出向いたヒバリの発言は案外と正鵠を射ぬいていた。まだ見ぬ内容よりも体験している人間の方が言葉に重みはある。だからこそ、改めて考える部分があった。

 

 

「でもさ、本部はともかく他の支部を転々とするんだよね?タツミさんの時も確かそれなりに人気があったんじゃなかったっけ?」

 

 リッカの何気に無い一言でヒバリも食事の手が止まる。あの時の内容はヒバリ自身未だに覚えているが、最終日近くになってくるにつれてタツミの人気は徐々に高くなっていた。

 現場の事は分からないが、少なくともヒバリの知る中ではオペレーター達からは必ず名前が挙がっていた事が思い出される。当時の状況を思い出せば、苦笑いしかなかった記憶があった。

 

 

「……それは否定できませんね。ましてやエイジさんは広報にも出てましたし、ここの第1部隊長なので注目度合は完全にタツミさんとは違うでしょうね」

 

 ここにタツミがいないからなのか、それともこの空気がそうさせるのか分からないが、何となくタツミさんドンマイと言った気持ちが男性陣に漂っていた。

 

 

「そうなるとアリサとしては心配じゃないの?」

 

「それは……エイジの事は信じてますから」

 

 何気に話を振られた事で意図せず発言したが、事実その可能性は否定できなかった。ただでさえここでも人気があるのに、広報で顔まで知られていれば誤魔化す事は不可能とも取れた。

 本来であればここでゆっくりと食事会をしている場合ではないのだが、幸か不幸かエイジは今日から、アリサは明日から休暇が貰えたと同時に、現状はアリサも任務帰り。

 明日からの事は楽しみだが、その後の事を考えると切ない気持ちが優ってくる。

 だからこそどうすれば良いのだろうかと思案していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はお疲れ様でしたね。準備はまだなんですよね?」

 

 在庫整理の名の元の食事会は、気が付けばそれなりの人数にまで膨れ上がっていた。ラウンジそのものは既に完成し利用は可能だったが、肝心の料理をする人選が難航していた。結果的には、赴任は翌週になるからと実質は開店休業の状態となっていた。

 しかし、エイジが調理場に立つのが分かれば、誰もがここにやってくる。本来であれば盛大に送別会を開催するが、肝心の作る側の人間の送別会は誰が何を用意する事になるのかを考えると、誰もが二の足を踏んでいた。

 

 

「準備そのものは持って行く物は少ないから、もう荷造りは終わってるよ。まぁ、最後までここらしいと言えばらしいけど、明日からは屋敷に戻る事になるから」

 

「私も明日から、と言いっても実際にはもうなんですが休暇をもらえたので、一緒に居たいんですが」

 

「アリサが良ければそうしてくれると嬉しいかな」

 

 何だかんだと最後はアリサと一緒に居たい気持ちもあったので、アリサからの問いかけには嬉しさが優っていた。確かにこれから半年は会えないとなれば、かなり気になる事も出てくる可能性は否定出来ないが、それでもその後はまた会えるからとエイジは一人気持ちの整理をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しくも儚い時間はあっと言う間に過ぎ去ろうとしている。いよいよ出発の日がせまる頃、アリサは一つの決断をしていた。これを口に出してドン引きされないだろうか?それとも、はしたないと思われるのだろうか?エイジの性格からすればそんな可能性は無い事位は理解しているが、やはり口に出せば恥ずかし事に変わりは無い。

 だからこそ、そのタイミングを計る事に集中していた。

 

 

「…リサ、アリサ、聞いている?」

 

「は、はい。何でしょうか?」

 

「これから温泉に行くけど、アリサも行って来たら?」

 

 一つの思考にとらわれ過ぎたのか、呼ばれた事に気が付くのが遅れていた。そろそろ時間も遅くなるのであれば、サッパリして寝るのが一番だとばかりに腰を上げた所だった。

 

「じゃあ、私も行ってきます」

 

 一言そう言い残し、各々がそれぞれの場所に向かう。残す日程は僅かになればなるほど終わりが近づいてくる。だからこそ、その考えに至っていた。お湯に入ってからどの位の時間が経過したかは分からない。がしかし、このままここに居る訳にも行かず、いつもの様に出て部屋に戻ると、既にエイジも部屋に戻っていた。

 

 

「ひょっとしてのぼせたの?」

 

 エイジが言うのはある意味当然とも取れる程となっていた。いくら湯上りとは言え、今のアリサは全身が赤くなっているのではないだろうかと思える程になっている。これが何も無い所であれば恐らくそんな考えを持つことは無かったが、湯上りであればその可能性は否定できない。普段は真っ白な肌が綺麗に赤く染まっている様だった。

 

 

「そんな事は…無いんですが…実はこの前のヒバリさんの話を聞いて少し思う所があったんですけど…」

 

「思う所って?」

 

 アリサの言葉の意味がエイジには今一つ分からないままだった。何となく言い淀んでいる様にも思えるが、何を考えているのかまでは分からない。このまま話を聞いても良かったが、既に布団を敷き始めた事もあり、作業をしながら話を聞いていた。

 

 

「エイジは自分の事を知らなさすぎなんです。このアナグラでも色んな女性陣からの視線を感じているのは気が付いてますよね?」

 

 いきなりどんな話なのかと思って聞いては見たが、その話がなぜ自分にあてはまるのか、エイジには理解出来なかった。向けられている視線はあくまでも自分が部隊長だからと考えている節もあり、とてもじゃないが恋慕の目で見るのはアリサしかいないとさえ思っている。だからこそ、アリサの発する言葉の真意が見えなかった。

 

 

「それはスコアや任務の事があるからじゃないの?」

 

「違うんです。皆エイジに事は恋慕の目で見てますから」

 

「そうなんだ…」

 

 2人の間に沈黙がよぎる。それを理解したからと言って、この場で何をどうすれば良いのか分からないが、言いたい事は何となく理解出来た。その為にはアリサが何を考えているのか、エイジは真意が知りたいと考えていた。

 

 

「エイジは人気があるんです。…だから…他の支部に行ったら私の事なんて忘れるんじゃないかと思って……」

 

「そんな事は無いよ」

 

「でも、私は……私が安心出来るように……してもらえませんか?エイジに私の存在を…いつまでも覚えていてほしいんです」

 

 そう告げるとエイジの返事を聞く事もなくアリサは唇を重ねていた。キスそのものは割と頻繁にしていたが、今日のアリサはいつもとは違っていた。まるで何かに縋る様にも思える程に濃密に激しかった。

 

 

「アリサ、これ以上は僕も理性が無くなるんだけど…」

 

「エイジがしたい様にしてください」

 

 たった一言だが、その意味合いは何時もとは大きく異なっていた。重ねるだけのキスが徐々にお互いの唇を食む様に深くなる。それと同時に柔らかく温かい舌が唇の隙間から入り込んだ。エイジからのキスはいつも以上に情熱的でもあり、それに応える様にアリサも舌を絡ませる。

 お互いが何を思っているのか言葉に出すまでもなかった。脳が痺れる様な感覚と共にお互いの唇が離れれば、エイジの目には目を潤ませたアリサだけが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれ程の時間が経過したのか、月明かりが部屋の中に差し込んでいた。部屋の中は薄明るく、ぼんやりとしている。隣を見ればアリサは産まれたままの状態でシーツに包まれていた。時間の感覚は無く、何となく気怠い感覚が身体を支配している。

 少しばかり眠ったのか、目覚めた隣にいるアリサの寝顔を見てエイジは冷静に今日の事を思い出していた。

 

 恐らく湯上りの赤さは、のぼせたのではく羞恥の結果にしか過ぎず、恐らくは何かがキッカケとなった結果だろう事だけは理解していた。アリサにはああ言ったが、厳密に言えば視線は感じる部分がある事はエイジも理解していた。好意そのものは有り難いが、エイジはアリサしか見ておらず、それ以外の視線に関しては無意識の内に遮断していた。

 本来であれば自分から誘うべき事なのに、アリサにさせた事は少しだけ後悔していた。気が付けば月は既に高い位置にある。今はまだこの感覚を残しエイジは改めてアリサに抱き着きながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 翌朝目覚めれば、昨晩の事を思い出したのかシーツに顔を半分隠したアリサがモソモソと近くの浴衣を布団にもぐりこませ、苦労しながらも着替えようと奮闘している。エイジは先に起きていた事もあり、アリサの事は見ていたが、あまり見ているのも何だと、敢えて気が付かない振りをし、朝食の準備の為に部屋を出ていた。

 

 

「おはようございます」

 

「おはようアリサ。ってどうしたの?ひょっとして嫌だった?」

 

「そんなんじゃないです。ちょっと恥ずかしいと言うか…」

 

 お互いに昨晩の事を今言うのは気まずく思ったのか、まずは食事とばかりに箸を手に取り食事を始めたものの、やはり恥ずかしさが最初に来るのか少しばかり沈黙が流れていた。

 気まずさが消える頃、エイジの派兵の日となり、本来であれば大勢の人間が見送りに来るはずだったが、今回は一時的な物だからとエイジはそれを断り、今はアリサだけがそこに居た。

 

 

「浮気なんてしないで下さいね。毎日連絡しますから」

 

「アリサしかいないから大丈夫だよ。連絡は出来るだけするから」

 

 そう言い残し、別れを惜しむかのようにお互いが抱き合い、軽くキスする事で漸く出発の段取りとなった。半年は短いのか長いのか分からない。がしかし、無事でいてほしい気持ちと共に飛び立つヘリを一人見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エイジさん、お帰りなさい。欧州派兵はどうでした?」

 

「中々大変だったよ。まぁ、色んな事が有り過ぎたと言った方が正解だったかも」

 

 半年ぶりに帰って来たアナグラは出発前と大差は無かった。だた違うのは人員が増えた事もあり、見慣れない人が割と多い。そんな印象があった。

 

 

「おっ!お帰り。欧州はどうだったんだ?」

 

「色々と大変だったかな。ここに来るとやっぱり帰って来たって思うけど、なんだか雰囲気が出発当時よりも違う様な気がしてるんだけど?」

 

「ここも人員が随分と増えたからな。報告はまだだろ?色々と話したい事もあるからラウンジで待ってるから」

 

 コウタは何も変わらず普段のままだった。アリサとも結果的にはほぼ毎日連絡は取っていたが、やはり通信越しと面と向かってでは大きく違う。まずは報告とばかりに支部長室へと急ぐ事にした。

 

 

「漸く帰って来たね。欧州派兵ご苦労様。当面は本部に関しても牽制の意味合いは果たせたはずだから、干渉してくる事はないだろうね」

 

 労いと共に半年の派兵の内容に関しては常時レポートとして提出していた事もあり、内容は榊の知る所となっていた。今回の派兵に関しては当初の目論見がはまったのか、一線級の人間が送られてきた事で、本部の方が動揺を隠しきれなかった。

 その後に関しても随時各支部を周り、その都度ミッションをこなしながらも精力的に勤めを果たす事となっていた。

 

 

「そうですか。どこの支部でも最初はともかく、最後は快く送り出してもらえましたので、結果的には良かったかと思います」

 

「それに関しても他の支部長からも色々と聞いてたからね。各支部でも戦力の増強が成されたとは聞いてたけど、一体何をしたんだい?」

 

 普段であれば知的探求に関する事は強い興味を示すが、こんな実戦的な内容に興味を示すのはある意味珍しい。聞かれた所で特別な何かをした訳では無いので、エイジも返答には困っていた。

 

 

「特に何かした記憶はありません。ただ、少しばかり組手と言うか、模擬戦じみた事をした位ですかね」

 

 簡単に組手や模擬戦と言うが、実際にその眼で見ていた者からすれば一方的な虐殺じみた内容でもあった。ここ極東でもカリキュラムに入っているが、あくまでも教導用としての内容であって、他の支部でやったのは実戦形式。

 如何に百戦錬磨のゴッドイーターと言えど圧倒的な実力差の前には手も足も出ていなかった。指揮官としてはたまった物では無いが、現場からすれば圧倒的な実力差はそれだけで信頼を勝ち取る事が出来る。

 少しでも追い付くためには努力以外に近道はなく、その結果として支部全体の戦力の底上げが自然と成されていた。

 

 

「とりあえず明後日までは休みとするから、神機のアップデートを同時にしておいた方が良いね。場合によっては出動もあるから。そう言えば、ラウンジにはもう行ったかい?」

 

「いえ、まだですが、何かあったんですか?」

 

「それは僕の口からは言えないが、行けば分かるよ」

 

 不可解な笑顔と共に榊の言葉に疑問はあるものの、元々コウタからも誘われていた関係で行くつもりではあったが、こんな時になぜそんな話が出るのか疑問しか湧かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの~コウタはどこ……あれ?なんでここにいるんですか?」

 

 コウタが待っていると思い、ラウンジに行くと、人はまばらにいるだけだった。榊も行けば分かるとは言っていたが、ラウンジに何があるのかまでは知らされていない。まずは確認とばかりにカウンターの中で準備している人に聞こうと呼ぼうとした際に、エイジの動きが止まっていた。

 

 

「エイジ久しぶりね。大きくなったじゃない。欧州からの出張は大変だったでしょ?少しここで休憩して行きなさい」

 

 エイジは硬直したのは無理も無かった。本来であればここにいるはずの無い人物がそこに立っている。これは一体何事かと思った頃、コウタもラウンジに来ていた。

 

 

「紹介しようと思ったんだけど…もう会ったみたいだね」

 

「それはそうなんだけど…なんでここに弥生さんがいるんですか?」

 

 エイジの驚きはそこにあった。本来ならばここにいるはずの無い人間。屋敷の中でも女中頭とも言える人物の妹『柊 弥生』がそこにいた。確か記憶では本部かどこかの秘書をしていたはず。にも関わらず、なぜここにるのか疑問しか無かった。

 

 

「今回、ここに異動する事になったのよ。本当ならフェンリルを辞めて屋敷の業務をと思ったんだけど、ここの榊支部長にスカウトされてね。今はここで支部長の秘書をしてるのよ」

 

 何気に言われたが、まさかここで身内同然の人間が勤務しているとは思ってもなかった。しかし、秘書がなぜラウンジにいるのだろうか?そんな疑問が出てくる。

 

 

「実はさ、エイジが行った後で、ラウンジの選任が難航しちゃったんだよ。で、実際に実力を試してもらったんだけど、皆が納得しなくて、結局弥生さんが業務の合間にここに入る事になったんだ。みんなエイジの料理に慣れてたから大変だったよ」

 

 意図も簡単に言っていたが、まさか自分がそこまで影響しているとは思いもしなかったが、話を聞けば何となく納得できる部分はあった。しかしながら、ここに居るのは紛いなりにも小さい頃から見知った人間。何となく照れくさい様な気持ちがそこにはあった。

 

 

「そう言えば、アリサちゃんとお付き合いしてるんですってね。何にも報告がなかったからお姉さんとしては悲しかったな」

 

「そ、そこまで報告する必要は無いかと思ったので」

 

「でも、アリサちゃんの料理の腕前はしっかりとしないと、結婚すると大変よ」

 

「一つ、確認してもいいですか?」

 

「何かしら?」

 

 アリサとの仲は恐らくコウタやナオヤ辺りから聞いていたのだろうが、結婚云々に関しては何も言ってないし、アリサにすら言っていない。にも関わらず、なぜこの人はそんな事を口走ったのかが謎だった。

 アリサはこの話を知っているのだろうか?だからこそ真実を確かめたいと思っていた。

 

 

「その話はどこからの情報なんでしょうか?」

 

「だって右手の薬指にリングしてたから、そうかと思っただけど…違ったの?」

 

 この時点で下手な回答をすれば誤解を招く可能性があった。アリサがどんな気持ちなのか分からないが、こんな所で話して良い話題ではない。これ以上この話題を続けるのは危険だと判断した時に、アリサが入って来た。

 

 

「エイジ、榊博士との話は終わったんですか?」

 

「レポートは常時提出してたから、簡単な帰国の挨拶程度だよ」

 

「そうだったんですか。そう言えば…弥生さんの事は?」

 

「今話してた。まさかここに来るとは思ってもなかったから驚いたよ。多分、榊博士はこの事を言いたかったんだろうね」

 

 いくら気心が知れた人間であっても、態々自分のプライベートな内容を暴露してほしいと思う人間はいない。だからこそ、弥生の存在は違う意味でエイジには脅威に映っていた。

 

 

「アリサちゃん。この前の件はエイジが帰って来たんだから、直接聞くと良いわよ」

 

「わ、分かりました。そうします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、ラウンジの件ってなんだったの?」

 

「そ、それはですね…今はもう少し落ち着いてからにしたいので、少し時間を下さい。必ず私の口から言いますから」

 

 移動で疲弊した身体を休めるべく、一旦は屋敷に戻って、翌日からアナグラへと予定していた事もあり、アリサもそのまま屋敷に来ていた。弥生の話は一体何を意味しているのかは分からない。

 何気に聞いた話のはずが顔を赤くしながら言い淀んだ事もあり、それ以上の話はしなかった。

 

 ほぼ毎日、通信やメールでのやり取りをしていたが、やはり画面越しよりも面と向かう方が話は弾んでいた。今までの時間を取り戻すかの様に時間は経過し、楽しくも長い夜が過ぎ去って行った。

 

 

 


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